ACT:36 眠り 「・・・・・おはよう、コータ。」 「おはよう。・・・ございます。」 部屋を覗き込んだジーグが、耕太に朝の挨拶を告げる。 その、不機嫌な声に耕太は常に無い丁寧な挨拶を思わず返した。 「ローメイ将軍が国境に出る前に、簡単な打ち合わせをしたいそうだ。 朝食を兼ねた会合をするそうだから、ゼグスを連れて下におりてこい。」 何気なく告げる言葉の中にも、苛立ちが潜んでいる。 「うん、分かった。」 返事を聞くと、耕太を待たずにそのまま歩み去った。 その足音にさえ苛立ちが含まれているようで、遠ざかるそれを訊きながら耕太はため息をついた。 ジーグの不機嫌の原因は知っている。 今日も、朝、目覚めたのがテレストラートではないからだ。 テレストラートが表に出てくるのは、最近では戦いが有る時か、王から呼び出しが有った時ぐらい。 それ以外は、ほとんど眠っている状態だ。 テレストラートの負担を少しでも減らしたいとの思いもあり、それも仕方の無いこととジーグも思ってはいる。 いるのだが・・・さすがに10日以上も1度も表に出てこないとなると、我慢も限界に近いのだろう。 会いたい気持ちも有るのだろうが、何よりも テレストラートがまた消えてしまうのでは無いかと言う不安に苛まれているに違いない。 それでも、耕太を責めるような言葉も、行動も全く無い。 無いのだが、とにかく殺気立っていて周りの空気が肌を切るようだ。 そのくせ、態度はいつにも増して、過保護の度合いが増し 甲斐甲斐しさが、うっとおしい程だ。 周囲の人間も怯えているし、耕太も大概うんざりしてきている。 だから朝食会が終わった後、耕太はジーグを呼び止めた。 「テレストラートを起すよ。」 耕太の唐突な申し出に、ジーグは驚いたような顔をして 何か言おうと口を開いたが言葉にならず、期待、不安、逡巡・・・様々な感情が目まぐるしくその表情を彩り、長い沈黙と共に一通り百面相を繰り広げた後。 「・・・・・いや、いい。」 やっと、それだけ搾り出すように答えた。 大方、自分の為にテレストラートを叩き起こすのは、可愛そうだという結論に達したのだろうが、その情けない表情と、何とも切ない声の響きに 耕太まで切なくなる気がして、盛大に顔をしかめる。 「何で?遠慮、してるの?会いたいんでしょ?」 「・・・その、テレストラートは眠っているだけ、なんだよな?別に悪い状況にある訳じゃ・・・。」 「と、思うけど。分かんないよ本当の所は。 テレストラートのガードは固くって、殆ど読めないんだから。本人に直接確認したら?」 そこまで言っても、躊躇うジーグの態度に何だか無性に腹が立ってくる。 「テレストラートはジーグの恋人なんだろ。会いたいぐらい、言ってもいいと思うけど。」 怒ったように言う耕太の言葉に、ジーグは目に見えてうろたえる。 こんな切り口で耕太に責め立てられているせいなのか、それともまさか、恋人という言葉のせいなのか いつも短気で、乱暴で、強引なくせに、テレストラートが絡んだだけで、この不甲斐なさは何なんだ。 戦場で敵の血で全身を朱に染め、不適な笑みをその顔に浮かべる壮絶さ その姿に憧れ、惹かれている耕太にとって、このジーグの態度には裏切られたような気にさえなってくる。 はっきり言ってがっかりだ。 ジーグがテレストラートをどんなに大切に思っているかはわかっているが、大切な者があることによって、ここまで煮え切らなくなるなんて。 恋をする事でこんなに弱くなるなら、恋なんて碌な物じゃない。 こんなジーグを見せられるのは、何故かとても面白くなかった。 「自覚してる?ジーグ。 周りに殺気を撒き散らしてるよ。みんな怯えちゃってる。 はっきり言って、もの凄〜く迷惑!」 挑発するようにわざとキッパリはっきり言葉を投げつけても、全然言い返しても来ない。 張り合いのない相手に、耕太は溜息を洩らし、言葉のトーンを落とす。 「やせ我慢は止めよう、らしくないよ。起すからね。」 言うとジーグの答えを待たず、テレストラートを前に押し出した。 テレストラートは寝ぼけたようなぼんやりとした様子で、何度か瞬きを繰り返していたが ジーグを見止めると彼の名を呼び、ふわりと微笑を浮かべた。 何日も待ち続けていた相手の、特に変った様子の無い笑みに安心したと同時に 少し拍子抜けしてジーグは盛大に溜息を付くと肩を落とした。 「よかった・・・」 「どうかしましたか?」 「いや・・・お前が10日も表に出て来ないから、少し心配した。」 言われて、驚いたように目を開く。 「そんなに・・・。何か、問題が起きました?」 「いや、そうじゃない。イオク側にはこの所、大きな動きは無い。静か過ぎて不気味なぐらいだ。ダーシス将軍に代わってローメイ将軍が今日国境に・・・いや、その話は後だ。 一体お前達はどうなっているんだ?何故最近、お前は眠ってばかりいる?」 一度問いが口を付いて出ると、不満が溢れ出すのを止めることが出来なくなる。 「時間は半分ずつという約束だったろう?なのに最近、お前は必要最低限しか出てきていない。耕太に遠慮しているのか?それとも・・・」 「それは違います、すみません役目を中途半端にしかこなせなくて皆に迷惑を・・・。」 「そんな事を言っているんじゃない。」 思わず声をあげてまい、テレストラートを責めるつもりなど無いのに、と自分を小さく罵る。 耕太に挑発されたせいか、自分の感情に押さえがきかない。 いや、違う。耕太のせいじゃない。 自分の不満が既に限界にきているんのだ。器の小さい自分に激しく落ち込みながら 気持ちを落ち着けるために、大きく息を吐く。 「そんな事ではないんだ・・・俺は、お前ともっと・・・。それに、心配で・・・。」 気持ちを落ち着けて出てきた言葉は素直な願望で、その情けなさにジーグは言葉を切る。 そんなジーグの様子を黙って見つめていたテレストラートは、申し訳なさそうに俯いて小さな声で詫びた。 「すみません・・・。心配ばかりかけて。」 「俺に謝るなと言っただろう?」 照れ隠しのように、ぶっきらぼうに答えるジーグにテレストラートは顔を上げて困ったような笑みを浮かべる。 「今の状態に慣れていないせいなんです。耕太と私の魂を分け続けているのは・・・ずっと術を使い続けているのに似ていて、どうしても疲れてしまう。その上ここの所、大きな術を使う機会も多かったので。 でも、慣れてくれば無意識に出来るようになります。それまで、もうしばらくの間は。」 ジーグはテレストラートが戻ったばかりの頃の2人の酷い状態を思い出す。 「そうか。あの状態じゃまともに会話するのも難しいからな。」 「それに長くあの状態でいると、おそらく融合が始まります。」 「融合?」 「以前にも言いましたが、耕太と私の魂は全く同じものです。仕切る事無く同じ身体にいればいつか混ざり、溶け合わさってしまうでしょう。」 「・・・合わさると、どうなる?お前が消えてしまうのか?・・・それともコータが?」 「どちらでも無いと思います。確実な所は分かりませんが、おそらく全くの別人に。」 「別人・・・何故?」 「耕太でも私でも有ると言った方が、正しいでしょうか。 でも、今までの私と同じでは無いのは確かです。本当は1つの身体に2つの人格なんて不自然な状態よりも、その方が安定して良いのかもしれませんが・・・ガーセンの為にも、周りの人々の為にも。 でも、怖いのです。 融合がなされ、別人になってしまったら、私は・・・ 私のあなたに対する気持ちが、変わってしまうのではないかと・・・それが・・・。」 再び俯いて怖いと告げるテレストラートは所在無さげで、とても弱く見える。 弱みを人に見せることを嫌う彼だが、ジーグの前でだけは自分を出すことも多い。 それでも、こんなにあからさまに不安を出すことは珍しく、その事実が事の重さをジーグに突きつけて来る。 「この思いが消えてしまうぐらいなら、私自身が消えてしまった方がいい。 こんな想いは、村を護る責を負う者として失格でしょう。 これは、私の我侭なのかもしれません。でも・・・」 「馬鹿言うな、お前もコータも、消えていい筈なんて無い。」 「そう・・・ですね。耕太を・・・元の彼のまま元の世界に返すと約束しました。 仮定の話で不安にさせてすみません。 大丈夫です。ちゃんと魂は切り離して有ります。混ざり合う事はありません。 もう少し、時間を下さい。」 「ゆっくりでいい。無理をするな。 ・ ・・・・我慢できなくなったら、また起すかもしれないが・・・。」 「あなたが必要な時は、必ずそばにいます。 呼んで下さい。何時でも駆けつけますから。」 「ティティー・・・。」 ジーグはそっと手を伸ばし、愛しい存在を腕の中に引きよせ包み込む 柔らかな光を湛え見上げて来る、宝石にも無いほどの、深い青い瞳に唇だけで愛の言葉をささやくと、微かに開いた唇に自らのそれを重ねる為に屈み込む。 様子を伺っていた耕太が、盛大に抗議の声を上げたが テレストラートは小さく心の中に詫びて、ゆっくりとその目を閉じた。 |
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(2007.07.01) | |
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