Act:6 御前会議

広々とした石造りの部屋にはすでに、20人程の人々が来ていた
それぞれにヒソヒソと、又は声高に話している声が
高い天井に反響してグヮーンと耳に飛び込んでくる

耕太は入り口に立ち止まって深呼吸をしたが
"一歩"が前に出ない

部屋の中にいる人々は、ほとんどがガッシリとした偉丈夫で
カリスマ性と言うか、オーラと言うか・・・
そこに居るだけで存在感を周りに激しく主張しているような・・・
おそらく生まれてこの方、人の上に立って生きてきた者達なのだろう

オレってば恐ろしく場違いだ・・・
思わずゴメンナサイしてその場から逃げ出したい衝動にかられる。

「テレストラート」
すぐ後で低く落ち着いた声が、自分の物ではない名前を励ますように呼んだが
耕太にとって、それは脅しとなんら変わりはない。
もう一度深呼吸をすると決死の思いで"一歩"を踏み出した。


予定通り王弟ハセフはまだ来ていなかった。
耕太は誰とも目が合わないように俯きながら、ジーグの示す席へと真直ぐに向かった。
ジーグが言ったように、誰も耕太には声を掛けては来なかった。
来なかったが、周りの視線が思いっきり自分に集中しているのが
ひしひしと伝わってくる。
なんでこんなに見られているんだろう?
自分は何かミスをしただろうか?
王弟がいなかった時は誰にも挨拶はいらなかったハズだけど・・・
歩き方が変なのか?右手と右足は交互に出てるよな・・・

気になりだすと、歩き方すら解らなくなり
足がもつれそうだ。

ほんの数メートル
それが永久に終わらないのでは無いかと思われるほど長く感じたが
それでも何とか無事に席にたどり着き
耕太は周りに気付かれないように小さく溜息をついた。

すぐ後。1メートルと離れずにジーグが立っているのを背中に感じる
今の耕太にとっては、それが唯一の命綱のように感じられた。
彼が確かにそこに居る事を、目でも確認したくて
我慢できずに振り返った耕太の視界の隅に、
こちらに向かって近づいてくる1人の男が映った。

「テレストラート殿、ご無事でしたか。酷い怪我をされたと言う話を耳にして案じておりました」
話しかけてきた中年の男から視線を逸らさぬように自分に言い聞かせながらも
いきなりの予定外の接触にどう対応して良いか解らず
今にも心臓が喉から飛び出しそうだ。
"ど、ど、ど・・・どうする?どうするの?どう答えるの??何か、何か"
パニック寸前の耕太の肩に何かが触れた
「いいえ・・」
何度も繰り返し頭に叩き込んだお陰か、考えるより先に言葉が口をついて出た
自分でも驚くほど落ち着いた声だった
「幸い命に別状は有りませんでした。」
すぐにジーグが言葉を継ぎ自然に会話を引き取る
「ガラム殿の甥子殿も負傷されたそうで・・」
「ああ、あれも運が無い。もう戦場には出られんだろう。我が軍も随分と被害を被った
 何よりハシャイ王が・・・」
「まだハセフ様がいらっしゃいます。軍事力も我が軍が数の上でも上回っている」
自分から逸れた話題に密かに胸をなでおろし、話に聞き入るフリをしながらも
また、何時こちらに話題をふられるのでは無いかと
居心地の悪い思いをしている所に、王弟が姿を現した。
耕太は他の人間に合わせて、教えられた通りに一礼し王弟の合図に合わせて席についた。
ジーグは耕太の席のすぐ後に座らずに立つ
これでもう、会議が終わるまでただ座っていれば良いハズだ。

「皆聞き及びの事と思うが、昨日の会戦で盟主であったガーセンの王ハシャイ・ゴーダ三世が命を落とされた。
葬送の儀は王都に一度帰還してから略儀にて執り行うものとし
それに先んじて、ガーセン国王位継承権第一位の私ハセフ・フィラトが、昨夜大神官立会いの下、戴冠の儀を執り行い正式に18代王位を継承した。
それと共に盟主の地位と権限を前王に替わり私が引き継ぐ。
異存の有るものは今ここで直ちに名乗を上げ・・・・・・・」

どうやらこの会議は、戦争のために同盟を結んだ国々のお偉いさんの集まりで
昨日の戦いで大敗し同盟の中心になっていた国の王様が死んでしまったので
次のリーダーと今後の方針を話し合う場のようだ。
状況はあまり良くないらしく重い空気が立ちこめる中会議は長く続く

「イオクにあれ程の軍備が有ると言う話はなかったはずだ」
「それは問題にはならん。数も力もこちらが遥かに勝っていた、あれ程までイオクの間者が紛れていたとは・・・」
「紛れたのではない、寝返ったのだ!!」
「これを機に・・・まだこちらの軍事力が勝るうちに、有利に休戦協定を結んではどうか?」
「何を弱腰な!一気に叩き潰すべきだ!」
「しかし、あの国は底が知れない・・・迂闊に手を出せば今回の二の舞に」
「講和条約を結んだムロイとヌイは両国とも代替わりしたそうだぞ。
先の王はどちらもまだ若かったのに相次いで急死されたそうだ。
両国とも幼い王を立て、イオクの属国に成り下がっている!イオクは信用できん!」

議論が激しく白熱する中
誰も耕太に意見を求める様子も無く
注意も払われないので、これで何とかなりそうだと少し安心してきた
それでも初めは状況を少しでも把握しようと議論に意識を集中しようとしたが
聞きなれない言葉のオンパレードに半分も理解できず
すぐに飽きてしまった。

こうなるとただジッと座っているのはとっても、暇だ
議論を交わす人々の身に着けている手造りであろう凝った衣装や装飾品にも興味をそそられたが、あまりキョロキョロと視線を動かすのも不自然だし
何より誰かと目が合ってしまうのが怖いので身動きが取れず
耕太は新しい王様に眼を据え、とにかくジッと耐えていた。

事態がこう着状態だと、人間緊張感を長く持続するのは難しい。
耕太は元々あまり緊張感の有る人間でもなかった
もう、これは・・・大丈夫なんじゃないかな?
と言う気の緩みが出ると、現金な物でこんな状況なのに眠くなって来た。
議論の声も耕太の耳にはまるで子守唄のように響く
そういえば昨日は一睡も出来なかった・・・

ここで寝るのはさすがにマズイ。
耕太は必死に眠気から逃れようとする。
とは言え、伸びをする訳にも、頭を振るわけにも、頬を叩く訳にもいかず
駄目だと思えば思うほど瞼が重くなり、意識が飛びそうになる
"ね〜む〜い〜・・・早く終わってくれ〜〜〜〜"

こんなひっ迫した場面で眠気と戦うなんて・・・オレってば一体!?
って言うかオレが一番ひっ迫した状況なんじゃぁ??
やばい、ヤバすぎる・・・何か他の事を考えるんだ
何か、何でもいい楽しい事を。そう、例えば兄貴のDVDの事とか・・・
そう言えばDVD大会の約束をしてた・・・勇司、オレの事探してるかな?
オレの体どうなっちゃったんだろう?今どんな状況なんだろう???

「・・・・・・ステラート殿、テレストラート殿?」
「え?あ、はい。オレ?」

半ば寝ぼけた頭で、全く関係の無い考え事をしていた耕太は
いきなり掛けられた呼びかけに、とっさに素で答えてしまった

"マズイ!!"
一気に眠気と血の気が引いた。
どうしよう、オレ、どうしよう、オレ、どうしよう、オレ
パニックを起した頭が目まぐるしい速度で回転する
思わず口から言い訳の言葉が溢れそうになるのを
これ以上事態を悪くする訳にはいかないと
とっさに働いた理性が手を動かし、口を塞いだ

声を掛けてきたのは、長細いテーブルの耕太とは向かい合って斜め前に座っている若い男のようだ。
幸い、今、人々はてんでに声高に議論を交わしている状況で
耕太の失言は会場中の注目の的にはならなかったが
それでも声をかけた男の他に数人が怪訝な顔でこちらを見ている。

こんな偉い人ばかりが集まる重要な会議で
オレが全くの別人で、皆を騙しているってバレたら・・・

それが、どんなに重大な事態か今更ながらヒシヒシと身に迫ってきて
体が小刻みに震えだし、冷たい汗が噴き出してくる
何とかしなくちゃ、上手く誤魔化さないと・・・バレたら
どうなるかなんて、考えるのも嫌だ!いや、違う何か考えないと・・・

「ハセフ陛下」
パニック状態の耕太のすぐ後ろでジーグが声を上げる
長いテーブルの一番奥に座っているハセフ王がジーグに眼をやり発言を許すような仕草を執る
「術師の長の退席をお許しください。これ以上の責務は傷に障りますので。」
「ああ、そうだな。そうしてくれ。
 テレストラート気付かず悪かった。体を休めてくれ。」
おそらくジーグとハセフ王の間で、最悪の事態のときに耕太を連れ出すべく打ち合わせがなされていたのだろう。
ジーグもハセフ王もごく自然に、落ち着いて言葉を交し正式な了承を取ると
ジーグは硬直している耕太の椅子を引き、体を引き上げるようにして立たせた
その時に小さな声で'王に一礼して出る'と耳打ちする

パニックに陥りながらも"一礼、王に一礼、ゆっくり、焦るな"と自分に言い聞かせながら教えられた通りの礼を深くすると、ジーグと共に出口に向かう。
その間、室内の人々の不安げな、伺う様なまたは訝しげな視線を集め
耕太は生きた心地がしなかったが
血の気が引き、体が震えジーグに支えられるようにして歩く耕太の姿は
具合の悪いけが人のそれにしか見えず、二人が扉にたどり着く頃には
また、激しい議論が交わされていた。

扉が背後で閉まると、緊張の糸が切れ
耕太は膝が崩れて座り込みそうになった。
脇に立つジーグがとっさに支え
「部屋に帰るまで、まっすぐ歩け。」
と感情の窺い知れない声で言い
殆んど引きずられるようにして、耕太は元居た部屋まで帰った。

道すがら、今までの状況を混乱した頭で整理する。
助かったのか?何とか誤魔化せた?
誤魔化せた・・・と思う、ジーグが何とかしてくれた
オレはまだ殺されたり捕まったりしてないし・・・うん・・乗り切ったんだ
ひとまずは。
危なかった〜もう駄目かと思った・・・あんな・・・あんな事口走っちゃって
オレのミスで危うく大変な事に・・・
オレのミス・・そうだ、オレ、ミスった!!!
それもあんな間抜けな!!
どうしよう、ジーグ怒ってるよな〜

チラリとジーグの横顔を盗み見る
その顔に表情は無く、がっちりとその腕に耕太を抱え込んでいる

怒ってる・・間違いなく怒っている。それもとてつもなく!!
そりゃぁ、そうだよな・・・オレなんであんな所で・・・
緊張感なさ過ぎだ・・・でも、だって、オレ・・・
・・・殺される。
今度こそ絶対に殺される!そうだ、こんな街中じゃさすがにヤバイから
部屋まで黙って歩けって・・・どうしよう・・・
そうだ、カナトとゼグス。部屋には2人が居る!きっと、止めてくれる
きっと・・・たぶん・・・本当に???

更に耕太の足は重くなったが
ジーグは全くスピードを落さず、程なく耕太を部屋へと連れ帰った

一縷の望みは儚くも消えた
そこにカナトとゼグスの姿は無かった。

「ヒラヤマ・コータ・・・」
「ごめんなさい!」
一つ部屋に死刑執行人と2人きり
ジーグに声を掛けられた耕太は
とにかく、すかさず、命乞いを始めた。
「ごめんなさい!!本当にごめんなさい!
 オレが悪かった、です。もう二度と、こんな失敗はしないように、いえ
しません!だから、だから・・・殺・・・うっ・・・・」
途中からは涙がこぼれて言葉につまった。
泣き出したら、止まらなくなった。

「ヒラヤマ・コータ」
再び名を呼ばれて、涙と鼻水を盛大に流しながら
恐る恐る顔を上げ、ジーグを伺い見ると
呆れ顔で、深い溜息をつかれた。

「よくやった。お陰でテレストラートの死亡説はこれで払拭できるだろう。
 厳しい状況で協力してくれた事に礼を言う。よくやってくれた。」
「・・・・・へ?・・・」
「これからも協力してもらわなければならないが、お前の安全は保障するし
 お前の今の状態も正せるように全力をつくす。
 今はとにかく体を休めてくれ。」
「・・・・・それ、だけ?」
「それだけだ。」
そう言うと大きな手で耕太の頭を乱暴にグシャグシャとかきまわし
にっッと男らしい笑顔を見せた。

厳ついイメージが一気に払拭される少年の様な笑顔に
思わず見とれてしまう。
呆ける耕太に背を向け、思い出したように「食事を届けさせる」と付け加えると
部屋を後にした。

扉の閉まる音と同時に、耕太は呆けた顔のままその場に座り込んだ。


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