ACT:35 世界の理 繰り返される戦。 一体何度目だろう、歪められた精霊たちを浄化するのは・・・。 日常化しすぎて異常ささえ、最近では感じなくなって来てしまった。 戦況は良いとは言いがたい。 繰り返される攻撃は確実に防いではいるものの、目に見える成果も、終着点もない完全なこう着状態は人々の心を確実に荒ませて行く。 山一つを焦土と化した火霊を浄化し宥め自然界に返すと、術に使役した水霊を開放し 続いて最後に風霊を開放にかかる。 精霊たちに感謝の意を告げ、少しずつ精霊たちを術の支配下から開放して行く 術の終結に向けての手順を確実にこなしていた最中に、あの感覚が再びテレストラートを襲い、集中力を乱す。 以前に1度、術の暴走を引き起こしそうになった、あの"痛み" 何度と無く術をこなす中で、再び起こる事を密かに恐れてはいたが あれから、一度もその兆しさえなかった。 原因は分からなかったものの、何か悪条件が重なった上に起きた、一度きりの事だったのではと、不安が薄れ始めていた時にそれは再び襲ってきた。 術の箍が外れ、風霊たちが一気に解き放たれる。 既に開放に向けて統制をとき、手放しかけていた精霊をとっさに押しとどめることが出来ず、放たれた風霊たちが強風を引き起こす。 突然湧き上がった突風に煽られたガーセン軍の歩兵たちが、相次いで転倒する。 驚き棹立ちになった馬から落馬する騎兵も幾人か出た。 突風は、吹き初めと同様に唐突に消え、後には驚きざわめく人々だけを残した。 「大丈夫か?」 ジーグはさすがに転倒することも無く、怯える馬をなだめながらテレストラートに近寄り声をかけた。 テレストラートは地面に呆然とした様子で座り込み、近づいて来たジーグをゆっくりと見上げる。 「術を・・しくじってしまいました・・・。ジーグ、怪我は?」 「無い。お前は、大丈夫なのか?」 問いには答えず、軍の騒然とした様子に気付き慌てた様子で振り返る。 「皆は?・・・精霊たちが・・・」 「大丈夫だ、ボーッとしていた奴等が、吹き転ばされた程度だ。 戦場で気を抜いている奴が悪い。気にするな。」 自軍の被害を厳しい一言で斬り捨て、ジーグは身軽に馬から下りると 手を伸ばしテレストラートの手を引いて立たせる。 その冷たい手が微かに震えているのに気付き、気遣わしげに眉を寄せ、再び尋ねる。 「そんな事より、お前は大丈夫なのか?」 「私は・・・大丈夫です・・・けれど。術を、手放してしまうなんて・・・。」 自分の失態にショックを受けている様子のテレストラートに、ジーグは庇うように腕を回すとそのまま担ぎ上げ、馬に乗せる。 「誰だって失敗ぐらいする。害は無かったんだから気に病むな。 確かにちょっと久々のポカだったな。疲れているんだろう。」 何でも無いことのように軽い調子で慰めてくれるジーグの言葉に感謝しつつ、小さく頷きながらも、また以前の不安が重く胸を満たしていくのを感じる。 自分の後ろに飛び乗ったジーグの体温を背中に感じると、それだけで少し落ち着きが戻って来る。 精霊の暴走に自分がうろたえれば、回りの不安を煽る。今は落ち着いて自分の引き起こした不手際に対処するのが先決と、気持ちを切り替え背筋を伸ばす。 統率を取り戻し始めた軍本隊へとジーグと共に馬を向かわせた。 ロサウの村に伝わる伝記や古書、ポートルに伝わった大陸中の書籍、ガーセンの保有する古い文献、貴重な文書が眠る王家専用の書庫まで閲覧の許しを請い一通り目を通してみても、求めるものはおぼろげな輪郭が浮かぶのみ。 界を渡る術は霊獣に属するものばかりで、人が界をわたったとされる話は3つ程。全て伝説の類だ。 実際、精霊術師自体が伝説の類とされていたのだから、それは仕方が無い事では有るが。 魂、反魂に関しても、似たようなものだ。 魂がどこから来て、どこへ行くのかという事は地方や信仰によって大きく異なる。 反魂の術自体は禁呪とされているため、記載されている文献は皆無と言っていい。 それは村の文献にしても同じ事で、高度な術のため術の執行自体が不可能に近く 万が一術が発動しても、自然の摂理に背く術のため歪みが生じ災いをもたらすとされている。 オーク老がどこでその術の情報を仕入れたものか、今となっては知る術もない。 オーク老が不可能とされる反魂を成し遂げえたのは、彼の所有していた賢者の石の力による所が大きいと思われる。 賢者の石。 この世の理を追い求める錬金の術により生成されるその石は、人に不老不死をもたらすとされるが、アクアレア・クエスタ同様、伝説の上でしかその存在は確認出来ない。 世界の理そのものの石は、人の手ではとうてい生み出すことも、制御する事も不可能だと思われている。 その石がオーク老の手により反魂に使われ、今はテレストラートの体内に眠る。 本当に反魂は成功したのだろうか? 呼び戻された魂の人格は2つに別れ、肉体には醜い傷を留めたまま。 不自然な術による、不自然な状態。 これが禁呪を執り行った代償なのだろうか。 禁書には反魂や界渡りの記述もあるのだろうか? オーク老はそれを目にしたのだろうか? その禁書は本当にイオクの手の内にあるのだろうか? テレストラートは既に何度となく目を通した本を閉じ、答えのない疑問を放棄して立ちあがった。 そのまま本に埋もれる書庫を出ると、石の階段を上り城の見張り塔の1つに登る。 フロスを取り囲む城壁の向こう、広がる平原の彼方まで見渡せる石造りのベランダに立つと小さく言葉を紡ぎ精霊を呼ぶ。 精霊を使ってイオクを探る、何度目かの試み。 精霊は間者には向かない。 人と精霊の間には大きな隔たりが有る。存在も違うようにその思考形態も人間とは大きく異なる。 精霊に敵の様子を探るように言っても、何を敵とみなし、どう探るのかが精霊には理解できないのだ。 精霊を使役するにはもっと具体的な指示が必要だった。 その上、気まぐれな精霊に術師から離れた位置で、術師の望みを叶えさせるのも難しい。 それが出来る術師はテレストラートの他、13長老と数人の術師ぐらいだ。 テレストラートは何度か、イオクで精霊術を使う者の姿を探すよう指示してきたが イオク全体を防御の結界が包んでおり、果たせずにいる。 イオクにおける禁書の有無を・・・ 呼び出し得る中で最高位の風霊を呼び出し、助力を請う。 願いを受け入れた精霊がイオクへと走り、霊的な防御に行く手を阻まれる。 気を逸らし始めた風霊を励まし、何とかそれを超える術がないかと探りを入れる・・・ と、突然テレストラートは痛みに襲われその場に座り込んだ。 精霊への支配が途切れ、呪縛をとかれた風霊がイオク国境付近で突風を起こして消え去る。 「・・・・・・・っ」 以前よりも鋭い痛みに顔をしかめ、荒い息をつき痛みをやり過ごす。 一体これはなんだろう? 原因は・・・とても特定できない。心当たりが有りすぎる程に有る。 原因を取り除けない以上、何か対策を考えないと。 突然の痛みにも集中力を途切れさせない為には、痛みを抑え込むか、集中力を増すか、その両方。 方法は無いわけでは無い。 とにかく今、これ以上状況を悪くする訳にはいかないのだから。 部屋の扉を開け放し、もうもうと埃を舞い上げながら熱心な様子で掃除を行っている後ろ姿に、テレストラートが声を掛ける。 「ケイル先生。」 頬かむりにマスク、片手に箒を持ちおよそ王室付きの医師とは思えないかっこうで呼びかけに振り向いたケイルは、入り口に立つテレストラートを目にするとマスクを下げ人懐っこい笑みを浮かべた。 「よう、テレストラート殿。久しぶり、と言うべきかな。」 「ご無沙汰しております。すみません、この度は色々とご迷惑をおかけしました。ご挨拶が遅くなりまして。」 「ああ、本当に君だね。 良かった。 いい、いい。医者になんて用が無いに越したことないんだから。今日はわざわざ挨拶によってくれたのかい?」 「それも有るのですが・・・。ケイル先生、雪眠草(ゆきねそう)か・・・大竈(おおかまど)の実をお持ちでしたら少し分けて頂きたいのですが・・・。」 主に鎮痛・精神安定剤に使われる強い薬草の名に、穏やかなケイルの顔が急に真剣なものになる。 「どこか痛むのか?コータには何度か様子を見せてもらったが、君が戻ってからは捕まえられず一度も見ていない。体調が悪いなら・・。」 「いえ、違います。」 たたみかけるケイルの言葉に、あわてて否定の言葉を口にし、少し強く否定し過ぎたと後悔し 「そうではないのです、少し・・眠れないだけで・・・。」 言い訳のように付け足したが、ケイルは納得してはくれなかったようだ。 「テレストラート殿。自分の身が今ガーセンにとってどれ程大事か、自覚しているか? 替えが効かないという意味では、王よりもよほど大事な身だ。 無理を押し通して済む状況でもないだろう。 君は君を心配している人間の事を、もっと考えるべきだ。君が意地を張って無理をして平気な顔を装っても彼らの心配は増すだけなんだぞ。 ジーグの奴なんてこの一件の間中、世界の終わりって顔をしていたよ。 君の周りには君に頼って欲しいと思っている連中がごまんといる。私を含めてね。 君は彼らにもっと甘えるべきだ。それは迷惑でも何でも無い。彼らの望んでいる事なんだよ。」 「でも、ドクター本当に・・・。」 「分った。ではハセフ王に宮廷医であり軍医の私から進言しておこう。 術師長は著しく体に不調をきたしている為、一定の期間は戦線から外さないと、命に関わる恐れが有るとね。」 「ドクター!」 驚いてテレストラートは声を上げる。 一刻も早くこの戦を終わらせなければならないと言うのに、イオクの動きは掴みきれず 戦局は硬直状態、戦場では術師が不可欠だというのに村の民はみな疲れ果てている。 それでもケイルが言ったように。テレストラートの代わりがいないと言うのが事実で有る以上、ケイルからの進言があれば、国王はテレストラートを戦線から外すかもしれない。 それによってガーセンが被るであろう被害は、考えたくも無かった。 それなのに、テレストラートが不調を隠しているかも知れないという、それだけの事でケイルはそれをすると脅すのだ。 ケイルは王室付きの医師であり、王に追随して戦にも同行する その地位は軍の中では軍司と同等で有るが、もちろんハッタリで王に進言が許されるはずはない。 しかし、この医師なら本当にやりかねない事がわかっているので、テレストラートは笑ってはすませないのだ。 テレストラートはハシャイ王に忠誠を誓い、彼の為に死ぬ事をも決めていたが 王の事が苦手でも有った。 何もかも見透かした様な目をして、人の悪い笑みを浮かべ実に楽しそうに人のことをからかうからだ。 そんな時の王は、獅子王の二つ名で呼ばれ、時に残酷なまでに勇猛な国王とはまるで別人、悪戯好きな子供のようで、テレストラートには何を考えているのか、さっぱり解らず対応に困らされた。 その王を実に上手く操る事が出来たのが、彼の右腕であったセント将軍と 彼の幼馴染みでもある、このハーラン・ケイルだ。 獅子王を軽くあしらい、時には真っ向から意見を突きつけ、怒鳴りつける事さえ厭わなかった彼が ハセフ王に意見を述べる事を、躊躇うとは思えない。 「テレストラート殿、あなたの体はとても普通の状態と呼べる物ではない。もし、体調が良いのだとしても、用心に用心を重ねていかなければ。 正しく状況を把握していなければ、何かがあった時に対応のしようがない。 それでは困るんだ。 私に隠し事をするのは止めなさい。」 「・・・・・本当に。 ・・・少し、痛みが有るだけなんです。それも術を行なっている時だけで、普段はなにも。たぶん疲れのせいだと思います。ここの所、大きな術を使う機会が多くなっていますので・・。 それでも、術中に集中を乱されれば術の失敗を招きかねません。なので大事を取って意識の集中を高める為に・・・薬を。」 ケイルがさらに厳しい顔をする。 「いつから?」 「トゥリでの戦いから。でも、いつもでは有りません。今までに3回だけ。」 「傷が痛むのか?」 「いいえ。」 「・・・・・傷を、見せてもらってもいいか?」 テレストラートは少し躊躇う様子をみせたが頷いた。 ロサウの精霊術師は人に肌をさらす事を嫌う為、医師さえも嫌う事が有る。 村には専門のヒーラーがいるので困らないのだが、ヒーラーは戦に参加しなかった。 だが、テレストラートは必要にせまられ、何度かケイルの診察を受けた事があった。 「特に変った様子は、無いか・・・触れるぞ。」 「はい。」 「痛みは?」 「有りません。」 「熱も持っていないな・・・。いいよ。」 ケイルは言って、テレストラートから離れると棚に向かい、小さな包みを持って戻る。 「精神集中を高める為なら、雪寝草の方がいいだろう。今はこれしか手元に無いが。」 「ありがとうございます。」 「強い薬だから、決して飲みすぎないように・・・君のほうが詳しいな。」 山間に住んでいるロサウの村人達はみな、薬草に酷く詳しい事を思い出してケイルは苦笑しながら包みを手渡す。 「何か有ったら、すぐに来なさい。どんな事でもいいから。 私では大した助けにもならないかも知れないが、力を貸す。」 「ありがとうございます。」 素直に礼をいうテレストラートに優しい笑みを浮かべ、うなずく。 「ドクター、この事はジーグには。」 「分かってる。あいつに不安を与えたら、外も歩かせてもらえないだろう。 あいつは過保護だからな。だが無理をするようなら、私が君を閉じ込めるよ。」 「無理なんてしません。私が耕太を巻き添えに死んだり出来ない事はご存知でしょう?」 テレストラートの言葉にケイル医師は今度は本当に納得したらしく 「文字通り、君ひとりの体じゃない訳だ。君には丁度良い重りになるね。」 少し安心したように微笑んだ。 |
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(2007.06.23) | |
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