ACT:64 終焉



人気の無い夜の王城の奥を、サシャは1人足音を響かせ歩いてゆく。
その荒い足音には苛立ちが色濃く現れていた。

ガーセン連合軍が王都ローザの間近まで迫り
殆どのイオクの貴族たちは王と国を守ることを放棄し
財産をまとめ早々に逃げ出してしまっていた。
大国ガーセンの王都を落とし、一時は
大陸の南半分を統一出来るかのごとき勢いを誇ったイオク王家に
蜜に集る蟻のように群がっていた日和見の人々は
たかる時と同じように、消えるのも早く
その見事な保身の本能と、忠誠心のなさにはいっそ感心させられる。

もっとも、国や国民の事を考えず
気に入りの新参者の言いなりになり、古くからの忠臣たちを遠ざけ、もしくは排除し
いざと言う時には真っ先に自分だけ逃げ出すような王や
指導力の皆無な王家に対し忠節を求められても無理があるだろう。

愚かなダイス前王が勝手な行動を取り
ガーセンの手に落ちた時は苛立ちを禁じえなかったが
所詮は使い捨ての駒。
愚かな王よりも、年端も行かない少年王の方が扱いやすいと
早々に切り捨てた。
だが、それも無駄になってしまった。

自ら身を滅ぼしたダイス前王にも、幼いピーティオ新王にも
大陸どころか1国を治める能力すら有りはしない。
こうなる事は、初めからわかっていた事だった。
しかしこれほどまでに速くガーセン軍がローザに迫ってくるとは思っていなかった。

イオクの辺境はサシャ自身が張り巡らせた術の結界で覆われている。
禁書に記された術の力を探るために、実験的に繰り返し施された術の数々は
解読出来ない部分を予測で補い、始動しなかった部分を別の術で無理やり埋めた為に
変質し、歪み、複雑に絡み合って
施術者のサシャですら解呪できないほどに複雑な形で地を覆いつくし
イオク辺境は、まるで異界のごとき呪われた地と化していた。
その地をガーセン軍はこれほどの短期間で、真っ直ぐに突き進んできている。
いかにロサウの術師たちの協力があろうとも、サシャにとってこれは予想外の速さだった。
自分の知るロサウの村の保守的で鈍重という認識は、古い物として改めなければならない。

まあ、いい。
術師たちを甘く見すぎていたが、幸い取り返しがつかない事態には陥っていない。
私は無事で、禁書は我が手にある。
イオクを離れる時期が少し早まっただけの話だ。
禁書の内容の完全な解読には程遠いが、世の中を渡って行くのに十分な力は手に入れた。
この後は山脈を越えホクトへでも渡り、有意義な人生を送ればよい。

サシャは暗い笑みを顔に浮かべ自分の私室へと足を踏み入れる。
部屋の中に明かりは無く、サシャは利かない視界の中で感じた生臭さと
自分の足が何か液体を踏み滑るのを感じて不機嫌に眉をひそめる。
一体私の部屋に何をこぼしたんだ?
指の小さな動きで空に明かりを呼び出し、照らし出された光景にサシャは驚愕に目を見開いた。


辺りは一面の血の海だった。
無残にもバラバラに引き裂かれた人間の白い四肢が
血溜まりの中に散らばっている。
その体は1人の人間のものらしいが
元の姿をうかがい知れない程に酷い状態で
1人の人間の血が此れほどのものかと思うほどの、大量の血で染め上げられた床の中央に
白い顔が置物のようにきちんと置かれ、見開いた目でサシャを見上げていた。

「・・・タウ・・・。」

その顔はこの世のものならぬ苦痛を湛えて
彼女の壮絶な最後を声高に訴えているようだった。

「煩い女だった。」

生きた者の気配の全くなかった部屋で
前方から突如かけられた声に、サシャは凍りつく。

「けれど血の色は中々に美しい。そう、思うだろう?」

惨たらしい床の上の惨状から上げた視線の先で、
まるでこの部屋の主人ででもあるかのようにくつろいだ様子で
豪華な椅子に腰掛けている人物を目にして、サシャは掠れた声を漏らした。

「ガーシャ・ルウ・・・様・・・。」
「久しぶりだね。サシャリア・ロリス。元気かい?」

悠然と微笑んで優雅な仕草で立ち上がる。
今まで空気のように気配の無かったその男は
立ち上がった瞬間に圧倒される程の存在感でそこに居た。
ガーシャ・ルウは血にぬれた床をまるで豪奢な絨毯の上を歩いているとでも言うように
何の躊躇いも無く踏んでこちらに歩み寄って来る。
サシャはまるでその場に塗りこめられたかのように、身動きひとつ出来ない。
男が目の前に立って始めて、ゴクリと唾を飲み込み掠れる声でもう一度男の名を呼んだ。

「ガーシャ・ルウ様・・・。」

ガーシャ・ルウはサシャの呼びかけに、かすかに首を傾げてみせる。
その動きに波打つ金の髪がサラリと肩からこぼれた。

「"様"付けはやめましょう。君のそう言う卑屈な所が嫌いなんですよね。」

稀有な色の瞳に見下ろされ、サシャは瞬きさえせずに、
絶望を湛えた瞳でただ見つめ返すしか出来ない。

「君が禁書を村から持ち出したのは、知っていました。
気付いたのは私だけだと思うけど。
その事に関して、君を咎める気は有りません。
私は、君の愚かさをとても気に入っているからね。」

サシャはガーシャ・ルウの言葉の真意を探るように全身で男の言葉を聞いている。

「混乱は世界を刺激的にする。
 戦は楽しい余興だ。人間なんていくら死んでも勝手に増えるし
国が変わろうとも世界は何も変わらない。平和な世なんて退屈なだけです。」

謳うように流れるガーシャ・ルウの言葉に、サシャの瞳に微かな希望が覗く。

「でも、知っているかな?
私とオークルスは古くからの友人でね。
テレストラートは彼の秘蔵っ子なんですよ。なかなか面白い子で私も結構気に入っている。
ガーセンの王が村に協力を要請したのは計算外でしたね。
テレストラートが、それに応じたのは・・・まあ、あの子らしいですが
まさかオークまでそれに乗るとはね。」

話の流れにサシャの体が恐怖に震え出す。

「そして、あの2人が死ぬのも。これは一体誰の責任でしょう?」
「・・・テレストラートは、死んでいない・・・!!」

自分に負わされようとしている罪を、少しでも否定しようと
ゆっくりと首を振り何とか搾り出したサシャの声は、悲痛に掠れていた。
その血を吐くような叫びにも、ガーシャ・ルウは微かに首を傾げただけで
天気の話でもするような気楽さで、言葉を紡ぐ。

「おや、そうでしたか?
 年を取ると物忘れが激しくなりましてね。
 でも、それは大した違いじゃない。そうだろう?」

ガーシャ・ルウは典雅に微笑んで見せる。

「お前はやり過ぎた。取り返しの付かない過ちを犯した。
だから、私の気を晴らすために死ななければならない。騒がしい世にも飽きたしね。
けれども、私は愚かな君が好きだから苦しまないように殺してあげるよ。」

優しいとさえ言える口調で囁いて、ガーシャ・ルウはそっとサシャの額に手を添える。

「お・・・お許しを・・・ガーシャ・ルウ様・・・」
「"様"は付けるなと言ったろう?物覚えが悪いね。」

教え諭すように呟いて
そのまま、まるで熟れた果実のようにクシャリとサシャの頭を握りつぶし
溢れ出す自らの血で、全身を朱に染めるサシャの胸元に無造作に左手を滑り込ませ
その懐から小さな包みを取り出すと
生命の名残のように小さく痙攣する体には興味を無くしたように放り出した。
手にした包みを目の高さに掲げると、その視線に焼かれるように
厳重に巻かれていた油紙が勢い良く燃え上がり
中から黒革で装丁された1冊の小さな本が現れた。

全ての光を吸い込むかのような不気味に黒く、闇が凝固したかのようなその表面には
凝った文様が押されている以外は、何の文字も刻まれておらず
今しがた、燃え上がる炎に包まれたと言うのに焼け焦げどころか
煤の汚れ1つ付いてはいなかった。

「竜を屠る為の書。」

ガーシャ・ルウは血に濡れた手でその表面をそっと撫でる。
黒革の本は血に濡れ、その身に纏う闇を更に深くしたような気がした。

「こんな物が世に出ても、貴方の興味は引けませんか・・・。」

どこか寂しげに呟いたと同時に、ガーシャー・ルウの手の中の本が炎に包まれる。
激しく燃え上がる炎に包まれた本は、しかし燃え上がる事無くその姿を保持し続ける。

「竜を地に這わせる為の書など要らない。消えうせろ。」

炎が高い王城の天井にまで届く程の勢いで膨れ上がり
まるで生き物のように身をくねらせると、ガーシャ・ルウの手の中の本に絡みつき
内側から引き裂こうとするかのように、内へと潜り込む。
黒い姿が身震いするかのように微かに震え、僅かに膨張したように見えた次の瞬間
本は勢い良く燃え上がり、音の無い断末魔の絶叫が空気を振るわせ
一瞬後には灰さえ残す事無く消えうせた。
後には、火傷1つない白い手が虚空に掲げられているばかり。

ガーシャ・ルウはまだ乾ききらない血に濡れたその手を、口元に運ぶと
つまらなそうにその血を舐め取った。





明け染める朝の光りを讃えるように鳥達が、賑やかに歌を紡ぎ始める。
しかし、森の中に建つその小屋にその歌が忍び込む事は無く
狭い部屋の中には静寂が満ちている。
それでも新しい1日を告げる日の光りは、世界から隔絶された小屋の窓からも差込み
部屋の中を暖かな光りで照らし出してゆく。

瞼を通して感じる、柔らかな光りに
寝台の上で規則正しい呼吸を刻んでいた体が、かすかに身じろぐ。
「・・ん・・・・。」
朝の冷たい空気に身を丸めるように動いた体が、小さく吐息を漏らし
ゆっくりとその瞼が開く。

「・・・朝・・・?」

呟いてテレストラートは首を上げ、辺りを見回す。
部屋の中には彼しかおらず、床や寝台に描かれた魔方陣は全て消え去っていた。
ゆっくりと体を起こすと、少しふらついたが
ガーシャ・ルウの言っていた通り、気分は悪くなかった。

一体どのぐらいの時間がたったのか。
朝の様ではあるが、あの夜の翌朝かどうかテレストラートには自信がなかった。
服を纏っていない自分の体をぼんやりと見下ろす。

右脇腹の忌まわしい傷が綺麗に消えうせていた。
腕を縛られた後も、昨夜の行為の名残も何一つ残ってはいない。
のみならず、この戦の間に体に負った幾つもの傷跡まで綺麗に消されていて
その妙な律儀さに、思わず笑いを漏らす。

ゆるゆると寝台を下りて、床の上に散乱している自分の服を拾い身に着ける。
長衣の前が派手に破かれているのを目にして、テレストラートは顔を顰めた。
自分を拘束する為に使われた布は、これだったのかと思い当たる。
縛るのなら、シーツでも裂けば良いのに。
きっとガーシャ・ルウは嫌がらせでわざとしたのだろうが
こんな姿で帰ってはジーグに何と言われることか。
重く溜息をつき、隠すようにコートの前をしっかりと合わせて出口へと向かった。
扉を開けた途端、朝を告げる賑やかな鳥の歌と冷たい空気が部屋の中になだれ込みテレストラートは身を竦める。
扉を通った途端、強固に張りめぐらされた結界が粉々に砕け散ったのを感じた。
振り返ると、小屋は何の変哲も無い古ぼけた、ただの小屋と化していた。

テレストラートは朝の森の中に、足を踏み出した。
自分を待つ、耕太とジーグの元へ。





テレストラートがガーシャ・ルウと共に歩み去ってから
ジーグはまんじりともせずに、2人が消えた木立を睨みすえている。
耕太はと言えばジーグの側で、刺す様な寒さに忙しなく体を動かしているが
ジーグはその寒ささえも感じては居ないようだ。

耕太は途方にくれていた。
得体の知れない男と共に去ったテレストラートの身が心配で
不安と、刺すような沈黙に叫びだしたいような気分だったが
黙って座るジーグの体から立ち昇る、凄まじいまでの殺気が耕太の口を塞ぐ。

押し潰されそうなこの空気を破る為に、何か言わなければ・・・と思うのだが
慰め
激励
一体どんな言葉をかけたらいいと言うのだろう・・・。
きっとどんな種類の言葉も、今のジーグには届きはしない。
今、ジーグの心はテレストラートたった一人に占められていて
耕太の存在など、その心から消えうせてしまっているのだろう。

テレストラートとジーグの間にある、深い結びつき。
それは以前から分かっていた事で、でも
その事をこうやってはっきりと見せ付けられると、何だかとっても悲しくて
こんな時に、そんな事を考えている薄情な自分が情けなくて泣きたくなった。

辺りを朧に照らしながらのろのろと空を渡って行く月を、恨めしげに見上げ
にじみ始めた視界を締め出すように、ギュッと目を閉じてその場にしゃがみ込んだ。

神様、神様、神様、ティティーを無事に帰して。
早く、早く、早く・・・・寒い、寒い、寒い・・・・・・・。

一体、どのぐらいの時間がたったのだろう。
鳥が歌を紡ぎ始め、辺りを包む闇の濃度が薄くなってゆく。
見上げた空には既に月は無く、東の空が太陽の登場を告げるように金色に染まっている。
その暖かな色にもかかわらず、空気は身を切るような寒さで
既に痺れてしまったような手足は、動かすとギシギシと軋んだ。
ジーグに目をやると、まるで時が止まってしまったかのように
前に見た時と全く変わらない体勢でそこに居る。

「ジーグ・・・。」

そっと、声を掛けてみるがその広い背中はピクリとも動かなかった。
それ以上アクションを起す勇気も起きず、耕太は脇に広がる小さな泉に目を移す。
昨夜は気付かなかったが、澄んだ水を湛えた泉はとても美しく
それが微かな朝靄の中、顔を出した太陽の光を浴びてキラキラ輝いている様は
幻想的でとても美しかったが
そんな光景も耕太の心を浮き立たせてはくれない
爽やかな新しい朝の風景が、いっそ、うっとうしいぐらいだ。
大雨だったら良かったのに。

そんな事を半ば八つ当たり気味に思いながら、右手に目をやる。
腕時計は6時30分を指していた。
それを何気に確認してから、制服と同じように再生されていた腕時計の存在に驚く。

時計だ!これ・・・時間、合ってるのかな?

何となく、問うような気持ちで視線を動かした先で
昨夜から微動だにしなかったジーグが立ち上がっているのに気付いて驚く。
つられたように立ち上がるが、ジーグは視線を前に向けたままそれ以上動かない。
ジーグの視線の先には相変わらず、木々が朝の光の中に静かに立っているだけだ。

「ジーグ・・・?」

耕太が問いかけた瞬間、ジーグが突然走り出した。
驚き改めて見るが、木立に異変は無い。

「ジーグ!」

それでも耕太は強張る体をなんとか動かし、転びそうになりながらもジーグを追って走った。
ジーグが木立に到達する頃になってようやく、耕太の目が木々の中に人影を認める。
下生えを分けるようにして歩いて来た人物は、走り寄る2人を認めると笑顔を浮べた。

「テレストラート!!」

走り寄ったジーグがそのままテレストラートを抱きしめる。
縋りつくようなその勢いのまま、痛いほどの強さで抱きしめるジーグに
テレストラートは驚いたようだったが、自分を抱く腕の温かさにほっとして
知らず緊張に強張っていた体から力が抜ける。
互いの間の距離を恐れるかのように、抱きしめる恋人の背にそっと手を回した。

「ティティー・・・よかった・・・・」
「ジーグ。ご心配おかけしました。」
「大丈夫か?」
「はい。」

テレストラートの無事を確認しなければと、意思の力を総動員して彼から体を引き離し
テレストラートを見下ろしたジーグは無残に引き裂かれた長衣を目にして凍りつく。
それに気付いたテレストラートが慌てたように、コートの前を合わせたが遅い。

「あの野郎!!」

鋭く叫び、木立の奥へと駆け入ろうとするジーグをテレストラートは必死にすがって止める。
「奴は何処だ!?」
「ジーグ、もうガーシャ・ルウは此処には居ません。賢者の石と共に消えました。」

ガーシャ・ルウは既に去っている。それでも・・・
テレストラートはガーシャ・ルウがジーグを押さえ込んだ時の事を思い、震える。
彼はジーグをあの時本当に殺す気だった。
もう一度あんな事になったら、とてもガーシャ・ルウの意思を変えられる自信は無い。

「彼に手を出さないで下さい、お願いですから。私は大丈夫、大丈夫ですから・・・」

テレストラートの言葉に、その場に留まりはしたものの
それでも拳を握りしめ、森の奥を睨みえるジーグにテレストラートは静かに告げる。

「帰りましょう。」

まるで祈りを口にするような響の声で。

「ジーグ。皆の元へ、帰りましょう。」

導くようにジーグの手を引き、振り返るテレストラートの瞳が耕太を捕える。

「耕太」

「ティティー・・・。」

嬉しそうな笑顔を顔に昇らせたテレストラートに、耕太は何と反していいのかわからず
ただ、その名を呼んだだけで立ち尽くした。
そんな耕太にテレストラートは歩み寄ると、その体に腕を回して抱きしめた。

「良かった・・・。」

暖かい腕の感触
万感を込めた言葉の響。

耕太の胸は後ろめたさと、安心と、愛しさの混ざった複雑な思いで一杯になる。
耕太は自分を抱くテレストラートの体にそっと腕を回し、抱きしめかえした。
耕太がこの世界に来てからの2年で伸びた身長の分、テレストラートは
記憶を元に形作られた、この世界に来る直前の耕太の体よりもわずかに身長が高かった。
けれど抱きしめた体の華奢さに、耕太は驚く。
こんなに、この体は細く頼りなかったんだ・・・。

「耕太、気分は悪く有りませんか?どこか調子の悪い所は?
 震えていますね?寒いですか?」

自分の事はそっちのけで、耕太の心配をするテレストラートを耕太は悲しいような気分で見やる。

「ティティー・・・」

今にも泣き出しそうな顔で名を呼ぶ耕太に、優しい笑みを向ける。

「私は大丈夫ですよ、耕太。何もかも全て済みました。
 辛い思いをさせてしまってすみませんでした。ありがとう。」

謝り、礼を言うと再び耕太を抱きしめる。

「一緒に帰りましょう。」

言って耕太を放し、ジーグに視線を向け繰り返す。

「帰りましょう。ジーグ、昨夜の事は忘れて下さい。」
「忘れろだと・・・あんな、お前をあんな目に合わせて、俺は・・・!!!」

テレストラートの言葉に、ジーグが激し、込み上げる感情に言葉を詰まらせる。

「忘れて下さい。私も、犬に噛まれたと思って忘れます。」
「・・・犬?」

テレストラートが口にした例えの奇妙さに、ジーグが眉をひそめて聞き返す。
耕太も何だか何処かで聞いた事の有るような言い回しに、首を傾げる。
奇妙な顔をして見つめる耕太を振り返って、テレストラートは尋ねる。

「使い方、間違っていますか?」

どうも、耕太の知識から引用した言い回しらしい。
どうやら、場を和ませようとしての事らしい。
上手くいかなかった事に微かに不服そうな顔をしながら
呆気に取られたように見つめるジーグにもう一度向き直り

「とにかく、『大した事では無い』と言う意味です。」
きっぱりと言い放った。

耕太はテレストラートの妙な乗りに、毒気を抜かれた気がして膝から力がぬけ
その場にへたり込みそうになりながら、思った。

こんなに華奢で、女の子みたいな顔してるのに(関係ないけど。)
テレストラートは強い。
本当に、強い・・・。


(2007.12.28)
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