ACT:14  ロサウの民

石造りの重厚な造り。
高い天井、広々とした空間。
飾り気の無い、その建造物は耕太の想像する城と言うよりは
要塞といったイメージで、寒々しく殺伐とした雰囲気が漂っている。

城に入ってすぐに、旅を共にしてきた兵たちとも別れ
ジーグも状況確認に消えた。
ゼグスとカナトが一緒にいてくれるものの、
この見知らぬ、妙な重圧感の有る、だだっ広い建物は耕太を不安にさせ
落ち着かない様子で辺りを見回す。
そんな様子に気付いたゼグスが、耕太に声をかける。
「大丈夫ですよ、耕太。ジーグはすぐに戻りますから。」
「な、何であんな奴!」
言われて、とっさに強く否定して、耕太は自分でも驚く。
「タウにも、またすぐに会えますよ。」
「うん・・・」
カナトの言葉に曖昧に頷く。
本当にもう一度、彼女に会う事なんてできるんだろうか?
何もかも自由にならない、この状況で・・・。

3人は、ロサウの村の聖霊術師達に会うため、城の南塔に向かっていた。
テレストラートを良く知る彼らに、秘密を通すのは無理だと判断し
既に状況は説明されていると言う。
これからは、彼らと行動を共にする事が多くなるし
周りを騙し続けるため、色々と力をかしてもらわなければならない。
「何人いるの?術師の人達って。」
「今、城に居るのは19人。今、ガーセンにいるのは全部で33・・・いえ、32人です。
 今、ここにいない者達にも、耕太のことは話してありますから
 私たちの前では気を張らず、どうぞ楽にしていて下さい。ここです。」
ゼグスが1つの扉の前で立ち止り、声をかけ扉を開いた。
「ゼグスです。耕太をお連れしました。」
ゼグスに続いて、部屋の中に入ると、中の人々の目が一斉に耕太へと注がれる。

20畳ほどの部屋の中には、おそらく城に居ると言う術師は全て来ているようだ。
20代から40代前半と言った感じの、比較的若い年齢の者が殆んどだが
いったい幾つなのか、まったく想像できないような、ミイラのような老人が2人混ざっている。
部屋の中にいるのは全員、男。
戦争に来ているんだから、当然と言えば当然かもしれないが。

皆、ゼグスやカナトと同じような体のラインの見えない、長いローブを身にまとい
青い石の入った装身具で身を飾っている。顔に刺青を入れている者も何人か居る。
皆一様にほっそりとした華奢な体つきで、柔らかな印象を受ける。

彼らは一言も言葉を発せずに、ただ何かを探るような・・・縋るような目で耕太を食い入るように見つめている。
「あ・・・えーっと・・・。」
その空気の異様さに耕太は怯み、助けを求めるようにゼグスを見る。
「彼が平山耕太殿です。既にお話したように、オーク老の施した術の不手際により、このような事態に巻き込んでしまいました。
 彼は私達の無理を聞き届け、しばらくは協力してくれますが、一日も早く彼を戻せるように、少しでも負担を軽く出来るように全員が心がけ、彼を助けてください。」
「よ、よろしくお願いします・・・。」
どうしたら良いのか分らず、耕太は一応そう言って、ペコリと頭をさげる。
術師達の間に、ざわめきが広がる。
近くの人間と話すもの、俯く者、中には静かに泣き出す者もいて耕太を戸惑わせる。
部屋の中に一気に充満した悲しみに、彼らが必死に探ろうとしていたのがテレストラート自身の存在なのだと気付き、耕太は居たたまれない気持ちになった。

悲しみに沈む人々の中から、干からびたような老人の1人が、見かけからは想像出来ないような、しっかりとした足取りで耕太の元へ歩み寄る。
「平山耕太殿。わしは、ロサウの村の長老の1人、グイルリンガー・ノエスと言うものじゃ。
長い名前じゃろ?グイとだけ呼んでくだされ。」
そう言うと、皺くちゃな顔でニッっと笑った。
しわがれた声は不思議と温かみが有り、皺の中に埋まるようにして有る二つの瞳は、澄んで生きいきとした光をたたえていた。
「この度は、我が一族のオークルスの馬鹿者がとんでもない事をしでかし、迷惑をかけてしもうて、ほんに申し訳ない事をした。
ずいぶんと遠い所から来なさったようじゃね。わし等一族は出来る限りの事をさせてもらうつもりじゃ。」
何もかも、見透かしているような不思議な瞳に、雲がかかるように悲しみの色がよぎる。
グイ老は皺の深く刻まれた、細い腕をゆっくりと伸ばすと
耕太の左の腕を、まるで幼い子供をあやすかのように、やさしく、ぽんぽんっと撫でる。
「本当に何て事を・・・可哀想な子じゃ・・・。」
その優しい手と言葉が、耕太に向けられているのか
それともテレストラートへと向けられているのか、耕太には解らなかった。


「耕太には個室をもらって有るんです。僕たちの部屋も、すぐそこですから何か有ったらすぐ来れます。」
術師達との会見を終ると、カナトが耕太用に用意された部屋に案内してくれた。
術師達と会った部屋のすぐ近くで、そう広くはないが居心地よさそうに整えられている。
旅の間中、野宿や雑魚寝が多かったので
個室に柔らかなベッドは、とても有難かったが、耕太の気分は何となく沈みがちだ。
浮かない顔の耕太を気にしてか、カナトが明るい調子で話しかけてくる。
「疲れましたか?耕太。今日はちゃんとした寝台で寝られますね。城は静かですし。
窓、あけましょうか?街の様子が見えますよ。
フロスは活気がありますよ。戦をしているなんて、嘘みたいですよね。」
カナトの言葉にも、気の無い返事をする。
「え〜っと・・・そうだ、耕太。お腹、空いてませんか?何かもらって来ます。美味しいものいっぱいありますよ。すぐ戻りますから、待っててくださいね。」
パタパタと足音を響かせて出てゆくカナトを見送り
耕太は何となく、部屋の中を見回した。
大きな窓、寝台、クローゼットに小さなテーブルと布を張った、ゆったりと座り心地の良さそうな椅子
石の床には毛足の長い絨毯が敷かれていて、寒々しい雰囲気は無い。
それらに視線を走らせ、壁際を仕切るように垂らされた布の影に、人影を見たような気がしてドキっとする。
「・・・鏡・・・?」
着替える為の場所なのか、布の影に大きな姿見が立てかけられていた。
「何だ、ビックリした・・・。」
ほっと溜息をつき、大きな鏡に映った自分の姿を見る。
驚くのも仕方が無い、それは見慣れた自分の姿では無いのだから。

不安げに自分を見返している鏡の中のテレストラート。

この世界には、鏡が殆んど無い。
ショーウインドウも、車も。自分が写りこむのなんて、せいぜい水面ぐらいのものだ。
自分の姿を一番目にしないのが自分自身だ。
テレストラートは耕太自身と身長が殆んど変わらない。
だから、今耕太が眼にする視界も、以前と殆んど変わらない。
どうしても自分の中では、以前と見た目が違うと言う事を忘れている事が多い。

でも実際はこれ。
ほっそりと華奢で、綺麗な顔立ち。
耕太は、わざと鏡の前で、変な顔をしてみた。それでも、やっぱり違う顔だ。
周りの人達は、この姿を見ている。
テレストラートとして、見ているんだ。
頭を鏡にくっつけて、目を閉じる、小さく溜息をついた。

何だかずっとゴタゴタと色んな事が起こって、神経が麻痺してしまっていたけど
やっぱり、これは、なかなかに悲惨な状況だ。
ほんの少し前まで、毎日家で目を覚まし、学校へ通う平凡な日々が
当たり前のように続いていたのに。
そこに帰るてだてが、全く分らない。

これをすれば帰れる、と言うお約束の試練さえ与えてもらえない。
今はその世界が何処かに本当に存在するのかさえ、確かとは言い切れない気がしてくる。
それほどまでに、この非現実の世界が現実的なのだ。

術師達の嘆きが思い出される。部屋を満たす、胸を潰されるような、深い悲しみ。
親しい人間が死んだんだから、信じたくないのも、悲しいのも、当然だとは思うけど
向けられる感情が、重い。
もちろんテレストラートが死んだのは、自分のせいではないけれど・・・
その体が元気に動いてるのに、他人って言うのは・・・複雑なハズで
自分が悪い事をしている気にさせられる。
でも、だからってどうしろって言うのだ?

「だぁ〜〜〜〜もお!」
もやもやとした、気持ちの持って行き場所が無く、耕太は物にあたる事にして
鏡を蹴りつけた。
金属で出来た鏡は、思った以上の大きな音を立て、その上蹴った拍子にバランスが崩れ傾き始める。
「わ、わ・・・」
慌てて支えようとするが、これが無茶苦茶重い!
支えきれずに、手を離すとさらに大きな音を立てて引っくり返った。
思わず耳を押さえてしゃがみこむ。

「・・・・・一体何をやっているんだ?お前は・・・。」
呆れたような声に振り返ると、戸口にジーグとゼグスが立っていた。
「こ、これは・・・その、ちょっと、ひっくり返って・・・」
あわてて取り繕い、倒れた鏡を持ち上げようとするが
支える事も出来なかった物が持ち上がるはずも無い。
「だから、何でそんな物をひっくり返すんだ。いいから退け。」
鏡と奮闘する耕太をどかすと、ジーグは苦も無く鏡を持ち上げ、元通りに壁に掛けた。
余りにもアッサリとやられたので、男としてちょっと情けなくなる。
「耕太、大丈夫ですか?怪我は?」
「うん、平気。」
心配そうに声をかけ、ゼグスが耕太の無傷を確かめるのを、目で確認しながらジーグが口を開く。
「セント将軍に会って来た。
ハシャイ様の略葬の儀は済んだそうだ。本葬はイオクをぶっ潰してからだ。
西の港コーサスに展開しているヒューロン国軍と連絡が取れなくなっているらしい。
偵察隊を出したが、消息を絶っている。
コーサスはイオクの同盟国ヌイと国境を接している、イオクが何か仕掛けてきていると考えて、まず間違い無いだろう。
イオクの動きが早い。後手に回らない為にも、コーサスに向けて軍を出す事に決まったそうだ。月が変わる前には出撃する事になる。」
「あの・・・それ、オレも行くの?」
「ああ、そうだ。」
「それ・・・戦争なんだよね?」
「おそらく何らかの形で、イオクの軍が関わっているはずだ。戦闘になるだろう。」
「・・・・・やだよ、オレ。戦争なんて、何もできないし。」
「大丈夫だ。お前はただ居ればいい。術を使っている振りをしていろ。」
「そんな事軽く言われたって、だって、戦場だろ?殺されるかもしれないのに・・・」
「術師達に対する警備は万全だ。」
「そんなの分るもんか!嫌だ。行きたくない!」
「コータ!お前が行かない訳にはいかないんだ。」
「嫌だ!絶っっ対・嫌だ!行くもんか!!」
「コータ!!」
「嫌だったら、嫌だ!!!」

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