Act4 精霊使い

「平山耕太。私はゼーロングス・ポトイ。ゼグスとお呼びください。」
近づいてきた細身の男は静かな声で耕太にそう名乗った
ひざを折り、座っている耕太に目線を合わせ
やさしく響く声でゆっくりと語りかける
「非礼をどうぞお許しください。あなたが混乱されるのもわかります
 ですが、今はどうしてもお力をお貸し願いたいのです。」

ここに来て、始めてまともに話しかけられた気がして
耕太はゼグスと名乗った男に目を向ける
年は20代前半ぐらいで明るい茶の長い髪を肩に垂らし
茶色の瞳の優しげな面立ちの青年だ。
「あなたには決して危害を加えません。あなたが元の体に戻れるよう
 全力を尽くして対処します。ですのでそれまでは、協力していただけないでしょうか?」
そうは言われても、たった今、協力しなければ殺すと脅されたばかりだ
そんな言葉が信じられるはずも無く
思わず不信感が表情に出る
それに気付いたゼグスは困ったように眉を下げ、申しわけ無さそうに言葉を継ぐ
「ジーグ殿も悪気が有っての事ではないのです。今は・・・
 我々はとにかく混乱していて・・・
 とにかく平山耕太、ジーグ殿にも他の誰にも、あなたには危害は加えさせないと誓います、ですから、どうか・・・」

縋る様な目で訴えかけられて、耕太も何とかしてやりたい様な気にもなってくる
実際、選択の余地は無いのだ
ゼグスが危害を加えないと誓うのは本気かもしれないが
ジーグが協力しなければ殺すと言ったのも、絶対本気で
あいつなら、ためらいも無くやるだろう

だけど・・・
「でも、オレ、本当に何にも出来ないよ・・・」
始めて耕太がまともに返した反応にゼグスは優しい笑みを浮かべ
「我々が全てサポートします。平山耕太は何も心配する事は有りません。」
安心させるように言った。
「平山耕太」
「耕太でいいよ・・・」
「では、耕太。立てますか?ここでは落ち着かないでしょう?場所を移しましょう。」


耕太はゼグスに連れられ、別の建物に移動した
隣の部屋の死体2つは、いつの間にか片付けられていて部屋はガランとしていたが
やっぱり気味が悪かったので、移れたのにはホッとした
用意された部屋は前の建物と作りは似ていたが
明るく、暖かく
そこで耕太はゼグスともう1人、
耕太と一緒に取り残されていた頼りない見張りの男に手伝ってもらい
身支度を整えにかかった
カナトと名乗った見張りの男はゼグスよりも少し若い感じで
優しげな雰囲気がゼグスと似ていた
血縁者だろうか?

改めて自分の格好を見ると、なかなかに凄まじい
ズルズルと長いローブはズタズタで、それが血で赤黒く染まっている
汚れた服を脱ぎ、お湯で全身を綺麗に拭う
右脇腹の傷はふさがり、痛くも痒くもなかったが
グロテスクな傷痕になっており、そこから剣の切っ先が生えていた映像を思い出し
気分が悪くなった

何やらややこしい造りの服を身に付け
髪をすいてもらいながら
人に髪の毛を梳かしてもらうのなんて、一体何時振りだろう・・・
などと、どうでもいい事をぼんやりと考えていると
こちらをジッとみているカナトと目が合った
「何?」
「・・・・・本当に、テレストラート様じゃ・・・ない?」
「カナト!」
咎めるようにゼグスが声をあげる
「ゴメン・・・でも、だって・・こんな。」
カナトの目から涙が溢れ出し、慌てたように腕でぬぐう
「えっと・・・あの・・親しかったの?その・・・テレストラートって人と。」
「テレストラートは私たちの長でした。」
「じゃあ2人も魔法使いなんだ」
「魔法使い?」
「違うの?」
「魔術の・・・事ですか?」
「え〜・・・っと」
「私たちは術師。精霊使いです。」
「精霊使い?」
「ええ。この世界には沢山の精霊たちがいます。水や風や物に宿る者も
彼らの姿を視、言葉を解し言葉によって彼らの助力を請い、使役するのが精霊使いです。」
「ふぅ〜ん・・・」
何だか良く解らない。が、夢で見た光景から言って
自分の思い描く魔法使いと大差ないだろうと耕太は納得しておいた。
「その中の一番偉い人だったの?」
「我々の代表者です。」
「その、代表者がいないと・・・やっぱりマズいんだ・・そんなに?」
「テレストラートは代表者なだけではなく実力者でガーセンの人々にとっては象徴でも有ったでしょう・・・。
 それよりひとまず、耕太、食事を取って下さい。カナトここに運んで来てくれ。」

こんな状況で食事なんて、とても喉を通らないよ・・・
そうは思ったけれど
目の前に湯気の立つスープと香ばしそうなパンと桃に似た果物を並べられると
現金な物で、腹の虫が盛大に自己主張を始めた

「!!うまい」
決して豪華ではい素朴な料理。それが驚くほど美味しい。
シンプルな味付けのスープは野菜の甘味と香りが広がるし
パンは、かなり固い物だが味が深く
果物は甘くみずみずしく溶けるようだ

食べられないと思っていた事など嘘のように
アッサリと平らげる
腹が膨れると、人間単純なもので
落ち着いても来るし余裕も出て来る
身支度も終わり食事も済ませ、特にやる事もなくなり
部屋の中を見回す
ここまで来ても、やっぱりこれが現実のはずは無いと
心のどこかで信じていない自分がいて
どこかに粗が無いかとテーブルや壁などを探ってみたりする
もしかしたら自分は事故か何かに遭って
意識不明になって、長い夢の中に居るのかもしれない
それのほうが、これが現実だなどと思うよりも何倍も真実味が有るしマシな気がする
なら、何とか目を覚まさないと・・・
そんな事を考えながら部屋の中を歩き回っていると
壁際の鏡が目に入った

鏡は耕太の何時も見ているガラスの物ではなく
大きな金属板の表面を磨いた物だ
耕太は鏡に近づき、そこに映る人物をマジマジと見つめた

中性的というか・・・どちからと言うと女性的な
ほっそりと整った顔立ち
それを縁取るように下らされた髪は肩よりも長く
絹のように艶やかで、色は漆黒
鼻梁がスッと通っていて、綺麗な形の唇
筆で引いたような眉に優しげな目元
女の子みたいにまつ毛が長い
そして印象的な色の瞳

深い湖を映したような青

スッゲー美形!!
こんな顔だったら、女の子にモテモテだろう!
いや芸能界入りしてスターの仲間入りも夢じゃない

手で顔を触ってみる
鏡の中の人物も全く同じ動きをする

これが今の自分の顔なんだ・・・
何か変な感じだ。落ち着かない。
いくら超絶美形でもやっぱり17年間馴れ親しんだ
自分の顔の方がしっくりくる。

夢の中で何度もテレストラートだった事が有るのだろうが
自分の顔を見たのは、これが始めてだった
それに思っていたのと、ちょっと違う。
顔立ちはともかく
周りの人間から、長だの、重要人物だのと聞かされていたので
もっと年をとっているかと思っていたのだが・・・
「ずいぶん、若いんだな・・・」
鏡の中の人物は耕太と大して違わない年に見える
「こんな年で代表者なのか? それとも、若く見えるだけなのかな・・・」
ファンタジー物でよく有るように、力の強い魔法使いが年を取らないとか
「ねえ、テレストラートって年いくつ?もしかして、これで凄く年取ってたりするの?」
どう言う意味の問いなのか不思議そうにカナトが答える
「いえ、テレストラート様は私より2つ年下ですから・・・」
「カナトは何歳なの?」
「19です」
って事は見た通りの歳なのか。もしかして歳の数え方が違うのか?
他の人間より若いのに長?
そういう家柄なのかな
この歳で大変だよなぁ

そう言えば、この後会議に出ろって・・・
「ごぜん会議ってなに?」
「王の前で開かれる首脳の集まりです。」
やっぱり・・・
「王様って死んだんじゃなかったっけ?」
「おそらく王弟のハセフ様が即位されるでしょう」
「その御前会議ってどんな感じなの・・・」
「さあ・・・私たちは出られる立場には無いので・・・」
「ジーグ殿が説明して下さいますよ。」
ジーグ!!
先ほどの事を思い出して、耕太は思わず身震いする
「オレ、あいつ嫌だ。」
「ジーグ殿ですか?」
「乱暴だし、強暴だし、馬鹿力だし。おっかないよ〜オレ絶対あいつ嫌だ!!」
「耕太・・・」
「一方的に自分の言いたい事だけガンガン押し付けて
人をゴミみたいに扱うじゃないか!横暴だよ!あいつ絶対・・・」
「俺の事か?」

唐突にかけられた声に
耕太のみならず、扉が開いたことに気付いていなかったゼグスとカナトも
思わず飛び上った

耕太は息が止まるかと思った
このショックで、目が覚めればいいのに・・・


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