ACT:70  ロサウの血



ジーグはテレストラートの部屋へと急ぎ戻る途中も
周りの人間が気になって仕方がなかった。
自分の居ない間に、他人がテレストラートに声をかけていないかと
気になって、つい早足になる。
扉に手を掛け立ち止まり、周囲に誰か覗いている者は居ないかと
索敵の視線で辺りを伺ってしまう。
「何しているんですか?」
そんな奇妙な行動を取るジーグを見つけて、テレストラートが声をかけた。
「テレストラート!何、起き上がってるんだ
 休んでいなきゃ駄目だろう!」
寝台から起き出して来ているテレストラートを見咎め、ジーグが声を上げる。
「寝てばかりでは、体が鈍ります。」
「10日間は安静にしていろと、言われたろう?」
「?、誰にです。」
「誰にって・・・」
テレストラートは不思議そうにジーグを見上げる。
そう、ガーシャ・ルウがそれをジーグに警告したとき、テレストラートはそこには居なかった。
ジーグはガーシャ・ルウに、あの日会った事を、テレストラートには伝えていない。
テレストラート自身、あの男があの日、城を訪れた事を知らないだろうと思っていた。
あの時は、思わず感謝に限りなく近い念まで抱いた相手だったが
冷静になれば、やはり警戒せずにはいられない。
ガーシャ・ルウの発した、意味深な言葉が甦る
『自信がないのならば、今すぐ手を引け。私があれを守ってやろう。』
あれは、ガーシャ・ルウのテレストラートに対する執着ではないのだろうか?
ガーシャ・ルウはテレストラートをどうしようと思っているだろう?

黙り込んでしまったジーグを見て、テレストラートが答えを促すように
小首を傾げ、覗き込む。
その、殺人的な可愛らしさに、ジーグは思わず眩暈を覚え
誤魔化すように言い放つ。
「誰って、医者だよ。ケイル先生だ。
 お前は聞いていなかったかもしれないが・・・。」
この、女の割合が極端に低い軍の中に有って
この華奢な容姿のテレストラートが、男共の目を集めない訳がなかった。
耕太に教えられたような状況は、起きて当然だ
俺は何て迂闊だったのだろう。
「ドクターの言う事はきくと約束しただろう。ほら、寝台に戻って。
後3日間だけ我慢しろ。」
内心の動揺を綺麗に隠して、ジーグはテレストラートを追いやり
寝台の上へと座らせた。

「もう、用事は済んだのですか?」
「ああ。来週には親父とその隊を監督官としてここに残して、本軍の撤退を開始する
 来月半ばにはフロスに戻れるだろう。ひと段落ついたな。」
フロス襲撃から6年。
長きに渡った戦が、遂に終わる。

「はい。でも、これからです、何もかも。
国の再興も、村の未来も。
 そして何より耕太に対する責任を果たさなければ。」
「問題は山積みか。」
「でも、1歩前進しました。耕太の体は手に入りました。
後は界を渡る術です。」
「しかし、あの男にも出来なかった事だぞ・・・。」
「ガーシャ・ルウは界を渡れないとは言いませんでした。
耕太の世界が分らないから出来ないと言っただけです。」
「じゃあ、あの男は知っていると言うことか?」
「さあ・・・しかし、界を渡る術が有るのは確実です。」
難しい顔で虚空を睨みつけるジーグにテレストラートがよびかける。
「ジーグ。ガーシャ・ルウを探し出そうと考えていますか?」
ジーグがガーシャ・ルウに対して遣るかたない激しい憤りを抱いている事は知っている。
だが、相手が悪すぎる。嵐に向かって戦いを挑んでゆくような物だ。
「ジーグ。今回の事はガーシャ・ルウが原因では有りません。私が・・・。」
もちろん、それもジーグはガーシャ・ルウから聞かされていたが
その事をテレストラートに告げる気は無かった。
心配そうなテレストラートの問いに、しかしジーグはあっさりと否定する。
「いや。出来れば一生あの男とは関わりあいたくない。
あいつは・・・一体何者なんだ?魔物の類なのか?何の目的が有って現れる?」
「彼は人間ですよ。」
神出鬼没で恐ろしい程の力をもち、その外見からは信じられない事に
ロサウの村の長老達の誰よりも長く生きているという。
だがテレストラートはきっぱり「人間」だと、そう言い切った。
「おそらく、何の目的も無いのです。気まぐれですよ。
彼の感心事は1つだけ。ロサウです。」
「ロサウ?お前の村か?」
テレストラートは首を横に振る。
そう言えばテレストラートは一度ガーシャ・ルウをその言葉に従わせた事が有った。
その時もロサウの血がどうのと・・・口にしていた。
「ガーシャ・ルウは人間です。ネロスと言う町の出身だそうです。」
ジーグは納得いかない様子で、顔をしかめる。
「人間?本当に?そのネロスとやらは一体何処に有る?聞いた事も無いぞ。」
「大陸の南に位置していたそうですが、既に滅んでしまっているそうです。」
「そんな記録にも残っていないような昔に滅んだ町で生まれ
今だ生きていると言うのに人間だと?」
「ガーシャ・ルウは竜の血を浴びたのだそうです。その為、その身に強い力を宿したと。」
「竜だと?その竜って言うのは、あの
伝説に出てくる竜?ガーセン王家の紋章に刻まれている。」
「そうです。しかし、伝説では有りません。」
「それで、ロサウと言うのは?」
「この世界に残った最後の飛竜の名です。ロサウは人と交わり人間との間に3人の息子をもうけました。
その3人の末裔が私達、ロサウの村の一族です。」
「ちょっと待て、竜の末裔だと?竜の血を引いていると言うことか?」
「はい。私たちが精霊を使役する事ができるのは、その為です。」
「術師って言うのは・・・皆竜の血を引いているのか?」
「現在、精霊を使役する力を持つものは全て竜か、それ以外の霊獣の力を引き継いだものの末裔です。
タリスの白い術師達は雪竜の力を受け継いでいます。
しかし、血を引いている訳では有りません。
彼らの祖先は、身ごもった人間の女性の体内に竜が自らの気を送り込んで
その特性と力を移した子供だったそうです。
この世界から霊獣達が姿を消した時期、彼らの痕跡をこの世界に残す為
その方法で人との間に子を成した霊獣は竜だけではなかったそうです。
もっとも、人と実際に交わり子を成したのは、ロサウだけだと伝えられています。」
「そんな話・・・伝説ではないのか?」
「いいえ。隠されては居ますが事実です。ガーセン王家の紋章に描かれている飛竜。
 あれがロサウです。そして、ガーシャ・ルウが浴びた血の持ち主も。」
「ガーセン王家も関わりが有るのか?」
「その辺りの事は村には伝わっていません。
王家には歴史が伝わっているかもしれませんが・・・。
確かなのはロサウが存在していた事、その血が我らに受け継がれている事
ガーシャ・ルウが人間だと言う事です。
そう言う意味では人間で無いのは、私たちの方かもしれませんね。」
人ではないと言う事を、さらりと口にするテレストラートに
しかし、ジーグの関心事は他の所に向けられる。
「それで・・・あいつは、何故お前達に関わってくる来るんだ?」
「彼は、ロサウを探しているのです。」
「飛竜を?まだ生きているのか?」
「わかりません。もうずっとその存在は確認されていないのです。
死んだのか、まだ生きているのか、他の竜たちと同じようにこの世界を離れたのか。
長い間、何の痕跡も得られないので唯一の繋がりとして、ロサウの血をひく私たちを見張っているのだと思います。
ただ、私たちにロサウが接触したという記録は一度も無いのです。」
「あいつ、その飛竜を見つけ出してどうするつもりなんだ?殺すのか?
 血を浴びたと言うのは、その竜を殺そうとした為ではないのか?」
「それも分りません。何故、彼がロサウを探し、求めるのか。」
ジーグは黙って何事かを考えていたが、暫くして大きく息を吐き出し、
お手上げと言った態で呟く。
「随分と壮大な話だな。」
「何にせよ、私たちには関わりの無い事です。」
「そう願いたいな。」


「ジーグ!やっぱりここに居た!酷いよ、1人で帰っちゃって〜
馬屋の親父が受け取りの書類の控えにもサインが欲しいって!」
話が一段落した所で、耕太が不平を声高に訴えながら部屋へと入って来た。
「クソッ何だってこう、手際が悪いんだ・・・。」
「耕太を1人で置き去りにしたんですか?」
「そうだよ!1人で勝手に帰っちゃったんだ。酷いだろ〜?」
「いや、それは・・・。
もう一度、ちょっと行って来る。
 テレストラート、フラフラ歩き回るんじゃ無いぞ!
耕太!テレストラートを見張っててくれ。余計な事は話すなよ。」

「ジーグ・・・。」
呼びかけるテレストラートに軽く手を挙げ
ジーグは逃げるようにして部屋を出て行く。
「何で・・・耕太を、1人で置き去りにするなんて」
言いそびれた言葉を口の中で小さく呟くテレストラートの
意外な子供っぽさに耕太は笑いながら
悪戯を打ち明けるようにコッソリと応える。
「オレがジーグをからかったせい、なんだけどね。」
「耕太がジーグを?何でです?」
「それは、ほら・・・言っちゃ駄目だってジーグに釘刺されちゃったし。
バラしちゃったら、後でオレ、どんな目に合わされるか・・・。」
「何もさせませんから。」
「うん。まあ、ね。別に今更秘密でも何でもないけど
 ジーグがティティーの事、大好きだって話。」
間近から瞳を覗きこんで告げると、無防備だったのか
テレストラートの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
その様子に笑いかけてみせて
「オレもティティーが大好きだよ。」
と告げれば
「私もです。」
と、今度は照れもせずに返された。
何だかちょっとズルイな・・・などと思いながら、寝台の端に腰掛ける。
「ティティーとこんな風に向き合って、ゆっくり話をするの始めてだよね。
ティティー、ずっと色々忙しかったし
その後、あんな事になっちゃったし、その後はズ〜ッとジーグが張り付いてたしさ。」
「そうですね。」
笑顔のテレストラートを見て、耕太はつられた様に笑う。
テレストラートが笑顔でいるのが、無条件で嬉しい。
「良かった。ティティー、本当に良かった。」
「耕太。」
「ん?」
「ありがとうございます。」
「え?何?改まって、オレ何かした?」
「私はずっと、耕太に助けられて来ました。
 もし、反魂により貴方がここに来てくれなかったら
この体に戻ったのが、私1人だけだったら、きっと
崩れていく体の中で、私は、ここまで頑張れませんでした。
もっと早く諦めてしまった。
私は変わりました。
あなたの前向きさが、私に影響を与えて、諦めを悪くして、最後まで足掻かせた。
今、こうして私がここに有るのは、耕太、あなたのお陰です。
ありがとう。」
「ティティー・・・。」

この世界に来てから、ずっと自分の無力さを噛み締めていた。
何の知恵も、能力も、自分を守る力さえ無く
人に守られてばかりで。
何でこんな世界に来てしまったのだろうと
居るかどうかも分からない神様を罵りたくなった。
オレがこの世界に飛ばされた事に、何か意味が有るのなら
それを知りたいと、ずっと思っていた。

それが、今
目の前で微笑むこの笑顔だったんだ、きっと。

「うん。」
だから、否定しない。
この運命も、テレストラートの感謝も、自分の思いも。
これが、オレだから。
「必ずあなたを、あなたの世界に帰します。
 時間は、たっぷり有りますから。」

そう、時間と可能性はだけは、たっぷり有る。
この世界で道を切り開いてゆく仲間と
能天気さも。

冒険は今、始まったばかり。

(2008.2.19)
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