Act:10 


「・・・痛てっ痛てっ痛て!・・・」
馬の歩調に合わせて、耕太が苦痛の声を上げる

この大陸での主な移動手段は徒歩。
豊かな国ガーセンでは馬を使うものも多い。
もちろん兵士達は馬での移動なので、耕太も勉強の合間を縫い
気晴らしもかねて、ここ数日、乗馬の訓練を受けている。

しかし、もう間もなく王都に向けて出発しなければならない次期だと言うのに
耕太の馬術は一向に進歩しない。
「馬の動きに合わせるんだ。」
「そんな、事、言われて、も、痛てっ、つ・・潰れる・・・」
「大体、体勢が悪い。しがみ付くんじゃなくて、もっと上体を起して。」
「こ・・・こう?あっ痛て!」
一向に様にならない様子にジーグはため息を付き
轡を取って、馬の歩みを止めさせた。
「・・・まあ、落馬しなくなっただけでも、マシか。」
大した慰めにもならない慰めに、耕太は情けない顔で応じる。
「動かなきゃ・・・良いんだけど・・・なぁ」
「馬が動かないで、何の役に立つ。」
言うと、ヒョイと身軽に耕太の後ろに跨ると馬をゆっくりと歩かせ始める。
「今日はもう終わりにしよう。馬屋までのこのまま、乗って帰るぞ。」
「ええ〜・・・。」
不平たらたらの耕太を無視してジーグは馬を進める。
そうは言っても、ジーグガ後に乗った状態なら
耕太は体を支えられる形になるため、かなり楽に乗れるのだ
振り落とされる心配がないので、馬の動きに意識を集中できる。
リズムに乗ってしまえば結構楽だ。

耕太だってそれ程運動神経が悪い訳ではない。
馬に乗る練習と聞いた時には、缶詰で勉強よりも何十倍も良いと思ったし
馬に乗れるなんて、正直・格好良いと思ったものだった。

実際に馬を見るまでは。

今まで生で馬を見たことは無かったが
テレビなどで見る馬は、もっと、こう・・・ほっそりとして優美な生き物だった。
人間が乗るんだから、そりゃぁ、それなりの大きさだとは思ってはいたけれど・・・
「・・・象・・・?」
実際、大きさが象ほど有る訳ではないし
形は確かに、耕太の知識に有る"馬"なのだが
どっしりとした胴、丸太のような首、がっしりとした足に黒光りする蹄
踏まれたら、確実に死ぬ、と思わせるその堂々とした体躯を前に感じる威圧感は
相当なもので
競走馬として改良されたサラブレットをイメージしていた耕太は
魂の抜けたような声で呟いた。

「デカい・・・・・」
「軍馬だからな。」
「ぐんば・・・」
「鎧や武器を身につけた人間を乗せ、戦場で敵にぶつかって行くんだ。
 馬自体も装甲を付けるし。丈夫じゃないとな。普通の馬よりはちょっとデカイな。」
「ちょっと・・・?」

軽やかに馬で駆け抜ける図を想像していた耕太は
ガラガラと音を立てて崩れる理想に押しつぶされる思いだった。


初めはどうなる事かと思ったが
馬は図体はともかく、性格は耕太の想像通り穏やかで
優しい眼が気に入った。
ただ、股間が想像以上に痛いのには辟易した。


ジーグに支えられながら、リズムを合わせ
ふと視線を遠くに飛ばして見ると
いつもより高くなった視界のせいで、広々とした世界が眼に飛び込んできた。
緩やかに広がる草地に風が渡り、まるで風が眼に見えるような錯覚を覚える
遠くの雲は薄いピンクに色付き、忍び寄る夜の色とのグラデーションが美しい
微かに星も瞬き始めている。
「凄い・・・世界が広がったみたいだ・・・」
思わずもらした感想に、後のジーグの体が微かに強張った気がして
耕太は首をひねってジーグを見た
「どうか、した?」
「いや・・・テレストラートに乗馬を教えたときの事を、思い出した。
 同じ様な事を言っていたと思って。」
「テレストラートも馬に乗れなかったの?」
「山の中で暮らしてたからな。村に馬はいなかったんだ。
 でも、お前と違って、すぐに乗りこなしたぞ。」

"へえへえ、そうでございましょうとも。"
事有るごとにテレストラートがいかに優れた人間で有ったか聞かされ
その上、そのテレストラートと比較される耕太はすっかりうんざりしていて
最近は反発するのさえ止め、諦めの境地に達していた。

「どうせ、ね。無理なんだよ、オレにテレストラートみたいな完璧な人間の代役なんて・・・」
ほとんど口癖となった愚痴をこぼす
ゼグスやカナトなら困ったような笑みをうかべ
控えめな肯定をされるのだが
ジーグは耕太のつぶやきに意外そうな顔をした
「完璧な人間?テレストラートが?」
「そうだよ!オレと年だって大して違わないだろうに
 村の長で、冷静沈着で頭がよくって、凄い能力を持っていて、人格者で、おまけに綺麗で!
 誰に聞いてもそう言うよ。
 これ以上完璧な人間がいる?」
「その年で冷静沈着な人格者が完璧か?人間として不自然だろう」
「それは・・・そうかも知れないけど・・。でも、みんな言ってるよ。
ほら、やっぱり・・・
 常人の尺度では測りきれない生まれながらの天才の資質っていうか・・・」
「そんなものが有るか。テレストラートが周りから完璧に見られていたとすれば
 それは、あいつがそうであろうとしていたからだ。」
「それって、どういう事?」
「あいつだってただの人間だ。それに容姿のことに関しては
 けっこう気味悪がられてたぞ。」
「何で?」
「その髪と瞳の色。大陸の北では知らないが
 この辺りでは無い色だ。」
「黒髪と・・青い目が?」
「ああ。お前の国では珍しくないのか?」
「オレの国はみんな黒髪が普通だよ。染めてる奴はいるけど
 目も・・・オレの国にはあんまりいないけど、外国に行けばけっこう珍しくないし
 こんなに深い青は見たこと無いけど、別に特別視されるほどじゃぁ・・・。」
「俺はテレストラートを見るまでそんな色の髪も瞳も見たことはなかった。
 俺もすごく綺麗だと思うが、見慣れないものを人は受け入れたがらない
 その力も有って当初は魔物のように影では言われていた。」
「魔物・・て・・・」
「だからテレストラートは完璧な人間でなければならなかったんだろう。」
耕太には何故だか良く解らなかった
ただ、テレストラートが本当は皆が言うような人間ではなくって
それをジーグは知っていると言う事だ。
「仲良かったんだねぇ・・・テレストラートとジーグ」
しみじみともらすと、ジーグは苦い物でも飲み込んだような顔をした。
そんなジーグに気付かず、耕太はふと思いついた疑問を口にする。
「ねえ、ジーグはテレストラートのフルネームを知ってる?」
「いや。」
ジーグはきっと、知っているのだろうと予想していた耕太は少し驚いた。
意外そうな顔をした耕太にジーグが言葉を継ぐ。
「術師は誓いを立てる時にしか、真実の名を明かさない。術師は一度立てた誓いを破る事が出来ないから、滅多に誓いを立てない。」
「何で?」
「誓いを破ると、揺り戻しが来るんだそうだ。どう言った物か良く分らないが
 大きな誓いを破ると、その為に命を落す事も有るらしい。
 お前は術師では無い様だが、その体はテレストラートの物だから術師の摂理が働くかもしれない。
念のため、迂闊に誓いは立てないようにしろよ。」
ジーグが本気で言っているのか、からかっているだけなのか、判断に困ったが
そんな事で、万が一にも死んだりしたら嫌なので、耕太は誓いを立てるのは止めようと心の中で誓う。

「ほら、無駄話は終わりだ。3日後にはこの村を出なければならない。
 それまでに、もう少しは馬に慣れろよ。」
「うう〜〜〜」

馬屋に馬を戻し、水を与えてから
暗くなり始めた町を、ジーグと並んで歩きながら、道行く人々を観察してみる。
今まで特に気にしていなかったが、言われて見ると確かに黒い髪の人はいない。
暗い色の髪自体が少なく、殆んどが明るい茶かくすんだ金、もしくは赤毛。
瞳の色は夕闇迫るこの時間では確認する事は出来なかった。

ふと耕太は思い出す。
「あ・・・でもオレ、青い目の術師に会ったよ。」
「どこで、何時?」
「オレがこの間、プチ家出した時。」
「何だって?お前、何でそんな大事な事を・・・敵側の術師かも知れないのに。」
「でも、オレの事助けてくれたし。」
「お前を、助けた?」
「うん。・・・たぶん。助けられた・・・んじゃないか?あれじゃ。
 って言うかテレストラートの事をだと思う。
 テレストラートを知ってるみたいだった。」
「どんな奴だ」
「ええと・・・ 青っていっても、テレストラートみたいな濃い色じゃなくって、もっと薄い色なんだけど、その色なら珍しくないのかな?」
「いや、青い色は見たことがない。」
「ローブを着てたから、術師だと思うんだけど。違うかも。」

ジーグは部屋に着くと、開口一番ゼグスに訊ねる。
「ゼグス、青い目の術師を知っているか?」
「いいえ、村でも青い目はテレストラートさまだけですから・・・。」
「テレストラートみたいな色じゃないんだけど・・・もっと、薄い、硝子みたいな色。
 青いのは片方だけで、もう一方は金色だった。
 長い金髪で、年はジーグより上ぐらいかな?」
耕太の説明にゼグスは、驚いた様に目を見開く。
「知っているのか?」
「・・・ええ、おそらく。その方は、ガーシャ・ルウではないかと・・・。」
「村の者か?」
「いえ・・・」
「敵なのか?」
「それは有りません。無いと・・・思います。分りません。
 彼は・・・ずっと昔から存在する"者"で、誰の敵にも、味方にもならないと・・・。」
「でも、助けてくれたよ。」
「耕太を?ですか?」
「・・・・・たぶん。」
「いつです?」
「この前、オレが飛び出した時。テレストラートと間違えたんだ。」
ゼグスはしばらく沈黙し、何か考えているようだったが、ゆっくりと語り始めた。
「彼は昔から・・・オーク老の父君が子供だった頃には既に、村に時折立ち寄っていたと聞いています。いつもフラリと現れ、いつの間にか消えてしまうそうです。
 それでも村に来続けるのですから、村に関係は有るのかも知れませんが、正体は誰も知りませんし、誰の味方をする事も、助けの手を差し伸べる事も、指示を受け入れる事もありません。本当に何もかもが謎なのです。」
オーク老とはテレストラートの反魂を行って死んだ村の長老の1人で
噂では300歳をゆうに超えていると言われていた

300歳でさえ耕太の感覚では理解の外だと言うのに、得体の知れなさに思わず身震いする。

「では、そのガーシャ・ルウとやらは、偶然そこに居合わせただけだと?」
「おそらくは・・・」
ジーグは納得がいかないのか、眉をしかめる。ゼグスも困惑を深める。
「分りません。彼の事は、誰にも。ただ・・・・」
ゼグスは再び考えに沈む。
「何だ?」
「いえ・・・もしかしたら、ガーシャ・ルウなら、耕太がどこから来たのか
どうしたら戻れるのか知っているかも知れないと・・・。」
「本当?」
「本当か!」
耕太とジーグが同時にゼグスに問う。ゼグスは困ったように
「と言うより・・・他には思い当たりません。ただ・・・」
ゼグスは言いにくそうに続ける。
「彼の助力を得るのは、難しいかと・・・。その、気まぐれな方なので。」

"貞操の借りは貞操で"
嬉しそうに言っていた男の顔を思い出し、耕太は嫌な気分になる。
確かにそうかも・・・。

「でも、コータの事を、助けたんだぞ。」
「助けたのかなぁ・・・アレ。」
「どちらにしても、居所が分りません。村の方にもいつ立ち寄るか・・・
何十年も来ない事も有るのです。
テレストラートさまに会ったことが有るとは思いませんでした。
この辺りに居るのなら、隠れるつもりがなければですが・・・まだ、見つけられるかもしれませんね。風に頼んで、探してもらってみます。」

そう言うとゼグスは足早に部屋を出て行った。
「カナトはあの人を知ってるの?」
「会った事は無いです。話だけで・・・」

「失礼いたします、ティティーさま。皆様。」
耕太がもっと詳しく聞こうとした時、夕食の入った籠を下げたタウが開けっ放しの扉から顔をのぞかせた。
とたんにジーグは無口になると、兵舎に顔を出してくると言い残し部屋を出て行った。
ジーグは耕太との約束通り、タウの出入りを許したし
耕太がタウと親しい様子で話していても、一切口を挟むような事はしなかったが
いつもタウが来ると、不機嫌そうに部屋を出て行ってしまう。
しばらくジーグの出て行った戸口を思案するように見ていたカナトも
ちょっとジーグに言い忘れた事が有るので、と
2人を残し部屋を出て行った。

あからさまに避けられていると思われても仕方がない状況に(実際ジーグは避けているし)タウは悲しげに視線を落す。
「私・・・ティティーさまのお言葉に甘えて、図々しくお邪魔して・・・
 ご迷惑ですよね・・・。」
「そんな事ないよ!絶対。迷惑だなんて。オレはうれしいよ。」
真摯に訴える耕太の言葉に、タウは顔を上げ恥ずかしそうに頬をそめた。
「ありがとうございます。嬉しいです、とても・・・。でも、私なんかにお気を使わないで下さい。
 ティティーさまはお優しいから・・・私、つい勘違いしてしまいそうに・・・。」
「勘違い・・・じゃない・・と思うよ。うん。その・・・オレ、タウが居てくれると凄く・・・その・・・」
「ティティーさま・・・。でも、皆様は私のことティティーさまと親しくさせて頂くには
は相応しくないと思っていらっしゃいます。実際、その通りですし・・・。」
「そんな事!」
「私、ティティーさまに迷惑をおかけしたくないのです。
 ティティーさまと皆様の間に、私が原因でわだかまりが出来たりしたら、私・・・。」
「大丈夫だって。タウはそんなの気にする事無いよ。」
「ティティーさま・・・」
潤んだ大きな瞳がじっと耕太を間近から見つめる。
甘い吐息が耕太の顔に掛かる。その唇に目が吸い寄せられ、思わず耕太は生唾を飲んだ。
これって・・・もしかして、キ・キ・キスのチャンス!!?

落ち着け!焦って鼻や歯をぶつけたりしたら台無しだ!
自分に言い聞かせ、決心をつけ、いざ!!と言う時にタウが悲しげに視線を落とした。
「どう・・・したの?」
「ティティーさま・・・行ってしまわれるんですよね・・・」
「・・・・・うん・・」
「私も一緒に、王都へお連れ下さい。王都には叔母がおりますし、ご迷惑は・・・
 でないと、私・・・。」
縋るような目に、しかし耕太は言葉につまる。
まさか自分の独断で、一緒に連れて行ってあげると答えるのは、マズイ気がする。
そんな耕太の気持ちを鋭く感じたのか、タウは言葉を切り震える声であやまる。
「ごめんなさい。ティティーさまを困らせてしまって。ご迷惑ですよね。忘れてください。」
そう言われると、とたんに悪い事をしている気になる。
「・・・叔母さんが、居るの?王都に。」
「はい・・・。父も母も、この戦で亡くなり私の唯一の親族なんです。
本当はすぐにでも、叔母のもとへと行きたかったのですが、戦でどこも治安が悪くなっていて、女1人ではとても王都までなんて・・・。
それで町長さまが、不憫に思って私をおいてくださったのですが、先日、私に縁談のお話を・・・。
 お世話になっている身で、恩知らずなお話なのですが、お相手の方はとても、お年を召した方で・・・私・・・。」
そこまで言うと、タウは耐え切れなくなり顔を覆って泣き出した。

そんな話、酷すぎる!!
耕太は憤然とした。
いくら面倒をみてやったからって、嫌がってるのに無理矢理ジジイと結婚だなんて!!
「泣かないで、タウ。大丈夫だから。」
「ティティーさま・・・」
「一緒に行こう。王都へ、ジーグ達にもオレからちゃんと話すよ。」
「でも、・・・これ以上ご迷惑は・・・。」
「迷惑なんて。ただ行き先が同じだから、一緒に旅するだけの事だろ?
 もともと、叔母さんの所に行く予定だったんだし。何よりオレ、タウと離れたくない。」
「ティティーさま。」
「大丈夫。君は必ず無事に王都へ送り届けるよ。約束する。」




ジーグは兵士達が泊まっている建物へと向け、すっかり暮れた町をゆっくりと歩いていた。
タウが来るたびに、逃げ出してくるのは大人気ないとは思いながらも
どうしても足が遠のいてしまう。
情ない自分自身に苦い笑みを浮かべ、少し距離を置いて後からついてくるカナトに声をかける
「カナト、俺に用か?」
驚いた様に目を上げ、ためらう様子を見せるカナトへ
「あの娘の事なら分ってる。自分でも大人気ないと思ってるよ。でも、追い出したりはしないから、それで・・・・」
カナトは首を振ると、小走りでジーグに追いついた。
「違います、ジーグ。そんな事じゃなくて・・・。」
「?」
「あの・・・ジーグ。コータが・・・もし、コータが元の自分の体に戻ってしまったら、
テレストラートさまはどうなってしまうんでしょう?
今は、ああやって生きて、ちゃんと動いて、でも。
耕太が帰ったら、テレストラートさまがもどって来るでしょうか・・・。」
ジーグは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「テレストラートさまが戻る方法が見つかるまで、耕太には協力してもらって
 ここに・・・だって、テレストラートさまが居なくなってしまったら、私たちは・・・。」
「カナト。コータはもとに戻してやらなければならない。それは、俺たちの都合でコータを呼び出してしまった俺たちの責任だ。」
「それは、もちろん・・・でも。」
「カナト、忘れるな。
 テレストラートはもう居ない。死んだんだ。もう、戻っては来ない。決して。」

一言でもご感想頂けると嬉しいです!! →     WEB拍手 or メールフォーム 
前へ。  作品目次へ。  次へ。