ACT:12 救世主


「何?・・・あれ」

茂みを掻き分け、ゆっくりと姿を現した生物を見て耕太の頭に浮かんだ言葉は
"巨大ミミズ"

高く掲げられた頭部と思われる部分には、目も口も無く
ぶよぶよと、柔らかそうな体には、手も足も無い。
薄く透き通った皮膚からは、薄緑色の内臓物が透けて見えて気持ち悪い。
質感的には芋虫と言った感じだが、とにかく長く
掲げた上体は1メートルにもなり、全長は茂みに隠れて見る事が出来ない。
太さは、一抱えほども有る。

「花潜りだ!下がって、洞窟の中に!!」
「花潜り?って・・・さっきの、ふわふわ飛んでいた、綺麗なあれ?」
「これはまだ変態前の幼体です、花潜りの幼体は・・・」

それは、様子を伺う様に、ゆっくりと頭を揺らしながら、しばらくその場に留まっていたが
いきなり動き出すと、今までのゆっくりとした動きが嘘のような素早さで
木に繋がれた馬の1頭に襲い掛かった。

「花潜りの幼体は、肉食なんです!」

口も、目も無かったはずの頭部の真ん中が
まるで、袋の口を開いたかのように、胴の大きさと同じぐらいに開き
その内側に、幾重にもびっしりと
まるでサメの歯のような鋭い歯が並んでいる。
そして、ぐるりと並んだ歯の外側を縁取るように、
幾本もの赤紫色のヌメヌメと光る触手が、不気味に蠢いている。
それは、大きく開いた口からダラダラと涎を垂れ流しながら
長い胴で馬に巻きつくと、その首に喰らい付いた。

悲痛な馬の断末魔が、空気を裂き
木に繋がれた、他の馬達が狂ったように暴れまわる。
「火をつけろ!!」
叫びながら兵の1人、リロイが、馬の首にかぶりつく花潜りに剣の一撃をあびせるが
ぶよぶよと弾力のある花潜りの皮膚は、内側が透けているというのに剣を弾き返す
すぐさま返す剣の平で、花潜りの頭を殴りつけたが
全く意に介した様子さえなく、肉を咀嚼する嫌な音が辺りに響く。

タウが小さな悲鳴を上げて、耕太に縋りついて来たが
耕太も込み上げる吐き気を抑えるのに必死で、労りの言葉一つ掛ける余裕も無い。

次いで駆けつけた、兵のホーシーの剣もその皮膚を切りつける事が出来ず
すばやく剣を持ち替えると、鋭い切先を垂直に突き刺した
深々と刺さった剣に、花潜りが耳をつんざくような鳴き声を上げ
その長い体をくねらせ、剣を残したまま、ホーシーを弾き飛ばし
そのまま、近くにいたリロイに向かって襲い掛かる
リロイはその筒のような口の中に剣を突き入れたが、幾重にも連なる歯に当たり
剣が鋭い音を立てて、真っ二つに折れた

"危ない!!もう駄目だ、喰われる。みんな喰われる!!!"
耕太はとても正視している事が出来ず、固く目を瞑ると、隣で震えるタウを抱きしめた。
再び耳に刺さるような花潜りの絶叫が響く。
恐る恐る、目を向けると最後の兵、カホクが油を浸した布を枝に巻きつて作った松明を
花潜りに向け突きつけていた。

花潜りは、威嚇するように、ズラリと歯の並んだ口を振り開け
凄まじい声で吼えるが、炎が怖いらしく、剣をその背に突き刺したまま
じりじりと茂みの方へと下がって行く。
「ホーシー、大丈夫か?」
花潜りから目をそらさず、カホクが突き飛ばされた兵の安否を確認する
「・・・ああ、何とか。クソッ、化け物が!!」
ホーシーは悪態をつきながら、ゆっくりと立ち上がったが
跳ばされた時に、打ち付けたらしく、右肩を押さえ顔をしかめている
「リロイは?」
「ああ、何でもない・・・剣が折れた、カホク!!」
一瞬、リロイへと視線を移した瞬間に、花潜りが再び襲い掛かる。
リロイの警告の声に、すぐに反応したカホクは手にした松明で花潜りを殴りつけた
思わず耳を塞ぎたくなるような、恐ろしい絶叫を残し
炎で殴られた鼻潜りは、凄まじい速さで茂みの中に消えていった。
まるで、時が止まったかのように、静まり返った森の中に、ただ、雨が木の葉を打つ音だけが響く。

「・・・助かった・・・」
数瞬後、魂が抜けたような声で、耕太がやっと呟いた。
それを合図としたように、止まっていた時が動き出す。
仲間の死に怯えた馬達が、落ち着かなげに首を振る
「とにかく、皆、かたまって。離れないように。あいつが戻ってくるといけない、用心のため火をたいて・・・」
カホクが負傷したホーシーに手を貸しながら、落ち着かない一行に指示を出していると
繋がれた馬達が再び、怯えたように、いななき始めた。
「な・・・んだ?」
「わからん・・・。」
一行は、息を殺し様子を伺う。
ジーグ達が帰って来たのでは?と、耕太は何とか楽観的な考えに縋ろうと努めたが
落ち着かなげに土を掻く、繋いだ馬以外の蹄音は聞こえない。
一行は我知らず、洞窟の奥へとじりじりと後退る。

ガサッっと葉擦れの音がして、左前方の茂みが揺れている。
いや、中央の、右奥の、そこかしこで茂みが小さく揺れている
そうして、ゆっくりと茂みの中から、目も口も分らない緑色に透けた頭が現れる
1つ、2つ・・・・8・・・12・・・16・・・
耕太は数えるのを止めた。
「そんな・・・馬鹿な・・・。」
擦れた声で、誰かが呟くのが聞こえる。
花潜り幼体の群れは、様子を伺っているのか、ゆっくりと左右に頭を振る。
その内の一匹が、まるで花の蕾が開くように、ズラリと歯の並んだ口を開くと
示し合わせたように、他も、全てが
透明な涎を垂れ流しながら、その口を大きく開いた。

それは、さながら、悪夢の光景だった。

「きゃああああああああ―――――!!!!」
緊張の糸を断ち切るように、タウが絹を裂くような悲鳴を上げ
そのまま、意識を失ってくず折れる。
リロイとホーシーが馬の元へと走り、予備の馬を繋いだ手綱を断ち切ると
馬達は狂った様に、走り出した。
残る馬の手綱を引っつかみ、何とか洞窟の前に引いて来ようとするが
怯え、半狂乱になった馬達は、2人を振り解き走り出そうと必死で暴れる
2頭づつは無理と、1頭は諦め、放すが
残る馬にも、蹴られそうになり、とうとう手綱を手放した。
逃げる馬の1頭に、花潜りが素早く襲い掛かり地面に引き倒す
心臓を鷲掴みにされるような、断末魔の声が響く中
引き倒された馬へと、次々と花潜りが群れ、襲いかかり
もがく馬の姿は消え、うねうねと蠢く、薄緑色の小山になった。

「・・・・うっ・ぐ・・・」
地獄のようなその光景に、耕太は吐き気を覚えたが
恐怖に喉が締め付けられたように、吐く事さえ出来ない。
「奥へ!火を焚くんだ、早く!!」
兵達は術師たちを浅い洞窟の奥へと押しやると、入り口に燃やせる物を積み
松明の火を移した。

花潜りの大群は、じわじわと、にじり寄り包囲の輪を縮めるが
やはり、炎が恐ろしいらしく一線を越えては来ない。
とは言え、馬は全て失った。馬に積んだあった荷物も共に。
武器も長剣は2本を失い、1本と短剣しか無い。
この穴は、洞窟と呼ぶには、余りにも浅く、岩の表面の窪みと言った方が近い。
周りはぐるりと、一体何匹いるのかさえ判らない程の怪物の群れに囲まれている。
一匹だけですら、あんなに手を焼いたと言うのに!!

「・・・・・どうするの?これから・・・」
「・・・火を保ちながら、このまま、雨が止むのを待ちます。
 雨が止めば、花潜りは出ては来ないはずですから・・・」
「雨が降ると、この化け物が出るのは、分っていたの!?
 そんなヤバイ所に、オレ達を置いて行ったのか!?」
「まれに・・・。本当に稀には、人が襲われる事も有る。
 しかし・・・こんな・・・。
 こいつらは、縄張り意識が激しい。こんな大群で狩りをするなんて、考えられない!」

考えられなかろうが、有り得なかろうが、実際に目の前に大群が押し寄せている状況では
なんの慰めにもならない。
雨さえ止んでくれれば・・・そんな思いに反して、雨は一層激しく降りしきる。

こんな見知らぬ世界に飛ばされて、化け物に食われて死ぬなんて・・・
一体オレが何をしたって言うんだろう。
鋭い歯が並ぶ口から、涎の糸を長く引きながら、ゆらゆらと頭を揺らしている化け物ごしに、食べつくされた馬の残骸に目をやる。
この歯に噛み砕かれて死ぬ事なんて、想像するのも嫌だ。
一刻も早く、ジーグ達が助けに戻ってくれないか・・・
でも、彼らにこいつらを倒せるのだろうか?
剣は役に立たないし、この雨では大きな火も焚けない。
意識を失い、地面にそっと横たえられているタウを見る。
彼女がいたから、喚き出したいのを何とか押さえ、平静を装ってきたけれど
もう、いつ限界が来るか分らない。
いや、もう限界は超えちゃってる。
彼女が気を失っていてくれて、良かった。
・・・オレも、気を失えてたら、良かったのに・・・・・。


「クソどもが、手間掛けさせやがって。」
ジーグ達が駆けつけた時、商隊の馬車1台は横転し、護衛3人は既に殺され
男達は声高に命を乞い、女達は一箇所に集められ値踏みする賊たちの目に曝されていた
積荷は、布や羊毛、染めに使う乾燥させた植物と少々の装飾品で
値の張る高級品は無かったが、商人が隠し持っていた銀貨と、何より若い娘達に
賊は大いに満足している様子だった。
既に逆らう気力の有る者は無く、手に入れた獲物の取り分に気持ちの向いていた賊たちは
いきなり現れた騎馬の一群に、虚を衝かれた形となった。
女を取り囲み、のしかかっていた4人が一瞬で切り伏せられる
男の血を浴びた女の悲鳴が響く中
それでも、すぐに反撃に出たが、馬上から長剣を振るう兵士相手では分が悪く
場慣れし、見事な統率を見せる一群の前に、見る間にその数を減らしてゆく。
その人数が半数以下になった所で、劣勢を見限り逃げ出す者が出ると
後は、雪崩を打って敗走した。
「深追いするな!怪我人の救助に当たれ。」

商隊がやとった3人の護衛は、既に事切れ、手の施しようが無かったものの
その他の者には、大した怪我も無く、積荷も一部荒らされたものの
持ち去られたものは、銀貨の入った袋だけだった。
ジーグの隊の者も、2人が軽傷を負ったが大した被害はなかった。
兵達は横転した荷馬車を起こし、怪我人の手当てを素早く終えるとすぐに
撤退の準備をはじめる。
「本当にどうもありがとうございました。お陰さまで命拾いする事ができました。
 こんな田舎道で国王軍の騎士様たちに出会えるとは、何たる幸運。
これもネフロ神さまのご加護に違いありません。
是非是非、心尽くしのお礼をさせて下さいませ。
我が町はここから、ほんの5ガース先です。
どうか、足をお運びいただいて、感謝のお気持ちをお受けください。」
「いや、それには及ばない。道中、気をつけて参られよ」
「そんな、騎士様。命の恩人をそのまま行かせたのでは、私が恥知らずと、ご先祖様に顔向けできません。是非。」
「お気持ちは有り難いが、我らは今、重要な任の途中に有るため、これ以上時間を割くわけには行かないのだ。」
それでも、執拗にすがる商人にジーグは言葉こそ丁寧だが、イライラと不機嫌を態度に出して対応する。
商人の思惑は見えているが、これ以上時間を無駄にしない為、ジーグは渋々指示を出す。
「マイン、モーリー。彼らを町まで護衛してやれ。俺達は先に行くが、急がなくていい。
後から追って来い。」
そう言い置くと、商人に簡単に別れを述べ、言葉をはさむ暇を与えず馬を走らせる
案の定、護衛を得た商人は、それ以上食い下がっては来なかった。
こんな事の為に、戦力が2人分落ちるのは癪だし
イケニエに差し出した2人が、商人の娘を差し出されるぐらいの被害は受けるかも知れないが、これ以上こんな事にかかずらわってはいられない。
ああ言ったタイプは人の都合など気にしない上、しつこいと相場が決まっている
それに、賊が本当にもう出ないとも限らない。
せっかく時間をさいて助けたものを、最後まで見届けないのは、それこそ無駄になる。

ようやく、商隊から分かれ、来た道を戻る一行の上に、静かに雨が降り始めた。


「まずい・・・。」
カホクの漏らした呟きに、耕太はビクリと体を揺らす。
状況は最悪だった。
激しい雨で煙る道を埋め尽くし、洞窟を取り囲んだ花潜りは、
それでも炎が怖いらしく、一定の距離は保っていた。
時折、耐え切れなくなった個体が、伺う様ににじり寄って来るが
松明の炎を振りかざすと、嫌な鳴き声を発しながら逃げ帰る。
しかし、激しく振る雨のため、松明の炎が消される恐れが有り
こちらも洞窟を出る事が出来ない。
今でも、そんな絶望的な状況だと言うのに・・・
「燃やすものが、もう・・・」

入り口を守る形で焚いた焚き火が風に揺れている。

洞窟内に放置されていた古木、生えていた植物や苔、6人の持ち物
マントやブーツに至るまで
燃やせそうな物は全て、焚き火にくべ、火を守った。
だが、洞窟内に燃やせるものはもう何も無い。
今、身につけている服をくべた所で、2,3分時が稼げるだけだろう。
松明も短くなり、手に持つのも難しくなって来ている。

この火が、消えたら・・・
外を埋め尽くす花潜りが一気にここへと雪崩れ込んでくるだろう。
「・・・ど、どうすれば・・・。」
考えても、考えても、逃れる方法は見つからない。
耕太は恐怖に震え、喉はからからだった。
洞窟の奥に蹲っていたゼグスが立ち上がり、入り口へと歩いて行く。
「ゼグス、何するの?」
「炎の精霊を、呼びます。」
雨の当たらない、ギリギリの地点で立ち止まり、
手のひらを上に向けて両手を前に差し出すと
ゼグスが小さく呪文を呟く
「アースラ、アースラ・エル・フォルト。ディーグエステス・・・・・」

魔法!!そうだ、魔法使いがここにいるじゃん!2人も!!
魔法でガーンっとこいつら全部、吹っ飛ばしてくれれば!

いきなり現れた光明に、耕太は身を乗り出し、息を殺して注視する。
差し出した手の上に、ゆらりと陽炎が立ち、小さな火花がパチパチと弾けると
突然、炎が立ち上がった。
手のひらの上に、赤く輝く炎
「・・・・・それ、だけ?」
その大きさは、ろうそくの火ぐらいの大きさだった。
「・・・すみません。私の専門は風なので・・・。」
消え入りそうな声に、泣きたくなって縋るような目をカナトに向けると
カナトは既に半泣き状態で首を横にふる
「・・・僕は水です。火は呼べません・・・。」
"つ・・・使えない。魔法使いなのに?2人もいるのに?詐欺だ・・・。"

とうとう、焚き火の火が急速に小さくなり、そして
消えた。
その瞬間、花潜りの大群が一気に動いた。
"ぎゃ〜〜〜喰われる!!神様!仏様!助けて!!!!!"
耕太は叫ぶ事も出来ずに、その場にへたり込む
ゼグスが鋭く呪文を口にすると、いきなり強い風が吹き
手のひらの上の火が風に長く伸び、まるで鞭のように襲い欠かる花潜りたちを打った
炎に打たれた花潜りが、耳をつんざく悲鳴を上げてのたうつ
後から押し寄せた大群も、炎をよける様にもたもたと下がった。

"た・・・助かった・・・?ゼグス、偉い!!
 もう、役立たずなんて、一生言わないから、がんばって!頑張って下さい!お願い!
 貴方だけがたよりです。大魔術師!一生ついて行きます〜!!!"
あっさりと前言撤回した耕太は、目の前の救世主に縋りつきたい気持ちだった。


商隊と別れ、川沿いの道を離れ山道へと入ってすぐに、一行は異様な空気に気付く。
森に異常な緊張感が漂い、ざわめいている。
「何だ・・・?」
「分らん、とにかく急ごう。」
落ち着かない馬を急き立て、道を急ぐ。
緩やかな上り坂を登りきると、そこに信じられない光景が広がっていた。

「・・・何だと・・・」
道は薄緑色の生物に埋め尽くされていた。

無数の花潜りの幼体は全てがジーグたちの進行方向を向いており、こちらを伺っているものは一匹もいない。
だが、その生物がいかに危険か知っている兵士達は二の足を踏む。

「花潜り?こんなに!?」
「無理です、とても通れない」
「馬鹿な!一体何が起きてるんだ?」
「この先に、何が?」
考えられない状況に兵達は戸惑い、馬は今にも逃げ出しそうに落ち着かない。
「火を、用意しろ。」
決意を込めたジーグの言葉に、兵達が息を飲む。
「ジーグ、無理です!」
「この先に、あいつらを待たせてるんだぞ!!」
「あちらには術師達がいるじゃないですか、大丈夫ですよ。少なくとも、我々よりは」
「ゼグスもカナトも炎は呼べない。」
「でも、テレストラート様がいます。彼は・・・」
「駄目だ!・・・駄目なんだ、テレストラートは、術は・・・。」
「テレストラート殿は体調がまだ戻らず、精霊は使えない。」
言葉を途切れさせるジーグに補足したケイル医師の言葉を聞き、
一同が息を飲み、押し黙る。
そこに漂う重苦しい諦めの空気に、ジーグは苛立ち、強く歯を食いしばる。
なすすべも無く道の先を見つめる一行の上に、無常にも雨が勢いを増す

状況は絶望的だった。


「・・・ゼグス、大丈夫?」
洞窟の入り口に立ち、炎を掲げているゼグスは、先程からずっと小さく呪文を唱え続けている。
その声は、荒い息で途切れがちになり、額には珠の汗が浮き、顔色は蒼白で今にも倒れそうだ。
「火の加護を受けている訳では無いので、ああして呼び続けないと、炎を保てないのです。
 でも、とても体に負担がかかる。もう、体力も精神力も限界なはずです。」
泣きそうなカナトの説明を聞き、耕太も泣きたくなる。
ゼグスの掲げる小さな炎が、正真正銘最後の砦なのだ。
雨脚は先程よりは弱まってきているものの、止みそうな様子は無く
花潜りは相変らず、頭をゆらゆらと揺らしながら、こちらを伺っている。
「ゼグス!!」
がくりっと膝を折ったゼグスに、耕太は思わず駆け寄り体を支え
その手の炎が今にも消えそうに、弱弱しく揺れている様に息を飲む。
花潜りたちが、まるで狙いを定めるかのように、ゆっくりと頭を下げるのを目にして
リロイ、ホーシー、カホクが決意の顔で剣を握り、前へ出る
「ゼグス―――――!」
「アースラ!!」
耕太の悲痛な叫びと、ゼグスの叫ぶような呪文が重なる。
消えそうだった炎は、一瞬ゼグスの手の上で大きく燃え上がり

消えた。

「フィート・エル・ロド・ローズタス!!」
堰を切ったように押し寄せる、花潜りの前に水の壁が立ち上がる
しかし、それはほんの一瞬、怪物たちの動きを遅らせただけで
花潜りたちは厚い水の壁を、難なく突き破り、押し寄せた
「ああ、駄目だ・・・」
カナトの呟きとともに、その水の壁も消え去る
再び開けた耕太の視界は、うねうねと不気味に体をくねらせて
暴走牛の大群のように怒涛のごとく押し寄せる、花潜りの大群に埋め尽くされる
真直ぐに突進してきた一匹が、耕太めがけて、そのズラリと歯の並ぶ頭部を伸ばす
その頭に向け、リロイとカホクが剣を両脇から叩きつけるように、突き刺すのを
耕太はまるでスローモーションのように眺めた
だが、2本の剣も花潜りの勢いを止めることは出来ない

真直ぐに迫る死のあぎとを、耕太はまるで他人事のような現実感の無さで見ていた。
自分がこんな所で、こんな死に方をするなんて、信じられるはずが無い。

それでも鋭い歯は確実に迫り、耕太は攻撃を防ごうとするかのように無意識に手を押しのけるように差し出した。
その手が、花潜りの大きく開いた口に飲まれる
生臭い息を感じた気がした

『嫌だ!!―――――』
その瞬間、耕太の視界は真っ赤に染まった。

ドオン!!と言う響きと共に噴き出した火柱が、耕太をその歯に掛けようとしていた花潜りを弾き飛ばす。
炎はそれに留まらず、その向こう
炎の直線上にいた花潜りたちを一瞬にして焼き尽くし、さらに向こうの森を突抜け木々を焼いた。
さらに焼かれた花潜りや、木々からは、まるで花火のように炎が四方八方へと飛び散り
突然の炎に怯え、逃げ惑う花潜りたちを追い立てる
辺りは、火の海と化していた。

耕太が我に帰った時、花潜りの大群は嘘のように消えうせ
残ったのは炭と化した数十の残骸と、雨によって消火され燻る森の無残な姿だった。
森は火柱に焼かれ、幅数メートルに渡り一直線に、見事に切り開かれていた。

ようやく我に帰ったカホク達が、様子を見に洞窟から出てゆく
「な・・・何?何したの、ゼグス!!」
「・・・私ではありません、耕太。あなたです。」
「オレ・・・が?」

確かに火柱は、押しのけようと伸ばした自分の手から出たような気はした。
だけど・・・

"オレってば、もしかして。スーパー・ヒーロー???"
現実感のないまま、そんな事を考える耕太の耳に
駆けつける複数の馬の蹄音と、名を呼ぶジーグの声が滑り込んできた。

切れた雲の合間から、青い空が覗いていた。

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