ACT:34 失われた物


ジーグが部屋に入って行くと、何人かの文官が書類を手にテレストラートに指示を仰いでいた。
「・・・はい、そのまま進めていただいて結構です。
 友軍については検討してみます。」
テレストラートは彼らの話を、真剣な様子で聞き、頷くと
直ちに指示を与え、あるいは案件を預かり流れるように仕事をこなしている。
ジーグが部屋に入ってきた事に気づくと、チラリと視線をこちらに向けたが
すぐに目の前の若い文官へと視線を戻す。
ジーグは何か考えるようにしばらく入り口に立ち見ていたが
邪魔にならないように部屋の隅に移動すると、腕を組んで壁によりかかり
見守るように遠くから眺めていた。

「ええ、特に問題は有りません。
テセオ皇国の件に関しては、後で御報告差し上げると王にお伝えください。」
「はい。ありがとうございました。失礼いたします。」
若い文官が深々とお辞儀をして退出すると、指示待ちの列は一度それで途絶え
部屋の中にはテレストラートと隣で補佐をしていた術師とジーグだけになる。

ジーグは壁際で腕を組んだ姿勢のまま、声をかける。
「・・・で、お前は一体何をやっているんだ?コータ。」
掛けられた声にテレストラートの穏やかな笑顔が凍りつき、驚いたように術師がテレストラートを見やる。
「・・・・・・何で分ったの?上手く出来てると思ってたのに・・・。」
耕太が不服そうに渋面を作り、ジーグを軽く睨む。
「まあな。なかなか板に付いてきてるよ、文官どもは誰も不審には思っていなかったしな。
 大方の人間は騙せるだろう。
 だけど俺がどれ程長くテレストラートと行動を共にしていると思ってるんだ?」
その言葉に、ジーグよりも、よほどテレストラートと付き合いの長い術師がばつが悪そうに俯く。
「ちぇ〜。」
面白くなさそうに椅子の上で座り方を崩した耕太に、苦笑をもらしながら
ジーグは壁を離れて近づく。
「テレストラートは?」
ジーグは耕太の脇まで来ると、抱えていた包みを手渡しながら尋ねる。
「休ませてる。ここの所、働きすぎだし。
 どうせ皆大した用事で来てる訳じゃないもん。」
耕太は包みを機械的に受け取ると、無意識に開きながら不平を漏らし始める。
「大体、何でもテレストラート頼りすぎなんだよ!1から10まで、何でもかんでも!
ちったぁ自分の頭で考えろってんだ。大体、テレストラートはお前らの上司じゃないだろ。
自分の上司はどうした、そっちに仕事させろよ。
ただでさえ戦場でテレストラートに頼りっぱな癖して!ちったぁ休ませろっての!
・・・そりゃぁ、1日おきにしかテレストラートに会えないせいも有るかもしれないけど・・・。」

文句の途中で、自分がテレストラートの時間の半分を使っている事を思い出したらしい耕太が、決まり悪げに言葉を濁す。
「お前の言う通りだ、どいつもこいつも無能者ばかり。
 上に苦言を呈している、少々脅しも含めてな。
・・・お前が気に病む事はない。お前に不自由な想いをさせているのはこちらの方だ。
お前には、感謝している。」
ジーグの言葉に含まれる暖かさに、耕太はさらに切ないような気持ちになる。
耕太とテレストラートの時間は1日置き。そう決めてはいるものの、この所それが守られる事は殆んど無くなって来ている。
戦が立て込んでいる時は、当然テレストラートでいる事が多いし
逆にそれ以外の時、戦や重要な仕事が無い時は、殆んどテレストラートは出てきていない。
本人は決して表には出さないが、激務で疲れているせいもあるだろう。
それでも、必要最低限しか彼が表に現れないこの状況では、ジーグと2人で会話さえ
する時間も、まともに取れていないだろう。
ジーグがそんな状態に満足しているハズが無い事は、耕太も重々承知している。
なのに、こんな風に自分に気を使われ、優しくされるのも、逆にちょっと辛い。

部屋に残っていた術師が退出するのを確認しながら、耕太はジーグに声をかける。
「ジーグ、テレストラートに何か用事、有った?」
「いや、・・・。」
否定しつつも絶対に残念に思っているだろう、微妙な表情に、耕太は居たたまれなくて茶化しにかかる。
「イヤラしい事、しようと思ってたんだろう。」
「するか!!」
「するじゃん。」
いきなりの茶化しに、激昂したジーグは耕太に即座に切り返されて絶句する。
そんなジーグの様子に頓着せず、無意識に手の中の包みを開いていた耕太が
その中身を目にして歓声を上げる。

まだ暖かい白いパンと林檎をワインで甘く煮込んだコンポート。白い砂糖衣がかかった木の実の入った焼き菓子。
「すっげ〜美味そう!」
前の会話の内容など、忘れたかのような無邪気な耕太の様子に、ジーグは毒気を抜かれたように溜息交じりの苦笑を漏らす。
「全部食っていいぞ。足りなかったらまだもらって来るから。」
すっかり上機嫌になった耕太が、パンに林檎をのせ嬉しそうに頬張る姿を、ジーグは笑みを浮かべて見守っている。
ジーグは耕太が表に出ている時は特に、美味しいものや珍しいものを、色々持ってきては食べさせてくれた。
それは、耕太の旺盛な食欲を満たすためでももちろん有るが、それ以上にテレストラートの為である事も耕太は知っている。
テレストラートは食が細い。
いつも様々な問題事で頭が一杯で、自分の事に頭が行っていないのだ。
放っておけば1日中、何も口にしないなんて事になる。
ジーグが食事を抜かないよう、気をつけてはいるが、
それでも忙しさに、きちんと食事が取れているとは言いがたい。
だから、ジーグはテレストラートの身体を保つために、耕太の時にしっかりと栄養をとらせようとしているのだ。

耕太も元々、食べることは好きだし、この世界の食べ物は本当に美味しい。
自分がしっかり食べることがテレストラートの助けになるのなら、正に一石二鳥
こんな良いことは無い。
ジーグが、自分が食べている様子を実に嬉しそうに眺めているのも、多少照れくさくは有るが、ちょっと嬉しくもある。

だけど、そんな時いつもお馴染みのモヤモヤとした気分がやってくる。
こんな事でしかテレストラートの助けになれない自分の不甲斐なさにに対するもどかしさなのか・・・
それとも、いまだにジーグに一人前としてあつかってもらえない悔しさなのか・・・。

包みの中身をあらかた平らげた所で、耕太は再びジーグに訪ねてみる。
「ジーグ、テレストラートと変ろうか?」
「いや、本当に大した用事は無いんだ。」
「でも、ここの所ゆっくりテレストラートと話してないでしょ?」
「・・・・・ああ、そうだな。」
「でも、2人っきりだからってヤラシイ事は駄目だからね。」
「だから、しないって言ってるだろ!」
「チューも駄目だからね、挨拶代わりだとか言っても通用しないから。」
「くどい!」
「「誓える?」
「誓う。」
「またまた〜やせ我慢して〜」
にしゃッと意地の悪い笑みを顔に浮かべた次ぎの瞬間には、テレストラートが目の前に居て、ジーグは耕太にぶつけようとしていた言葉を無理矢理飲み、沈黙が降りる。
ずっと一緒にいると言うのに、2人っきりで合うのは一体いつ以来だろう・・・。
無言で見詰め合う形になった2人は、お互いが何故かこの状況に緊張している事に気がついて急に可笑しくなり、2人ほぼ同時に笑い出した。
何とか笑いの発作を収めると、それでも笑いのにじむ顔でジーグが本音を漏らす。
「くそッ・・・失敗した。耕太にあんな事、誓うんじゃなかった・・・。」
それに笑いながらテレストラートが答えようとした時、扉をノックする音が割って入った。
「テレストラートさま、ハセフ陛下がお呼びです。」
「・・・・・直ぐに参りますとお伝え下さい。」
どうやら2人で会話を楽しむ時間は、そう簡単には手に入らないらしい。
答えて、テレストラートは小さく溜息をつき
ジーグは盛大に顔をしかめる事で、異議を申し立てた。


テレストラートは速い足取りで、1人王城の廊下を歩いている。
彼にしては珍しく、その顔には苛立ちがはっきりと表れていた。
王の御前を辞したその足で、禁書の捜索状況を確認する為に長老の部屋へと赴いたテレストラートは予想もしなかった話を聞かされる事になった。

「グイ老。禁書の件はどうなりました?見つからないようであれば、私が赴いて直接・・・。」
「テレストラート、たった今村から伝言が届いての・・・。」
「見つかりましたか?」
「いや・・・」
珍しく言葉を濁す長老の様子に、テレストラートは訝しげに先を促す。
「グイ老?」
「封印場所は特定出来たが、禁書は・・・焼失しておったそうじゃ。」
「焼失・・・何故・・・。」
「原因は不明じゃが、室自体が焼け落ちておったそうじゃ。」
「それは・・・イオクの仕業ですか?いつの事です?」
「はっきりとは分らんが・・・4,50年は前のようじゃ。」


長老と交わした会話を何度も頭の中で反芻し、やり場の無い苛立ちが胸を苦く焼く。
禁書を手に入れることが、今考えられる唯一の対応策だったのに・・・
これで打つ手は無くなった。
いや、まだ方法は有るはずだ、何か考えなければ。
諦めたら、本当にそこで終わってしまう。何か・・・何か・・・。
しかし一刻も早くこの戦を収めなければならないと言うのに、対応策すら無いなんて・・・。

禁書が失われた今、相手の手の内を知り対抗する方法は?
禁書が、失われた・・・
湧き上がる怒りに、テレストラートの足が止まる。
彼の怒りに感応した精霊たちが動き出し、廊下を照らしていた篝火が大きく燃え上がり
何かを砕くような鋭い音が、空気を裂く。
その、音に我に返りあわててテレストラートは怒りを押さえつけると、溜息をついて再び足を動かし始めた。

部屋に戻ったテレストラートの深刻そうな表情に、ジーグが声をかける。
「どうした?」
「ハタの村に5メートルの山犬が出たそうです。クワノ村では村人96人が池で行方不明に、
ホロの町では大鴉が人を襲い怪我人が。その他にも、ヌイとの国境付近を中心に次々に異変の報告が届いているそうです。月が変ったら、直ぐにも再び派兵をするそうです。」
テレストラートの告げる報告に、ジーグが苦い顔をする。
「それから・・・村から報告が届きました。」
「禁書の封印場所が見つかったのか?」
「ええ。封印の室は50年も前に焼け落ち、禁書も失われていたそうです。」
「な・・んだって?・・・そうか。燃えちまったのか・・・。」
「禁書は燃えてなどいません。」
「どう言う事だ。」
「人の手により破壊する事が出来ずに封じられた物が、火事などで損なわれる訳がありません。何者かによって持ち去られたのです。そして、歴史に埋もれた禁書がこの時代に2冊も世に出てくるなど考えられません。十中八九、イオクの手に有るのは、ロサウの村に封じられていた禁書。」
「まさか。」
「長老達は、禁書の封印を知りながらそれが失われた事に、50年も気がついていなかった。
 この戦の全ての原因はここに有ったのに・・・!」
怒りと自責。血を吐くようなテレストラートの言葉にジーグは落ち着かせようと言葉を継ぐ。
「しかし、それは推論にすぎないだろう?もし・・・もし、それが本当だったとしても、それはお前のせいじゃない!」
「でも、ロサウの村の不祥事です。そして私は村の長です。」
紛う方無い事実として断じる、厳しいその言葉に、ジーグはそれを覆す言葉を見つける事が出来なかった。

(2007.06.16)
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