ACT:21 再会


幻覚でも何でもない、柔らかで腕の中にすっぽりと収まってしまう華奢な体。
それでもやはり信じられなくて、真近から小さな顔を覗き込む。
亜麻色の柔らかそうな髪、ハシバミ色の大きな瞳。
「タウ・・・。」
見つめ返した瞳が突然ハッとしたように見開かれると、頬がみるみる赤く染まり
タウは恥ずかしそうに俯くと、その身をあわてて耕太から離した。
「ごめんなさい、私ったら・・・お会いできて嬉しくて、つい・・・
 大変失礼な事を・・・お許しください。」
「ううん、全然。オレも・・・会えて嬉しい。」
「本当に?」
「もちろん」
「嬉しい・・・」
再び、タウが身を寄せて来るのをそっと抱き寄せる。
何かまるで恋人同士みたいでドキドキする。

「だけどタウ、どうしてここに?」
「小麦の買い付けでムロイの村まで叔母の店の人と一緒に・・・。
 国王様の軍隊がこちらをお通りになると聞いて
もしかしたらティティーさまもいらっしゃるのではと・・・
そう思ったら我慢できなくなってしまって・・・。
 まさか、本当にお会いできるとは思って居なかったのですけれど。」
「オレに会いに、わざわざ?」
「私など、ティティーさまに軽々しくお会いできるような身分では無いのは分かっているのです、でも・・・
 また戦に出られたと聞いて・・・ティティーさまが、とてもお強いのも分かってはいるんですけれど、心配で・・・私・・・。」
「ありがとう。」
「ご無事で良かった・・・また、お会いできて嬉しい・・・。」
間近から見上げる、涙で潤んだ瞳。
微かに漂う甘い香りに頭がクラクラする。
女の子って、何て良い匂いがするんだろう
「ティティーさま・・・」
名をよぶ、ふっくらと柔らかそうな唇に目が釘付けになる。
「タウ・・・」
そっと、彼女が瞼を伏せ微かに上向く。
こ、これは・・・これは、あれだ。
キ、キキ、キスをキスをしても良いって事だよな!間違いでも勘違いでもなく!?
自分が生唾を飲み込む音が相手に聞こえるんじゃないかと思った。
微かに開かれた桜色の小さな唇
そっとかがみ込み、その唇に触れた。
軽く触れるだけの、ぎこちない口付け。
とても長いかったような、あっと言う間だったような不思議な時間。
触れそうなぐらい近くから見つめた彼女は
頬を赤く染めて嬉しそうに笑い、爪先立つと今度は彼女から唇を重ねて来た。

「ティティーさま、私・・・おそばに居たい。ずっと・・・。」
「うん・・・オレも。」
胸の中が愛おしさで一杯になった。
それは暖かくて、とても心地の良い感情だった。


「何であの娘がここに居る?」
耕太のそばにそっとより添うタウの姿を認め、ジーグは不愉快も顕な声で問う。
他愛も無い会話を交わし、目が合うとそっと微笑みあう2人は
初々しい恋人同士といった感じで傍から見ても微笑ましく
周りの人間もからかい半分に冷やかしながらも、暖かく見守っている感じだ。
が、ジーグだけが不機嫌を隠そうともしない。
「ムロイに所用で来ていた帰りに、偶然合ったそうですよ。」
「偶然だと?それで、何で此処に居座っているんだ?」
「フロスに帰る方向は一緒ですし・・・」
「ここは軍隊だぞ、目的地が一緒だからと無関係な女・子供が混ざるのか?一体誰がそんな事を許した。」
「それは・・・。」
ゼグスが耕太とタウを楽しそうに冷やかしている護衛兵達を目で示す
彼らの何人かはガイヌでテレストラートの護衛に残った者たちで、タウとも顔見知りだ。
そう言えばあの時も、可愛らしく優しいタウは兵達にすこぶる評判が良かった。
「あいつ等―――――」
低く唸るジーグに宥めるようにゼグスが声をかける。
「ジーグ、少し大目に見ることは出来ませんか?」
「お前まで!」
「彼女が居ると耕太もとても安定しています。
 ここの所、様子がおかしいとジーグも心配していたでは有りませんか。
 フロスまでも、もうすぐですし。それ程不都合はないでしょう?」
「不自然だとは思わないのか?偶然ガイヌで出会った娘が、偶然テレストラートと懇意になり、
偶然王都に叔母がいて、偶然買い物ついでに再会か?
 その上、あの娘が現れた所で偶然、軍は足止めだ。」
「何ですって?」
「この先で昨夜、大規模な土砂崩れが起こり道が塞がれた。」
「先行した人達は?」
「夜遅くの話で、軍自体に被害は無い。だが軍は2分された。
 王は先にフロスへお戻りになるそうだ。こちら側に残された者は暫くここで足止めだ。」
「復旧までどのくらい掛かるのですか?」
「3日と言ったところだろう。王都まで後2日って所まで来て!」
「しかし、それは別にタウのせいでは・・・」
「大雨の後でもないのに土砂崩れ、たまたま現れた娘。不自然が多すぎる。
 だいたい、あんな小娘がたった1人街中でもないこんな場所に乗り込んでくるなど
 おかしいとは誰も思わないのか?」
「恋をしている女性は時に大胆な行動に出る事が有るではないですか。」
タウを弁護するような言葉にジーグが苦い顔をする。
「タウを疑っているんですか?」
「疑っている訳では無い。だが、何かが引っかかる。」
「でも、彼女の事は調べられたのでしょう?」
「裏を取ったのは粉屋の女将がガイヌの出身だという事、女将には妹がおりその妹夫婦が死んだ事、
 夫婦には娘が居た事。だが、タウがその娘かどうかは確証を得る時間が無かった。」
「それだけ確認がとれていれば・・・何も問題は無いのでは・・・。
 耕太の身が心配なのは分かりますが、神経質になりすぎでは?」
「大体なんで誰もかれもがあの娘を疑いもせずにすんなりと受け入れるんだ?」
「彼女が人当たりの良い無力な少女だからですよ。」
「大体、戦士でもない若い娘を兵達と一緒に行動させること自体が非常識だ。
 女に飢えた男達の坩堝だぞ?狼の群れに兎をほうり込むようなものだ。」
「今度はタウの心配ですか?
 大丈夫ですよ。特別護衛隊の方々はタウに手を出したりはしませんし、一般の兵達は術師達には近づかないでしょう?
 そうでなくても、テレストラートさまのお気に入りと見なされている女性に一体誰が手を出します?」
「・・・・・勝手にしろ。俺は忠告したぞ!あの娘がどうなっても、俺は知らない。
 せいぜいお前達が狼に食われちまわない様に見張っててやれよ。」
「ジーグ・・・」
常に無く感情的なジーグに驚くゼグスを残し、不機嫌を辺りに撒き散らしながらジーグは足取りも荒く立ち去った。


ここ数日のモヤモヤをまるで嘘のように吹っ飛ばして
耕太は生まれてこの方、一番と言っても良いほど幸せな気分だった。
生まれて始めての恋人。
それも、とびっきりの美少女だ。
もちろんこれが初恋と言う訳では無いが、好きになった相手に好きになられた例が無い。
それが今始めての両思い!そう、彼女はオレに惚れてるんだ!!
そりゃぁ、ルックスでちょっとズルをしている気はするが、人間外見より中身でしょう。
彼女は初めからオレと会って、オレを好きになってくれたんだ
正に運命の相手。
運命!!そうか、オレは彼女に出会うために、この世界にやってきたんだ。
きっとそうだ!!

恋は盲目。
耕太はここ数日のモヤモヤどころか、自分の身に起こった出来事、これからの不安まで
全部吹き飛ばしてしまい、世界で一番幸せだった。
冷やかしでからかってくる兵達の言葉も、くすぐったくって心地よいぐらいだ。
当然、良い事にしか頭が行かなくなっている耕太は不機嫌なジーグなど目に入る事もない。

「大きな崖崩れが有ったのですってね?どのぐらい足止めされるのでしょう・・・」
「早く家へ帰りたい?」
耕太の問いにタウは首を振り、頬を染めて申し訳なさそうにおずおずと言う。
「道が塞がったままなら良いのに・・・。
 ごめんなさい、おかしな事を言って。
 でも、そうすればティティーさまとずっと一緒に居られるもの。」
"か・・・かわいい"
耕太は思わずタウを抱きしめると、優しくささやいた。
「どこに行っても、一緒に居るよ。」
「うれしい、たとえ今だけの言葉でも・・・」
「そんな事無い、本気だよ。」
「ティティーさま・・・」
タウは甘えるように耕太に寄り添う。
「ティティーさま、一緒に行って欲しい所が有るのですけれど・・・。」
「行って欲しい所?」
「この先の洞窟の奥に、泉が有って・・・そこで愛を誓い合った恋人同士は
永遠に結ばれるという言い伝えが有るのです。」
言い伝えなんて殆んどが迷信の類だろう。
女の子って言うのはどこの世界でもそう言う話が好きだな・・・。
そうは思ったものの、タウと2人秘密の泉で永遠の愛を誓うなんてロマンティックだとも思った。
「いいよ、行こう。」
耕太はタウと手を繋ぎ、林の中の道を奥へと入って行った。


10分程も歩くと、前方に大きな岩山が現れ、その岩肌に洞窟がポッカリと口をあけていた。
洞窟の入り口には2本の木の枝を、色とりどりの布で結んだ物が山と積まれていて
なるほど恋愛関係のデートスポットっぽいなと思わせる。
「泉の水で洗った2本の枝を、離れないように結び付けて置いて行くのです。
 そうすれば、2人は決して離れることなく幸せになれるのですって。」
2人はまじないに使うために手ごろな枝を一本ずつ拾うと
用意してきた松明に火をつけ、洞窟の中に踏み込んだ。
「うわぁ・・・凄いな・・・。」
「きれい・・・・・。」
洞窟の中は広く、壁面に生えたコケがまるで蛍光塗料のように淡い青い光を投げかけて
思いの外明るく、神秘的な雰囲気を醸し出している。
幻想的な景色の中を2人は連れ立って奥へと進んで行った。


「コータは何処だ?」
「え?居ませんか。先程までそこに居たのですが・・・」
ジーグは手持ち無沙汰な様子で思い思いに暇を潰している兵士達の間を
つぶさに見て回るが耕太の姿を見つけることが出来ない。
「ラクスタ、テレストラートを見なかったか?」
「いえ・・・いらっしゃらないですか?」
「何処にも居ない。」
「誰か、術師長殿を見なかったか?」
軍内でジーグの補佐を勤めているラクスタが周りの兵達に問いかけると
1人の兵士がにやにや笑いを顔に貼り付けたまま手を挙げ、答える。
「ああ、テレストラートさまならタウとフィーレンの泉ですよ。」
「フィーレンの泉?」
聞き覚えの無い名前にジーグが眉を寄せると、幾人かの兵士の間に、訳知り顔の笑が広がる。
「この奥に有る、小さな泉ですよ。
 恋人同士で詣でると、永遠に結ばれるって伝説が有るそうですよ。」
「永遠に〜?何だ、この世には山ほどいい女が居るって言うのに
 1人の女に縛られるなんて、気が知れねぇな!」
「何、言ってやがる。愛妻家のお前が!」
「違う、コイツは恐妻家なんだ。こいつの嫁さん、強えの何のって。」
女談義で盛り上がり始めた兵達にジーグが割って入る。
「2人だけで行かせたのか?」
「だって・・・ジーグ殿〜そりゃ、野暮ってもんでしょう?
 永遠の愛を誓い合う恋人同士の甘〜い時間に、割って入るなんて俺はゴメンですぜ。」
「大丈夫ですよ、そう遠く有りませんし。この辺りは大型の獣も居ない。
 若い恋人同士が、愛を語らうお散歩コースです。何も危険は・・・ちょっと、ジーグ!」
「止めときなさいよ!お邪魔だって・・・」
にやにや笑いの兵達の話を最後まで聞かず
止めようとする彼らを無視して、ジーグは足早に泉が有るという洞窟へと1人向かった。

何故なのかは分からない。
ただ、何か嫌な感じがする。

俺の気にしすぎなのか?
何故、あの娘がそんなに気に入らない?
テレストラートに必要以上に近づき、側に居るのは何故だ?
当然、テレストラートに好意を持っているからだろう。コータもそうだ。
お互いに好き有っているなら、あれで自然なのか?
俺はそれが気に入らないのか?
あの娘に・・・嫉妬している・・・?
そんなはずは無い!!あれはテレストラートではなく、コータだ。
体が同じでも別人、分かっている。
あの娘がコータを親密そうにティティーと呼んだことに腹を立てたのは・・・
確かに認める。
だが、これは違う。
決して嫉妬なんかじゃない。何か、あの娘はおかしい。
でなければ、何故こんなにも気になる・・・何故だ?

野暮でも何でもかまう物か
俺の勘違いならそれでいい

訳のわからない焦りに後押しされて、ジーグは1人、林の中を奥へ向かって走り出していた。

(2007.02.04)
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