ACT:63 契約



「どこまで歩くんですか?
あなたのお陰で、血が足りていないのですが。」

言葉に棘が生えているのでは無いかと思えるような殺伐とした声音で
テレストラートが訊ねる。
そんな彼の態度など、気にも掛けない様子でガーシャ・ルウは機嫌よく答える。

「これは失礼。もうすぐそこですよ。
君との逢瀬の為に、取って置きの場所を用意しました。
君もきっと気に入りますよ。楽しみだなぁ。
何なら、そこまで抱いてお連れしましょうか?」

「お断りします。」

実に嫌そうに答えたテレストラートをよそに
ガーシャ・ルウは実に楽しそうに声を立てて笑った。

「ほら、着いた。あそこですよ。」

それは森の中に建つ、小さな小屋だった。
狩人が山にこもる間の宿営地。そんな感じだ。
とても"取って置きの場所"とは思えない。

「どうぞ。」

扉を開けて、中へとテレストラートを招き入れる。
入り口をくぐる時、強い結界を通るのを感じた。
ガーシャ・ルウの招き入れる者以外、何人たりともここに入ることは出来ないだろう。
小屋の中も、ごく普通の創りだ。
さして広くも無い部屋が一つだけ。
その部屋のほぼ中央に、この部屋にはそぐわない天蓋付きの大きな寝台が
取ってつけたように置かれていた。
大人が手足を広げて横になっても、まだ余るほどの寝台は
白いシーツで美しく整えられ、天蓋から垂らされる薄布は
今は美しく編まれた飾り紐で括られていた。

「悪趣味だ。」

「床でされる方が好きかい?」

吐き捨てるように言ったテレストラートに
揶揄するように返したガーシャ・ルウを無視して、寝台の近くまで歩み寄る。
寝台の周りには、古の文字で魔方陣が描かれており、五方に枝・水・黄金・蝋燭・土が置かれている。
寝台の天蓋を支える優美な柱にも、文字が書き込まれており
完璧な祭壇に仕立てられている。
テレストラートはそれらを一瞥し、小さく息を吐くとガーシャ・ルウを振り返る。

「さっさと済ませましょう。服を脱ぎますか?」

「そう焦る事も無いだろう?ムードの無い。
私の気勢を削ぐつもりなら無駄だよ。
強がって虚勢を張っている姿が、実に可愛いくてそそる。
どうせしなければならない事だ。楽しもうじゃないですか。」

「真っ平です。」

「くくくっ・・・」

ガーシャ・ルウはゆっくりテレストラートに近寄り
顎をとらえ上向かせると、口付けた。
テレストラートが避けるように顔を逸らすと
寝台に引き倒し、上から押さえ込むように唇を重ねる

「ッ・・・・余計な事は、しないで下さい。契約内容だけを・・・」

「解っているよ、ティティー。」

笑いを含んだ声で答え、さらに深く口付ける。
その体制のまま、器用に服の前開くと、露になった素肌に手を滑らせる。
その感触に全身が総毛立つ。

「―――っ」

「ずいぶんと立派に成長したものだね。あんなに、ひょろっとした子供だったのに。
実に見事だ。まあ、今も昔も可愛らしいのは変わらないけれど。」

額・唇・首筋・胸・脇腹の傷・腿・指先
何かを点検するように全身に指が走る。
その、触れるか触れないかという微妙な感触に、全身の神経が過敏になって行く。
術者は肌の接触を好まない。
常に全身を覆う長い服を身に付け
他人同士では握手をすることさえ厭う。
自分の心を許した恋人でもない人間に
素肌をさらし触れられる事はたまらない苦痛だった。

執拗に加えられる愛撫に、しかし硬くこわばった体はますます緊張を増していく。
膝に手をかけ、堅く閉じた足を開かせると
その最奥に有る体内への入り口へ向け、滴るほどの液体で濡らした指を滑りこませた。
テレストラートの体がビクリッと小さく震え、更に強張りを増す。
進入を頑なに拒むように閉じた秘孔を
宥めるように、もしくは焦らす様に、入り口に指をはしらせながら
一本の指がゆっくりと押し入れられる。
テレストラートはその感触に眉をよせ、歯を食いしばって耐える。

「ティティー、そう硬くなっては何も出来ないよ。
相変わらずお子様だねぇ。君の恋人は何もしてくれないのかい?
困ったな・・・。」

言葉とは裏腹に、楽しそうな声に、しかし反論する余裕さえ出てこない。
ガーシャ・ルウの長い指は、頑ななテレストラートの秘孔と狭い内側の道を
解すようにゆるゆると刺激を与え、押し開いて行く。
中を探る指が増やされ、根元まで深く刺し入れられても
ソコは緩む事無く、全てを拒絶するように硬く指を締め付け
体の強張りは取れず、白い面は緊張に青ざめたままで
冷え切った体は内の性感帯を刺激しても、何の反応も返しては来なかった。

「全く、頑固だね。」

ガーシャ・ルウが溜息混じりにぼやく。

「仕方ないですね、そろそろ始めないと時間もあまり無い。
こちらにも我慢の限界ってものがあります。
力を抜きなさい、テレストラート。」

言うとガーシャ・ルウはテレストラートの膝を立てさせ
あらわになった双丘の奥の小さな入り口に、自らの物を押し当てた。
ビクッとテレストラートの体が跳ね、緊張のためか小刻みに震えているのが伝わってくる。

「良い子だ、ティティー。息を吐け」

あやす様な優しい口調でささやきながら
ガーシャ・ルウは容赦なく腰を進めた。

「!っう―――――痛っ…!!!」

熱く焼けた鉄の棒を、無理矢理押し込まれたような衝撃に
声を漏らすまいと食いしばった歯の間から苦しげな声が漏れる。
一度腰を浅く引いた後、さらに深くまで貫かれ、顎をそらせて苦しげに喘いだ。
自分の体の中にある他人の熱に、嘔吐感がこみ上げる。
ゆっくりと、しかし奥深くまで繰り返される律動に、漏れそうになる声を抑えるため
テレストラートは自分の腕に強く歯を立てた。
血が出るほどにきつく噛み締めている腕を外させ、なだめるように優しく口付ける。

「耐える事はない、声を出しても外には聞こえないよ。
そんなに息を詰めては辛いだろう?
お前の泣き声を聞かせてくれ。」

「ふっ…う…。」

耳元で囁きかけ、そのまま首筋に唇を這わす。
両足を肩に担ぎ上げるとさらに繋がりを深めた。

「いっ・・・・・・あ、う…ぅ」

「ティティー、力を抜け。私を受け入れろ。辛いのは君だぞ。」

ギリギリまで腰を引き、再奥まで貫く
そのたびに内臓を引きずり出され、かき混ぜられるような苦痛と共に
背筋をゾクリと駆け上る感覚に、体がビクリと痙攣する。
その度に意思とは関係なく身のうちに進入した物を締め付けてしまい
嫌と言うほどその存在を感じる。

「ぅあ・あ…う…くっ…」

律動が揺するような動きに変わり、新たな刺激に思わず声が漏れる。
関節が白くなるほど強く、シーツを握り締めていた両の手をひらかせると
テレストラートの服を引き裂いた布で両手を素早く1つにまとめて縛り上げ
頭上に縫いとめる。

「…どう…して…」

荒い息の合間に、テレストラートは苦痛による生理的涙でにじんだ瞳で自分を組み敷く男を見上げ、問う。

「…どうし…て…、逆らわな…い、の、に。…縛った…り、するん…で、す…?」

途切れとぎれに問う、たどたどしい言葉がまるで幼い子供のようで
ガーシャ・ルウは笑みを深める。

「別に理由など無いよ。単なる私の趣味だ。」

歌うように告げると、テレストラートの瞳から零れ落ちた涙を、舌でなめ取った。
拒むように顔をそらせたテレストラートの堅く閉じた瞳から、また涙が零れ落ちる。

「テレストラート、私を受け入れろ。
私の鼓動を感じ、お前の鼓動を合わせろ。
落ち着いて、ゆっくり息をするんだ。」

穿たれた楔と、合わせた胸からガーシャ・ルウの鼓動がハッキリと伝わってくる。
不協和音のように乱れる自分の鼓動が、徐々にシンクロし1つの鼓動へと重なり合う。
鼓動はテレストラートの体を侵食するように益々大きく響き
体を押しつぶされるような圧迫感を覚え、テレストラートが逃れようとするかのように首をそらす。

「意識を逸らすな。集中しろ。」

ガーシャ・ルウの発する言葉が、実体を持っているかのようにテレストラートの行動を縛る。
鳴り響く鼓動の音に圧縮されるかのように、彼我の境がわからなくなる。
ガーシャ・ルウの指が素早く動き、テレストラートの体に文字のようなものを書いてゆく。
指の辿った軌跡が淡く光りを放ち、テレストラートの体には夥しい紋様が青く浮かび上がる。
その光りが、心臓の鼓動に合わせるように明滅し
次第に赤い色に染まり始めた。

熱い・・・・・。

ガーシャ・ルウの指の触れた後が、火を放っているように熱い。
次第に呼吸が速くなり、テレストラートは苦しげに喘いだ。
ガーシャ・ルウが低く呪文を口ずさみ始め、止まっていた律動が再会される。

「―――――・・・・やっ・・・!!!」

突き入れられる度に、炎を注ぎ込まれるような衝撃に
始めてテレストラートは拒絶の言葉を口する。
心臓の鼓動、半身を穿つ律動、低い呪文、その全てが同じリズムを刻み
その全てが体を押しつぶし、千切り取らんばかりの圧力をかけて来る。
呼吸が上手く出来ない、胸が破れそうに痛む
余りの苦しさに、何とか逃れたくて
テレストラートは目茶苦茶に暴れだしたが
腰はしっかりと固定され、跳ね上がる肩はガーシャ・ルウの手に押さえつけられた。
頭上で一つに括られた腕が、無理な動きに軋む。

この為に腕を拘束したのか。
と心の隅で他人事のように冷静に思った。
苦痛が大きすぎて、まともな思考が出来なくなっているのかもしれない。

唐突に呪文が止み、体を押しつぶす圧迫感が少しだけ和らぐ。
ガーシャ・ルウがテレストラートの腕の拘束を解いた事で
体勢が楽になり、何とか息をする事が出来るようになる。
自分の耳障りな呼吸の音が耳を打つ。
テレストラートは、激しく喘ぎながら浅い呼吸を繰り返した。

空気を求める口にガーシャ・ルウの唇が重ねられ、液体が口中に流し込まれる。
焼け付くような体に流し込まれる冷たい液体に
テレストラートは貪るようにそれを飲み下す。
それでも、体の熱は一向に去らない。

ガーシャ・ルウはテレストラートと体を繋げたまま
放心したように涙で潤んだ瞳で見上げるテレストラートの
汗で張り付いた長い髪をかき上げ、宥めるように梳きながら
彼の呼吸が少し落ち着くのを、辛抱強く待つ。
その瞳には真剣な表情が浮かんでおり、揶揄するような雰囲気はカケラもなくなっていた。
喘ぐ顎を捉え、もう一度テレストラートに液体を飲ませてから
ガーシャ・ルウはテレストラートの顔の脇に、力なく投げ出された彼の腕
をしっかりと押さえつけ、再び呪文の詠唱を始める。

テレストラートの体が大きく跳ね、その瞳が大きく見開かれる。

「あああ・・・・・あ・・あ―――――ッ!!!」

苦しい・・・苦しい・・・苦しい・・・

全身をバラバラに切り裂かれ、嬲りつくされるような苦しみに
思考が焼ききれる。
何が一体起きているんだろう?
何でこんな事になったのだろう?
もう、とても耐えられない・・・
こんな思いをするぐらいなら、死んだほうがマシだ・・・!!

「テレストラート、目を開けろ。」

ガーシャ・ルウの鋭い声が飛ぶ。
だが、テレストラートはイヤイヤをするように、ただ首を振る。
とても出来ない・・・。

「テレストラート・トゥール!目を開けて私を見ろ。」

テレストラートは言葉に打たれたように
ビクリと体を震わせ薄っすらと目を開ける。

「テレストラート、死を考えるな。体が散るぞ。」

ガーシャ・ルウの言っている事は理解できたが
それがさして重要な事とは思えず、直ぐに目を閉じそうになる。

「テレストラート!何の為に此処に来た!
 ジーグと共に生きる為ではないのか?」

テレストラートの体がビクリッと震える。

こんな状況で
他の男に抱かれている、この状況で
恋人の名前を出された怒りに意識が集束し
テレストラートはガーシャ・ルウを睨みつける。

「良い目だ。」

ガーシャ・ルウはニヤリと笑い、再び律動を再会した。

喉が裂けるほどに叫んでいる筈なのに、自分の声が聞こえない。
体は苦痛だけに満たされ
自分が立っているのか、横たわっているのか
手や足が一体、どこに有るのかさえ分からない。
体の中で、何かが爆発するような衝撃に
テレストラートはとうとう意識を手放した。





「ティティー」

誰かが自分の名前を呼んでいる。

「ティティー目を開けろ。」

それは自分の幼名。
今その名を口にする人は数少ない。
誰?
目を開けようとするが体中が鉛のように重く、瞼さえ上げる事が出来ない。
重い瞼をやっとの思いで、こじ開ける。

「ティティー、私が見えるか?」

焦点を結ばない視界に、何度もゆっくりと瞬きを繰り返す。

「ティティー、私が見えるか?」

ガーシャ・ルウがもう一度尋ねた。
それに微かに頷くと、右手を取り今度は指を動かすよう言った。
どんなに力を入れても、指先がピクリと振るえる程度しか動かない。
だが、ガーシャ・ルウは満足そうに「よし。」と答え
次は手首、肘、肩、そして左手、足、首と順に体を点検してゆく。

テレストラートは朦朧とした頭で、ただ言われた通りに動かない体を動かし続けた。
一通り調べ終わった時には、すっかり疲れ果ててしまっていた。

「気分はどうです?生まれ変わったような気分だろう?
 体は死ぬ前の状態に戻ったハズですが、2,3日は無理をするな。
何か不都合が有ったら私を呼びなさい。
寂しい時も、呼んでもかまいませんよ。また、相手をしてあげましょう。」

「・・・・・誰、が・・・っ!」

咄嗟に声を上げたテレストラートにガーシャ・ルウが楽しげに笑い声を上げ
テレストラートの顎を捉えると、唇を重ねようとする。
その喉元に、短剣が突きつけられた。
一体、何処から取り出したものか、自分の首に突きつけられる短剣を
ガーシャ・ルウは興味深そうに見下ろす。

「そんな物騒なものを持ち歩いているのか?術師の長が。
自決でもするつもりだったのですか?それとも最中に私を殺すつもりだった?」

楽しげに言いながら、あっさりとテレストラートの手から短剣を取り上げると
力尽きたようにぐったりと横たわるテレストラートの首に鋭く光る刃を押し当てる。

「本当にお前は面白いね。私を本気にさせるな、本当に殺してしまいたくなるだろう?」

楽しげな口調で物騒な台詞を吐き、短剣の刃は押し当てたまま
上体を倒して、唇を重ねた。
口の中に冷たい液体が流し込まれ、テレストラートは咽そうになる。

「飲み込め。」

一度、口を離してそう命じると
再びテレストラートの口に液体を流し込んだ。
甘くて、すっぱい果汁のような味がする液体は
疲弊した体の隅々まで染み渡って行くようで、テレストラートは大きく息をついた。
急速に眠気が襲って来る。

「眠れ。次に起きたら気分は良くなっている。」

ガーシャ・ルウの言葉が遠く聞こえる。

「悪いけれど、私は先に行かせてもらうよ。
何時までもうろうろしていると、君の恋人に殺されかねないからね。」

だんだん、声は遠くなりテレストラートの意識は滑り落ちるように闇の中に落ちてゆく。

「よく耐えたな。良い子だ。」

寝台の上に広がる髪を優しく撫で、呟いた言葉がテレストラートに届いたかどうかは分からない。
ガーシャ・ルウは寝台から離れると、黒く切り抜かれたような窓の外に視線を流し呟いた。

「これで約束は果したぞ、オークルス・レイラルド・フロスティー。」
それはテレストラートに反魂を施した、今は無き友の名前。
ガーシャ・ルウには人の魂を見る目はなかったが
彼の言葉に応えるかのように、風が優しく金色の髪を微かに揺らしたのを感じた。
ガーシャ・ルウの口の端に微かな笑みがかすめ
次ぎの瞬間、その姿は掻き消えた。

闇に沈む部屋には
テレストラートの深い呼吸の音だけが静寂を揺らしていた。


(2007.12.09)
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