Act.5 謁見

心臓も息も止まるほどに驚いたが
やっぱり目が覚めてくれる事は無く
耕太は恐怖にその場に凍りついた

殺される、オレ絶対殺される〜

「身支度は済んだようだな。」
そんな耕太をジーグは冷たく一瞥し
すぐに視線をゼグスへと移した
「ゼグス、緊張感が無さ過ぎる。こいつの事は極秘事項だ。
 誰にも知られてはならない。人が入ってきたのにも気付かないようでは迂闊すぎる。」
「申し訳有りません。」
ゼグスもカナトも酷く萎縮する
こいつ本当に嫌な奴だ

「ジーグ、入るぞ」扉の外から声がかかり
3人の男が入ってきた
1人は先ほど部屋に来た背の高い男
ジーグと同じような格好をしているので戦士なのだろう
歳は30代半ばと言った所か
もう1人も戦装束。眼光の鋭い威厳の有る男。
そしてもう1人は戦装束でもゼグスたちのようにローブ姿でもない
知的で落ち着いた感じの人物で、この男だけ、やや歳は上に見える

3人が入ってくるとゼグスとカナトが跪き頭をたれる
それで、多分偉い人なんだろうとは察しが付いたが
一体どうしたら良いのか耕太には判らず
ただ突っ立っていた

彼らは扉をくぐると耕太からは少し離れた所に立つ
ジーグと背の高い男の右手が入って来た時から
剣の柄にかけられている事に耕太は気付かなかった

「セント将軍、ケイル医師そしてハセフ・フィラトス王弟殿下だ」
背の高い男・知的な男・眼光の鋭い男の順でジーグが紹介する
「ヒラヤマ・コウタ、お前の事を知っているのはこの部屋にいる6人だけだ
 術師達には追々知らせる事になるだろうが、決して他の人間には正体を知られぬよう。
いいな。」
将軍。殿下。今まで全く縁の無かった重々しい呼称に
耕太は思考停止状態だった
苛立ったようにジーグが繰り返す
「いいな?」
「あ・・う、うん・・・。」
ようやくそれだけ答えた耕太に
王弟ハセフがゆっくりと歩み寄る。セント将軍が前に出ようとするのを片手で制し
耕太の前に立つと鋭い目で耕太を見据えた

確かこの人が次の王様になるって言ってた・・・
王様って言ったら、総理大臣、いや天皇陛下?とにかく凄く偉い人で・・・
ちゃんと挨拶したりとか、何かしなきゃいけないんだ、きっと・・・

しかし、王どころか市長にだって会ったことがない耕太は
一体どうすれば良いのか皆目判らず
まさに凍りついたかのように固まっていた
そんな耕太に長い沈黙の後、ようやく王弟が口を開く
「どうやら本当にテレストラートでは無いようだな。」
ここで、はい、そうです。と答えるべきだろうか・・・
「ヒラヤマ・コウタ。我等に協力する限り、悪いようにはしない。約束しよう。」
重々しくそれだけ言うと、踵を返し王弟は部屋を後にした
セント将軍が影のようにその後に従う。

「お前は、王族の前で最低限の礼も取れんのか・・・」
呆れたような、愚痴るような口調でジーグがボソリと小声で呟くのが聞こえる
「なっ・・・だって・・・」
抗議しようと思ったが、余りにもその通りで言葉が継げない
「まぁまぁ、ジーグ。お前とは違うんだ、王族の前では緊張もするさ。
 ヒラヤマ・コウタ、私はハーラン・ケイル。医者だよ。怪我をしてるだろ?
 傷を見せて。」
残ったケイル医師が明るい調子で声を掛けてくる
暖かい声音と気さくな雰囲気に、思わずホッとした
医師に見せる為に、服をはだけようとするが
苦労して着た服は、脱ぐのも大変で結局またゼグスとカナトの手を借りるはめになった
その様子をジーグは冷めた目で見ている
何を考えているか容易に想像できて、耕太は歯軋りしたい気分だった

くっそ〜〜〜人のこと馬鹿にしやがって!!!!!

「これは・・・酷いな・・・。」
ケイル医師が傷を見て息をのむ。
自分の傷を見て医者に絶句されるのは、気持ちよくないなぁ・・・
と思いつつ何気にジーグに目をやると
眉をしかめて目を逸らす所だった

普段は男らしく見えて、病院や血がからきしダメだったりする奴がよくいる
意外とジーグもその類かと思うと根拠は無いが、ちょっと勝った気分になる
意気地なしめ

「完全にふさがってはいるが・・・痛むか?」
「ううん、全然。」
「そうか。・・・気分は?他に痛む所は?」
「別に・・・えっと・・・靴の金具が当たって痛い。」
ジーグが呆れたように額に手を当てるのが視界の隅に入る
「何だよ!!本当に痛いんだよ、ずれて。さっきから。」
苦言にケイル医師まで小さく笑う
「新しい靴だからね、足にまだなじんでないんだろう。ほら、・・・これで楽になるだろう?」
靴の留め金を器用に調整してくれながら、もらす
「本当にテレストラート殿じゃないんだね・・・。」

誰にも彼にも繰り返しそういわれて
仕方の無い事だとは思うのだけれども、やはり居心地が悪い。
そんな耕太にケイル医師は優しい調子で話しかける
「何か有ったらすぐ私を呼びなさい。気分が悪いとか、頭が痛いとか。
 眠れないとか、不安だとか、どんな些細な事でもかまわないからね。」
まるで小さな子供にする様に、頭をポンポンと軽く叩き
服を元に戻すのを手伝ってくれながら
「今は皆、気が立っていて、君に対する対応がきちんとなされていないかもしれないけど
 君が思っている以上に君の存在は我々にとって重要なんだ。
こんな状況で混乱もするだろうが、自棄にならないで。」

もしかしてこの人、オレをすごい子供だと思っているのかな・・・
「君はジーグが嫌いみたいだけど、彼だって普段は気の良い奴だよ。」
「ドクター、用が済んだのなら出て行って下さい。」
話の腰を折るようにジーグが不機嫌な声で割り込む
ケイル医師は別段気にする風も無く、ジーグに軽口をたたいて出ていった。

ジーグは耕太のそばに寄ると身構える耕太の服装を細かく直し始めた
「襟は上まできちんと留めろ、ベルトはたらさず、ここに差し込む。ローブの前は合わせ
 そうじゃない、こうだ。ちゃんと覚えろ、もっとしっかり立てないのか?」
・・・気の良い奴だって?この乱暴な小姑男が?
「夜明けと共に御前会議が開かれる、お前にはそれにテレストラートとして出席してもらう。」
「・・・それって重要な集まりなんだろ?・・・絶対出なきゃダメなの?」
「戦場でテレストラートが刺されたのを見た兵士は多い、術師の長が既に死んでいるのでは無いかと言う噂がすでに軍内にながれて、兵士の士気も落ちている。このままでは戦線を離脱する同盟国が出かねない。流れの傭兵も今回の大敗で様子見に入っている。
脱走するものが出れば、後は雪崩れ落ちだ。早く噂を払拭しないと・・。」
「でも・・・オレ」
「大丈夫だ、お前はただ座っていればいい。テレストラートに話しかける者など
 王の他には滅多にいない。」
「本当にそんなんで・・・」
「俺はいつもお前のすぐ後ろにいる。もし誰かに質問される事が有ったら、"はい"と"いいえ"だけ口にしろ。質問を最後まで聞き落ち着いて、一呼吸おいて。"いいえ"の時は俺が肩に触れる。それ以外は常に"はい"だ。
 後は俺とハセフ殿下が何とか誤魔化す。お前は何も言わず、落ち着いて座っていろ。」
ジーグの言っていた軍の危機的状況が完全に理解できたわけでは無かったが
自分の行動一つでとんでもない事態になる事だけは解ったので
耕太はジーグの言った事を心の中で繰り返し、刻み付ける。
「御前会議はこの町の神殿で行われる、会場に着いたらハセフ殿下はまだいらしていないはずだから真直ぐに席に向かい座れ。場所は俺が指示する。他の者にお前は礼を取る必要は無い。目が合ったら会釈だけしていろ。
 ハセフ殿下がいらっしゃったら立ち上がり、他の者と一緒に一礼して殿下が座ったら着席。後は会議が終わるまで、ただ真直ぐに座っていろ。終わったら殿下と一緒に立ち一礼。殿下が部屋から出られたら、俺たちも部屋を出る。それで終わりだ。出来るな?」
「う・・・うん。」
「ゼグス礼の仕方をヒラヤマ・コウタに教えてやれ。」
「礼ですか?」
「テレストラートが御前でする何か特別な礼が有ったろう?」
「族長の最敬礼でしょうか・・・?数度見た事しか」
そう言いつつその場で礼を取る
腰を屈めひざを折り片手を横に流す、バレエのお辞儀のような優美な礼だった
「それだ。ヒラヤマ・コウタやってみろ。」
ゼグスに習ってまねて見るも、どうもさまにならない。
処か、バランスを崩し転びそうになる。
それを見てジーグが溜息をつく
「なんだよ・・・。」
ムッとしてにらみ付けると
いいからこれにしろ、と左腕を胸前に当て上体を折るだけの簡単な礼を教えた
「もし会場に殿下が既に来ていた時は、扉をくぐった直後に立ち止まり
 殿下に向けて礼をして、席につけ。後は同じだ。何か質問は?」
「ええっと・・・会議ってどのくらいの長さ?」
「特に問題が無ければ一時程だ」
回らない頭でやっとそれだけ思いついた質問だったのに
その"一時"がどのくらいの時間なのかが全く解らなかった
「しっかり頭に叩き込んで置けよ。くれぐれも落ち着いて。いいな?」
「・・・解った・・・」
しぶしぶそうは答えたが、鉛でも流し込まれたように胃が重かった
「夜明けまでまだ間が有る。少しでも眠っておけ。夜明け前に迎えに来る。」

そう言い置くとジーグはそっけなく部屋を出て行った
こんな状況で眠れる訳ないだろ!と
耕太は恨みがましく閉まった扉をにらみつけていた。


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