ACT:16 アクアレア・クエスタ



「ほら、ちゃんと留め金を上まで留めて。フードは絶対に被っていろよ。
 ブーツの紐は少しきつめに締めておいたほうがいい。結構、歩くからな。
よし、これでいい。」
ジーグは耕太のブーツの留め紐を調整し終えると、もう一度、耕太の服装に目を走らせた。

絶対に反対されるだろうと、すっかり諦めていた市場見物だったが
意外な事に、『街の様子を見ておくのも良いだろう。気晴らしにもなるだろうから』
とジーグはあっさりと許可を出した。
当然、当のジーグも同行する事になったが、やはり外へ遊びに出られるのは嬉しい。
それに、何だかんだ言ってもジーグが一緒に来てくれると安心する。
カナトは人は好いが、ちょっと頼りない所があるし。
始めて行く場所ならなおさら。

「それから、これを持ってゆけ。お前のサイフだ。」
ジーグに渡された小さな巾着袋はズッシリと重く、中を覗くと銀色の四角い金属片が沢山入っていた。
多分、これが硬貨なのだろう。
「お前が好きな様に使っていい。失くさないようにベルトに紐を結び付けて懐に入れておけ。スリに気を付けろよ。」
言いながら耕太の手から一度袋を取り上げると、彼のベルトにしっかりと結びつけてから懐に押し込み、襟元をもう一度調えた。
「よし。外に居る間は、俺の指示に素直に従えよ。はぐれない様に気をつけて、もし逸れたらその場で待て。一人で城に帰ろうとしたりするなよ。
 それから、知らない人間の言うことを間に受けるなよ。それから・・・」
「わかった、わかった。ちゃんと言う通りにするから、早く行こう。日が暮れちゃうよ。」
「・・・今ひとつ信用できんな・・・。まあ、いい。行くぞ。」

耕太、ジーグ、カナトの3人は、使用人用の出入り口を使いひっそりと城を出る。
その通用口にも見張りは居たが、ジーグとは顔見知りらしく気軽な挨拶だけですんなりと出してくれた。
そのまま、大きな建物の間を走る綺麗に舗装された通りを真直ぐに進み
門を通って雑然とした市街地へと出た。

木や石で作られた大きさも様式も様々な建物が所狭しと林立する間を
まるで迷路のように入り組んだ道が縦横無尽に走っていて、一体自分が今、どこにいるのかさえ、すぐに見失ってしまいそうだ。
街は何処も人に溢れ、音が溢れ、活気があり、雑然として、
人が暮らしているという雰囲気は、耕太を落ち着かせた。

「大通りの市へ行くのか?それとも『ひなげし』通りの?」
ジーグがカナトに確認する。
「『ひなげし』通りも今日、市がたっているんですか?
 そうですね・・・でもやっぱり大市の方が・・・」
「あ・・・の。その前に、オレ行きたい所があるんだけど。」
耕太が小さく手を挙げ、割り込んで言う。
「行きたい所?」
「ああ、そうだ。タウの所ですね。」
ジーグは不機嫌そうに眉をしかめはしたが、「大麦通りだったな。」とだけ言うと大股で歩き出した。
これも予想していたジーグの反対も無く、すんなりと事が運び
耕太は上機嫌でジーグの後を追う。
坂の多い街の中の入り組んだ細い道を、ジーグは何の迷いも無く進んでいく

本当に道なのかと疑うぐらいの細い建物の隙間や、ただ木の板を渡しただけの橋
建物の上としか思えない場所、行き止まりかと思うと細い階段が現れたりと
まるで冒険物のアトラクションのようで、何だかワクワクした。
街のあちらこちらで、新しく建物を建て直しているのが目についた。
「イオクに占領されたとき、この辺りは酷く破壊されたからな。
 だが、人々は強い。フロスを取り戻すとすぐに、街が出来上がった。」
急な階段を上りきると、見晴らしの良い高台に出た。
ごちゃごちゃと、まるでおもちゃ箱をひっくり返したような街が眼下に広がる。
そのむこうに、街をぐるりと取り囲む防壁が大きくそびえ立っている。
防壁は一部が大きく崩れ落ち、それを修復する為に大勢の人々が働いているのが見て取れた。
「あの壁も、イオクが崩したの?」
「いや、あれはフロスが占拠された時、ガーセン軍が進攻する為に崩した。
テレストラートが崩したんだ。」
「あれを?1人で?」
「そうだ。」
修復作業が進んではいるものの、未だ大きく口を開けた
その見るからに頑丈そうな造りの城壁を、たった一人の人間が崩したと聞き、耕太はぽかんと口をあけて眺めた。
「コータ、そこが大麦通りだ。」
言われて慌てて振り向くと、道が緩やかに下った先で大きな通りに合流していた。

大麦通りは、比較的整然と整った通りで、道の両側には大きな構えの商売屋が軒を連ねていた。
『粉屋』は通りの外れに有る大きな製粉屋で小麦を挽くための二機の大きな風車が目印になっている。通りに面した店の一部はパン屋になっており、焼きたての香ばしいパンの香り漂う店内は、かなりの賑わいを見せていた。
耕太は店内を見回してみたが、タウの姿はそこには見つけられなかった。
奥の方だろうか・・・首を伸ばし店の奥を覗き込もうとする耕太をジーグは引きとめ
「ここで待っていろ。」
と耕太に言いおくと、カウンターの向こうにいる身なりの良い太った男のもとへ行き声をかける。耕太も待ってはいられずジーグの後からついていった。
「この店の主人は貴方か?」
「そうだが。」
「少々訪ねたい事が有る。この店にタウと言う娘がいるだろう?」
太った男は怪訝そうな顔でジーグを探るように見る
「タウ?・・・ああ、あの子なら今使いに出しているから2,3日は戻らないよ。
 あの子に何の用だ、あんたら一体誰だね?」
「居ないのなら結構だ。また出直すので、失礼。」
疑わしそうに見る店主に背を向けると、ショックで呆然としている耕太の肩を押して店を出た。



「あれ、何?うわぁ、でっかい!?凄い、どうやって作って有るの?
 あ、あれは?」
タウに会えなかった事ですっかり落ち込んでいた耕太だったが
大通りの市場につくと、すっかり元気を取りもどした。
城を真正面に臨むアレストラ正門から真直ぐに伸びる『銀の盾』大通り。
通りと言うよりも広場のような幅の広いその空間で月に一度開かれる市は
日用品、武器、食料、装飾品、布、家畜・・・
様々な露店が所狭しと軒を連ね、買い物客で賑わっている。

色鮮やかな花々
籠に入った、見た事も無い小動物
美味しそうな匂いを漂わせる焼き菓子
見事な細工の装飾品
使用用途の全く分らない小物の数々

どれも耕太には物珍しく、興味をそそる物ばかりで
きょろきょろと、落ち着き無く視線を走らせては質問を連発し
まるで祭りに来た小さな子供のようにはしゃいでいる。
「コータ、ちゃんと前を見て歩け。危ないぞ」
「うん、大丈夫。あの真っ赤な丸いのは何?」
「ウータルの卵ですよ。鳥です。殻のまま炉にくべて焼いて食べるんです。
 独特の味ですが、栄養があるんですよ。」
「あんなに丸いのに卵?ボールみたいじゃん。
 あの色は食べたくないなぁ・・・。あ、あれは?美味しそう!」
他の露店に目を引かれた耕太が、方向を変えると横合いから出てきた男に思い切りぶつかった
「あ、すみませ・・・」
「どこ見て歩いて嫌がる、この田舎もんが!!」
男は耕太を睨みつけると、頭ごなしに怒鳴りつけた。
その勢いに耕太は思わず身をすくめる。

確かによそ見してたけど、謝ったのに〜

しかし男は一声怒やしつけると、そのまま離れ
耕太はホッと胸を撫で下ろした
その瞬間、腕を伸ばしたジーグが男の腕を掴み足を払うと
いきなり男を地面に引き倒し、腕を捻り上げ、押さえ込んだ。
男が苦鳴を漏らす。

な、な、何、するんだ?いきなり、この人は!?
そりゃ、怒鳴られたけど・・・オレが悪かったのに!

驚いて見下ろす耕太のの前で、ジーグは落ち着いた声で言う
「スリには気をつけろと言ったろう?」
見るとジーグの左手には見覚えの有る小さな袋が握られている。
「あ、それ・・・オレの?」
慌てて懐を確認すると、サイフは消えベルトに結びつけた紐はスッパリと切られていた。
「失せろ。」
ジーグは男を解放すると、背筋の凍るような声でそう告げる
男は振り返りもせず、一目散に逃げ出した。
「・・・行かせちゃっていいの?警察とか。」
「あんな小者、警備兵に引き渡したところで、鞭打ち追放程度だ。すぐに舞い戻って来る。
指を折っておいたから、しばらく悪さは出来ないだろう。」
サラリと漏らしたセリフの内容に、耕太はゾッとした
・・・・・恐え・・・・・
「お前危なっかしいから、これは俺が預かる。
 ほしい物が有ったら、俺に言え。」
そう言うと、耕太のサイフをしまい込んだ。
耕太に異存が有ろう筈も無かった。

「ジーグこれ欲しい、買っていい?」

あれも、これもと耕太が欲しがるたびに、付き従うジーグが支払いをする。
耕太の普段の行動には、逐一口を挟むジーグなのに
耕太が何を欲しがっても、全く止めも躊躇いもせずに片端から買うものだから
殆んどが食べ物ではあったが、消費が追いつくはずも無く
早くも両手が荷物でふさがった状態の2人に、カナトは少々呆れ顔だ。
何だかんだと言っては居るが、ジーグは耕太に甘い。

「これ、何の肉?」
「鹿肉を香辛料に漬け込んで炙った物だ。」
「うまそう・・・あれは?貝?」
「クルの実だ。焼くとああやって2つに爆ぜる。両方いるか?」
「うん!」
耕太は実に良く食べる。見ていて気持ちが好い位だが
お腹を壊すのではないかと、カナトはハラハラしている。
そんな心配をよそに、耕太は湯気を立てる木の実をうれしそうに受け取り
殻を取り除こうと格闘し始めた。
「あっつ!」
「火傷するなよ、殻が固いから気をつけろ。コツが有るんだ。ほら、貸してみろ」
ジーグは耕太の手からクルの実を取ると、器用に殻を取り除き、ナイフで小さく切り分ける。
「ほら、うまいか?顔に付いてるぞ。」
細々と世話を焼くジーグの姿に、まるで親子のようだと
微笑ましく見ていたが、賢明にも言葉には出さなかった。
「カナトも食べる?」
「いえ・・・もう、お腹いっぱいですよ・・・。」
「あ、あれって花火?あ〜クレープみたいだ、うまそう!」
「ええ!?まだ食べるんですか?耕太、こぼしますよ!食べ終わってから・・・」
そう言うカナトもすっかり"お母さん"である。
ここの所、塞ぎこんでいた耕太が元気になったのは嬉しかった。
はしゃぎまわり、よく笑う
笑顔でいると、やはり子供っぽさが出る。
テレストラートもまだ17歳だったのだから、当然だ。
彼がこんな風に無邪気に笑うのを、一度も見た事がなかったなと、ふと思い
耕太が笑っていてくれるのが、何だかとても嬉しかった。

「よう、ジーグ。戻ってたのか?どうだい調子は。」
一軒の露店の前を通ると、店の男が気軽に声をかけきた
「ダイス!よう、久しぶり。景気はどうだ?」
「お陰様で、忙しくってしょうがねーよ。」
武具を扱っている露店の男は、そう言って豪快に笑った。
どうやらジーグとは親しい仲らしい。
「ちょうど良かった、予備の剣を花潜りに折られちまって。良いの有るか?」
「ああ、それなら、こいつはどうだ?」
「もう少し、重い方が良い。」
「今時、そんな重い剣は無いぞ。打ち直したらどうだ?」
「ああ、だが時間がないんだ。ひとまず、間に合わせに使えそうな物を。」
「こっちはどうだ?ポートルの剣だが尺が尋常じゃない。癖が有るが慣れるといいらしいぞ」

ジーグが本格的に剣を選び出したので、耕太も凝った意匠の美しい剣を物珍しげに見ていたが、しばらくすると飽きてしまった。
辺りを見回すと、カナトが少し離れた露店を覗いているのを見つけ、そちらに歩いてゆく。
「カナト、何か買うの?」
「耕太。・・・いえ、見ているだけなんですが・・・」
そこは装身具を扱っている店で、指輪や、首飾り、サークレットやブレスレット
繊細な細工が施された、銀細工の品々が所狭しとならんでいた。
「へぇー、すごいね。あ、これこれ。もしかして、花潜りの羽根?」
「そうですね。」
「やっぱり綺麗だ。でもちょっと嫌だな・・・カナトは何見てるの?ブレスレット?」
カナトが手にも取らず見詰めているブレスレットを耕太はヒョイっと摘み上げた。
シンプルなデザインの品物だが、青く光る石が五つはめ込まれている。
「本物のアクアレア・クエスタだよ、お客さん。掘り出し物だ。」
「あくあれあ・くえすた?って何?」
店主の言葉に戸惑う耕太に、カナトが笑って応える。
「違いますよ、耕太。本物じゃないです。
 アクアレア・クエスタと言うのは、竜の血が凝って出来たと言われる伝説の石です。
実在は確認されていません。」
「竜の血?竜がいるの?」
「いません、今は。とうに滅んでしまいました。」
「竜の血って青いの?」
「そう言われています。竜はとても強い力を持った生き物で、その力の源が血だったと言います。その血が凝ってできた宝石はこの上も無く美しく、強い力を持つ。
 そういう伝説です。
 今では貴重な物の代名詞として、アクアレア・クエスタと言う言葉が使われていますね。
 青い石の総称としても。
 今ではただの言葉ですよ。そう、テレストラートさまもそう呼ばれていましたよ
 ガーセンのアクアレア・クエスタと。」

美しく、強い力を持つ、貴重な、物。
青い瞳のテレストラート。

耕太は嫌な顔をした。
そんな耕太を見て、カナトは笑う。
「ああ、でも綺麗ですね、その石。お幾らですか?これ。」
そういえば、精霊術師は好んで青い石を身につけると聞いたことを思い出した。
精霊がその色を好むのだと。
店主に値段をきき、結構な値だったのかしばし考える。
「・・・買ってしまおうかな・・・」
「ジーグに買わせたら?あ、オレがもらった財布は?あのお金で足りる?」
「いえ、大丈夫です。手持ちがありますから。」
カナトは笑っていうと、耕太が持っているブレスレットを受け取る為に手を伸ばした。

何かおかしな感じがしたのだ。
そのブレスレットが、耕太の手をすり抜けたような。
何がどうなったのかは分らなかった。気が付くと、そのブレスレットは受け取ろうと伸ばしたカナトの右手首にはまっていた。
「な・・・」
驚く2人の目の前で、ブレスレットはまるで溶けるように形を崩すとカナトの手首に絡みつく。
「や・・ああ!!」
カナトは必死にブレスレットを外そうとするが、腕にガッチリと食い込みびくともしない。
いや、それは動いていた。
自らまるで、生き物のように。
脈打ち、急速に大きくなりながらカナトの手首から腕へと絡みつきながら這い上がるように増殖していく。
「嫌!あああ!助け・・嫌だ!!」
「離せ、離れろ!!この、何だこれ!!」
耕太はうねうねとうねるブレスレットに手をかけ、何とかカナトから引き離そうとするが
絡みつくそれは、まるで腕に食い込んでいるかのようにビクともしない
「やあぁぁぁぁぁ!!嫌だ!いや」
半狂乱になって叫ぶカナトの声も、人ごみの喧騒に虚しく消えていく。
耕太は振り返って、思い切り叫んだ。
「ジーグ!ジーグ!ジ―――――グ!!助けて!!」

異変を察知したジーグが人ごみを掻き分け、こちらへ走って来るのを目の端で捕えながら
耕太はそれを何とかカナトから引き離そうと躍起になった
「離れろ!こいつ、放せ!!畜生、放せ―――――!!」
増殖したそれは、今にもカナトの肘にまでも達しそうなほど拡がっている。
「どうした!!」
「カナトがジーグ何とかして!!」
「精霊喰い!!」
つぶやくとジーグはスラリと剣を抜き放った。
「カナト、腕を出せ!」
「な、ジーグ何するの!?」
「そいつを切り落とす、コータ退いていろ。」
「そんな、ちょっと、危ないよ!?」
カナトの腕をジーグが切り落とすのではないかと思い、耕太はパニック寸前だった
そんな、でも、他に、でも、何で、

「コータ、退け!!」
ジーグが耕太を押しのけ、剣を振り上げる。
カナトの悲痛な声が響き渡った。

耕太がカナトをみると、その腕の物体はカナトの肘のすぐ下まで這い上がり、その動きを止めていた。
今の今まで、動いていたのがうそのように固まり、金属の光沢を見せている。
まるで初めから、その形に作られた籠手のようにしか見えない。
カナトは震える手で、それに包まれた右腕を掴み蹲るとすすり泣く
ジーグが鋭く舌打ちをし、剣を鞘に収めた。

「カナト・・・。ジーグ?」
耕太が問いかけるように、声をかけたがジーグは険しい顔でカナトの右腕を睨みつけたまま動かない。
様子を伺う見物人たちの輪の中心で、カナトの漏らす弱々しいすすり泣きだけが、何時までも続いていた。

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