ACT:55 告白


耕太は目覚めて驚いた。
その時テレストラートも目覚めていたから。
耕太の持ち時間にテレストラートが目覚めている事なんて、もう随分長い間なかった。
イオクへの侵攻が始まってからテレストラートの邪魔にならないよう
彼の持ち時間には耕太も眠る約束になっていた。
なのでテレストラートと会ったのは、実に久しぶりの事だった。

いま彼らはガーセンの王都フロスに戻っていた。
イオクの王都ローザに攻め入る前に、一度難民達をイオク国外に出し
占領地を平定し、必要な物資とその補給路を再確保する為にガーセン軍は侵攻を一時停止
今回将軍に指揮をまかせ直接戦場には立たず国内の政に従事している王への報告に
フロスに戻ったセント将軍と共にテレストラートも王都へ戻っていた。
これは体調の思わしくないテレストラートを戦場から少しの間だけでも離し
休ませようと言うケイル医師の根回しによるものだった。

「どうしたの?ティティー。何か仕事が残ってる?」
『いいえ。耕太にお話しておきたい事があるのです。少し、いいですか?』
「もちろん。オレもティティーと話したい。
何だか嬉しいな。ティティーと話すの凄く久しぶりな感じ。
可笑しいよね、こんなに近くにいるのにさ。」
『そうですね。』
「どうする?どこか邪魔の入らない所に移動する?」
『はい。2人きりで話したいので。
南塔の先に物見台が有ります。そこなら誰も来ませんのでそこに。』
「わかった。」
耕太はテレストラートの導きにしたがい、術師達の普段居る南塔の先端部分へと向かった。
移動途中も耕太は我慢しきれないのか、最近あった事や見たもの
ジーグとの会話や喧嘩の詳細など、次々とテレストラートに話して聞かせた。
楽しげに一人で大きな声で話しながら歩く姿を、傍から見るものがあれば訝しく思ったかもしれない。
だが今、山を降りた術師は全てイオクに出向いている為
南塔は無人に近い状態でひっそりと静まりかえり耕太に目を留める者はいない。

南塔の更に上部、螺旋階段を上りきった所に見張りの為に張り出した小さなバルコニーが有る。
「うわぁ〜〜高いな。凄いフロスが全部見える。人があんなに小さい!
何か箱庭みたいだな。こんな場所が有るなんて知らなかった。
ティティーは良くここに来るの?」
『ええ、考え事をするのに。ここまで来る人は居ませんので。』
耕太ははしゃいで上体をバルコニーから乗り出し、眼下の町を覗き込むと上機嫌で言葉を継ぐ。
「こんな絶景ポイントなのに?フロスはキレイだよな〜。喰いもんも美味いしさ。
ティティー、クルの実って食べた事有る?ふわふわで甘いやつ。
あれ、どうしても上手く殻が割れないんだよな。いっつもジーグに馬鹿にされる。」
『コツがあるんです。それさえ掴めば簡単に割れますよ。今度教えますね。』
「うん!こっそりな。ジーグを見返してやるんだー。」
意気込む耕太にテレストラートが笑い声を洩らす。
テレストラートが笑っているだけで、耕太は何だか楽しい気分になってくる。
いつもこうやって、笑っていてくれれば良いのに。
「あ、オレばっかり話しててゴメン。ティティー、話が有るんだよね。何?」
『はい・・・。』
そう、応えたものの言いにくそうに言葉を切る。
逡巡するような気配が耕太に伝わって来た。
『耕太、その・・・座りませんか?少し、長くなると思いますので。』
「うん」
耕太は素直に言葉にしたがい、バルコニーの柵から離れるとその場に腰を下ろす。
『耕太。落ち着いて最後まで聞いてもらえますか?』
「ちょ・・・そう改まって言われると、何か怖い〜。何?なんか悪い・・・話?」
『そう・・・ですね。この体の事なんですけれど、ちょっと問題が有るんです。』
「う・・・ん」
『耕太も知っているように、この体は一度死に
反魂で呼び戻した魂を賢者の石の力を借りて封じ、動かしています。
ただ、この石はとても力の強い石で人の力で制御するのはとても難しい。
今、この石は体の中で私の力を喰らい、成長を始めています。
そう・・・ちょうど精霊喰いのように。』
「え・・・」
"精霊喰い"と言う言葉に、耕太の背筋を冷たいものが走る。
「石に・・・喰われちゃうの・・・オレたち。ど・・・どうしたら」
『大丈夫。止める方法は有るんです。
それに協力してもらう為に耕太にも知っておいてもらいたかったのです。』
「オレ、オレ、何でも協力する!」
『ありがとう。』
テレストラートは落ち着いた調子で、淡々と話し始めた。
『まず、この身に宿る精霊たちを全て開放します。
それから石を成長させる私の力自体を封じます。これで、石の成長自体は止まるはずです。』
「でも・・・そんな事したら・・・。」
『ええ、術は使えなくなります。
ですからその前に、イオクだけは何とか方を付けたい。
限界ぎりぎりまではこのまま引き伸ばし、イオクを叩きます。』
「うん。」
『力を全て手放せば、この体に掛かる負荷も普通の人間のそれと変わりません。
しかし、この体自体がそうとう傷んでしまっています。
ですから肉体に宿る人格を一つだけに絞ります。そうすれば、耕太の一生分ぐらいはこの体も十分もつはずです。』
さらりと流されたテレストラートの言葉の内容に、耕太が驚いて口を挟む。
「ちょ・・ちょっと待ってよ、ティティーは?眠りっぱなしって事?」
『耕太、これは・・・』
「まさか・・・死ぬつもりなの!?嘘・・・でしょ?」
言いながらそれが全て本当の事なのは分かっていた。
テレストラートがこんなタチの悪い嘘を言う理由なんて無い。
それでも、否定しないではいられなかった。

『耕太、すみません。あなたを元の世界に返すと約束したのに。
 あとの事は長老達が全力で当りますから、きっと・・・』
「そんな事、言ってるんじゃない!そんなの、どうだって良いんだ!
帰れなくたってかまわないよ!2人で体を使っていたってオレは全然かまわない!」
『私の人格を残したままでは、力を完全に封じられるか分かりません。
それに力を放棄すれば耕太と私を隔てている壁を形作る事も出来なくなります。
それでは、人格自体が崩れてしまう恐れがあります。』
「なんで・・・そんな・・嫌だよ!どうして!!」
『耕太、落ち着いて下さい。今すぐと言うわけでは有りません。
まだ、時間は有ります。』
「何とかしなきゃ、他の方法は?何か探さなきゃ、戦なんてしてる場合じゃないよ!」
『耕太、これしか方法は無いのです。私は既に死んだ人間です。』
「嫌だ!何で全部勝手に決めちゃうんだよ!オレに何の相談も無しで!
ジーグは?ジーグは何て言ってんだよ!!」
『・・・・・。』
「まさか・・・知らないの?」
『今、彼に言っても仕方有りません。彼を苦しめるだけです。』
「信じられない・・・そんな・・・だって、ジーグはあんなに・・・」
『耕太、ジーグには・・・』
「いいのかよ!それで、本当に!!何でそんなにアッサリ諦めちゃうの!?」
テレストラートが死んでしまう、そんな事になったらジーグは・・・?
「オレ・・・ジーグに殺されちゃう・・・。」
『何を・・・』
「絶対だ!テレストラートを犠牲にして俺だけ生き残ったりしたら、ジーグはオレを許さないよ!!オレ、ジーグに殺される!」
『耕太、そんな事は有りえません。分かっているでしょう?
彼はあなたを傷つけたりはしません。』
分かっていないのはテレストラートの方だ。
ジーグが本当に大切に思っているのはテレストラートだけなんだ
何で当のテレストラートにだけ、それが分からないのだろう?
「本当にそう思ってるの?そう・・?そう、かもね・・・
だけどジーグは傷つくよ。彼をもう一度おいて行くの?」
『耕太・・・。』
テレストラートの凪いだ心が小波のように揺れるのを感じる。
ここが攻め所だ、何としてもテレストラートの考えを変えなければ
執着心でも、嫉妬でも、怒りでも
とにかくテレストラートを揺さぶって、死にたくないと思わせなければ。
「いいの?ジーグが好きなんでしょう?
 テレストラートが居なくなったら、他の女の人と結婚しちゃうかもしれないんだよ。」
『かまいません。彼が幸せなら、それで・・・』
何でそんな奇麗事を言うの?嫉妬心も無いの?未練は?
「本気で言ってるの?ジーグがティティー無しで幸せになっても良いって、本気で?
じゃあ、オレがもらっても?ジーグの事はオレがもらうからな!」
頭に血が上って、思わず口からこぼれた言葉に自分で驚いた。

何だって?オレ、今なんて言った・・・?

胸が苦しい。
張り裂けそうに。
これは、テレストラートの痛み?それともオレの?
テレストラートを怒らせたかった。
その平静さを剥ぎ取りたかった。
自己犠牲なんてそんな奇麗事、何としてでも崩してしまいたかった。
なのに・・・。

『かまいません。』
確かに心を乱しているのに、優しい声ではっきりと口にするのは肯定の言葉。
そしてこちらが泣きたくなるほど胸を満たす切ない思い。
「わぁ〜〜〜!!オレ何言ってんだ!!ってか、ティティー何言ってんだよ!
嘘だってば!本気にするなよ。ごめん、冗談だって・・・。」
『でも、耕太。ジーグの事が好きでしょう?』
「・・・・・え?」
テレストラートに言われて冷水を浴びせられたように、一気に熱が冷めた気がした。
『分かります。だって、あなたは私と同じ魂を持っているんですから。
 だから、良いんです。』

テレストラートの言葉がゆっくりと頭に染み込んで来る。

何?オレがジーグの事を好き?
嘘、だって・・・。
テレストラートを犠牲にしても、手に入れたい?
そんな・・・こと
違う。違う・・・?ハズ・だ。

様々な思いが交錯して何が何だか分からない。
耕太は言うべき言葉も見つけられなくて、固い石のバルコニーの床で
凍りついたように動けなくなってしまった。
テレストラートが変わらぬ静かな声で、決定事項を確認するように告げる。

「耕太。私に任せて下さい。あなたに悪いようには決してしませんから。
ジーグには今はまだ。」


(2007.10.20)
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