ACT:40 心境


「そうですか・・・、それは済みませんでした。」

最近のテレストラートは眠っている時間が長いので、彼が目覚め耕太と主導権を交代する時には
彼が眠っている間に起こった出来事を、一通り話して聞かせるのがここの所の習いになっていた。
耕太は会議の内容や戦関係の堅い話だけでなく、もっと楽しい事柄
とりわけジーグの事をなるべく多く話すようにしている。
彼は決して自分からせがんだりはして来ないが
ジーグの話を聞いている時とても嬉しそうにしているのに気付いて居たから。
今もジーグと出かけたテセ山への遠乗りを、話して聞かせていた所だ。

「でも、かえって良かったかもしれません。私がその状況でいきなり呼び出されたら
 そのまま、木から落ちた可能性が高いです。」
『ティティーが?何で?』
「蛇は苦手なんです。心構えが有れば我慢は出来るんですが・・・。
 落ちるだけならまだしも、辺りを火の海に変えたりしていたら、目も当てられません。」
『へぇ〜意外。ティティーにも苦手な物があるなんて。』
「私にだって、苦手なものは沢山ありますよ・・・。
体力も無いですし、運動全般はあまり得意ではないです。
木に登るのも耕太の方が上手いですよ。
耕太は運動神経が良いですよね。」
そうは言うけれど、体力うんぬんは術師の特徴だった気がするし
耕太自身の運動神経も、悪くは無いと思うが人並み――自分の世界ではの話だが――で
褒められても納得しがたい。
『そうかな〜。だって、馬に乗るのはティティーの方が上手いし。』
「それは、私のほうが長く乗っているからですよ。
 それに相手が動物ですから、あちらが気を使って合わせてくれますし。」
その発言内容自体が才能な気がするけど・・・。
「耕太は積極的で、余裕も有りますし、回りの人を幸せにします・・・うらやましいです。」

それは自分が、自分の欲求に正直で
問題ごとを抱えていないからで・・・立場や背負うものの重さが全然違うテレストラートに褒められても、背筋がむず痒く決まりが悪いのだけれども
完璧に見えるテレストラートが、そんな事を考えていて
自分にコンプレックスをもっているなんて、今まで思ってもみなかった。
体を共有している自分だが、そう多い時間をテレストラートと過している訳ではない。
それでも人々の見る術師の長のテレストラートと、本当の彼の間には驚くほどの差が有る事に耕太はかなり早い時期から気付いていて、その確信は日々強まっている。

はじめに耕太が抱いていた印象は、その他の大勢と同じだった
でも、今抱いているのは・・・

『ティティーってさ、可愛い。』
唐突に言われて、テレストラートは真っ赤になりうろたえる。
他に人が居ない時、テレストラートはいつも張り巡らせている緊張を解いているので
反応も素直だ。
ジーグの気持ちが少し分かるような気もする。
外から見れば、冷静沈着で凄い力も持ってて、その上美形で
近寄りがたい程の人間離れした完全無欠のスーパーヒーローだけど

裏を返せば、必死に虚勢をはって
痛々しいほどに自分に厳しく、自分に課せられた期待全てに応えようとしている。
それゆえに孤独で、その実、他人を必要としないほど強い訳では無いのは素の彼を見れば一目瞭然だ。
けれど、その素の姿を見せるのは、耕太の知る限りジーグと耕太の2人だけ。

『俺さ、ティティーの事、好きだよ。』
彼が戸惑うのが見たい気持ちも有ったが
最も近い存在の気安さか、その言葉はいとも簡単に耕太の口からこぼれ出た。
「私も、耕太が好きです。」
予想に反して、テレストラートは何のてらいもなく、口にする。
それを聞いて、言い出した耕太の方がなんだか恥ずかしくなってしまった。
あちゃ〜ジーグの気持ちが、今、もの凄〜く分かっちゃった。

耕太はテレストラートが笑っているのを見るのが好きだ。
テレストラートはいつも穏やかな笑みを顔に浮かべているけれど
本当の意味で笑っているのは、ジーグの前でぐらいだ。

 
そのジーグが部屋に入って来る。
「楽しそうだな?」
「はい。」
明るく答えた彼の応えに、ジーグが一瞬複雑な顔をして
それでも嬉しそうなテレストラートの様子に仕方がないな、と言うように微笑む。
ジーグの複雑な心情など考えても居ないだろう、あどけないまでに屈託の無い
これが本当の彼の姿。

護らないと。

耕太は思う。
自分は無力で、能力的にはやっぱり完全無欠に思えるテレストラートに対して
一体何が出来るのか、とは思うけれど
それでも、護らなくちゃと思うのだ。
テレストラートは強い。だけど、その強さ故にポッキリと折れてしまいそうな危うさを
どうしても感じてしまうのだ。
強くて、脆い。
冷静沈着で意地っ張りで、あどけない。
どれも本当の彼で、そのギャップが何と言うか庇護欲をそそるのだ。

弟ってこんな感じなのかな?
それとも・・・息子?

ジーグと共に御前会議に向かうテレストラートの中で
耕太は、自分と同じ歳で、ガーセン最強の術師のテレストラートの保護者
になる為の精神的位置づけに真剣に頭を捻ってた。


イオクの動きが最近鈍っている。
この期に一気に潰すべきだと言うガーセンの主張と、長引く戦の影響を考え、このこう着を期に講和を申し込もうとする同盟諸国
実際にイオクへの対抗手段の術師を擁するのは、ガーセンとタリスの2国のみ。
術師の力にのみ頼る今の戦で、功を立てられるのはこの2国のみに限られるという事だ。
自由都市ポートルがガーセンと直接同盟を締結した事も有り
イオクもさることながら、この2国の力がこれ以上増すのを良しとしない向きも有るのだ。
数々の思惑。
意見は平行線だった。
術師の間でも、度重なる戦いによる負担から講和をとの声も多かったが
長であるテレストラートは攻めるべきだとの主張を変えようとしない。

考え事をしていたせいで、何となく寝そびれた耕太は
テレストラートの中で会議の成り行きを一緒に聞いていた。
テレストラートの考えている事は一つ。
耕太の為に早く戦を終わらせる事、そのために起こるどんな負担もすべて自分で負うつもりでいるのだ。
耕太の心情としては、テレストラートに犠牲をはらってまで強硬な手段に出ては欲しくないのだが。
それで無くても・・・。

意見の統合を見ないまま、会議が終わり退出すると扉の前で役人達が待ち構えている。
会議に出席している国のお偉いさんの退出を待っているのだが、その半数以上がテレストラートが目的なのだ。
やれ、治水工事に術師を貸し出せの
やれ、金山の鉱脈を探して欲しいの
やれ、今年の麦の出来を占って欲しいの・・・
現在、王に術師の貸し出しを願い出ても、一蹴されるのが分っている為
直接、長であるテレストラートに掛けあおうと言うのだ。
しかし、ここの所テレストラートの姿を捉えるのは難しいため、会議の出席を嗅ぎ付けると、こうして出口で張っている。

術師が行なう精霊術を用いれば、工事も、仕事も人の手でやるよりはそれは楽だろう。
だからと言って、自分達の国を守るための戦で手一杯の術師たちに
今以上の負担をかけようとする、その神経が分らない・・・。
さらに待ち伏せは其れだけではない。

人垣の後から、数人の侍女をともなって歩いてくる貴婦人の姿に
珍しくテレストラートが微かに眉を寄せたのがわかった。
耕太も同時に彼女を目にして、心の中で低く唸った。

女は前々王の姉、現王の叔母に当る高貴な血筋の女性だったが
常に暇を持て余し、中途半端に政治に興味を持ていた。
現在、戦とは関係の無い世界で生きている彼女は、戦いの模様を物語の様に聞きたがり
偏った知識で、政治に口を出したがった。
甥からは煙たがられ、大臣達からも避けられる彼女の最近のお気に入りは
毛色の変った、美しく物腰の柔らかな術師の長だった。

テレストラートは、この高貴な婦人に対し常に丁寧な対応を心がけていた。
彼女は主君の叔母でも有るし、敬うべき女性でも有るからだ。
だが、そのせいでテレストラートはすっかり彼女のお気に入りになってしまい
彼女の個人的な集まりにまで、呼びつけようとして来るようになった。
この、精霊術師という自分の変った新しい玩具を、茶飲み友達に自慢したいのだ。
やっかいな事に、誘いを無下に断るには、彼女の地位は高すぎる。
耕太も何度も、彼女の自慢に彩られた長々とした話に付き合わされていた。

きっと今回もテレストラートは婦人の前で、嫌な顔一つせずに貴重な時間を無駄に使う羽目になるのだろう。
とっさに耕太はテレストラートを押しのけるようにして強引に前に出た。
「すみませんが。」
群がる人々に笑顔で告げる、横に立つジーグだけが驚いたように視線をチラリとこちらに向けたが何も言わない。
「忘れ物をしてしまいました。少し、待って居ていただけますか?ジーグ。」
思いつきの言い訳を口に載せると、ジーグの腕を引いて今出てきたばかりの部屋の中に引き返す。ちょっとわざとらしい感じもしないでもないが、引き止める文官を無視して扉を閉めた。
「逃げよう。」
言うなり、長衣の裾をたくし上げて窓枠に足を掛ける。
2階だったが屋根と植物を這わせる為の飾り棚を伝えば何とか下へと降りられそうだ。
「コータ?」
「話の長いおばちゃんが来る。つかまったら今日一日無駄になるよ。」
やっぱりジーグは自分に代わった事に気付いていたか、と思いつつ
外に人が居ない事を確認していると、ジーグが後ろから耕太の身体を抱え上げて部屋の反対側の窓まで運ぶ。
「外へ出るならこっちからの方が良い。」
言って、耕太を抱えたまま身軽に窓枠を越え、屋根の上を進むと
少し低い渡り廊下の屋根にうつり、人気の無い中庭へと飛び降りた。
実に見事な脱走の手際に、驚く耕太を地面に降ろし辺りに視線を走らせながら説明する。
「ここには庭師以外殆ど人の出入りが無い。前庭に出るより人目が無いし、城の中心だから、どこに出るにしても便利だ。」
絶対、夜とかに何処かに忍び込んだりしてそう・・・。
そんな思いでジーグの説明を聞いていた耕太に、テレストラートが語りかけて来る。
『耕太・・・。』
「ティティー・・・、ごめん。勝手な事して。
オレあのおばさん苦手でさぁ。絶対、長々と無駄な話を聞かされるし。
時間がもったいないとか・・・思って・・・。」
王の叔母君を2度もおばさん呼ばわりした耕太に、テレストラートが笑う気配が伝わる。
『いいえ、助かりました。私もあの方の事は苦手で・・・。』
好いているとは思わなかったが、いつも丁寧に相対し律儀に話しに付き合っているテレストラートが、"苦手"という控えめな表現ではあるものの、人の好き嫌いを他人に漏らすのが意外で、耕太はちょっと驚く。
そんな耕太の驚きには気付かぬ様子で、テレストラートは少し申し訳なさそうに言葉を続ける。
『あの方・・・少し蛇ににていませんか・・・。』
「蛇・・・?」
ゴテゴテと煌びやかに着飾った、王の叔母の姿を思い浮べてみる。
得物を探している鷹のような鋭い目と、気の強そうな口元
それが細面の顔の中で異様な存在感を放ち、とても美しいとは言いがたい風貌ではあるけれど・・・蛇と称するのはあんまりなのでは・・・?
『あの方、話に夢中になられると瞬きをしなくなるんです。その目でじっと視線を据えられると・・・何というか・・・。』
耕太はもう一度、記憶を呼び起こしてみる。
気おされるほどの勢いで話し続ける女性から受ける、妙な圧迫感の原因は
やはりその目。
言われれば、確かに瞬きが異様に少なかったのかもしれない。
その目で正面から見据えられれば、蛇に睨まれた得物のような気分にもなるだろう。
テレストラートが言葉にしなかった心情を、正確に思い浮かべ耕太は納得する。
蛇が苦手だと言っていたテレストラートが、彼女に捕まるたびにどんな気持ちだった事か・・・。
それなのに、耕太のように逃げ出す事も出来ず相対していた彼の不器用さと
そんな事は全く表面に出さず、対応していた彼の努力にため息が漏れる。
話の成り行きの見えないジーグが「何の話だ?」と問いかけてくる。
「ううん・・・何でもない。テレストラートごめんね、すぐ変わるから、ジーグと・・・」
『耕太、すみません、少し疲れました。夜にはまた会議が有るのでそれまで休ませて下さい。』
言うなりテレストラートの意識が閉じるのを感じる。
「ちょ・・・テレストラート?」
「どうした?」
「疲れたから休むって。寝ちゃった・・・。」
「いいから、休ませてやれ。」
「でも・・・。」
これから夕方までは何も予定が無く、ジーグと久々に2人で過ごせる筈だったのに。
だから無理やりあそこから連れて逃げて来たのに・・・。
「だってジーグはいいの?テレストラートと一緒に居たいんだろ?
 テレストラートだって本当は・・・。」
同じ気持ちのハズなのに。
言葉を切った耕太の頭を、ジーグが優しくポンポンと叩く。
ジーグは小さくありがとうと言ったようだが、よく聞こえなかった。


時間を持て余し、新緑の美しい、ひと気の無い中庭を2人で散策していると
ジーグが真剣な様子で耕太に告げた。
「コータ、お前にこんな事を頼めた筋合いじゃ無いのはわかって居るんだが・・・
テレストラートの事、気をつけてやってくれないか?」
意外な申し出に、耕太は驚いたようにジーグを見上げる。
そんな耕太の様子に気付いた風も無く、ジーグは前方に視線を向けながら続ける。
「あいつは、何時も平気な振りをして自分を犠牲にしようとする。
 あいつが自分を追い込まないように、気をつけてやってほしい。」
「そんなの、当たり前じゃん。言われなくったって・・・。オレだってティティーの事は好きだし、心配してる。
 何も、気にかけてるのはジーグだけじゃないよ。」
拗ねた様に言う耕太の言葉に、ジーグは苦笑をもらし視線を耕太にもどす。
「そうか。
・・・お前、今、ティティーって呼んだか?」
「呼んだけど?」
「その呼び方は止めろ。」
「何で?本人は別に何て呼んでもいいって言ったよ。
 何?自分だけの特別な呼び名とかって思ってた?ジーグって意外と子供。」
「馬鹿、そんなんじゃ・・・。」
「ああ!もしかして、ジーグがタウの事目の敵にしてたのって、彼女がティティーって呼んでたから?」
ジーグが思わず言葉に詰まる。
「何、図星?何だジーグ凄い独占欲が強い?結構恥ずかしい!」
「黙れ!」
「残念だったね、ジーグが思ってるほどテレストラートは特別な意味には思っていないみたいだね。オレもティティーって呼ぶよ、テレストラートって呼びにくいし。」
「うるさい!!」
真っ赤になるジーグを意地悪く見上げ、耕太は人の悪い笑みを浮かべた。

(2007.07.28)
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