Act:7 タウ

「ガーセンは一夜にして王都を奪われたのです。」
「なんで?だってイオクって凄く小さな国なんだろう?」
「イオクは術師の一団を連れていました。」

耕太がこの世界に来てから7日がたつ。
ガーセン及び同盟国の軍はひとまず体制を立て直す為
王都フロスへと撤退
対戦国イオクにもっとも近い、この辺境の町ガイヌには
傷の療養の為と言う理由で別行動を取った
テレストラートこと耕太と護衛の任に有るジーグ
術師のゼグスとカナト、医師のケイル
そして護衛の為にと残った事情を知らない兵士が13名

物々しい雰囲気に包まれていた町は
今は嘘のようにのどかで平和なたたずまいを見せている。
ただ、耕太はのどか所の騒ぎではなく
ここへ来た日以降毎日、殆んど缶詰状態で
この世界の知識を文字通り詰め込まれていた。

テレストラートの属しているハセフ王の治める国ガーセンは
昔から武術や軍事に力を入れ
戦国として有名な大国だ。

この国が有る大陸はリスリ山脈という富士山よりも高い山々に2つに分断されていて
ガーセンの有るリスリ山脈より南と北では殆んど交流が無いらしい

リスリ山脈の南に有る数多の国々を侵略・統一する可能性の有る
もっとも有力な国がガーセンだが
この100年余りは大きな戦も無く、国々は表面上は友好関係に有った

一方イオクは地理的にガーセンの隣に位置する小国で
特に豊かでもなく、地理的魅力も無く、これと言った特産物も無い
軍事力もガーセンとは比べるべくも無いお粗末な物で
今までガーセンに吸収されなかったのは単に
吸収するほどの魅力が無かったからに他ならない。

その弱小国イオクが大国ガーセンに突如宣戦布告
その3日後の王都急襲によりガーセンは王都を一夜にして失う事となる

いきなりの宣戦布告、突然の王都襲撃
迎え撃つガーセン側はしかし戦国、準備は万端だった
にもかかわらず敗戦を知らないガーセンの軍は脆くも一晩で敗れ去った

怪しい術を使う数人の集団と、切り伏せても倒れない異形の戦士達
放たれる矢は全て軌道を外れ、交えた剣は全て折れ曲がり、馬は発狂して主を振り落とした。
それは一方的な虐殺だった。
美しい町並みは無残にも踏みにじられ、辛くも王都を脱出できたのは
当時の王ハシャイと一握りの戦士だけだった。

「でも、ガーセンにもゼグス達がいたんでしょ?何でそんなに一方的にやられちゃったの?」
「いえ、私たちがガーセンに加わったのはその後なのです。私たち術師はリスリ山脈の麓に有る山の中の小さな村で、外界とは接せずに暮らしていました。」

何百年も昔、この大陸全土が戦乱の只中に有った頃
精霊使い達は権力の中枢に有り、強い術師を有する国が強い国となり
他国を吸収して行った
そして幾つかの大国だけが残り、その力が均衡し戦乱の世が終結した時
権力者達が領土の変わりに奪い合いを始めたのは精霊使い達だった。

自国の力を増す為に引き抜き、また他国に寝返る事を恐れ隔離し
とうとう自分達の地位を脅かされる事を恐れ
術師自体を始末した。
欲望、保身、恐れ
今まで自分達が力を得る為に利用していた力、共に戦ってきた仲間を
魔の物とし、反撃を恐れ徹底的に潰しにかかった
国に仕えた力の強い者のみならず、町の祈祷師、薬師
小さな風を起す、指先に火を灯すその程度の能力しか持たない女も子供も
全て狩りだされ処刑された。

そして大陸からは精霊使いが消え去り
精霊術は伝説やお伽話の中にしか存在しない、架空の物になった。

それでも逃げ延びた術師が1人もいなかった訳ではなかった。
権力者の手を逃れ、人目を避け、ひっそりと人里はなれた隠れ里で生きる事を選んだ術師達。その末裔がゼグスであり、カナトでありその村の人々である。
村人は力の差こそ有れ全てが精霊を使役する事が出来る精霊使いであり
その村の長がテレストラートだった。

彼らの村 ― ロサウの村と言われる隠れ里は地理的にはガーセンの中に有った
だがガーセンに治められている訳では無く、その存在は知られていなかった。
少なくとも一般の民には。
しかしガーセン王家にはそこに術師の村が存在する事が
伝説の類でかも知れないが、確かに伝わっていた。
もしかしたら、術師大殺戮の時代に術師を逃がし隠したのはガーセン王家の者だったのかもしれない。

人外の力を使うイオクにより王都を奪われたハシャイ王は自らロサウの村に出向き
術師達に協力をせまり戦場に引っ張り出した。


王は辺境の領主を招集し、敗走潜伏していた王都軍の生き残りを掻き集め軍を再編
手始めに王都フロスに次いでイオクの手に落ちた、流通の要・水の都ニルスに軍を進める。
イオクは攻め入るガーセン軍に対し術を使いその迎撃を試みるが
すでにガーセン軍にはロサウの村の術師が加わっていた

その効果は覿面だった。

術師により術師の力を封じてしまえば、ガーセンの軍隊に敵う者はいない。
イオク軍は雪崩を打ってニルスより敗走。ガーセン軍の大勝利となる。

その頃すでに他国にも侵略を開始していたイオクに
戦々恐々としながらも手が出せず、逃げ腰で成り行きを見守っているだけだった各国も
ガーセンが対抗手段を手に入れたと知るや
続々と恭順の意を表しその旗の下に集まった。

ハシャイ王は徐々に軍の規模を増しながら
じわじわと奪われた領土を奪い返し、王都フロスを目指した。

そしてガーセンは王都での敗戦から実に2年後、王都を取り戻す事になる。

そのままガーセンはイオクを叩き潰すべく、イオク国境へ向けて進軍
イオクはジワジワと後退しながらも、各地で突発的に不穏な動きを見せ
ガーセン及びその同盟国に不安な影を落し続ける
しかし進行を続けるガーセンの勢いは止まらずイオクの敗戦はもはや逃れようの無い物と思われた
そして遂にイオク/ガーセン国境の地にて最終決戦が行われる。

それが耕太が夢に見ていたあの戦い
負ける要素の無かった戦い
しかし、ガーセン軍の内部から多くの者が寝返った
それは軍の中枢部にまで及び、ガーセンは王と術師の長を失い
混乱の中再び敗走することとなる。

「それが・・・オ・・オーク?オーグイ?」
「オーガイでの戦いです。」
ゼグスが控えめに訂正する。

この数日、生まれてこの方、こんなに勉強させられた事は無いと言うぐらい勉強している。
全く知識の無い世界の事を一から覚えなければならないのは
かなり骨の折れる作業だった。
もともと耕太は記憶力に優れている訳でもなければ
学力に長けているわけでも無く
どちらかと言うと・・・出来のよろしくない生徒で
そんな耕太にゼグスは優しく、辛抱強く、繰り返し教えてくれた

これは自分の身の振り方、そして命に直接かかわって来る事柄で
必要な事だとは理解しているし
殆んど、付っ切りで指導してくれているゼグスにも感謝している
が・・・外出する事も出来ず、いつも同じ人間としか顔を合わさず
苦手な勉強と来れば、耕太の忍耐もかなり限界に近い

その上・・・
「どうだ?ヒラヤマ・コータ。はかどっているか?」

ノックに対する返事も待たずに、ジーグが扉を開け、入ってくる。
彼は毎日、殆んど一日中耕太のそばに張り付いている。
ただでさえ、物覚えが悪いのに、ジーグが部屋にいると余計にプレッシャーがかかり
覚えたハズの事柄さえ出てこない。
今も気が散って、聞き逃してしまったゼグスの話を聞きなおすと
ジーグが呆れたように溜息を漏らす。
「ヒラヤマ・コータ。集中しろ。」
「してるよ!!」
「その説明は、今日もう3回めだぞ。」
「うるさいな!何でジーグは用も無いのに毎日毎日、一日中ここに居るんだよ!オレへの嫌がらせ?」
「俺はテレストラートの護衛を任されている。そばに居なくてどうする。」
「・・・・・う〜〜〜、そんなの、フリだけでいいんだろ!誰が見てる訳でも無いし!」
「何を言ってる。事情を知らない兵士がまだ町に居るんだぞ。それに、お前を守るのが俺の仕事だ。」
「何から守るって言うんだよ。ず〜っとこの部屋から一歩も外にも出てないのに!」
一々突っかかる耕太にジーグもイライラし始める
「何で俺をそんなに遠ざけようとする?」
ジーグがいまだに怖かった。
同じ部屋に居るだけで、緊張してしまう。
だけど、そんな子供じみた理由をまさか恥ずかしくて言えないし
認めるのも嫌だった。
「嫌いだからに決まってるだろ!!」
自分自身を誤魔化すために思わず叫んで、すぐ後悔した。
ジーグの顔から一瞬、表情が消え
刺すような視線に、怒鳴りつけられる!いや、もっと悪いかも・・・殴られる?
恐怖に駆られた耕太は、恐怖心を紛らわす為とジーグの攻撃の切先を制するためにまくしたてた。
「そんなデカイ図体で!しかめっ面で!張り付いて一々グジグジ横で言われたら!!気が散るんだよ!」
「いい加減にしろ。お前、小さな子供じゃ有るまいし。お前、17だって言ったよな
 テレストラートと変わらないくせに、どうしてこうも・・・」
「オレはテレストラートじゃない!!!」
「そんな事は解ってる!」
「そりゃあ良かった!忘れているのかと思ったよ!」
「お前・・!」
「ジーグ殿!耕太も!・・・止めて下さい!!」

まるで子供同士の言い争いに、ゼグスが必死で止めに入る。
2人は口論を止めたが、お互いそっぽ向いた。
室内の気まずい空気にゼグスは困り果て、何とかその場を取り繕おうと努力を始めた。
「・・・・耕太、少し、休憩しましょうか。もう・・・そろそろお昼ですし。
 ジーグ殿もこちらでお食事摂られるでしょう?」
「いや、俺はこれから馬の様子を見に行く。」
「そうですか。では耕太。食事を運んできますので、休んでいてください。」
「ヒラヤマ・コータ。人が見てないからって、ちゃんと残さず喰えよ。」
まるで子供を叱るような言葉にジーグを睨み付けたが
既に背を向けそのまま部屋を出て行った。
「あいつ!!人を馬鹿にしてるのか?
 一々あーだ、こーだと口出しして!残さず喰え??小学生か、オレは!!」
「違いますよ、耕太。彼はただ心配しているだけです。
 彼は貴方の体のことを気遣って、彼は貴方の・・・」
ゼグスの言葉はだんだん弱くなり、最後は尻つぼみに消えた。
何を言おうとしたのか、気まずそうに視線を泳がせ
思い出したように

「そうだ、食事をもらって来ます。それじゃあ、耕太。すぐに戻りますので。」
言い残すと、耕太を1人残しゼグスも部屋を後にした。

「チッックショー!!・・・痛て!」
1人になっても耕太は気持ちが収まらず、怒りに任せて椅子を蹴倒し
机を蹴りつけたが、痛むのは自分の足なので家具の破壊は諦め
石の床に大の字に手足を投げ出し、寝転んだ。

しばらく口の中でブツブツと文句を呟いていたが
床の冷たさに段々と冷静さが戻って来て、馬鹿な事をしたと後悔し
ジーグの顔を思い出しては、また怒りがぶり返す
そんな事を繰り返すうちに、何だかとっても疲れてしまった。

「・・・・・家に帰りたいなぁ・・・」
思わず口に出してつぶやく。
と、その時控えめなノックの音がした。
ゼグスが戻ったのだろうと慌てて体を起こしたが、一向に入ってくる気配がない。
手がふさがっていて扉が開けられないのだろうか?と訝っていると
もう一度ノックが繰り返される。
「・・・どうぞ。」
いつも、誰も返事を待たないで入ってくるが、もしかして?と思い
恐る恐る声を掛けてみると、ゆっくりと扉が開いた。

「あの・・・失礼致します。テレストラートさま。
 お食事をこちらにお持ちするように、申し付かって参りました。
 あの、ゼグスさまは、ケイル先生の所に呼ばれていらっしゃって、私が変わりに・・・」
扉をくぐって入ってきたのは一人の少女だった。

栗色の艶やかな髪を後でまとめ
小さな顔にはこぼれ落ちそうに大きなはしばみ色の瞳
花に例えたくなるような、ふっくらと柔らかそうな唇と
ばら色の頬
ほっそりと華奢な体つきだが胸はかなり豊か
大きな瞳と頼りなげな風情が醸し出す雰囲気は、愛らしい森の小動物
掛け値なしの美少女だ。

床に直に座ったままで思わずぼんやりと見とれてしまった耕太に
少女は戸惑うように小首をかしげる
「テレストラートさま?どうかなさいまして?」
「い、いや・・・なんでもない。あ、ありがとう・・。」
慌てて立ち上がり、蹴倒した椅子を元に戻そうとして
他の椅子を引っ掛けて倒してしまった。
その様子を見て少女が鈴を転がすような声で笑う。
「私がいたしますわ。」
手に提げてきた籠をテーブルの上に置き
倒れた椅子をきちんと立てる。
少女の動きに合わせて揺れる長いスカートに耕太はうっとりと見とれてしまう

"腰が細い・・・本当に女の子だ・・"
女の子なんて久しくみていない。それにこんな美少女を生で見た事は一度もない。

耕太がぼんやり見つめる前で、少女は手際よく籠に入れて持ってきた食料をテーブルにならべ
突っ立っている耕太に一番近い位置の椅子の前に食器をならべ、バランスよく取り分けた。
「どうぞ、召し上がってください。」
「あ。うん。ありがとう。」
耕太は言われるままに席に付き、立ったままの少女に声を掛けた
「あの、どうぞ。座って下さい。・・・君は、食べないの?」
「とんでもありません。」
恐縮したように首を振る少女に、耕太はやさしく微笑みかけた
「もし、迷惑じゃなかったら一緒に食べてもらえませんか?1人では味気ないし。
 こんなにたくさん有るんだから。」
「・・・はい、失礼します。」
コクリと遠慮がちにうなずくと、少女は椅子の一つに座ったが
食べ物には手を出さなかった。
耕太はそれ以上無理強いする事はせずに、食事を始めた。
だが、隣に座る美少女が気になって、味もろくに解らない。
チラリと少女を見ると、大きな瞳で夢見るようにこちらを見つめている少女と眼が合った。
彼女は慌てたように視線を外すと俯いた。
その横顔がみるみる赤く染まってゆく。

"こここ・・・これってもしかして、良い感じ?
 すす少なくとも嫌いな人間に対する態度じゃないよな。"
自慢ではないが生まれてこの方、女の子にモテた事がない耕太は一気に舞い上がる。
"でも、何で?会ったばっかりだし、オレってば全然カッコ良くは。そりゃ、それ程悪いとは思わないけど、こんな・・・。
もう一度少女に眼をやる。
"こんな美少女!!!"
慌てて、食べ物に視線を戻しパンを掴む自分の手を見て思い出した
"ああ・・・そっか。"
自分の今の姿は、もの凄い美形なのだ。
それも国を守る軍に所属する、術師の長で・・・
少女が憧れる対象としては申し分ないって訳だ。
好意を持たれているのはテレストラートで自分ではない。
そう思うと、膨らんだ気持ちが急に萎んだ気がした。

それでも・・・。
彼女が自分の事をもっと知り、テレストラートに対する憧れではなく
自分自身を好きになってくれたら・・・という希望が捨てられない。
それに容姿に関しては、今はこれが自分の姿にかわりはないし、別に騙している訳では・・・。

「それでは、テレストラートさま。失礼いたします。」
食事を済ませ、うだうだとそんな事を考えていた耕太に
少女は手際よく片付けを済ますと、潤んだ大きな瞳で名残惜しそうに(たぶん)見つめな
がら告げ、深々と頭を下げると扉を開けた。
「あ、の・・・君。」
「はい。」
「ええと・・・良かったら、名前を。君の名前を教えてもらえませんか?」
少女は一瞬、驚いた顔をして、すぐにこぼれるように笑った。
「タウと申します。テレストラートさま。」
「タウ。」
「はい。」
「そっか。タウ。」
「はい。」
思わず顔が笑みに崩れた耕太に、とびきりの笑顔を返し
タウは「失礼いたします。」ともう一度笑顔のまま頭を下げ
軽やかな足取りで、部屋を出て行った。

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