ACT:71 はじまり



華やかな祝いの空気が、フロスの町を覆いつくしている。
ハセフ王がイオクより凱旋し、ハシャイ王の本葬が執り行われてから月が一巡りした今日
太陽と戦いの神、カストの祭りに合わせて、戦の勝利を祝う祝賀の会が城で盛大に執り行われる。
フロス市街地を取り囲む防壁の大小32の門
フロス中心地を囲む第二壁に取り付けられた3つの第二門
そして、ガーセンの王城を守る2つの城門
その全てが大きく開かれ、人々は普段、立ち入る事の出来ないフロス中心地の美しく整えられた舗道を散策し
美しく着飾った貴族たちは、人で沸き返る市街地に繰り出しては
酒や、手の込んだ菓子などを、人々に惜しげもなく振舞う。
時には王その人までが、人々の中に混ざり、酒を酌み交わす。

ガーセンの戦勝を祝う祭りは、全ての国民が共に戦う戦士として等しく平等であり
この日ばかりは無礼講が決まりだった。
この祭りの時は戦を生き抜いた生への喜びと
町を覆いつくす浮かれた空気とのせいで
勢い、意中の相手に愛を告白するのも毎度の風物詩で
町には永遠の愛を誓うものから
俄かカップルまで、恋人たちが溢れかえるのも決まりごとだった。

王城にまで入り込んだ、浮かれ空気を遠く聞きながら
城の奥地、南塔でテレストラートは念入りに整えられる
自らの身支度のその工程にすっかり首が凝ってしまい、重く溜息をついた。
思わず俯きそうになった頭部を、背後から添えられたゼグスの手が真っ直ぐ前へと引き戻す。

本日の王城は、外庭までの出入りに制限はなかったが
当然城内部には一般庶民は入れない。
王が主催する祝賀の会には、王に招かれた者のみの参加となっていて
ラセス将軍の息子であるジーグ、
術師の中では長のテレストラートと長老達、そしてテレストラートの縁者として耕太も宴に招かれていた。
耕太もテレストラートも、術師としての礼服をまとえば
それで良いのだろうと思っていたのだが
宴に先立って王の側から、身支度の為の使用人たちが大勢遣わされて驚いた。
特にテレストラートの支度には、彼が不思議に思ったほど
多くの王宮つきの女官達が名乗りを上げ、その異様なほどの迫力に気おされたせいもあり、その全てを丁重に断った。
耕太の方はと言うと
「人にかしづかれて着替えをするなんて、貴重な経験で面白そう」だと
割と乗り気で用意された部屋へと向かって行った。

追い返した女官達の代わりにテレストラートの身支度を手伝う事になったのは
術師のゼグスだったが
彼は意外な程の熱心さで、テレストラートの髪を結い、衣装を調え
自分たちの族長を磨き上げにかかり
女官達の手を逃れた事に安心していたテレストラートを辟易させた。

「支度は出来たか?」

「もう済みました。」
「あと少しです。」
部屋を覗き込んだジーグの呼びかけにテレストラートとゼグスが同時に違う答えを返す。
まだ何かするのか・・・と肩を落すテレストラートを無視して、ゼグスは編んだ髪に
青い色ガラスの珠を結びつけはじめた。
その、既に疲れきった様子に、ジーグは笑いをかみ殺す。
ジーグは黒い丈の長い上着に、やはり黒いズボン。黒いブーツに、黒いマントと
戦場に居る時と同じように黒ずくめだが
滑らかな艶のある、厚手の生地で仕立てられた上着には
目立たないが黒い絹糸で、凝った紋様が刺繍されており
光りの加減で一瞬浮かび上がる紋様が何とも重厚で高貴な印象を与える。
腰に下げているのは、いつもの大剣ではなく装飾の意味合いの濃い細身の中剣で
やはり黒い鞘には華やかな螺鈿細工が施され、柄の部分には銀の飾り紐が結ばれている。
いつも構われる事の無い金褐色の髪は、丁寧に撫で付けられ
微かに長い襟足の髪は1つに結ばれ黒い皮ひもで結ばれている。
上背のあるガッシリとした体つきも相まって、中々に威風堂々たる風貌だ。

「うっわぁ・・・凄い、ティティー、キレイ」
そんなジーグの脇を通り抜け、テレストラートの支度部屋に入ってきた耕太が
テレストラートの姿を目にして感嘆の声を上げる。
テレストラートは耕太の賞賛に、戸惑うように自分の衣装を見下ろし
溜息をつく。
「白が族長の正装だと申し上げたら、王がこれを・・・。でも、こんな・・・。」

テレストラートが身に纏うのは、純白の絹の長衣
その上に羽織る、ごく薄い布で仕立てられた、ローブもやはり純白だ。
たっぷりと布が使われたローブの柔らかなその表面には
銀糸で美しい模様が縫い取って有り
まるで降りたばかりの新雪のような、柔らかな毛皮の縁取は
幻とまで言われる雪猫の若い雄のものだ。
この大陸で、「白」と言えば、微かに黄色みがかった生成り色の事で
純白、それ自体がとんでもなく貴重だった。

金と手間を惜しげもなくつぎ込んだ、芸術品のような衣装はオーガイの戦いの前に
前王ハシャイが命じてテレストラートの為に仕立てさせたものだという。
この2年で、サイズの合わなくなったそれを、ハセフ王が仕立て直させたものだ。
必要以上に豪奢なその衣は、派手好きなハシャイ王らしい品物で
まるで中央神殿の大神官が祭礼で着用するもののようだ。
しかし、それがテレストラートに恐ろしいほど似合っている。

テレストラートの長い黒髪は、脇から後にかけて綺麗に編まれて
青いリボンで纏められている。
側に置かれた小さなテーブルの上には、これも王から送られた青い石の入った
銀の煌びやかな装身具が、いくつも置かれていたが
「姫君では無いのだから」とローブを留めるブローチ以外を身につける事を拒否し
酷くゼグスを残念がらせたが
代わりにとゼグスが髪に編み込んだ、青い硝子球とリボンの方が、テレストラートに似合っていると耕太は思った。

「凄っく似合ってるよ。美人〜。カメラがあればなぁ・・・。」
「・・・・・ありがとう、ございます・・・。
それより、耕太?どうしたんですか?その格好は?」
部屋に入ってきた耕太は、湯を使った後らしくサッパリとして
髪は丁寧に整えられてはいたが、服装は普段と変わりない地味な長衣のままだった。
「ああ。オレ、やっぱりパーティーに出るの、止めた。」
「「え!?」」
あっさりとした答えに、テレストラートとゼグスが驚きの声を上げる。
「だって、宴のご馳走をあんなに楽しみにしていたじゃないですか・・・。」
ジーグから聞かされた、王主催の宴で饗される各国の料理や飲み物
各地から集められた芸人達の、歌や踊りなどの華やかな内容に
すっかり夢中になり、1番楽しみにしていたはずの耕太の言葉にテレストラートは戸惑う。
「うん、そうなんだけど・・・何か思ったより堅苦しい感じじゃない?」
派手に身支度を整える、女官達の手管と・・・もしかしたら、田舎者の青年と見て
何か宴のマナーなどについて注意を受けたのかもしれない。
すっかり気を削がれた様子で肩を竦める。
「それに、ご馳走は料理人のグスタが、特別に回してくれるって。
 だったらオレ、堅苦しいパーティーなんかより町の祭りの方に行きたいな。」

フロスに戻って1月の間に、耕太は城のいろんな場所に出入りして
すっかり城に馴染んでしまった。
どこに行っても顔なじみがおり、今ではテレストラートよりもよほど顔が広いぐらいだ。

「耕太が出席しないのなら、私も・・・。」
もともと、宴に乗り気ではなかったテレストラートは
耕太が参加しない事で途端に逃げ腰になる。
「待て、待て、待て。お前が出ない訳にはいかないだろう?お前は主賓の1人だぞ。」
「でも・・・。」
ジーグにたしなめられて、テレストラートは悲しげに表情を曇らせる。
しかし、それ以上に悲痛な声を上げたのは
手塩にかけてテレストラートを磨き上げたゼグスだった。
「テレストラートさま・・・!」
「だって。・・・ですが、耕太だけで町に行くなんて、危険です。」
ゼグスの必死の訴えにも、しかしテレストラートは
もっともらしい理屈をつけて食い下がるが
その目は『耕太ばかりズルイ』と訴えていた。
ジーグが頭を抱えて溜息をつく。

「じゃあ、祭りには明日一緒に行こう。今日は花火が上がるっていうから
オレは南塔の上で見てるよ。ティティーもパーティーが引けたら来ればいいし。」
耕太にまで諭され、テレストラートも渋々頷き、ゼグスをホッとさせる。
テレストラートを説き伏せた耕太の整えられた頭を、手でグシャリと乱しながら
ジーグが耕太をもう一度誘う。
「お前も少しだけでも、顔を出したらどうだ?
 戦勝の宴なんて、そうそう有る物じゃないぞ。」
戦の国と謳われるガーセンだがイオクに攻め入られるまで
長い間大きな戦は無かった。
ジーグも戦勝の宴は初めてで、軍人として、宴に参加できる事を密かに誇りに思っているらしい。
「いやだよ。だって、ヒラヒラのドレスみたいな服、着せられそうになったんだよ
恥かしい!
あんなのじゃ、まともに歩く事さえ出来ないって。
ああいうのは、美少年とかじゃないと笑えるだけだって・・・。」
実にいやそうな顔をした耕太に、納得顔で頷いたテレストラート以外の2人は
『それほどまでに嫌がる衣装、ちょっと見てみたかったな』
などと酷い事を思ったが、大人な2人はおくびにも出さなかった。



華やかに飾られた大広間に溢れかえる
煌びやかに着飾った人々。
戦が終わり、避難先から王都に戻った貴族の婦人や令嬢達が
久しぶりに開かれた、王の宴を華やかに彩る。
人々は穏やかな笑みを顔に浮かべながら
軽い会話に華を咲かせ
人々の笑い声と、奏でられる楽の音が1つに混ざり合って
広間を満たしていた。

「ジーグ、こちらはクロスト卿のご令嬢、リトレイン嬢。
 リティ、こちらはラセス将軍のご子息のジーグ。」
「こんばんは。レディ。」
「ごきげんようジーグ様」
程よく酒が入り上機嫌のローメイ将軍の紹介に、若い2人がにこやかに挨拶を交わす。

ジーグの父、ラセス将軍の友人でも有るローメイは立派な体躯で強面の熊のような男だが
豪快な見かけに似合わず、世話好きな男で
今夜は友人の将来有望な末息子に、未来の花嫁候補を紹介する事に決めたらしく
ジーグは宴の初めから、この気の良い男に広間を引きずりまわされている。

1人目の金髪がエレナで、赤毛がモナリー
たれ目にほくろがリリアで・・・
髪に鳥の羽を挿してたのが、セ・・・ンティーヌ?で
花を挿してたのが、フラウ
2人目の赤毛が・・・駄目だ・・・。

次々と紹介される、型に嵌めたように清楚で人形のような少女達を覚える事を
ジーグは途中で放棄した。

戦士として始めて参加を許された、戦の勝利を祝う宴と言う事で
大いなる夢と期待を胸に抱いていたジーグだったが
実際は、規模が大きいだけで貴族たちの屋敷で開かれる
社交の会と何ら変わることが無く、退屈で
ジーグは少なからず失望した。
その上にこの『親切』な『お見合い』攻めで、いい加減、笑顔も引き攣る。

テレストラートはと言えば、広間の一画でやはり女性達に囲まれているのが遠くに見える。
貴族の中に有っても、彼の立ち居振る舞いは非の打ち所が無く
閉鎖された山の中で育ったはずのテレストラートが
何故完璧な宮廷作法を身につけているのか、いつも不思議に思う。

噂に名高い術師の長は、貴族のご婦人方の間で
まるで絵物語の主人公のように語られていた事だろう。
それを生で拝める物珍しさと
テレストラートのガーセンの男とは違う、華奢な体つきと中性的な顔立ち
珍しい黒い髪と、宝石のような蒼い瞳は弥が上にも彼女達の好奇心を刺激する。
テレストラートの隣に陣取り、まるで自分のもののように紹介しているのは
前々王の姉であり、現王ハセフの叔母に当たるローライエ婦人エミリア。
ハセフ王にはまだ正妃が居ない為、彼女が宮廷内の女性の世界を仕切っている。
人当たりの柔らかいテレストラートは、以前から彼女のお気に入りで
今日も広間に入ってすぐに、彼女に捕えられてしまい
逃げ出す事が出来ないで居た。

ジーグも何とかこの境遇から逃れ
テレストラートを取り戻す機会を窺っているが、果せないでいた。

何度目かの接近遭遇で、テレストラートの顔に疲れを見て取り
ジーグは我慢を放棄する事に決めた。
宴が始まってから、もうだいぶ時間もたつ。そろそろ頃合だろう。
「申し訳ない、レディ。失礼します。」
自分に向かって、花か何か植物の話をしきりにしていた少女の話を遮り
ジーグは笑顔で足早にその場を離れ、まっすぐテレストラートの元へ向かう。

「失礼します、マダム。お話中、大変申しわけ有りませんが
私に術師を返していただけますか。」
あからさまな物言いだったが、ジーグがテレストラートの護衛を担当していた事を
知らぬものは居ないので、その言葉を深い意味に捉えるものはいない。
「まあ、ジーグ。もう連れて行ってしまうの?まだ、皆様にお披露目が済んでいないのよ。」
「申しわけ有りません、マダム。
 彼は病み上がりの身ですので。少し、休ませてあげてください。」
「まあ・・・そうだったわね。
 少し、外の空気を吸ってくると良いわ、テレストラート。
 また、あとでね。」
ご婦人方のトップに許しを得て、ジーグは深々と腰を折ると
やはりエミリアに退去の為の礼を優美にするテレストラートの腕を掴み引っ張ってゆく。
「大丈夫か?顔色が良くないぞ。」
「大丈夫です。少し・・・人に酔っただけですから。」
誰にも捕まらないうちに、近くの窓に向かいバルコニーへと出る。
そこには、若い一組の男女が寄り添い夜の庭を眺めていたが
ジーグは2人をさっさと追い出し、両開きの窓を閉めると
その取っ手を剣から外した飾り紐で、開かないように外側から縛ってしまった。

「ジーグ・・・、そんな事したら・・・。」
「これで、邪魔が入らない。」
驚いて咎めようとしたテレストラートは
振り返り、少年のような顔でニヤリとするジーグに何も言えなくなる。
「思ったより、退屈だ。耕太は来なくて正解だったな。」
言いながらバルコニーの端により、下の様子を伺っている。
「そろそろ、フケるか。」
「え、でも・・・祝賀会は?」
「もう、いいだろう。いい加減なところで抜け出さないと、朝まで付き合わされる。」
言うと、テレストラートを引寄せひょいとその体を抱き上げると
バルコニーの手すりを乗り越える。
「ちょ・・・ジーグ!!」
慌てるテレストラートを腕に、そのまま身を躍らすと
なだらかな屋根を経由して、身軽に中庭に降り立つ。
「もうそろそろ、花火が上がる。耕太が待ってるぞ。」
「何も、こんな所から出なくても・・・。」
「広間を通ったら、絶対外に出る前に捕まる。」
「でも、ジーグ、窓・・・。」
開かないように外側から、取っ手を紐で括ってしまったバルコニーの窓の事を指摘すると
ジーグは「しまった」と小さく舌打ちし
「まあ・・・大丈夫だろう。誰かが何とかするさ。」
と、あっさり開き直った。
流石に呆れてジーグを見上げたテレストラートの横顔を、鮮やかな光りが照らし
1瞬遅れて、ドンッと大きな音が鼓膜を打つ。
見上げた夜空には大輪の花が開いていた。
「花火・・・凄い。」
続けて上がった打ち上げ花火に、テレストラートが感嘆の声を上げる。
「私、打ち上げ花火を見るのは始めてです。綺麗ですね・・・。」
夜空から星のように降ってくる、色とりどりの火の粉に興奮した様子で
ジーグに視線を向けたテレストラートは、自分を見つめていたジーグの視線に会い
戸惑ったように首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「いや。花火よりもお前のほうが綺麗だと思って。」
テレストラートは途端に顔を赤らめ、視線をそらす。
「・・・また人をからかって・・・。」
「からかってなんかいないさ。お前、白が似合うな。花嫁みたいだ。」
ジーグはもう、これ以上、テレストラートのこの姿を
誰にも見せたくないと本気で思ったが
テレストラートは大袈裟な服装をからかわれているのだと、本気で思っていた。
「もう、知りません。」
怒ったように声をあげ、そっぽを向いたテレストラートを
ジーグはいきなり再び抱き上げると、そのまま走り出した。
「や、ジーグ!!下ろしてください!!」
「早く行かないと、花火が終わる。
 耕太が食い物をみんなたいらげちまうぞ。」
笑いながら勢い良く中庭を走りぬけるジーグに、振り落とされないよう
テレストラートはジーグの首に縋りついた。


「ティティー、ジーグ、丁度良かった!花火、今始まった所!」
南塔の突端の物見台で待っていた耕太が、2人を見とめて手を振る。
「早かったね。ここ、最高のポジションだよ、ほら!!」
手が届きそうなほど近くに上がる花火と
耕太が料理人から分けてもらってきた、大量の料理と酒
幾つもクッションを持ち込んだ物見台で
3人だけの戦勝会を楽しんだ。
祭りで浮かれる街を見下ろしながら
自分の事、今までの事、これからの事
3人で顔を合わせて、ゆっくり語り合ったのはこれが始めてで
語ることは尽きず、夜が明けるまで語り合った。
これから成さなければならない事は山積みで、状況は決して良い訳では無いけれど
語られる内容は、明るい事ばかりで
きっと、何が有っても成し遂げられると、耕太には無条件で信じられた。


家に帰ったら、勇司にこの事を話してやろう。
花街に行った事や、精霊術がどんなに凄いかって事も。
父さんや母さんは信じないだろうから、何か言訳を考えておかなくちゃ
兄貴には、本当の事を言ってもいいかな。
家に帰ったら・・・
家に帰ったら・・・

夜通しのお祭り騒ぎに、朝のざわめきが混じり始める頃
耕太は優しい夢の中でまどろんでいた。


第一部◆完結
あとがき
(2008.3.01)
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