Act.1 夢

見渡す限りなだらかな丘が続いている。
空は晴れ渡り、吹く風も心地よい。
その丘を埋め尽くすのは、何万と言う甲冑に身を包んだ戦士達、
そして主をその背に乗せた軍馬。
降り注ぐ日差しに、磨かれていない金属が鈍く光る。
勇壮な進軍の一大パノラマ
オレもまた馬上でその光景を見下ろしている。
戦況は圧倒的に我が軍が有利、この戦いに勝利すれば戦も終焉を迎える。
後を振り返ると、我らの王の堂々とした姿が眼に入る。
視線を左に移すと、見事な黒い軍馬にまたがった立派な戦士と眼が合った。
彼は我が軍屈指の戦士であり、オレの親友だ。
彼は精悍な顔に男らしい笑みを浮かべる。
こちらも、それに答える。
オレは自信と力に満ち溢れ、今にも始まる戦に対する興奮に胸が高鳴る。

もちろんこれは現実ではない。
オレが子供の頃から、何度と無く繰り返しくりかえし見る夢だ。
空をつんざくような閧の声が上がり
それを合図に周りにいる仲間達が、呪文を唱え始める。
夢の中のオレは魔法使いで、周りの声に合わせるようにオレもごく自然に唱え始める。
全く意味の解らないその言葉はまるで音楽のようでとても美しい。
言葉が輝きだすかのように空気がキラキラと青く輝き始め
空に大きな模様が浮かび上がる。
それを見上げるオレの耳に
周りのあらゆる音を圧して、鋭い電子音が響きわたる。


ピピ…ピピ…ピピピ…ピピピ…ピピピピピピピピ……
しつこく鳴り続ける目覚まし時計を、オレは乱暴に止め
もう一度夢に戻ろうと布団にもぐりこむ。
「耕太―、いいかげん起きなさい!また遅刻するわよー!」
階下から怒鳴る母さんの声に、薄く眼を開け時間を確認すると俺はベットから飛び起きた。
「やっべぇ。」
急いで制服に袖を通すと、鞄をひっつかみ髪を手櫛で整えながら階段を駆け下りる
テーブルの上に置かれたトーストを駆け抜けざまつまんで
母さんの非難の声を背に、靴を引っ掛け口にトーストをくわえたままの不明瞭な発音で
「行って来ます」と言い置き外に出た。

オレは平山耕太(ひらやま・こうた)、17歳。
県立の高校の2年で
身長は平均的
ルックスも平均的(なのに、なんで彼女いない歴、17年かなぁ・・・)
成績は中の・・・下
家族は両親と3つ上の兄貴、猫の大五郎にイグアナのポチ。
夢はそれなりの大学に行き、それなりの会社に勤め
胸のデカイ、カワイイ女の子と結婚して、子供は男の子と女の子の2人
30代前半までには、郊外に一戸建てを建て(ローンは25年)、でっかい犬を飼う。
そんな、平凡を絵に描いたような高校生だ。
「セーフ・・・」
教室に駆け込むと、担任の野川はまだ来ていなっかった。
今週もう2度遅刻ギリギリ(あくまで、ギリギリだ)だったので
見つかるとヤバイ。
「よう、オハヨー耕太。今日もお早いお着きで。」
「おうよ、時間を有効に使っていると言ってくれ。」
からかってきた勇司を軽くあしらう。
この長谷川勇司(はせがわ・ゆうじ)とは、幼稚園からの付き合いで
親友っていうか、悪友ってやつだ。
勇司がさらにつっこもうとした時、担任の野川が入ってきた。


「ふぁ〜〜〜〜っ」
口を押さえもせず大あくびをかます。
「なんだー?また夜通しゲームか?」
「いんにゃ、DVDよ、DVD。それも兄貴から仕入れた取っときの裏物」
にゃりと笑うと、勇司がすぐに食いついてきた
「うそ、映ってんの?」
「もう、バッチシ。その上、スンゲーかわいい娘。」
「マジ?貸して。」
「無理ムリ、兄貴もよそから借りてきたんだ。帰り家よれよ、見せてやるから。」
「コータ君、俺も〜」
と何人かが手を上げる。
「おまえダメ、彼女持ちじゃん。独身男性限定なんだ。」
高2の男が集まれば、概して会話なんてこんなもの。

学校、退屈な授業、下らない会話、家でテレビ
週末は友達とたむろし、日曜は爆睡。
毎週・毎週この繰り返し。
平凡で平和な、愛すべきオレの日常。
変わった事など何も有りはしない。

あの夢以外は。

もう何十回と見た、同じ夢。
初めに見たのは、一体何時だろう?
いつも同じように始まり、同じところで終わる、全く同じ夢。
実に壮大なスケールで描かれる、一大ファンタジー巨編って感じだ。
別にあの夢自体は嫌な訳ではない。
別に悪夢と言う訳では無いし、どちらかと言うとワクワクする高揚感が有る。
あそこから進まないのが、ちょっともどかしいが。
もしかしたら、子供の頃に見た、何かの映画のワンシーンなのかもしれない。
ただ、最近あの夢を見る回数が増えている、
以前は2〜3ヶ月に一度程度。見ない時は、半年も空くこともあったのに。
ここのところ、週に3度は見ている。
夢がリアルなせいで寝が浅いのか、かなり眠かった。
オレはあくびをかみ殺しつつ
「次、何の授業だっけ?」
「選択Bだよ。」
「げ〜、数Uじゃん。吉田かよ〜。」
言いつつオレは、またあくび。
「オイオイ、寝るなよ〜吉田の授業で寝ると、後が大変だぜ。」
「解ってるよ、放課後居残り、お説教。だろ?」
それにしても、本当に眠い。
「気をつけろよ、今日は帰りにDVD大会だからな。」
「任せとけって・・・」
ちょっと、ヤバイ。この眠さ。
「おい、耕太?どうした、耕太。」
教室のざわめきが急に大きくなった。
いや、違う。これは開戦を告げる閧の声。
見渡す限りの人馬の波。見慣れた風景。これはあの夢の中。
『あちゃ〜オレってば寝ちまったんだ。学校で。』
いつもの通り、呪文の詠唱が始まる。
オレもそれに和して唱え始める。
美しい音楽のような意味不明の言葉
空に広がる、青く輝く模様
それを見上げた時、辺りに爆音が響き渡った。
何事かと、辺りを見回そうとした時
右背中から、脇腹に衝撃が有った。
見下ろすと、オレの右脇腹から剣の切っ先が生えている。
『げ〜っ、スプラッタかよ、エグイ〜!!
痛みは、無い。まあ、夢だから当たり前としても
自分の腹から剣が出ているのを見るのは、気持ちの良いものじゃない。
見る間に赤く染まる右半身の中で、剣はそのまま右に払うように引かれ
オレの体を断ち切った。
グラリと体がかしぎ馬から落ちる瞬間、体をひねって自分を斬った奴を見た。
血塗られた剣を手に、陰湿な笑いを顔に張り付かせた男は
黒馬の戦士の親友だった男だ。
この戦でオレの護衛を担当していた
『裏切り者!』
オレは体勢を立て直せず、そのまま落馬したが、すぐに裏切り者の後を眼で追う。
男の行き先には王様が、他の男と剣を交えていた。
その男にも、見覚えがあった。軍の幹部の筈だ。
視界のあちらこちらで、見知った顔同士が、剣を交えている。
いたるところで火の手が上がり、連続して爆発音が起きる。
どうやら軍内部に、大掛かりな裏切りがおきたらしい。
必死で戦う王様の後ろから、別の男が剣を振り上げる。
オレを斬った男もそちらに近づいて行く。
『危ね〜、あれじゃ王様やられちゃうじゃん』
黒馬の戦士が、兵をかきわけそちらへ向かうのが見える。
オレは肩で息をしながら上体を起こすと、短い呪文を呟いた。
どうやら攻撃呪文だったらしく、青い光が炸裂し
今にも王様を斬ろうとしていた男が吹っ飛んだ。
オレ的には自分を斬った男をやっつけたかったんだけど、夢の中ではままならない。
オレが軽く咳き込むと、口からは大量の血が吐き出された。
『うげ〜、オレ血ってダメなんだよね。』
夢の続きがこんなだとは、思いもしなかった。
壮大な冒険戦記アドベンチャーだと思っていたのに。
こんな内容を何回も見せられるのは、後免こうむりたいなあ・・・
急速に暗くなる視界の中で、オレはそんな事を考えていた。



闇がゆっくりと薄くなっていく。
夢から覚める瞬間の独特の浮遊感。
誰かが呼んでいる声がする。
そういえば、次は吉田の授業だった。
オレはゆっくりと眼を開けた。

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