ACT:17 精霊喰い


「カナトは?」
部屋で1人、状況を聞かされずに待たされていた耕太は
ジーグが部屋に入って来るなり、急くようにそう訪ねた。
「ひとまずは・・・大丈夫だ。」
「大丈夫って、本当に?あれ、一体何なの?」
「精霊喰い。術師を無力化する為に、イオクがばら撒いた呪具だ。」
「術師を無力化?」
「あの呪具は精霊を取り込む。
 術師は自然界の精霊も使役するが、その身にも精霊を宿している。
彼らが術を使えるのは、その精霊たちの加護が大きいのだろう。
精霊喰いはその精霊たちを引き込み、喰らい尽くす。
全ての精霊を取り込み終わると硬化し、金剛石の剣でも破壊する事が出来ない。
精霊喰いに精霊を喰われた術師は、2度と術を使う事は出来ない。」
「・・・・・それで・・・カナトはどうなっちゃうの?死んだりは・・・」
「大丈夫だ、命に別状は無い。普通の人間になるだけだ。」
「それ・・・だけ?他には。」
「それだけだ。あの金属の枷は一生外せないがな。」
「よかった・・・」
安心した様子で息を吐く耕太を見て、ジーグは複雑な顔で力なく微笑んだ
「そう、だな・・・だが、それをあいつの前では言うなよ。」
「何で?他にも何か問題が有るの?」
「肉体的には・・・無い。
だが、術師達にとって精霊は俺たちには計り知れない程に近しい存在のものなんだ。
生まれた時から共に有り、それは友よりも、親よりも近い。
精霊の声を聞き、姿を見る術師たちの見る世界は、きっと俺たちの見ている世界とは全く別の物なのだろう。
それを無理矢理奪われるんだ。
目を、耳を・・・いや、半身を引き裂かれるのと同じだ。
俺たちと同じ世界に生きるのは、彼らにとっては普通の事ではないんだ。」

精霊術師と普通の人間とがそんなにも違うとは、耕太には思えなかったが
一番大切なものを、無理矢理奪われたというダメージは、かなり大きいだろう事は容易に想像できて、耕太は表情を曇らせる。
「それからコータ、お前もくれぐれも気を付けろよ。」
「オレ?オレは平気だよ、術師じゃないし。」
「だが、その体には精霊が宿っているはずだ。」
「でも、あの腕輪には最初にオレがさわったんだ。何も起きなかったし。」
「お前も?」
「うん。」
「・・・・・良かった・・・無事で。」
ジーグは視線を落とし、溜息のようにそう言った。

視線を耕太に戻すと、真剣な顔で続ける。
「だが油断はするな、あれも改良され続けている。
 精霊喰いのせいで、沢山の術師を失った。
術師の好む青い石を嵌めた装身具を模して、市場に紛れ込ませた。
普通の人間が手にしても、ただの装身具でしかないそれが、どの位の数作られているのか分らない。
それでも当初は、変質中に呪具を切り離せば術師を救う事も出来た
取り込まれた精霊は戻らないが、長い時間をかければまた精霊を身に宿す事が可能なんだ。
だが、最近では変質が早すぎて、対処が間に合わない。
それに、フロス内に精霊喰いが紛れ込むなど、今まで無かった事だ。
もし、お前に精霊喰いが反応したら、この程度では済まされない。」
「え・・・だって、精霊術が使えなくなるだけでしょう?オレもともと精霊なんて見えないし。」
「力の強い術師ほど、体に宿る精霊の量が多い。カナトはあの程度で変質が止まったが、大量の精霊を吸収すれば呪具も急速に大きさを増していく。
精霊を引き離される術師自信も、急激な変化に体が耐えられない。」
「と・・・どうなるの・・・?」
「気が狂うか、死ぬか。」
耕太は部屋の温度が急に下がったような気がして、身震いする。
「で、でも・・・どうすればいい?知らないうちに触ちゃったりしたら・・・。」
「身につけた直後なら、精霊喰いを破壊すればそれで済む。テレストラートクラスの術師なら、あれ程短時間な変質では済まない。もし、喰われたら、オレが叩き切ってやるから安心しろ。俺のそばを離れるな。」
「・・・・・そ、それ以外には防ぐ方法は無いの?」
「今のところは無い。」
キッパリと言い切られて、耕太は頷くしかなかった。

「カナトに会える?」
「・・・・・いや、今は、止めた方が良い。」
「何で?だって・・・。」
大丈夫と口だけで聞かされても、やはり自分で確かめない事には心配だ。
「余計な事は言わないよ、オレ、約束するし、静かにするから・・・
 ほら、オレも術が使えない精霊術師だったりする訳だし、上手く慰められるかも
・・・・・・ちょっと、様子を見るだけ・・・。」

拝み倒すように頭を下げ、チラリと上目遣いに見上げると
ジーグは困ったような顔で小さくため息をつき
それでも耕太が縋るような目で訴え続けると
渋々ながら口を開いた。
「少しだけだぞ。今は・・・カナトはショックを受けて少し普通じゃないかもしれないが
 驚くなよ。時間がたてば・・・大丈夫だからな。」
幼い子供に言い聞かせるように念を押し、歩き出したジーグの後を
何故そんな事を言われるのだろうと、耕太は首を捻りながらついて行った。

人通りの少ない廊下の左側は、ズラリと並ぶ同じような扉
右側には壁が無く、代わりに優美な柱が天上を支えている。
大きく開かれた空間は美しい中庭に面しており、穏やかな午後の日の明るさが廊下に薄い影を被せる。
美しい鳥の声が、甘い花の香りと共に柔らかな風に乗って漂う
実に平和で穏やかな風景の中を、耕太はジーグの後を追いゆっくりと歩いていた。

カナトには何と言葉をかけよう。とにかく元気づけてあげないと。
特別な力なんか無くったって、ちゃんと生きていける。
オレがいい見本だって。オレなんてもっと役立たずだって。
いや、今はまだ余計な事を言うより、無事で良かったって。何か楽しい事とか・・・

そんな事をつらつらと考えながら歩いていると
前方の扉の1つが開き、見覚えの有る男が出て来た。
王都へと向かう道程で、護衛に就いた戦士の1人で、カナトが自分の護衛の任に有ると話していたカホクだった。
厳しい顔でこちらへと歩いてきたカホクは2人に気付くと立ち止まり、耕太に対して礼を取った。
今までそんな風に格式ばった挨拶をされた事は無かったので、耕太は戸惑う。
そんな様子に気付く様子も無く、ジーグに向き直ると、硬い口調で告げる。
「これからセント将軍の所へ赴き、配置換えを願い出ます。」
「特攻騎兵隊か?」
「ええ」
特攻騎兵は最前線で敵軍に一番に切り込んでいく先制部隊だ。
功を立て易いが、当然危険も多い。勇猛果敢なガーセン軍の中でも血の気の多い命知らずの猛者だけが所属する。
術師を専属で護衛する、セント将軍直属の特別部隊に所属するカホクだったが、守るべき術師を失ってしまった。
以前、彼を取り巻いていた陽気な雰囲気は消え、表情の消えた顔の中で瞳だけが静かな怒りをたたえている。

「カホク、すまない。」
「ジーグのせいではありません。」
「死ぬなよ。」
「イオクをぶっ潰すまでは。」
カホクの頬にかすかな笑みが上る、ただ瞳の表情は変わらない。
「カストの御加護を。」
「カストの御加護を。」
お互いに告げ、もう一度耕太に向けて一礼すると、カホクは背を向け靴音を響かせて歩きさった。
耕太は、カホクの緊迫した様子に、何か声を掛けなければいけない気がしたが
何を言えば良かったのか、全く分らず
もやもやした気持ちでジーグに視線を向けると、彼は既に歩き出していた。
「俺のせいだ。」
慌てて追う耕太の耳に、そう呟くジーグの声が聞こえた気がした。


部屋の中は光に満ちていた。
大きな窓から差し込む午後の柔らかな光、その中でカナトが1人椅子にきちんと腰掛け俯いている。
沈んだ様子ではいるものの、寝台に臥せっているのでもなく
取り乱し泣いて居るわけでもなく思いの外元気そうな様子にホッとした。
「カナト。」
声をかけて近くに歩み寄る。
「カナト、気分はどう?」
話しかけるがカナトは顔を上げようとはしない。

精霊喰いを引き離そうとして傷つけた左の手には清潔な包帯が巻かれ
右腕にはまるで狂気の芸術家がデザインしたかのような、禍々しく
しかし美しい籠手の様に見える呪具がしっかりと嵌ったままだ。
反応の無いカナトに耕太は何を言っても地雷を踏みそうな気がして
言葉に詰まってしまう。
「・・・そうだ、窓を開けようか。気持ちの良い風が吹いてるよ。」
少しでも気が紛れればと努めて明るく言い、部屋の大きな窓を端から開け放つ
窓の外は廊下の外と同じように、花の咲き乱れる美しく整えられた庭園で、奥には小さな池が有り
風に散った花びらが小さな波紋を描いている。
窓から吹き込んだ風がカーテンを招くようにはためかせ、甘い花の香りを部屋の中まで運んでくる。

振り返るとカナトが顔を上げ、窓の外を眺めていた。
その顔は穏やかで、顔色も良い。
「綺麗な庭だね。」
耕太はカナトの側へと戻り、カナトと一緒に窓の外を眺めた。
今は下手な言葉を掛けるより、ただ傍に居るとかそんな事の方が良い様な気がした。
それしか思い浮かばなかった。

「え?何?」
カナトが何か言ったような気がして、耕太はカナトに視線を戻した。
歌っているのかと思った。
緩やかな旋律を結ぶ、耕太には意味の分らないその言葉は精霊たちへと語りかける古の言葉だ。

その瞬間、耕太はカナトが庭を見てはいない事に気がついた。

「カナト・・・。」
耕太はカナトの肩に触れ、目の前で手をヒラヒラと振ってみる。
カナトは何も見ては居ない
目の前の耕太の事も、ここに居続けただろうカホクの事も、何も・・・・・。
ただひたすら・・・永遠に失った、見る事の叶わない相手に、語りかけ続けているのだ。
その、一見穏やかな姿に胸が締め付けられるような思いがして、耕太はカナトの肩に手を掛け、瞳を覗き込み声を掛ける。
「カナト。カナト、ねぇカナト、オレが分かる?カナト・・・ねぇ!」
「コータ。もういいだろう、行こう。今はそっとしておいてやれ。」
ジーグが耕太に静かに声をかけ、そっとカナトから引き離す。
「行こう。」
繰り返すジーグを耕太は泣きそうな顔で見上げる。
もやもやした感情で胸が一杯だった。
その感情が何なのか、自分でよく判らない。
怒り、切なさ、悲しみ、恐怖、憤り、無力感、焦燥感、自責
苦しくて胸の前で手を強く握り締める。

「何で・・・。」

今までイオクに対して憎しみとか、強い感情は全く無かった。
色々聞かされては居たけれども、実感は無かったし
戦争なんてそれぞれに言い分が有って、どちらかが一方的に悪い事は無く
戦争事態が悪い事だと思っていた。

でも・・・

"村の外を見てみたかった"と言ったカナト。

人の大切なものを、あんなに無理矢理、理不尽に奪って行く
それがどうしても許せない。
今までは無関係を主張して、戦争は悪いと言っておきながら
自分の目の前で、自分の友人が被害を受けたからと言って意見を180度変えるのは
自分でも感情的だし浅はかだと分かってる
でも
絶対に許せない。
人間なんて、そんなもんだ!!!

「オレ・・・」
前を行くジーグの背中に向かって呟く
「オレ・・・難しい事は分からない。
この国の事とか、戦争の事も。
でも、カナトにあんな事をしたヤツラには仕返ししてやりたい!」
振り返るジーグの瞳を見上げ
「協力する。オレにできる事なら、何でもする。」
それだけ言って視線を自分の足元に落とした。
「ああ」
応えるジーグの声がすぐ近くでして、耕太の頭を大きな手でグシャグシャとかき回した。
耕太は荒れ狂う感情で胸が一杯で
顔を上げる事が出来なかった。

(2007.01.03)
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