Act:11 王都へ

「うわぁ ・ ・ ・ すっげー、キレイだ ・ ・ ・ 」
耕太が空を見上げて感嘆の声を漏らす。
見上げる先には、耕太のはじめて見る生き物が、群れをなして飛んでいる。

その生き物の体は魚のような流線型で白く長い毛に覆われ
胴から足の変わりに長いヒレの様なものが6枚生えている。
頭には2本の触覚らしき物が羽飾りのように生えていて
白目の無いつぶらな黒い瞳が目立ち、口や鼻がどこに有るのかは分りにくい。
そして、その背中には大きな3対、6枚の羽根が生えていて
大きく羽ばたくでもないのに、フワフワと優雅に空に浮いている。
全体の形は、強いていえば蝶に似ているかもしれない。
透けるほどに薄いその羽根は、日の光を受けて虹色の輝きをはらみ
まるでシャボン玉を加工して作った芸術品のようだ。
それが群れをなして青い空を漂っている様子は、夢のように幻想的な光景だった。

「花潜り(はなもぐり)だ。繁殖期でもないのに群れでいるのは珍しいな。」
上空の群れから一匹がふわりと離れ、こちらに向けて降りてくる
その優雅な動きにつられて視線で追うが、近づいてみると予想外の大きさに怯む。
シャボン玉のような儚げな姿で有りながら、それは
羽根を広げると150センチは有ろうかと言う大きさで
耕太が目にした事が有る、どんな鳥よりも大きかった。
「大丈夫だ。見た目の割に動きはすばやいが、害は無い。
 風霊に好かれる生物だから、捕まえると災いが訪れると言う迷信を信じている地方も有るが、人を襲ったりはしない。
成獣は水だけで生き、狩りもしないし性質も穏やかだ。」
耕太の怯えに気付いたのか、ジーグが落ち着いた声で説明する。
「う、うん・・・。」
そうは言われても、大型の見たことの無い野生動物に近づかれるのはちょっと怖い。
花潜りは、隊列を組んで道を進む耕太たちの上空1メートルほどで降下をやめ
ゆっくりとした動きで頭上を飛び越していく。

離れて行くのに少しほっとしながら
それでも、やはり幻想的で美しい姿を目で追って行くと
隊列の前方にいるタウが、夢見るような目で花潜りを見ている姿が目に入った。

王都までの2週間ほどの旅に、タウも同行する事になった。

耕太はやや姑息だとは思いつつも、兵達と訓練をしているジーグのもとへ行き
タウの件を持ち出した。
タウは耕太たちだけではなく、兵士達の食事の世話もしており
兵達が美しい少女に好意を抱いているのは容易に想像出来た。
案の定、耕太がやや声高に、ジーグに話す内容を漏れ聞いた兵達は
是非、不憫な少女を助けてやろうと口々に賛同の意を表し
ジーグは了承せざるを得なかった。

しかし、それがジーグにとって不本意だったのは、その後の彼の態度が如実に表している。
一体どうしてジーグがタウの事をそれ程嫌うのか
あんなに美少女だと言うのに・・・男として実に理解に苦しむ所だが
思っている事がすぐに顔や態度に出るジーグって、意外と子供っぽいんだなぁ ・ ・ ・
と、耕太は思う。

旅は中々楽しいものだった。
初めは、あまり今まで直に接していなかった兵達と、四六時中一緒と言う事で
正体がバレはしないかと、緊張したが
兵達はそれほどテレストラートと親しかった訳でもないらしく
全く疑いもしなかった。
旅はまさに絶景に次ぐ絶景で、耕太はすっかり観光旅行気分だ。
夜は信じられないぐらいに真っ暗で、初めは怖くてたまらなかったけれど
周りは凄腕の兵達に精霊術師がしっかりガードしている状態で
自然の怖さを、元々知らない耕太は、すぐに恐怖心を手放してしまった。

それに何と言っても、タウが一緒にいるのは嬉しい。
旅行用のコートに身を包み、ゆるく編んだ髪を肩にたらし
馬にちょこんと乗った彼女は、今日もすこぶる可愛い。
彼女を馬に乗せた兵の1人が、たまらなく羨ましい。

彼女と2人、ひとつの馬に乗って道を行けたら、どんなに楽しいだろう。

1人でろくに馬を操れない耕太には、儚い夢である。
彼女は凛々しい兵と、ひとつ馬に乗り
耕太はジーグに支えられて、馬に乗せてもらっているのである。
現実は厳しい・・・。

思わず溜息をついた耕太にジーグが問いかける
「疲れたか?」
「え?・・・あ〜うん。ちょっとケツが痛いかも。」
「もうそろそろ、昼だし一度休憩を取ろう。
キイ、ラクスタ食事を終えたら斥候の2人と交代してくれ」
馬を止めジーグの手を借りて馬から降りると
皆に向け手際よく指示を出すジーグの元を離れタウを目で探す。
重ねて着せられている丈の長い装束が、歩くのに邪魔な上
日差しのキツイ正午の屋外ではかなり暑い。
ひとまず耕太はタウの元へ向かう前に、邪魔マントとローブを脱ぎに掛かった
「ゼグス、火をおこすのを手伝ってもらえるか?カヤとモリは川に・・・
コー、テレストラート!何してる!?」
ローブの帯を解いていた耕太に、ジーグが驚いて駆け寄ると
耕太が枝にかけておいたマントを引っ手繰るように取ると、それで耕太を包みこんだ
「ちょっ、ジーグ、何?」
「何やってだ!お前。」
「何って、暑いんだよ。」
2人のやり取りに気付いたゼグスとカナトが近づいてきた事で
周りがこちらに注目している事に気付いたジーグは
作業を続けるように指示を出すと、声を落として続ける
「いいから着てろ、勝手に脱ぐな!」
「何、ムキになって怒ってんだよ。別に良いだろ?上着ぬぐぐらい。
 素っ裸になろうって言うんじゃないんだし。何かマズイ事でも有るの?」
ローブを脱いだところで、その下には革のズボンと半そでとは言え、胴着をしっかり着込んでいるのだ。何を言われているのか理解に苦しむ。
「大有りだ、術師が人前で服を脱ぐなんて。説明されただろう?」
「そうだっけ・・・?」
「耕太、術師は人前では肌をさらさないものなんです。」
「何で?」
「元々は術師で有ることを隠す為ですが・・・」
「こんなズルズル着てたらバレバレじゃん。」
「今は、そうですが・・・術師が狩られていた時代には、ローブは一般的な装束だったんです。ただ、ローブを着る事で術師と疑われる事を恐れて、皆、着なくなりましたが・・・。」
「昔は、でしょ?それに、なんで肌を見せると聖霊術師だって分るの?」
「術師の殆んどは、力を増す為に体に精霊の好む模様を彫りこんでいるからです。」
「刺青ってこと?」
「そうです。それによって術師だと言うことが分るだけではなく、どの精霊の加護を受けているのかもわかります。つまり、それを見られることで、術を封じられる恐れが有るのです。ですから、術師は伴侶にしか肌を見せません。」
「つまり、上着脱ぐだけでも、素っ裸と同じ意味って事?」
「・・・そうです。」
「・・・・・・・で、でも、テレストラートの体のどこにも刺青なんて無かったよ?」
「ええ、それは、そうでしょう。彼は、生まれながらにして精霊の大きな加護を受けていましたから。模様や精霊の好む青い石で精霊たちの気を引く必要は無かったはずです。」
そう言われてみれば、ゼグスもカナトも青い石の付いた装身具をいくつも付けていた。
耕太のコートの留め具も青い石が入っているが、その他は髪を留めている飾り紐が青いぐらいだ。

そうは言われも・・・
「でも、暑い。ジーグなんかそんなに軽装なのに、ズルイよ。」
「ずるいと言われても・・・。」
頭ごなしに叱られるのを覚悟しての八つ当たりの言葉だったのに
ジーグが困惑したような態度をとったので、
耕太は調子にのって、気になっていた事を続けて言う
「そう言えば、この長い髪もなんか意味有り?」
「それは・・・特には・・・。」
「切りたいんだよね、これ。邪魔だしさ。こう、バッサリと」
「・・・・・・・・・。」

テレストラートの容姿を変えるような事は、
ジーグは嫌がるだろうとの、計算ずくでの発言だったが
思った以上の効果を上げたようで、よほどショックだったのか
口を開き何か言おうとするのだが、言葉が出ない。

"・・・・・面白い。"

テレストラートが取らないであろう行動をするだけで、
あのジーグがここまでうろたえるとは。
これからの生活のストレス発散方を思わぬところで手に入れた耕太は
内心ほくそえんだ。

しかし、暑いのはどうしたものか・・・。
「こんなの絶対おかしいよ、オレ等だけこんな暑い思いしなくちゃならないなんて
 ゼグスやカナトだって・・・。」
ゼグスとカナトに目をやると、2人とも同じような格好をしていると言うのに
涼しい顔で、汗一つかいていない。
「・・・暑く、ない・・・の?」
2人は顔を見合わせると、申しわけ無さそうに耕太を見る
「私たちは、精霊に・・・」
「精霊に?」
ゼグスが小さな声で歌のように短い旋律を呟くと、
耕太の服の中を爽やかな風が吹き抜ける
それは服のすそから扇風機を、いやクーラーを設置したような感じで
なるほど、これなら暑くはないはずだ。
「・・・・・ずるい。」
「す、すみません。つい、耕太が精霊を使えない事を失念していました。」
恨みがましく唸った耕太に、ゼグスが恐縮して言う。
「これ、ずっと出来るの?」
「ええ、大丈夫だと思います。耕太は嫌われていない様ですし、精霊に頼んでみます。」
「やった!髪は?」
「それは・・・・」
3人がそろって言いよどんだ時、馬の蹄音が響いた
見ると斥候に出ていた兵のうちの1人だと分る
「ジーグ」
「ここだ、どうした?」
「武装した集団がいます。おそらく逃亡した傭兵だと思いますが。」
「どこだ?」
「峠の手前です。」
「俺も行く。
 様子を見てくるから、此処に居ろ。コータ、その話は・・・後だ。勝手に切るなよ。」
そういい残すと、ジーグはあわただしく出て行った。


「イオクの兵ではない。オーガイで軍をはぐれた傭兵たちだろう。人数は確認できたのが23人。ガーセンの正規軍の兵を襲うとは思えないが、余計なトラブルは避けたい。
川沿いの道は避けていく。」
ジーグの指示に従い、兵達が移動の準備を始める。
「ねえ、傭兵ってガーセンがやとっていた味方だった人達?」
「そうだ。」
「それなのに危ないの?・・・あ、裏切った奴らか!」
「いや、こんな所にたむろしている様じゃ、その可能性は少ないだろう。
 オーガイでの敗戦をうけて、旗色が悪いと軍から抜け出した日和見の傭兵だ。」
「じゃあ、何で避けて行くの?」
「あいつらは金のために雇われている。
 逃げ出したからには、当然前金しかもらっていない。
 雇い主がいない時の奴らは、盗賊と変わらない。」
「え〜、そんなの野放しのまま、行っちゃっていいの?退治しないの?」
「戦って敗れるわけは無いが、犯罪をおこす可能性が有ると言って、引っ括って王都まで連れて行くのか?
 今はお前を無事に王都へ連れて行くのが、最優先事項だ。
 いらぬトラブルは避けていく。」
今ひとつ釈然としない気分だったが、事情を知りもしない耕太がそれ以上言葉をはさめる雰囲気ではなかった。
それに、今更ながらジーグを含めた14人の兵達がすべて自分を守る為の盾なのだと思い当たり、観光気分でわがままを言うのは止めようと、少し反省した。

それからは、比較的穏やかだった川沿いの道を離れ、山の中の細い道を行くことになり
唯でさえ馬術が進歩していない耕太は、必死で馬にしがみ付いていると言った様子だった。
途中、小さな泉の湧き出る浅い洞窟で短い休憩を取り
一行は進みにくい山の中を、ペースを落さずに進む。
「森の中での野宿は危険だ。日が暮れる前に山を抜けなければならない。」
ジーグの説明に、うなずくしかないものの、耕太は辟易していた。
見回すと、ゼグスやカナトどころかタウさえも特に疲れた様子を見せていない。
耕太は自分の不甲斐なさに情けなくなった。

そんな時、木々が風にそよぐ音と、鳥の声、蹄音しか聞こえなかった森の中に
遠く花火のような破裂音が響き渡った。
「な、何?」
「狼煙だ」
兵達の緊張が一気に張り詰めたのが判る。
ゼグスが何か小さく、聞きなれない言葉を呟くのが聞こえる。
ジーグは隙無く辺りを伺いつつ、状況の確認を指示する。
間もなく、ゼグスは小さく頷き、また何か呟くとジーグの元に急ぎやってきた。
「ジーグ殿、商隊が賊に襲われています。川沿いの街道。既に死人が出ています。」
何故そんな事が分ったのか、ゼグスの言葉に一切の質問を挟まず
ジーグは鋭く舌打ちをすると、厳しい顔で指示を飛ばした。

「全隊引き返す。リロイとホーシー、泉にて術師達とドクターと娘を護衛。
 カホクは斥候の二人にその場で待機するよう伝えて、護衛に合流。
 他は、街道へと戻る。予備の馬は置いてゆく。気を抜くな!死ぬなよ!」
「ジーグ、私も一緒に行く。怪我人が出ているだろう。」
申し出たケイル医師にジーグは一瞬迷ったようだが、すぐに決断する。
「分った、ドクター、頼む。
テレストラート、絶対に動くなよ。何か有ったら、第一に自分の身の安全を考えろ。他の事は構うな、いいな!」
隊の後を進み、後方の護衛をしていた兵の1人が駆けつけ、ゼグスとほぼ同じ内容の報告をする。
商隊を襲ったのは、やはり傭兵の一団だった。

慌しく兵士達が出発すると、残された術師と護衛兵は
ゆっくりと、先ほど出たばかりの、泉の有る洞窟へと戻った。
耕太は予備にと引かれてきた馬に1人で乗る事になったが
ここ5日ほどずっと馬での移動だった事も有り、
ゆっくりと進む分には何とか体裁を保つ事が出来た。

手近な木に馬をつなぎ終える頃には、先発の2人に待機を知らせに行った兵が戻ってきた。
森の中は、先ほどの慌しさがまるで嘘のように静まりかえっている。
耳を澄ませても、人の争う音どころか、声一つ聞こえてはこない。
耕太は人数が、急に減ってしまった事に、何だか急に不安になる。
こんな山の中で、熊とか・・・もっと獰猛な虎みたいな肉食動物っていないんだろうか?
商隊を襲ったような山賊が、他にもいるかもしれないし・・・。
もちろん、3人も剣を携えた兵がいて、きっともの凄く優秀な剣士なんだろうし
大丈夫だよな・・・きっと。
自分に言い聞かせるが、ジーグが残ってくれていたら良かったのに、と思ってしまう。
実際にジーグが、この兵達より強いのかなんて事さえ、知らないのに

気付かない内に、ジーグに頼っている自分に思い当たり、ちょっと嫌な気分になる。
別に・・・あいつが居なくたって・・・。

不安そうな表情で、様子をうかがっているタウを目にして
自分に喝を入れる。
悪戯に、不安がったってしょうがない。
オレより全然、弱い女の子がいるんだから、彼女はオレが守ってあげなきゃ。
「大丈夫?怖い?」
タウのもとへ、そっと近づき声をかけると
彼女は、はにかんだように笑い、小さく首をふった。
「いいえ。ティティーさまが居てくださるもの。」
その健気で信頼しきった様子に、耕太はくらくらする。
"か・・・かわいい・・・。"

タウの言葉に、すっかり奮い立った耕太だったが
彼女が水を汲む為に、そばを離れると
森の静けさに、再び不安が募りだす。
まるで、木立の間から無数の目に見られている様な錯覚に捕らわれる。
ジーグが走り去った方向を見るが、人影も音も全くない。
耕太の不安をあおる様に、先ほどまでの晴天が嘘のように暗く曇った空から
静かに雨が降り始めた。

「ジーグたち、大丈夫かな・・・。」
彼らは、今、戦っているのかもしれない。
銃で敵を狙い撃つのではなく、剣で斬り合うのだ。
怪我をするかもしれないし、もしかしたら、死ぬ事だって・・・。
不安になり、自分でも気づかず指を噛んでいた耕太に、ゼグスが近づき声をかける。
「大丈夫ですよ、耕太。ジーグはガーセンでも指折りの剣士です。
 それに、何か有ったら、知らせてくれるように、精霊に頼んで有りますから。」
「それって・・・さっきのも?商隊が襲われてるって、すぐ分ったよね。」
「風の精霊に頼んで、見てきてもらったんです。」
「へぇ〜便利だね。他にどんな事が出来るの?」
「そうですね、風にまつわる事なら。風を吹かせたり、空気を浄化したり。声を遠くに届けたりする事も出来ますよ。」
「携帯いらずだね。」
「携帯?」
「うん、電話。このぐらいの大きさで、離れたところにいる人と、話をする道具だよ
 ・・・・・あれ?何、今の。」
「何か?」
「今、あそこで何か、動かなかった?」
「何処です?」
「あそこ、・・・ほら!また、動いてる。」

洞窟の前の細い道を挟んで向こう側、右手の茂みが
確かに何かが移動しているかのように、揺れている。
ゆっくりと、こちらに向かって。
やはり気付いた兵達が、剣の柄に手を掛け前へ進み出る
馬達が不安げに前足で土を掻き、いななく。

茂みの中を進んできた物が、ゆっくりと鎌首をもたげる。
「何?・・・あれ・・・。」

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