ACT:55 決心 



与えられた私室の窓から、賑わうフロスの町を見るとも無くただ瞳に映しながら
耕太はテレストラートの言葉を頭の中で幾度と無く反芻しては
堂々巡りを繰り返し、纏める事の出来ない思考で頭を満たしていた。
悪い事に、考えは纏まるどころか次第に絡み合い
どんどん複雑になって行く気がする。

『でも、耕太。ジーグの事が好きでしょう?』

甦るテレストラートの言葉を振り切ろうとするかのように
耕太は激しく首を振る。

そんな事・無い。だって・・・ジーグだよ。あのジーグ。
そりゃぁ頼りになるし、この世界ではティティーの次に近い存在で
たぶん一番親しくて、認めて欲しいって、彼の特別になりたいって
でも・・・だって、男だし
でも・・・ジーグの恋人はティティーで男だし
そう、ジーグはティティーの恋人で、ジーグは彼のもので
ティティーがいる限りオレのはいる余地なんて全くなくて
だから、そんなの考えた事も無くって・・・
でも、そのティティーが消えてしまったら?
ジーグはティティーを失って
オレは彼の姿で、ジーグを・・・

「うわぁ!んな訳有るか!そんなの有り得ない!!」
自分の思考に驚いて、耕太は大声を出して否定する。

駄目だ、問題はそこじゃないんだ!
オレの気持ちなんて、この際どうだっていい。
重要なのはティティーだ
彼を殺す訳にはいかない。絶対に。
彼のやろうとしている事は無茶苦茶だ!
はい、そうですかって認める訳には絶対いかない。
でも、どうしたら?
他に方法は?
その何とかって石を取り除くとか、抑えるとか、何でもいいから・・・。

何で彼はこんな風に全てを諦めてしまうんだろう
諦めてしまえば、道はそこで途切れてしまうのに。
他に方法が無い、と決めてしまうから・・・

でも。
テレストラートが努力もせずに自分の負った役割さえも放棄して簡単に諦めてしまうような人間ではない事も分かっている。
ティティーが戻り、今みたいに戦以外の殆んど時間を眠って過すようになるまでの期間
彼がどんなに一所懸命に調べていたか耕太は知っている。
手に入る全ての文献に眼を通し、考えられる全ての可能性を当たり、寝食も忘れて
何か有るはずだと呟きながら・・・。
耕太を元通り、居るべき場所へ帰す方法
それを探しているとは知っていたが、そんな根を詰めなくても、と心配になる程に。
彼が探っていたのは、耕太を帰す方法だけでは無かったんだ。
それも含めた、全てを正せる方法。
しかし、それは見つからなかったのだ
そして、他者を犠牲にしない最善の方法として、ティティーはこの道を選んだ。

でも、絶対にそれは間違っている!
何故、彼1人が犠牲にならなきゃならない?それも全部自分で決めてしまって!
もう、戦争なんてどうでもいい!
今はそんな事をしてる場合じゃない
皆に話して、協力してもらって、医者でも、魔法使いでも、何でもいいから
テレストラートを救う方法を知っている人を探さなきゃ
彼に死んで欲しくない!
彼を犠牲にして生き残るなんて耐えられない。
絶対に!

自分は何て馬鹿だったんだろう。
ティティーがどこか頼りなげで、かわいいなとか
生真面目すぎて、もっとのんびりやれば良いのにとか・・・
ジーグとティティーとずっと3人でいられたら良いのにとか
そんな能天気な事考えて、一端に悩んでる気になったり、幸せな気分になったり
ティティーが考えてた事、これっぽっちも感じてさえいなかった。
彼が異常なほど無理を重ねているのは気付いていたのに
こんなに近くに居たって言うのに!

ティティーの考え方は、良く理解出来ない。
大切な物と、それに対する優先順位が違う。
自分なら、大好きな人の為なら他のことなんて、どうなったって構わない。
なのにティティーは違う。

テレストラートの優先順位第一位は実は耕太だ。
その次にロサウの村の民。
それからガーセンや王や・・・。

だが一番大切に思っているのはハッキリしている。ジーグだ。
なのに彼の優先順位は1番ではない。
その上、自分自身の事はカケラも入っていない。

これが人の上に立つ者の、ものの考え方なのだろうか?
そんなのキツイ・・・。
ティティーはオレと同じ歳だ。
老成した政治家なんかじゃ無い。
大切な人の為、自分の為に生きては、どうしていけないのだろう・
ガーセンや村を捨てても
力を全て手放しても
何を犠牲にしても、ジーグの為に生きようとは思わないのだろうか・・・
それじゃあジーグが余りにも可哀想だ。

そこで耕太はふと思い当たる。
それをしたら、死ぬ事になるのは自分なのではないのか?
その可能性にゾッとする。
ティティーと・・・ジーグの為に、オレが死ぬ・・・?
そんな、事・・・オレ・・・。

耕太はその考えを振り払うように、激しく頭を振った。

それじゃティティーの考えと同じじゃないか。
何の知識もないオレがいくら考えたって、解決法は浮かばない。
まずはティティーの意志を変えさせなきゃ。
彼が自分で決めた事を覆させるなんて、オレには絶対無理だ
それには・・・ジーグだ!
ジーグに全部打ち明けて、ティティーを説得してもらう。
そうだ、ジーグがこんな事、許すはずがないじゃないか。
ティティーだってジーグが面と向かって反対すれば、そう安々とは実行出来るハズが無い。
そして別の方法を探す。何か・・・何か他に方法が絶対有るはずだ。
無くても探さなきゃ。
絶対に諦めたら駄目なんだ!

耕太は1人大きく頷き、テレストラートが眠っている事を確認すると
ジーグの姿を求めて駆け出した。

いつも、うるさい位に側にいると言うのに、こんな時に限ってジーグが見つからない。
城の中を駆けずり廻り、目に付いた人間に片っ端から尋ねて廻った。
「まったく、もう!こんな時に何処にいるんだよ!」
苛立ちを口にしながら足音も荒く歩いていると
遠くで角を曲がる後姿が目の端に入った。
それだけで間違いなくジーグだと耕太には分かる。
思わず歓声を上げそうになったのと同時に、それほどまでに彼の存在を意識に留めていた自分に驚いた。
とにかくジーグに打ち明ければ、テレストラートの思いどおりには進まない。
その確信を胸に、耕太はジーグの後を追って走り出すと彼の名を呼んだ。

「ジーグ!!」

耕太に名を呼ばれて振り返ったジーグは、少し離れた所に佇むテレストラートを目にして訝しげに眉を寄せる。
「テレストラート、か?」
「はい。何か?」
どこか自信なさそうに確認するジーグを見上げ、テレストラートは不思議そうな顔で逆に問い返した。
ジーグが困惑した様子で言い淀む。
「今、コータに・・・いや、いい。勘違いだ。俺を呼んだか?」
今度はテレストラートが一瞬、困ったような顔をしたが、その表情は一瞬で消え
穏やかな笑顔が戻る。
「はい・・・あの、今時間が有ったら少し、歩きませんか?」
「俺は構わないが・・・。」
突然の申し出にジーグが驚いたように答える。
「城下を見たいんです。フロスを久しぶりに。ずいぶんと長い間行っていないので。」
「ああ・・・そうだな。」
城下どころか2人だけで歩くのさえ、ここの所無かった。
テレストラートがこんな事を言い出すのは、何か不自然な気はしたが
ここの所の激務を考えれば、気晴らしの1つもしたくなるは当然だろう。
「分った。準備するから少し待ってくれ。お前もコートを着て来い。今日は冷えるからな。」
そうテレストラートに指示すると、やり掛けの仕事を負えるべく厩へと向かった。


「この辺りもすっかり復興しましたね。あんなに酷く壊されていたのが嘘のようです。
人々は強いですね。」
「ああ。凄い勢いで建物を建てやがったから、もう以前にも増して繁雑な町になったな。
お陰で俺も把握しきれて無いんだ。知らない抜け道が幾つも有る。
戦が終わったら、歩き尽くさないとな。」
家と家の間の細い階段を下りながら、ジーグが楽しそうに言う。
テレストラートが始めて来た時フロスは、イオクの占領下に有った。
イオクは略奪の限りを尽くし、人々を虐げ、敗走する際には町に火を放ちフロスを破壊しつくした。
荒れ果てたジーグの故郷。その地で始めて過した夜に
しかし、ジーグは直ぐに元通りになると自信たっぷりに告げた。
美しい町を見せてやると。
そしてその通りになった。
あの夜に2人で町を見渡した丘は、一体どの辺りだったろう・・・。
美しいフロスは、テレストラートにとっても帰る場所になり、深い思いのこもる町となった。
「私はこの町が好きです。」
テレストラートの呟きにジーグが嬉しそうに頷く。

テレストラートの希望により、入組んだ道を抜けて市の開かれている通りに出る。
珍しそうに視線を走らせながら楽しげに歩く姿を見ていると
以前、山を降りたばかりのテレストラートを市へ連れて行った時の事を思い出す。
小さな田舎の町の、小さな祭りの市だったがテレストラートは始終驚きと好奇心に満ちた瞳で辺りを見回していた。
あれから随分と時が流れた。
けれど、市を見て歩くテレストラートの様子はあの頃と何一つ変っていない。
普段は言動や行動から年齢よりも、大人びて見えるが
こんな時の無邪気な様子は、むしろ年齢よりも幼く見える。
その姿が耕太とも重なる気がして、ジーグは始めて2人が同じ魂を持つと言う事を納得したような気がした。
「ジーグ、飴を買って下さい。」
見上げて言うテレストラートの指さす先には、子供達が取り囲む中心で、飴細工師が黄金色の飴で様々な動物を形作っている。
以前訪れた市でもテレストラートに飴細工を買ってやった事を思い出して、ジーグは笑みを漏らした。

「天馬、花潜り、伝説の戦士。何がお望みで?」
「飛竜を。」
テレストラートのリクエストに飴細工師は、王家の紋章にも描かれる人気の伝承上の生き物を器用に形作って行く。
「綺麗ですね・・・。」
手に入れた飴細工に口を付けず、日に透かしてうっとりと眺めているテレストラートに笑いながらジーグが揶揄する。
「食わないのか?眺めてるとまた落とすぞ。」
言われて思い出したのか、テレストラートも笑いを洩らした。
「そう言えば。約束、してくれましたね。」
「約束?」
「私が飴を落とした時に。また買ってくれると。」
飴細工に見とれていたテレストラートは、走る子供とぶつかり手にした飴を落としてしまった。
砕け散った飴を見て、普段大人びた表情のテレストラートがその時
今にも泣きそうな顔をしたので焦ったジーグはまた買ってやるからと約束をした。
もう、5年も前の事だ。
「ああ、そうだな。ずいぶんと時間がかかっちまった。」
大きく広げた飛竜の羽根の先を小さく齧る。
「甘い。」
その感想までが、以前と同じでジーグは時が戻ったような錯覚に捕らわれた。
テレストラートが背伸びをする必要も無く、穏やかに笑っていられる日々。
そんな日が、1日でも早く訪れると良いのにと思う。
その思いと共に、その日が来るまで必ずテレストラートを護り抜こうとジーグは心の中で誓いを立てる。
「美味いか?」
「はい。」
嬉しそうに応えるテレストラートの様子に笑みを浮かべ
人にぶつかり再び飴を落としたりしないようにと人ごみを避け路地へと導く。
「俺にも味見させろ。」
言われて差し出すテレストラートの手を避けると、ジーグはそっとテレストラート唇を舐めた。
予想していたような非難も、拒絶もなく
濡れたような深い蒼の瞳で、間近から見上げてくる。
その瞳に引き付けられるように再び顔を近づけると、受け入れるように唇が微かに開き
ゆっくりと瞳が伏せられる。
唇に軽く触れ、もう一度、さらに深く
次第に深まる口付けに、テレストラートの手から飴細工の龍が滑り落ち
石畳の上で粉々に砕けて散った。


無理矢理引き戻された体の中で、耕太は何とか外に出ることが出来ないかと必死にもがき続けていた。
ジーグに全てを話して、何とかテレストラートを救う方法を見つけないと!!!
なのに、どんなに足掻いても、叫んでも、表に出てゆく事が出来ない。

『テレストラート出せ!出せよ!!ふざけんな、出せ!』

耕太、分って下さい。これしか方法は無いのです。

『そんなハズない!テレストラートが諦めてるだけだ!』

耕太ごめんなさい。少しの間・・・ほんの少しの間だけ、眠って居て下さい。


急激に襲って来た眠気に、耕太は必死で抗おうとする。


大丈夫。目が覚めたら何もかも良くなっています。

『駄目・・・ティ・・・ィ』

ごめんなさい。耕太を巻き込んで。私の手で戻してあげられなくて
ジーグを・・・お願いします、それから、ありがとう。大好きですよ、耕太。

『・・・・・・・・・』

押しつぶされそうな悲しみに胸を焼かれながら、耕太は強制的な眠りの中に深く落ちて行った。



「一体、これはどう言う事だ?」
戸惑いと苛立ち、半々と言った面持ちのジーグにテレストラートは無表情な程の冷静さで相対する。
「どう、とは?」
「何故、お前付きの護衛が15人にも増やされたんだ!」
セント将軍から告げられた任務変更は
ジーグが行なっていたテレストラートの身辺警護の任に就くものを新たに14人配置すると言うものだった。
そんな話は寝耳に水で、理由も意図も全くわからない。
身辺警護が増えると言う事は、常にこの15人がテレストラートと共に有ると言うことになる。
その殆んどが耕太の存在を知らないと言うのに、一体どう対処したらよい物か・・・
それに術を使うテレストラートの直ぐそばによく知りもしない人間を多数配すれば
彼の術を乱しかねない。
だが。
「私が、セント将軍に頼んだのです。」
「・・・何だって?」
予想もしていなかったテレストラートの言葉に、ジーグは驚き目を見開く。
「何故だ?」
「何故?イオクが精霊中心の攻撃を仕掛け、術師を第1標的にしている以上、護りは強固にしておくに越した事はないでしょう。」
「しかし・・・それは・・・お前への負担が勝ちすぎる。俺1人で十分お前を護れる。」
「術の事を心配しているのなら大丈夫です。私も成長しているのですよ。
以前のように間近の人間に気をちらして、術を暴走させたりしません。
確かに貴方は今まで完璧に私を護ってくださっています。ですが、これからもそうとは言いきれないでしょう?
イオクが私を狙ってくるのなら、万が一の事態も起きないよう防衛策をはっておくのが当然では?」
「それは・・・そうだが。何故、相談もなしに。」
「全て貴方に相談しなければいけませんか?現状に対し当然の対応で
特に問題は無いと判断して決めましたが。何か問題がありますか?」
言われれば、それは正論で。しかし、あまりにも突然の事にジーグは戸惑いを隠せない。
テレストラートが自分の身を守るために、護衛を増やすよう自ら進言するのも不自然だ。
しかし、テレストラートを損なえばイオクに対抗できない今の状況を考えれば
当然の対応とも思える。
事前にジーグに何の相談も無かった事も、個人的な事柄では無いのだから将軍に話を持って行くのが筋なのか・・・
護衛とは言え位の低いジーグに話を通す義務は確かに無い。
ジーグ自信が護衛から外された訳でもない。

それでも納得しきれない。何かがおかしい。

しかし、テレストラートの安全の為にと言われれば
ジーグは何も口を挟めなくなる。
釈然としない思いのまま、しかしそれ以上、言うべき言葉が見つけられずに
ジーグは拳を堅く握り締め、その場に立ち尽くしていた。


(2007.10.25)
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