Act:9 逃走


「ヒラヤマ・コータが居ない。」
「え?」

ジーグの脇をすり抜け部屋の中に入り、家具の陰やクローゼットの中
人が入れそうなところを一通り確認し
隣の部屋も同じように見て回る。
窓から、外をうかがい
外に出て辺りをうかがうが、耕太らしき姿はどこにも見えない。
「どうかしました?」
ちょうど戻ったカナトが表を見回しているゼグスに声をかける
「耕太が、居ない・・・。」
「え?」

部屋からジーグが出て来て指示する。
「ゼグスはさっきの娘のもとを当たってくれ、カナト、お前は兵に声をかけ
 半数と町の中を。もう半数には森の方を探すよう言ってくれ、俺は森へ先に行く」
それだけ言うと踵を返し町の外れへと走っていった。
ゼグスとカナトは困惑顔で一瞬ジーグを見送ってしまったが
すぐに我に返ると互いに目を見合わせ、頷きあい
ジーグに指示された場所へそれぞれ走り出した。



「・・・・・はぁ〜・・・家に帰りたい。」
町の外れ、広い牧草地を囲む柵に腰掛けて、耕太はぼんやりと見るとも無く景色を眺めていた。
遠くでのんびりと、馬と見たことの無いモコモコした大型犬ぐらいの大きさの動物がのんびり草を食んでいる。
「広い・・電柱が一本も無いや・・・。本当に日本じゃないんだなぁ。」

ジーグに一方的に非難され、頭に血が上った耕太は1人になると発作的に部屋を飛び出してしまった。
とにかく此処にいるのが嫌で、ここから離れたくて、もう何もかも嫌だった。
部屋に掛けてあったフードつきのマントを体に巻きつけ
フードをすっぽりと頭からかぶった。
まるで照るてる坊主が歩いているようで、のどかな田舎町では浮きまくりだっただろうが
有名人=自覚は無いが=の自分が顔をさらして逃げるよりは、きっとマシだろうと考えた。
それでも、走り抜ける照るてる坊主を不審気に見る人が多かったので
人の少ない方、少ない方へと進むうち町を出てしまった。

「これからどうしよう・・・。」
ぼんやりと遠くを見つめ、足を無意味にぶらぶら揺らしながら耕太は呟く。
勢いで飛び出してはみたけれど、行く所なんてどこにも無い。
泊めてくれる友人の家も無ければ、お金だって一銭も持っていない。
チラッとタウの顔が脳裏に浮かんだが、彼女が理由もわからずに匿ってくれる訳も無い。
第一、耕太はタウの住んでいるところさえ知らなかった。
帰るしかない・・・?まるで子供の家出みたいで自分が情けなくなる

ゼグスもカナトもきっと心配してる。
でも・・・彼らが心配し、必要としているのはテレストラートだ
オレ自身じゃない
第一帰ればまたジーグに無責任だと責め立てられる
何でオレが!!!

考えるとまた腹が立って来た
帰るもんか!!!

ふと見ると、馬の影で作業していたらしい人物がこちらに歩いてくるのが目に入った
耕太はあわてて柵から飛び降りると、人目を避けるように
木立の中へと踏み込んだ。

そうだよ、あいつらに頼らなくったって何とかやっていける
仕事をさがして、働いて
町からあいつらが居なくなってから・・・それまでの食料は?
他の町に移動した方がいいか…一番近い町ってどっちだろう?
とにかく見つからないように隠れるところを探さなきゃ
何か使えそうな物を持って来れば良かった。

取り留めも無く考えながら、人目を避けるために森の中の細い道を奥へ奥へと入ってゆく
道というにはあまりにも酷く、石や飛び出した木の根で酷く歩きにくかった。
そう進まないうちに息が上がり、
足元に気を取られ、飛び出していた枝に気付かず頭を打ち付けた。
「いて〜〜〜」
頭をさすりながら、その場にしゃがみ込む。
そばの茂みで何かが、ガサッと音を立て、耕太は飛び上がり不安そうに辺りを見回す。
特に異常が無いようなのを確認すると、もう一度腰を下ろし、溜息をつく。
「お腹すいたなぁ・・・。」
ボソリとこぼし、すぐ否定するようにブンブンと首を振ると
「帰らないぞ!帰るもんか!!」
自分に言い聞かせるように繰り返し、立ち上がるとまた歩き出した。


半ば意地になり、先へ先へと特に目的も無く歩いていた耕太は、ふと後ろを振り返る
オレの通ってきた道・・・これかな?
振り返って見てみると、確かに通ってきたはずの道が
確信のもてないぐらい微かなものに見える。
帰れるのかな?もし、ここで迷ったら?
だけど、そんなに距離は歩いてないハズだし、大丈夫・・・たぶん・・・。
不安になり始めた耕太の耳に、枯葉を踏む音が聞こえる
目を凝らすと、茂みの向こうに濃い茶色の物が動いた気がした

もしかして・・・熊!!!!!?
死んだフリか?木に登るのか?走って逃げるのか?大声を出すんだっけ?
有りとあらえる熊への対処方が頭をかけめぐるも、どれもいい加減な気がする・・・
パニック寸前の耕太の前に、茂みを回りこみ現れたのは
熊、ではなく3人の男だった。
熊の難をのがれ、遭難も回避できそうで耕太はホッと息をつき
気が抜けてその場に座り込みそうだった。

「こ、こんにちは。」
ばったりと出会って驚いている風な3人へ、耕太はとにかく挨拶をした。

男達は3人とも体格がよく、腰には剣を下げている。
鎧の類は身に着けていないが、兵士なのかもしれない
3人はお互い顔を見合わせると、目配せをかわし、頷きあう
その顔に浮かんだ下卑た笑が気にかかった。

「これは、これは。こんな所で何してるの?
 森の一人歩きは危険だよ。」
男の1人が嫌な感じの笑顔を顔に貼り付けて、猫なで声で近づいてくる
「道にでも迷ったのかな?俺たちが案内してあげるよ。」
妙にギラギラとし目で耕太の事を値踏みするようにジロジロとながめる。

その時、耕太の頭には"チンピラ"の文字が浮かんでいた。
こんな世界にもインネン付けて来る奴がいるなんて・・・
とってもトホホな気分になりながら
道に迷っているのも忘れ男との間をこれ以上詰められないように後ずさりながら
愛想笑いを浮かべる
「いえ、大丈夫ですので、お構いなく・・・。」
言いながら、男の脇を抜けようとした所へ
いつの間にか後へと回り込んでいた別の男に肩をつかまれた
「そんな事言わずに、俺たちと遊ぼうよ」
「わっ、何すんだ!」
とっさに振り払うと別の男が耕太を後から羽交い絞めにした。
「酷いなぁ・・・せっかく人が親切にしてあげようって言ってるのに、なぁ」
手を振り払われた男は、手をヒラヒラと振りながら
「乱暴だなぁ。手が折れちまうぜ。おイタできない様に腕の一本も折っとくか?」
「!!離せ!はなせよ!オレ金目の物なんて持ってないぞ!!」
「酷いなぁ、俺たちがそんな悪人に見える?ただ楽しくやろうって言ってるだけだ、よ。」
「!!!」
言葉と共に足を攫われ、気がつくと耕太は地面に仰向けに押し倒され
男の1人が耕太の上に馬乗りになっていた。
「へへっ・・・上玉。高くさばけるぞ。」
「そこまで俺らを悪人扱いするんなら、こちらもご期待に答えないとね。」
「大丈夫、俺たちがしっかり仕込んでから売っ払ってやるよ。
 俺たち優しいからさぁ、たっぷり可愛がってやるから、よ。かわい子ちゃん」

何!!!!!な・な・な何で!?
耕太は硬直し、あまりの事に声も出ない。
こんな時代劇ですら最近見ないような展開。女じゃあるまいし!!!
こいつら、アホだ!!オレのどこが女に―――――!!?
頭の中で喚き散らして、ハタと気付く。
鏡に映った今の自分の姿、長い髪と華奢な体つき、整った・・・女顔。
―――――女に・・・見えるか。一気に恐怖と怒りが、情けなさに取って代わられる。
首筋を舐めてくる男から顔を逸らしながら、男とばれるまでの我慢!と必死に耐える。
男とわかれば、開放されるだろう。
まあ、2,3発は殴られるかもしれないけど・・・
逸らした視線の先で別の男がニヤニヤといやらしい笑いを顔に貼り付けながら見下ろしている。
その手がズボンのベルトに掛かり緩めているのを見て、吐き気がした。

クッソ〜早く気付けよ!!!!!!オレ、男だって!!!!
だが男達は一向に気付く気配も無い。
コートとローブを剥がれ、その下の上着を留めていた帯を乱暴に解かれると
丈の長い上着をたくし上げ、下から手を滑り込ませ素肌に直に触れる。
肌の上を這う手の感触に、全身に鳥肌が立つ
手はそのまま這い上がり、耕太の薄い胸をまさぐった
だが、男は驚いた様子も無く、一向に離れる気配も無い
何で?
うろたえ、男の顔を伺うと、下卑た笑いを浮かべ耕太の上着を上までたくし上げ
露になった胸へと舌を這わせた。
耕太の体がピクリと小さく跳ねる。

うそ・・・男だって解って・・・
オレ、犯される?だって、そんな・・・オレまだ女の子とだってした事無いのに。
この場に及んでも、まだ何かの間違いに違いない、と言う思いに縋りつく。
自分が男に性の対象として見られ得る事が理解できない。
これは現実じゃない。きっと・・・だってこんな・・・。

男の手が耕太背骨のラインをゆっくりとたどり、そのまま谷間へと下りて行く
!!!!!!!!
探るように伸ばされた指の感触が、一気に現実の物として押し寄せる。
嫌だ!!
耕太はいきなり目茶苦茶に暴れだした。
「くそ、おい静かにしろ!」
耕太の上で毒づく男を蹴ろうと、遮二無二足を動かすが
見物していた男も加わり、3人がかりで押さえにかかる
耕太を抑えようと奮闘する男の、緩めたズボンがずり落ちて
服の間から黒ずんだ一物が覗くのを目にして、耕太の理性が吹っ飛んだ

嫌だ!何で!!助けて!誰か!!!

どんなに暴れても、体の大きな男3人が相手ではどうしても跳ね除ける事ができない。
それでも諦めずに暴れ続ける耕太に、手を焼いた男は焦れて
耕太を思い切り殴りつけた。

痛みより前に衝撃で目がくらむ。
3人がかりで地面に縫いとめられ、完全に動きを封じられた。
これが現実?・・・嘘・・・。誰か―――――。

その時すぐ脇の茂みが、ガサリと揺れて1人の男がひょっこりと現れた。
「誰だ!お前。」
いきなりの第三者の出現に、3人の男は耕太を押さえつけた体勢のまま身構え
凄みをきかせた声で、脅すように誰何する。

「おや、これはこれは。お楽しみのところ、失礼した。」
茂みから抜け出した男は、驚くでもなく、怯えるでもなく
笑みを浮かべながら、のんびりと侘びを述べた。
その飄々とした態度に、男達は気が抜けたように言葉を無くす。

男はスラリと背が高く、術師のようなローブを身にまとっている。
豪奢と表現するのがピッタリな、ゆるくウエーブした金髪を長く背に流し
まるで一昔前の外国のロックミュージシャンを思わせる。
特に着飾っている訳では無いが、ひどくハデな印象を受ける
その身にまとう雰囲気も手伝って、酷く胡散臭い。

しかし、そんな事を言っている場合では無い。
こんな大ピンチのこのタイミングで、こんな場所を通ってくれる人物は神の助けに違いない・・・たぶん。
とにかく、耕太には他に縋る物なんて無いのだ。

「助け・・・」
恐怖に凍り付いてしまっていた声を何とか絞り出したと言うのに
無情にも、すぐに男に口を塞がれた。
「とっとと立ち去れ!」
「ええ、失礼しました。」
助けを求める耕太にも、凄む男にも顔色一つ変えず、男は笑顔で優雅に会釈して立ち去ろうとした。
「ん―――――うううッん―――――!!!」
この機を逃せば、自分の運命は見えている。
耕太は必死で助けを求め、目で訴えた。
「おや?」
ちらりと耕太に目をやった男は何のためらいも無くこちらに歩み寄ると
男達に組み敷かれる耕太の頭の横に、ひょいッとしゃがみ込んだ。
「お、おい・・。」
面食らう男達を無視して、金髪の男はまじまじと耕太の顔を覗き込む。
その瞳はまるで猫のように左右の色が違っている
右が金色に輝く明るい琥珀色、そして左が薄い硝子をはめ込んだような蒼。

「誰かと思えば、テレストラート。久しぶりですねぇ
 随分と大きくなって、見違えましたよ。元気でした?」
テレストラートの知り合い?って言うか、この状況で、元気でした?!
「んん―――――っっっ」
「え?何です?」
ひょいッとまるで、落ち葉でも払うように、男は耕太の口を塞いでいる
力強い男の腕を払った。
「助けて!!」
「ええ、良いですよ。
 申しわけ有りませんが、私の知り合いの子ですので離して頂けますか?」
「ふ・・・ふざけるな!!とっとと失せろ!さもないとお前も一緒に・・・」
あっけに取られていた男は、我にかえり鬼のような形相で怒鳴りつけたが
全て言い終えない内に、耕太の手足を押さえつけていた他の2人が白目を剥いてその場にぱったりと倒れ伏した。
殴り倒したようにも、何か術をかけたようにも見えなかったが
ただ1人、この場で驚きもしないこの男が何かしたのに間違いはなさそうだ。
「何か、異議が有ったら聞きますけど。」
男は残る1人にニッコリと剣呑な笑みを向け、やさしい声で尋ねた。
ヒッっと小さく息をつめると男は卒倒する仲間二人を置き去りにして
訳の解らない事を大声で叫びながら、一目散に走り去って行った。
耕太は地面に横たわったまま、呆気に取られていた。
「もう大丈夫ですよ。立てますか?」
「ああ・・・うん。ありがとう、その助けてくれて。オレ・・・」
「おや、あなた。テレストラートじゃないですね?」
言われて耕太はギクリとした。
そう言えばさっき、テレストラートの知り合いだと言っていた。
何で本人じゃないのがバレたんだろう?
オレまだ、何も・・・。
不思議に思いながらも立ち上がり、素早く乱れた服を整えていると
溜息混じりに発せられた男の言葉が耳に入る。
「それでは私が助ける義理は無かったですね。彼らに悪い事をしました。」
あまりの言葉に驚き、男を見ると色の違う瞳が驚くほど近くから覗き込んでいた
「この貸しを何で返してもらいましょう?」
楽しそうに男が言う。
「貞操の借りは貞操で返してもらう、って言うのはどうです?」
「な・・・」
気がつくと耕太は再び地面に組み敷かれていた。
一体何をどうされたのか、全く解らなかった。
男を跳ね除けようと、もがくが、そう力を入れて抑えているようには見えないのに
まるで石で固められたようにビクともしない。
「そんなに怖がらなくても大丈夫。好くしてあげますから。」
「嫌だ!絶対!!舌噛んで死んでやる!!」
「そんな勇気があります?その体は借り物でしょう?」
・・・こいつ、一体何者?・・・
実に楽しそうな笑顔で微笑む男を見上げながら、絶望感と恐怖に打ちひしがれる
もしかして、これってさっきより悪い状況?
オレってばとんでもない奴に助けを求めちゃったんじゃ・・・
後悔してもどうにもならない。
思わず涙がこぼれる。
その涙を男は頬から舐め取り、小さくため息をついた。
「邪魔が入りましたね。お迎えが来たようです。」
「・・・・・?」
しばらくすると、遠くから微かに耕太を呼ぶ声が聞こえる。
「!!ジーグ!」
耕太は恥も外聞も無く、声の主の名前を大声で呼んだ。
「仕方ありませんね。今回は貸しにしておきましょう。」
男が体を起こし、自由になった耕太は飛び起きると、声のした方へ走りながら
必死でジーグを呼んだ。
「ジーグ!!ここ、オレ、ここ!!」

走る耕太の耳に、吐息を感じる程近くから男の声が滑り込んでくる。
「いつまで寝ているつもりです?」
「え?・・・」
あまりの近さに驚いて、耕太が振り返ると男はまるで消滅したかのように
影も形も無かった。
心臓が早鐘のようにドキドキする。怖い。

耕太は踵を返しジーグの声の聞こえる方へ、真直ぐに走った。
だんだん声が近くなる。
「ジーグ!オレ、ここ!」
「ヒラヤマ・コータ!無事か?今そっちへ行くから、声を出し続けて、そこで待っていろ。」
待てと言われても耕太は構わず進み続け、茂みを抜けてきたジーグとぶつかりそうになり
慌てて避けようとして、今度は転びそうになり咄嗟に出されたジーグの手に支えられた。
「ヒラヤマ・コータ・・・お前・・・」
慌てたジーグの顔を見て、思わず安心して笑い出しそうになってしまった。
ジーグの顔を見てこんなに嬉しいと思う事が有るとは、夢にも思わなかった。

だが、次ぎの瞬間にはジーグは表情を引き締め耕太を怒鳴りつけた。
「お前!何やってるんだ!!」
ジーグの怒りに耕太は体を硬くする。
「外がお前にとってどんなに危険か解ってるのか?テレストラートは敵の標的なんだぞ
 それでなくても、本当に・・・お前は・・・」
自分の行動がどれ程軽はずみだったか、身をもって思い知った耕太は
ジーグの怒りを当然の物と、受け止める覚悟だった。
だが、ジーグの言葉は力なく途切れてゆく。
「本当に・・・無事でよかった・・・。」
呟くように言うと、大きく息を吐きへなへなとその場にしゃがみ込んだ。
「ジーグ・・・?」
「すまない。俺が悪かった。
 お前に厳しい要求をしすぎた。
知らない国、知らない人物として扱われ、状況もわからない。
お前が一番不安なのは解っているはずだったのに。
お前を支えてやるのが俺の仕事だったのに。
焦っていたんだ・・状況に対応しきれずお前に頼りすぎていた。」
叱られるとばかり思っていたのに、いきなり謝られて、耕太は戸惑う。
「押し付けるばかりじゃなく
お前の精神の安定を一番に考えるべきだった。
お前を追い詰めたのは俺の責任だ。
あの娘のことも・・・お前の良いようにしていい。
すまなかった。俺は混乱して・・・お前が、テレストラートが・・・」
「ジーグ・・・」
ジーグは大きく息をつく。
「お前はテレストラートじゃない。解っている。
 ・・・俺と・・・テレストラートは・・・とても・・・。」


オーガイでの戦いの前日。
自分とは違い、前線に出るジーグを案じていたテレストラート。

守ると誓った彼のそばを離れ、最後の戦で自分の腕を揮い、戦いたいと思ったのは
自分のエゴだった。
不安そうに、それでも「御武運を、どうぞご無事で・・・」と
自分を引き止めないテレストラートに愛しさがこみ上げた。

思えばもう、何ヶ月も彼に触れていない。
急激に欲望が頭をもたげる
彼を抱きしめ、その滑らかな肌に触れたい。
渇望に近いその思いを、ジーグは無理矢理押さえつけ
大丈夫だと額に口付けた。

明日は最終決戦。
ガーセンの要で有る彼に、無理を強いる訳にはいかない。
明日の戦いが終われば・・・


その時が決して訪れないなどとは、疑いもせずに。


テレストラートを取り戻す事が出来る。
しかし、目覚めたのは別人だった。
しかし、一度宿った希望を簡単には消すことが出来ない。

言動も、性格も。別人なのは嫌と言う程解っている。
なのに・・・。
ふとした表情、ちょっとした仕草、声の響きが
彼を思い出させる。

世界で一番大切だったテレストラート。
自分のエゴの為に、他人の手にゆだね失ってしまった。
たとえ、それが自分の親友だと信じて疑わなかった人物だとしても。

守ると誓っていたのに。


「とても・・・親しかった。
 テレストラートは俺にとって、大切な人間だった。
 お前の・・・その姿に、どうしても混乱して・・厳しくあたった。
すまない・・・どう接していいか判らないんだ。」

あのジーグがまるで途方にくれた子供のようで、耕太は少なからず驚いていた。
それに・・・
何て男らしくキッパリと、自分の非を認めるんだろう・・・
きっと彼は真面目で、一本やりで、不器用な良い奴なんだ。

そう言えば、夢の中で自分がどんなに彼を、頼もしく、誇らしい気持ちで見ていたか思い出した。
そうだよなぁ・・・親友がいきなり別人に成り代わったら、だれだって混乱するよ。
オレだって勇司が見た目そのまんま、別人になったら驚くし、イライラすると思う、当然。
そうか、この人・・・親友亡くしたばっかりなんだもんな。

「オレ・・・オレさ。がんばるよ。テレストラートと同じにはなれないけど・・・
 けど、がんばる。」
ジーグはどこか悲しげに笑った。
「ヒラヤマ・コータ・・」
「耕太でいいよ。フルネームで呼ばなくても。・・・黙って飛び出して、ゴメン。」
「いや、無事でよかった。コータ、怪我は?・・・その顔、どうした?」
さっき男に殴られた顔が、赤紫に腫れはじめていた
だが、一部始終をジーグに話すのは躊躇われ

「・・・・・転んで、ぶつけた。」
「・・・・・お前・・・。」
ジーグは溜息をもらし、今度は情け無さそうに笑った。


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