徒然


「ロサウ、何をみているんだ?」
「人間。」

大陸中の物と人が集まる中央都市サク
その豊かで賑やかな富の町を囲む石垣の壁一枚を隔てて広がるのは
荒れ果てた"飢え"の世界
血まみれで転がるぼろぼろの体は
まだ幼い子供のものだ

「難民か・・・酷いな。目が、つぶされてる・・・」
「内臓も出ちゃってるんだ」
「もう駄目だ、助からないよ。楽にしてやれよ。」
「何故だろう」
「何が?」
「もう助かるはずなんて無いのに。」
無表情に見下ろし、指で指し示すその先には
子供が這って来たであろう跡が渇いた土の上に長く残っている
目を戻せば子供はまだ前へと進もうとしているようだが
片目はつぶれ無事な方の目も虚ろで
震える手は虚しく土を掻くのみだ

「ロサウ」
無残な光景から目を逸らし、物好きな連れに責めるような目を向けると
無表情な連れは子供に目を据えたまま
自らの鋭い犬歯を己の手首につき立てた
「何を・・・」
「生きたいか?」
傷つけた腕を子供の上に差しかざしながら
静かな声で訊く

傷口からあふれ出る血が乾いた血で汚れた子供の顔を濡らす
人間の物では有り得ない色の血が

「おまえ、生きたいか?」
もう一度静かな無表情のまま尋ねる
流れ落ちた血が子供の潰れた左目に流れ込む
と、ゆっくりとその瞼が開かれ、はっきりと焦点を結び
ロサウを見あげた
渇きひび割れた唇がわななくように動き
空気の抜けるような音を出し
それから小さなひび割れた声が
しかしはっきりと言葉をつむぐ

「・・・生きる」

その瞬間、無表情だったロサウの顔に艶やかな笑みが広がる
細められた瞳、絶妙な角度で引き上げられた口角
まるで天上人の微笑みのような美しく慈悲深い笑み

その微笑を目にした連れの青年は
心臓を鷲掴みにされたような恐怖に全身を粟立たせ
思わず後退さる

ロサウは笑みをたたえたまま
ゆっくりと屈みこむと
あふれ出る血を
子供の口へと流し込んだ





「ロサウ、また街の女に手を出したでしょう!一体何のつもりなのですか?」
もの凄い剣幕で駆け込んできた少年に
寝椅子にしどけなくもたれたロサウは気だるげに目をやる
ゆるやかなウェーブのかかった美しい金の髪と
美しい顔立ちの15,6の少年
その右目は髪と同じ金で左目は、薄い玻璃をはめ込んだような
薄い蒼

上質な衣を身にまとい洗練された、しなやか姿に
以前の難民の姿を連想させる箇所はどこにも無い
「街は大騒ぎですよ、野犬か化け物か連続殺人魔かって。あんな・・・」
少年は町で野次馬に紛れ遠巻きに眺めた、血溜まりに沈む女の姿を思い出して
顔をしかめた。
言葉に詰まる少年から目をそらし、うるさそうにため息を付く
その態度に、一度は口を閉じた少年の怒りが再燃する
「ロサウ!新年に入ってから何回街を移ったと!?」
「別に私が食い荒らしてる訳じゃないよ。
女達がかってにおかしくなって自分を傷つけているだけだ。本当に人間は弱くて・・・」
攻め立てられるなど、さも心外だと言わんばかりの態度でロサウは悲しげに溜息をつく。

しなやかな体と、整った美しい顔立ち。
耳に心地よく響く深い声と、思わず目を引かれる優美な所作。
人を魅了して止まない深い蒼い瞳と、その強い眼差し。

人と変わらぬ姿をしていても、決して人では有り得ない。
その存在は人より古く、人々が言葉さえ持たない頃から存在し
その体を流れる血の色さえも、人とは異なる。
姿を偽り、気配を抑え人に紛れて生き続けている聖なる獣。

異種族ゆえの肉体の齟齬のせいなのか
その性の含む強大な生命力のせいなのか
彼と交わった女達は、皆、行為の最中に横死するか
発狂し、自らを傷付けて絶命する。
それがわかっているのに、まるで酒でも飲みに行くような気軽さで
女を抱くものだから
相次ぐ女達の変死に、町はすぐに大騒ぎになり
疑いの目が向けられる前に、住居を移さざるをえなくなる。

「そんなの、判りきったことでしょう?一体何の目的で
 まさか子供がほしいわけでもないでしょう?」
「そんなの本能だよ」
「嘘です」
「何故断言?子供は、別にもう欲しくはないなぁ・・・ああ、やきもち?」
「なっ・・・」
「お父さんを盗られそうで面白くないんだ、ガーシャ。」
「そんな訳!!!!」
顔を真っ赤にして怒るガーシャを面白そうに笑い
ふっと笑いを引っ込め、無表情に戻ると
その体を流れる血の色を映した瞳をそっと伏せて静かな声でつぶやく。

「退屈なんだ」



人を喰った行動と言動
強大な力と、底の知れない恐ろしさ
気まぐれで掴み所の無いロサウが時折、ほんの一瞬見せる
消えてしまうのでは無いかと思えるほどの弱さ

それを眼にするたびに
ガーシャは胸の締め付けられるような切ない思いと不安を味わう
しかし、そんな顔など瞬時に消し去り
からかい口調でロサウは続ける
「ガーシャはあっと言う間に、こんなに大きくなっちゃって。
もう添い寝をしてやる必要も無いし。
じゃあ恋人をと思ってもガーシャがみぃんな追い出しちゃうし。
だからせめて街で女をと」
「だったら!」
思わず、と言った体で叫んだガーシャは、しかし
言葉が継げずに黙り込んだ
「だったら?」
先を促すように言葉を繰り返すロサウから
ガーシャは顔をそむけて下を向いた

ロサウの視線を感じる。面白そうに様子をうかがっているのだ
沈黙に耐えられず身じろぎしたその時
ロサウが口を開いた

「ああ、そうか・・・。」

面白がっている響きはそのまま、しかし声の感じがガラリと変わっている
「やきもちは『お父さん』に対してじゃ無いんだ。」
言葉の真意をさぐろうとガーシャは視線を上げロサウを見る

「だったら?」

ロサウはガーシャの視線を真直ぐ捕え、先ほどの問いを繰り返す。
その視線の言い表しようの無いほどの魅惑と
艶を帯びた低い声の響き。

「"だったら、僕を抱けばいいのに"?」

ロサウの口から出た言葉にガーシャは目を見開く
"違う!""そんな訳ない!"
頭に浮かぶ否定の言葉は口から出ない
"そんな事、望んでいない!"・・・本当に?

「そうだね。私の血を受けたお前なら死ぬことは無いだろう。
オス同士で交尾をした事はないけど、人間はするみたいだし。
見たことも有るよ。誘われた事も。
ガーシャ・ルウ、お前は私に抱かれたい?それとも私を・抱きたい?」

ロサウの唇から零れる言葉の響き
誘うような蒼い瞳、その全てが淫靡で目が離せない

「私は、どちらでもかまわない。どうする?」


難民時代、男に乱暴された事は有った
食べるために自ら体を差し出した事も

だけど、それらとは全く違っていた
苦しくて、痛くて、暑くて
死んでしまうと思った
それでもかまわないと思った
殺して欲しいと思った

だけどロサウの血を受けた体は
全てに耐え、快楽さえ生み出した
この世のものとは思えない程の
淫らで、全てをドロドロに溶かしつくすような、快楽を。

ロサウはこの新しい遊びが気に入ったようで
毎晩のように体を重ねた

あの夜が無かったら
あれ程、精を身に受けなかったら
これほどまでに長く生きることも無かっただろう


そして有る日、ロサウは姿を消した
何の前触れも無く
まるで初めから存在していなかったように


あれからもうどのくらいの時が過ぎただろう
何百と言う年月が流れたのは確かだ

私は何故、彼を今だに探しているのだろう
探してどうするつもりなのだろう

責めるのか?
笑うのか?
久しぶりと挨拶を?
抱きしめて?
殺す?
殺してもらう?
ただ、会いたい?
本当に?会いたい?

もう生きている理由が
それしか無いのだ。

そう・・・"退屈"なんだ。
(2008.3.07)
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