ACT:15 ストライキ



[コータは、どうしている?]
「まだ、寝台にもぐったまま出て来ません。」
ゼグスの言葉に、ジーグは溜息をつき耕太の部屋へと足を向ける。
戦闘参加の件で言い争いになると、耕太はとにかく全ての意見を跳ね除け
話を聞こうとさえしなかった。
とにかく嫌だの一点張りで、手が付けられず、頭を冷やす時間を与えようと一人にしたが
寝台の上で掛け布を頭から引っかぶり、そのまま一晩明けても出てこない。

「ジーグ殿、少しそっとしておいてあげる訳にはいきませんか?
 色々と環境の変化が有って、耕太も参っているのだと思います。
落ち着けば、ちゃんと話を聞いてくますよ。」
「時間が無いんだ。」
「でも・・・。」
「俺だけで行かせてくれ。2人で話してみる。心配するな、手荒い真似はしない。」
心配そうなゼグスを残し、ジーグは1人耕太のもとへと向かった。


「・・・・・・腹減ったなぁ・・・。」
寝台の上で体を丸め、頭から掛け布を被ったままの状態で、耕太は1人呟いた。
すこし賭け布をずらして、すぐ脇に有る小さなテーブルの上をチラリと見る。
そこには今朝方ゼグスが置いていった食事が、手を付けられず冷たくなっていた。

しかし、ここで食べたりしたら負けだ。
たった一晩で空腹に負けて、こっそり食べるなんて、カッコ悪すぎる
でも・・・。
食べ物を見てしまえば、盛大に腹の虫が泣く。
こんな事で、諦めるもんか!
耕太は、誘惑を振り払うように頭を振り、もう一度掛け布に潜り込んだ。

つまらない意地を張っていると、自分でも思ってはいる。
こんな事をしたって、いずれ無理矢理、連れ出されるのは分かりきっているんだ。
でも・・・だからと言って、何でもかんでも"はい、そうですか"と従わされるのは、あんまりだ。
それが、自分の命にも関わるような事柄ならば、尚更。
簡単に思い通りになんて、なってたまるもんか。

速足で近づく廊下を踏む足音に、耕太は頭から被った掛け布をさらにしっかりと押さえ込んだ。
「コータ。」
かけられたジーグの声に応えず、寝台の上で体を小さく丸める。
ジーグが溜息をつく気配がし、そのままゆっくりと寝台の脇まで来ると、椅子を引寄せて座り、静かな声で耕太に話しかける。
「何時までそうしている気だ?」
「・・・・・。」
「コータ話を聞いてくれ。戦場に行くと言っても、敵と斬り合う訳じゃ無いんだ。
 術師は後方で兵達の補佐をし、イオク側の術を防ぐ。
最前線に出る訳では無い。」
「でも、怖い。」
ジーグは忍耐強く続ける。
「大丈夫。万が一にも術師が傷付けられる事が無い様、専属の兵達が完全に警護する。」
「それでも、怖い!」
「お前、男だろ?」
腰を落ち着けて、じっくりとなだめるつもりだったジーグだが
早くも声にイライラとした感情がにじみ始めている。
その感情に触発されたように、耕太はガバッと寝台の上に上体を起こし、ジーグに喰ってかかった。
こちらも、空腹でイライラしているのだ。
「男とか、女とか関係ないだろ!怖い物は怖いんだ。オレの国はもうずっと戦争した事なんて無いんだから!!!」
「お前、協力するって言ったろう?」
「そんなのジーグ達が無理矢理言わせたんじゃないか!第一、戦争に出されるなんて、聞いてない!」
「まだ、分らないのか?お前に選択権は無いんだ!」
「だったら何?オレを殺す?」
「殺したりなんかするものか。何が有っても引きずり出すだけだ!」
「だったらオレの事なんか、ほっとけよ。説得の必要なんて無いじゃんか!」
「お前に安心して、協力してもらいたいと思っているだけだろ。」
「安心なんか出来ないよ!オレ、人が死んだのなんて見た事もないんだから!
 死ぬかもしれない状況なんて・・・戦争なんて・・・何でオレ、こんなことに・・・。
う―――――ッ」
感情が高ぶって、何がなんだか分らなくなり、気がついたらボロボロと泣き出していた。
いくらなんでも、この年で、人前で、怖いといって泣き出すのは恥ずかしすぎる。
またジーグに呆れられる・・・。
でも、一度堰を切った涙は、どうしても止める事が出来ない。

涙で霞む視界に、ジーグが手をこちらに向けて伸ばすのが映り
寝台から引きずり出されるのかと、耕太は思わず体を硬くした。
「泣くな・・・。」
ビックリするほど優しい声だった。
伸ばした手で、そっと耕太の涙をぬぐう。

「お前の事は、命に代えても俺が守る。
 お前には、指一本、髪の一筋さえ触れさせない。」
真剣な眼差しで、耕太を真直ぐに見詰め真摯に告げられる言葉。
耕太は思わず泣くのも忘れ、ジーグを見詰め返す。

"・・・・・気障だ・・・・・・・。
すっごい、殺し文句。しかも真顔だ、真剣だ。
それも、野郎に向かって・・・信じられない。恥ずかしすぎる・・・。"
今までごくごく平凡な生活を営んできた耕太には、殺し文句を受け入れる回線は開設されていなかった。
気恥ずかしさから逃れる為に、考える前に口をついて出た言葉は
「・・・・・うれしくない。」

ジーグの何かが切れた音が聞こえるようだった。
「・・・・・お前―――――、人をおちょくっているのか!?」
「いきなりハズカシイ事、言うんだもん。」
「お―――――ま―――――え―――――なぁ・・・。人が真剣に・・・。」
「真剣だから恥ずかしいんじゃないか。」
「とにかく、何が何でも守る。分ったか!」

命に代えても。守る。
それが、死なせてしまったテレストラートに対する贖罪の思いなら
耕太にとっては、それは重いだけなのだ。
人の命の重さ。
もし、ジーグが自分の為に、目の前で死にでもしたら
自分は耐えられるだろうか・・・?
「でも・・・」
「まだ言うか!」
「だって、だって、だって・・・」
「だって何だ!」
「オレ、覚えてるんだ。」
耕太の手が右脇腹に触れる。
「オレ、ここに剣が刺さった時の事、覚えてる。」
それはこの世界に来る直前に見た夢の出来事。
いや、この世界に来た直後の出来事なんだろうか?
夢の中のように、痛みが有った訳では無いが、後から鋼の剣が体を刺し貫いてゆく衝撃
横に払われた剣が体を分けてゆく感触。
喉をせり上がり、迸った真っ赤な血の色。
紛う方無き死の記憶。
現実味の有る記憶では無かったが、それでも耕太の恐怖をいやが上にも煽る。

「何だと・・・?」
擦れた声で、ジーグが問う。
「テレストラートが死んだ時の事。夢で見たんだ・・・」
見上げたジーグの様子に、思わず耕太は言葉を切った。
その表情は、怒りだろうか、悲しみだろうか、
今にも倒れるのでは無いかと思うほどに蒼白で、打ちひしがれたように見える。
その表情を隠すかのように、片手で顔を覆った。

「ジーグ・・・?」
「俺だって、お前を戦場に出したい訳じゃない。・・・とにかく、協力してくれ。」
搾り出すように、それだけ言うと踵を返し足早に部屋を後にした。

1人残され、耕太は混乱していた。
ジーグを傷つけた。何故かは分らないが、おそらく。


ジーグが出て行った後、耕太は食事を取る気も起きず
出るきっかけも無いまま、もう一晩寝台に居座った。
翌朝、ジーグが再び訪れて、無理矢理耕太の口をこじ開け、食べ物をつっこんだ。
「そこから出たくないなら、出なくてもいい。とにかく、喰うものだけは喰え!」
「わ・・・分かったから喰う、喰うから止め、・・・そんなにいっぺんに飲み込めな・・・」
必死の抗議に、口に直接入れるのは一度きりにしてくれたが
食事の度に、横に張り付いて食べ終わるまで離れない。
それだけでなく、顔を拭いたり、髪をとかしたりと
日常生活の世話をし始め、鬱陶しくて、とうとう耕太は寝台から出た。

負い目も、有った。
ジーグを傷つけた。
何がマズかったのかは、やはり良く分らないが
言ってはいけない事を、口にしたのだ。


「ねえ、ゼグスたちはどうして戦争に参加してるの?山奥に住んでいたんだよね?
隠れて。この戦争は関係なかったんじゃないの?」
「イオクの術師達が使う術。それは、とても危険なものなのです。
 私たちが使う術は精霊に助力を請い、様々な事象をおこしますが、彼らの術は異質で自然界の物を歪め、操り力とします。木々や動物、時には人間までも・・・あちこちで、異形の化け物が人を襲ったり、食用の植物が急に毒を持ったり、不可解な現象が相次いで起こっています。このままでは、世界は狂ってしまうでしょう。決して無関係とは言っていられません。
精霊たちも、危惧していますし。」
「あの、花潜りも?」
「さぁ・・・でも、そうかもしれません。
 あのような不自然な行動を取るのは、直接の術ではなくても歪んだ理のせいかもしれません。地方では幼体の凶暴さを持ったままの成体が、空から人を襲ったという例も有ります。」
あの巨大ミミズの化け物に、羽が生えて飛んでいる図を想像して耕太はゾッとした。
「カナトも?世界を正す為に参加してるの?」
「僕は・・・外の世界を見てみたかったから・・・。」
「外?」
「僕らの村は本当に小さな村で、僕だけでなく殆んどの村人が村の外に出た事が無いし
一生出る事もないんです。だから・・・外の世界がどんななのか、この目で見てみたくて。」
「そっか・・・」
その理由は"世界を救う"より分りやすい気がした。
「でも、カナトは怖くないの?戦場に行くの。」
「怖いですけど、カホク殿が守って下さいますから。」
「カホクが?」
耕太は、ガイヌの町から王都まで護衛してくれた兵の1人
気さくな背の高い青年を思い出していた。
「戦場では術師に一人一人,決まった護衛の戦士がついて守ってくださるんです。
僕も何度もカホク殿に助けて頂きました。彼がそばにいつもいて下さるので安心して術に集中できます。」
憧れのヒーローを語るような口調で、カナトが説明する。
その様子からも、カナトがカホクを信頼しきっているのが分る。
「ゼグスにも?」
「リロイ殿です。」
「・・・・・オレにも?いるんだよね?」
「もちろん。ジーグ殿です。」
・・・・・やっぱり、そうだよね。分かってはいたけれど何となく溜息が漏れた。
その溜息をどう解釈したのか、カナトが弁解するように言う。
「ジーグ殿はすごく強いんですよ!ガーセンの誇る十将軍にも決して引けを取らない腕の持ち主です。今はまだ無役ですが、将来はきっと将軍になられますよ!」
「へぇ〜。」
カナトの力説にも、耕太は気の無い返事だ。
「大げさではなく、本当なんですよ」
「ふ〜ん」
「もしかして、耕太はジーグ殿がお嫌いですか?
 その・・・他の武将の方が良いです?カホク殿とか・・・。」
「別に。」
嫌いな訳じゃない。苦手ではあるかもしれないけど・・・
怖いし、重いだけ。

耕太の投げやりな受け答えに困った様子のカナトは
思い付いたように声を上げる。
「そうだ、耕太。市へ行きませんか?」
「市?」
「そうです、今日は中生月(ちゅうせいづき/5月)の一日目で大きな市がたっています。
 賑やかですよ!
 外の空気を吸えば気分も変わりますよ、きっと。」
覇気の無い耕太を何とか元気付けようとするカナトの唐突な申し出だったが
ここのところ、もやもやとした気持ちを持て余していた耕太はその提案にかなり心を引かれた。
「・・・うん、でも」
「耕太はせっかく王都に来たのに一度も町を見ていないでしょう?
 天下の都フロスに居るのに、もったいないですよ。」
耕太は窓の外にチラリと目をやる。この位置から街の様子は見えなかったが
空は晴れ渡りとても気持ちの良い朝だ。
「それに、タウに会いたのではないですか?」
カナトが笑いながら耕太にとどめをさした。
はしばみ色の瞳の少女。別れてからまだ4日しか経っていないのに
とても懐かしく感じる。
「うん。行きたい。」
「では、さっそくジーグ殿に話してきますね!」
「え・・・ちょっと・・・」
元気良く立ち上がると、パタパタと軽い足音を響かせながら出て行くカナトの後姿に声を掛けたが届かない。
「それは・・・無理なんじゃぁ・・・。」

暑っ苦しいほど心配性のジーグが城の外に出る事を、許す筈は無いように思われる。
タウに合いに行くと言うのなら、尚更・・・。

耕太は、大きなため息をついて楽しい妄想を頭から締め出し
市場見物を早々に諦めた。

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