ACT:66 後悔



耕太と別れた後、結局部屋には戻れず
テレストラートはそのまま雑務の処理に追われていた。
ローザに入ってからこちら、ずっと働きづめで
流石に疲れを自覚している。
それでもテレストラートは休みたくなかった。
動くのを止めれば、どうしても捕らわれてしまう思いが有る。

『自分はジーグを裏切った。』

その事実に向き合うのが嫌で、自ら望んで忙しさの中に身を置いた。
忘れると宣言しても、ジーグと顔を会わせれば、どう接して良いのか解らず、恐かった。
忙しさを理由に、動きまわってさえ居れば、一時的にしろ忘れていられた。
ジーグと会わない言い訳にもなった。

そう、無意識の内にジーグを避けていた。
けれど・・・。
いくらテレストラートがジーグを避けていても、同じ場所にいるのだ
ジーグがその気なれば、いくらでも自分を捕まえる事は出来る。
これほどまでに会わない事は有り得ない。

ジーグも自分を避けているのだ。

自分からジーグを避けていながら、ジーグのその行動にテレストラートは傷ついていた。

疲れのせいか目の前の仕事に集中できず、気が付けばジーグの事を考えている自分に溜息が漏れる。
それを聞いた文官が気遣わしげな視線を向けて来る。

「この件は以上です。テレストラート様、少しお休みになられては?」
「いえ・・・。」

休息を取るよう勧める声に首を振り、立ち上がろうとして視界が揺れる。
目を閉じて眩暈をやり過ごす、が、足元がまだ不安定に揺れている気がする。
限界か。
「すみません。・・・少し、休みます。何か有ったら呼んでください。」
言い置くと、テレストラートは1人部屋を後にした。


自分に割り当てられた部屋に入ると、崩れるように寝台に倒れこんだ。
入城してすぐに与えられたこの部屋には、入るのさえ始めてだ。
体は疲れきり、全身が痛んだ。
この3日、考えれば食事も睡眠もろくに取っていない。
寝台の上に投げ出した手をぼんやりと眺めながら
そう言えば2,3日無理をするなと言われたな…と、今更ながら思い出す。
とにかくローブだけでも脱がなければ…と思いながらも、重い体を上げることが出来ず
ゆっくりと眼をとじた。
瞳の奥が脈打っているかのように、重く疼いた。

その時、扉を控えめにノックする音が聞こえた。
また、何か起こったのだろうか?
応答しなければと思いはするが
起き上がる気力はどうしても出て来ない。
勘弁してほしい…
控えめな音からも、急ぎの用でもないだろうと判断し
ガラにもなく無視を決め込もうかとも思う。
しかし、ノックは一度だけだったが
扉の外の人の気配はまだ動こうとはせずその場に留まっている。
やはり出なければならないだろうか…と悩んでいるところへ静かな声が聞こえた。

「ティティー。寝ているのか?」

控えめにかけられた恋人の声に、テレストラートは寝台から飛び起きた。
扉へ駆け寄ると急いで開く。

「遅くに悪い、眠っていたか?」
「いえ…」

会わないように避けていた。
どう接して良いのか解らず、恐かった。

けれど、こうしてジーグを目の前にすると
自分がいかに寂しく思っていたかを思い知らされる。

「…疲れているみたいだな、顔色が良くない。」
気遣わしげな言葉と共に、頬にかるく触れられ
テレストラートは、自分がジーグに見とれ、部屋に入れてもいない事に気付く。
「すみません、入って下さい。何か飲みますか?お茶でも・・・」
飲み物の用意をしようと、行きかけたテレストラートの手をジーグは捕らえ
引き寄せると、そのまま体の中に包み込むように抱き込み、そっと口付けた。

触れるだけの、優しい口付け。

覗き込むジーグの瞳は、痛まし気で有り、悲しげだった。
そのジーグの態度がテレストラートを居たたまれなくさせる。
こんな風に、壊れ物に触れるように扱ってほしくはない。
テレストラートは、今度は自分から唇を求め、深く口付けた。
躊躇うようだったジーグもすぐに応えて、互いに貪るように深い口付けを交わす。


ジーグがあの夜の事に衝撃をうけ、悲しみ、怒り
今もこだわり続けて居る事は知っている。
自分だって、平気な訳ではなかった。
ジーグ以外の人間になど、触れられるのも嫌だった。
そんな辱めを受けるぐらいなら、死んだ方がマシだ。

けれど、自分は既に一度ジーグを裏切った。
彼を騙し、遠ざけ、結局は騙し通せず彼を傷つけた。
自分が死を選べば、彼は今以上に傷つき、自分を責めて苦しむだろう。
もう、これ以上彼に辛い思いはさせたくない。
その為なら、自分のプライドぐらい、何だというのだ?
彼と共に生きる為に、そんな物は地に捨て去っても構わない。

それに、・・・今となってはあの行為は必要な事だったと
テレストラート自身は納得している。
あの後の自分の体の状態から、以前、反魂の術によって甦った自分が
いかに不自然なものだったのかが、わかる。
死体に魂を入れただけの異形のもの・・・。
石の力を使いこなせない自分では、そう遠からず限界が来ていただろう。
暴走した石の力に食い尽くされ
その結果が"死"であったのか、全く別の物で有ったのかは解らない。

それに、あの行為は・・・性交などと言う生易しいものではなかった。
体を形作る全てを一度バラバラにして、混ざり込んだ石を除き再構築する。
自分ではその概要さえ掴み取るのが難しい程に、高度に入組んだ、複雑な、術。
人の手であれを発動させる事が可能だなどとは、実際に目にしなければ信じられない程の
圧倒的な業の記憶に、今でも恐ろしさに身がすくむ思いだ。

しかし、それをジーグにどうしたら解ってもらえると言うのか?
形としては、自分がガーシャ・ルウに抱かれたのは、紛れも無い事実でも有るのだから。


「ティティー」
呼ばれて初めて、自分が崩れ落ちそうになり、ジーグに支えられている事に気づく。
自力で体を支えようとするが、足に力が入らず
ジーグに縋って立つのがやっとだ。
「すみません…。大丈夫です。」
「疲れているんだろう?すまなかった。もう、戻るからゆっくり休め。」
テレストラートは縋るような瞳でジーグを見上げる。

「抱いて…くれませんか…?」
「…ティティー」

ジーグの体に触れている手から、彼の体が強張るのが伝わってきた。
拒まれた。
自分は彼にとって、もう汚れた存在なのだと痛感し、悲しくなる。
うつむき、力の入らない足に喝を入れ
ジーグから手を離すと、後退るように彼から離れた。
途端、ふらつく体を、とっさに支えようと差し出されたジーグの手を拒む
「すみませんでした。本当に、もう、大丈夫ですから。おやすみなさい。」
テレストラートはジーグを見上げて笑みを浮かべ、平坦な声で告げた。

その頼りなげな姿に、ジーグは堪らなくなった。
手をのばし、逃れようとするりテレストラートを引寄せる。
「ジーグ・・・離し・・・。」
抱きしめ、顎に手を沿え、上向かせて言葉を遮るように唇を塞いだ。
貪る様な口付けに、抗うように突っぱねていたテレストラートの手が
縋るようにジーグの服を掴む。
「・・・・・んっ」
口付けを解き、閉じられた瞼にそっと舌を這わすと、テレストラートの体が小さく震える。
ジーグは焼け付くような欲望と飢えを感じた。

テレストラートがあの男と共に、歩み去るのを
成す術もなく見送ったあの夜から
沸き起こる怒りを抑える事が出来なかった。
それは、嫉妬や独占欲から来るものではなく
まして、テレストラートに向けられたものでは有りえない。

それは、自分自身に対する怒り。
テレストラートを死に追いやり、彼を取り戻した後も
一番側にいながら、何一つしてやる事が出来なかった無力な自分への。

彼を守ると誓いながら、肝心な時に何の役にも立たない不甲斐ない自分への怒り。
自分が情けなくて、土下座して詫びたいような、泣き出したいような惨めな気持ちだった。

何事も無かったように、振舞うテレストラートの姿が
痛ましくて、見ていられなかった。
何事も無かったように、テレストラートの側に立つ自分も許せなかった。
自分の苛立ちを感じ、悲しそうな表情を見せるテレストラートを見るのも耐えられない。

彼がどんなに傷ついているかわかっている。
彼のプライドの高さ、純真さを知っているから。
自分が彼をいたわる事で、さらに彼を傷つけてしまいそうで
どう接してよいか分からないのだ。

この怒りを、どうしたら良いのだろう?
自分を罰したかった。

同時に、必死で立つテレストラートが愛しくて堪らなかった。
けれど、怖くて触れる事がどうしても出来なかった。
だから目を逸らした、そんな卑怯な自分にまた腹が立った。

テレストラートの体を抱き上げると
寝台の上に下ろし、敷き布の上に広がる艶やかな髪を腕に絡めるようにして押さえ込み
見上げるて来る、その熱に潤んだような蒼い瞳を覗き込んだ。
「お前に・・・触れたら、押さえが利かなくなる。
 お前に負担をかけたくないんだ。」
テレストラートはそっと手をのばし、抱きしめるように腕をジーグの首に絡めた。
「ジーグ、私をあなたで満たして下さい。
 何もかも、忘れてしまえるように。」
「ティティー・・・。」
テレストラートの腕に導かれるまま、ジーグはゆっくりと身を伏せた。


「ジー・・・グ・・・っ」
吐息と共に唇からこぼれ落ちる、甘い声。
大きく肌蹴させた長衣の前から手を差し入れて、露になった白い肌の存在を確かめるように掌を滑らす。
掌に吸い付いてくるような滑らかなその感触。
最後に彼に触れてから、一体何年たったのだろう?
下へと降りて行く掌が、柔らかな脇腹へと触れる。
以前、そこに広がっていた忌まわしいグロテスクな傷は
今はきれいに消えていた。
傷後ひとつ無い腹にジーグがそっと舌を這わせる
テレストラートが声を押さえ込む息遣いが聞こえ、その体が小さく震えた。

繊細で、美しい、しなやかな躯。
華奢で狭い肩も、肉付きの薄い胸も
折れそうに細い腕も、繊細な作りの手指も
薄紅を刷いたように染まる白く冷たい肌も
あまやかな息に震えるその唇も
何処も彼処も、全てが愛しくて仕方が無い。

何よりも、誰よりも大切で
何を犠牲にしても守りたいと思ったのは
いったい、何時からだったろう?

始めは気に入らなかった。
大人のように振舞う、その不自然さに腹が立った。

愛していた。


傷付けないように、そっと自身を埋めてゆく。
テレストラートは受け入れるために、躯の力を抜こうと何度も大きく息を吐き出すが
身の内に入り込んでくる熱の圧迫感に、息を詰める。
何度経験しても、なれる事の無い感覚。
それでも、愛するものと1つになる充足感と安心感に、胸が満たされる。

声を殺そうと、噛まれた唇から漏れる熱い息を飲みこもうとするように
ジーグの唇が寄せられる。

「ジ・・・・グっ・・・」

沸騰していくような欲望と体温に、理性が溶け崩れる。
荒くなる律動に眉をよせながらも、テレストラートの腕は
ジーグを抱きしめるように、その首と背に回される。

「っ・・・ん、あ・・・・っ」

強引に快楽を煽り立てられ、湧き上がってくる欲望に
何もかも、分からなくなる。

「じ・・・・・グ・・・あぁッ・・」




「ティティー、大丈夫か?」
ジーグの問いに寝台の上にぐったりと体を投げ出していたテレストラートは
物憂げに目を開け、その瞳にジーグを映すと微笑み、小さく頷いた。
その笑みに笑みを返し、汗で額に張り付いた前髪をそっとかき上げてやる。
その指先に触れた額の、情事の余韻と言うには高すぎる熱さにジーグが眉を顰める。
「!!熱が有るのか?」
「・・・大丈夫。」
「馬鹿、何で言わない。・・・すまない、無理をさせすぎたな。
 ドクターに言って、薬を貰って来る・・・。」
慌てて身を起し、服を掴んで寝台から下りようとするジーグの腕を
伸びたテレストラートの手がそっと掴む。
「行かないで下さい・・・大した事ありませんから。ここに居て・・・。」
熱のせいか潤んだ瞳で、訴えてくる。
不安げなその様子にジーグは動きを止め、安心させるように髪をなでると寝台に腰掛けた。
「大丈夫。ここに居る。どこにも行かないから。」
それでも、手を離そうとしないテレストラートに優しく語りかける。
再び、テレストラートの隣に身を横たえると
やっと安心したように、ジーグの手を握ったまま目を閉じた。
間もなく、安心したような穏やかな寝息が聞こえてきて、ジーグは思わず笑みを浮かべた。
以前からテレストラートはこんな風に、ジーグが側にいると
安心して、あっという間に寝入ってしまう事が良くあり
ジーグは何度かお預けを食わされた。

「おやすみ。」
子供のようなその寝顔に、そっと口付けを落とす。
落ち着いている呼吸を確認し、ジーグは彼の体を毛布ですっぽりと包み込み
しっかりと腕に抱き込むと、そのまま眠りについた。

ジーグはこの時の対応を、後悔する事になる。
テレストラートの熱はそのまま上がり、翌朝には頭も上げられない状態になっていた。


(2008.1.20)
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