ACT:69 着地点



「もう、大丈夫ですから・・・。」
寝台の上に半身を起して座った状態で、テレストラートは上目遣いにジーグを見上げる。
「駄目だ。何、言ってる。7日前まで高熱で死にかけていたんだぞ。」
テレストラートの訴えにも、ジーグは頑として譲らない。

状態が持ち直した後も、テレストラートは2日間目を覚まさなかった。
熱も下がり、呼吸も脈拍も落ち着いていたけれど
一向に目を覚まさないテレストラートに、ジーグも耕太も気が気では無かった。
丸2日たった明け方に目を開けてからも、短い時間しか意識を保てず
うつうつと、1日の殆どを眠って過ごし
時の経過と共に起きていられる時間が長くなって行ったが
体を起こせるようになるまで、さらに3日かかった。
それからの回復は急速で、昨日ぐらいからは、ややもすると
寝台から抜け出そうとするテレストラートを、ジーグが張り付いて見張っている。

「そんな、大げさですよ。」
「いいから、喰え。」
テレストラートの膝の上には大きなトレイが置かれ
その上には大量の食料が載せられている。
ジーグが先程、厨房から運んできた昼食だが
テレストラートは野菜と豆の煮込みとパンを一切れ
それから果物を少し口にした所で、手が止まっている。
「こんなに食べられませんよ・・・。」
「いいから、喰え。お前、少し痩せすぎだ。」
「そんな事・・・。」
テレストラートは困ったよう眉を下げるが、ジーグはトレイを下げようとはしない。
耕太が代わりに食事を取るわけにはいかなくなった今
テレストラート本人にキチンと食べてもらう他無い。
「抱き心地が悪いんだよ。力を入れたら折れそうだ。」
明け透けな言葉に、テレストラートは耳まで赤くなる。

「・・・・・な〜に、昼間っからイチャついてんだよ、恥かしい。」
急に掛けられた声に、2人は文字通り飛び上がった。
「耕太・・・。」
「お前!何コソコソ立ち聞きしてやがる!!」
気まずさをごまかす為に声を荒らげるジーグに
耕太はシレッとして応える。
「人聞き悪いなぁ、コソコソなんてしてないよ。
ティティーの見舞いに来ただけ。
ジーグが勝手に大声で、真っ昼間からハズカシイ事を言ってただけだろ。」
「うるさい!!」
ジーグが顔を真っ赤に染めて怒鳴りつけるのを、あっさり無視して
耕太はテレストラートに話しかける。
「気分はどう?」
「もう、大丈夫です。すみません、ご心配かけて。」
「うん。」
「大丈夫じゃない、まだ絶対安静だ!」
「ジーグは大袈裟なんですよ・・・。」
「何が大袈裟なものか!!」
「ジーグ、あんまりしつこいとティティーに嫌われるよ。」
「・・・・・。」
耕太に諭され、グッと言葉に詰まり
思わず黙り込んだジーグを他所に、耕太はテレストラートに話しかける。
「でも、ティティー。本当にムリしない方が良いって。
 ティティーはすぐに無茶するから。
 休める時は休んだ方が良いよ。」
「はい。」
「何でコータの言う事は、素直に聞くんだ!?」
「ジーグがうるさいからだろ。」
「おまえ〜〜〜」
唸るジーグを尻目に、耕太はトレイの上からパンを一切れ取り上げると頬張る。
テレストラートが耕太の為に、トレイの上から椀に料理を取り分けると
ジーグは無言で近くのテーブルから新しいスプーンを取って耕太に差し出した。
つまみ食いのつもりが、しっかりと食卓を整えられた耕太は
本格的に食事に取り掛かる。
「ありがと。あ、そうそう髭の将軍が軍馬の買い上げの事でジーグを探してたよ。」
とたんにジーグが顔を顰めて舌打ちする。
「そのぐらい、1人で済ませやがれ。」
「ジーグ、私は大丈夫ですから、行って下さい。」
「そーそー。ティティーにはオレが付いててやるからさ。」
「お前はテレストラートの横で、ペラペラ喋り続けるから駄目だ。」
「何だよ、妬くなって。」
「いいから一緒に来い。」
ジーグはトレイをテレストラートの膝からサイドテーブルの上へと移し
食事を終えた耕太を引き摺るように立たせて、テレストラートに目をやり念を押す。
「すぐ戻るから、大人しくしてろよ。」
「いってらっしゃい。」
にこやかに手を振るテレストラートに見送られて、ジーグは耕太と共に部屋を出た。

城の廊下を2人で歩きながら、耕太はジーグに話しかける。
「ティティー、だいぶ良いみたいだね。」
「ああ、でもまだ油断できない。」
真剣そうな言葉とは裏腹に
テレストラートに笑顔で見送られたジーグの顔は
緊張感が無い。
「ジーグ、嬉しそう。ニヤけてるよ、顔。」
耕太の言葉に、ジーグが手で隠すように口元を覆う。
「まったく、見せ付けて。残酷だよね、ジーグって。」
耕太の口から零れた言葉に、ジーグが訝しげにこちらを見る。
「オレとティティーは同じ魂を持ってるんだよ。
 オレがジーグの事、どう思ってるかなんて、考えてもみなかった?」
「・・・・・え?」
足を止めた耕太はジーグの視線を避けるように俯いた。
「コータ・・・?お前、いや、俺は・・・そんな」
俯いた耕太の肩が、小さく揺れているのを見てジーグは目に見えてうろたえる。
「コータ・・・。」
肩の震えが次第に大きくなり、耕太の口から押し殺した声が漏れ始めた。
「コータ!お前、笑ってるな!!」
ジーグに指摘されて、堪らなくなって吹きだし
可笑しくてたまらないと言うように大声で笑い出した。
「なッ!お前、人をからかって・・・。」
「ジーグがあんまりティティーにベッタリだからさ、つい。
本気にした?そんな訳、無いじゃん。
ジーグってば、分かりやすいよね。」
「お前・・・。」
「でも、正直はじめの頃の、ジーグのオレに対する態度は酷かった。
ティティーに対するのとは大違い。」
耕太は遠い目をして、盛大に溜息をついてみせる。
「そんな事は・・・」
「そんな事有った。
 常にオレを見張っててさ、近づく奴は片っ端から追っ払っちゃって。
そのクセ、ティティーが戻ったら、手のひらかえしたみたいに邪魔者扱いでさ
さすがのオレも傷ついた。」
「そんな事はない!」
激しい口調で否定はするけれども、ジーグがうろたえているのが手に取るようにわかって
耕太はニヤニヤと笑った。

実際、ジーグの事が気になっていた事が無いわけじゃない。
あの感情がテレストラートのものだったのか、そうでないのかは今でも分からない。
だけど、今はジーグが大切で
テレストラートの事も、同じように大切で・・・

テレストラートはオレの事を、何よりも優先してくれる
もし、自分がジーグの事を好きだと言おうものなら彼は
きっと、あっさり身を引いてしまうだろう。
けれど、そんな事をしてほしいと、オレはこれっぽっちも思っていないのだ。

ここ最近の出来事で、テレストラートにとってジーグがどんなに必要かが良く分かった。

ジーグにとって、オレは他とは違った特別な存在では有るだろう
だけど、根本的に彼はテレストラートの事しか見ていない。

テレストラートがオレに弱いところを見せてくれる事が有るのは
自分を近い存在として、無意識に甘えてくれているんだと思う。
そんなテレストラートを守りたいと思う。
だけど、どんなに背伸びをしても自分にはテレストラートを支えきれる程の
人間としての器は無い。
彼の支えとして必要なのは、やっぱりジーグなんだ。

だから、これで良いんだ。
テレストラートには、誰よりも幸せになってもらいたい。

深く考えれば、もっと整理のつかない感情も、確かに有るけれど
オレは、考えない。
これが、オレの出した答えだから
これで良い。

笑いすぎて、にじんだ涙を拭いながら
耕太は晴れ晴れとした気持ちで、ジーグをまっすぐに見上げた。


軍馬の補充を行なう為に、訪れた馬商人との交渉に立ち会ったジーグは
一緒に行った耕太に良い馬の選び方を丁寧に教えてくれた。
渋っていた割には馬を前にすると、上機嫌で
確かな知識を饒舌に語るジーグには、本当に馬が好きなんだなぁと感心させられる。
結局16頭のガーセン産の馬と荷を運ぶ為の山牛を10頭
それと耕太の為にポートル産の雌馬を金貨で購入し
ラセス将軍が別の用事の為先に退席したので
2人で商談成立のお茶をご馳走になった。

各地を廻る馬商人から色々な情報を聞き
話は雑談になり、話題も尽き始め商人が引渡す馬を囲いに入れに行った頃
耕太がポツリと呟いた。
「ティティーってさぁ、最近、ますますキレイになったよね・・・。」
隣でお茶を啜っていたジーグが盛大に噴いた。
ゲホゲホと苦しそうにむせた後、耕太に非難がましい目を向けてくる。
「い、いきなり何を言い出す・・・。」
「何って、みんな言ってるから。」
「皆って、誰が!」
「みんなって言ったら、みんなだよ。ティティーはガーセン軍のアイドルだから。」
「そんなハズない!テレストラートは取っ付きにくくて
おっかないガキだって、もっぱら恐れられてるんだぞ!」
「それ、何時の話だよ・・・。」
耕太は呆れたように溜息をつく。
「結構、ティティーを狙ってる奴多いけど、ジーグが居るから行動に出ないんだよ。
この間、ほらティティーが倒れる前。
ジーグたちちょっと険悪だったろ?」
耕太の言葉にジーグは言葉に詰まる。

他人から、険悪に見えたのか?確かに、少し・・・ギクシャクはしていたが・・・。

「あの時、みんな張り切っちゃって。
バシバシモーションかけまくりだったって。
まぁ、ティティーは全然気付いてもいないみたいだったけど。」
ジーグはあんぐりと口を開けて、実に情けない顔をした。
「うかうかしてると、誰かに持ってかれちゃうかもね。」
ジーグは突然立ち上がると、急用を思い出したとか何とか呟きながら
スタスタと歩き去ってゆく。
「あ〜あ。行っちゃった。
 あんまりからかい過ぎたかな?」

テレストラートが人気が有るのは本当だが
テレストラートに手を出す無謀者は居ない。
防衛線を張り巡らせているジーグは怖いし
本当の事を言うと、相手を敵とみなした時のテレストラート本人はもっと恐ろしい。
だから、アイドル止まりなのだ。
だが、それにも気付いていない鈍感なジーグには
かなりショックな話だったらしい。
自信喪失中なので尚更だ。

焦る気持ちを無理矢理押さえ込みながら
決して走るまいと、変に意地を張って早足で歩いているのが分かる
ジーグの後姿を見送り
耕太はゆっくりと、残りのお茶を啜りながら、後でまた邪魔をしてやろうと
楽しい予定にほくそ笑みながら、平和な昼下がりを満喫していた。


(2008.2.16)
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