ACT:62 満月



「小麦・1袋。トウモロコシ・2袋。塩・2袋。油・2瓶に月桂樹2束、
豚の皮に川魚・大2尾〜?
何か料理の材料みたい。
鉄鉱石と虹水晶。純金。ヒトトミ草?とヤガラオクラ・・・キトス?何だ、それ・・・。」

ガーシャ・ルウから渡されたリストを読み上げ、耕太は頓狂な声を上げる。

「それに何でこれ、日本語で書いてあるの?」
「何だって?」

耕太の言葉に巻紙を覗き込んだジーグが訝しげに眉を寄せる。

「・・・公用語だぞ。」
「え・・・?日本語、だよ、ね?」

ジーグの反応に耕太が驚き、確認するようにテレストラートに問いかける。

『精霊文字ですね。』

テレストラートの言葉に、耕太がマジマジと紙を覗き込む。
どこをどう見ても、やっぱり日本語だ。

『術ですよ。皆が読めるように、それぞれに合わせた文字に見えるような術が掛けられているのです。
おそらく、私たち以外の人間が見ても何も読み取れないでしょう。』
「へぇ〜便利だ。」

面白そうに巻紙を掲げ、日に透かしたりひっくり返したりし始めた耕太の手から
ジーグが巻紙を取り上げる。

「コータ、遊ぶな。
打ち合わせをするからテレストラートと代わってくれ。」
「ああ、うん。」

確かに今はそんな場合では無かったと、耕太は素直にテレストラートに体の主導権を渡した。

「虹水晶とヤガラオクラキトスは軍には有りませんね。それから生の魚も無理です。」
「トウモロコシも底をついてる。町に出るしかないか・・・。」
『ヤガラオクラキトスって、何?』
「クワハクラという木に寄生する小指程の大きさの虫を、蒸して乾燥させすり潰し
 キトスと言う薬草と海サソリ、これは昆虫ではなくて爬虫類ですが
それを焼いた物と・・・。」
『・・・もう、いい。あんまり知りたく無くなって来た。』
「コータ、話の腰を折るな。時間が無いんだ。」
『ごめん』

お互い聞こえているはずも無いのに、まるで自然に会話を交わす息の合った二人に
テレストラートが笑みを漏らす。

「キサの村では無理だな。オクスの町まで出ないと。」
「どのぐらい掛かります?」
「片道3時って所か。」
「ギリギリですね。」
「行きは馬をとばし、町で荷車を調達しよう。その方が時間が短縮できる。」
「荷車を用意するなら、町で全てを揃えた方が早いでしょうか・・・。」
「どうかな。イオク内は物資が不足してるからな。
 軍の管理官に話を通すのも時間がかかるが・・・。セント将軍に話すしか。」
「セント将軍は今、ここには居ません。」
「チッ、厄介だな・・・。」

ジーグは忌々しげに、中天を過ぎた太陽を見上げ悪態をついた。



諾の答えを受けたガーシャ・ルウはその手に一枚の巻紙を取り出し
テレストラートに手渡した。

「運の良い事に、今夜は丁度満月です。
 大きな術を執り行うには、これ以上の夜はない。
この森を抜けた奥に泉がありますから、その紙に書かれた品物を全て揃えて
月が中天に上がるまでに、そこに持って来て下さい。
一つも欠けることの無いよう。
今夜を逃せば月の巡りを一月待たなければならない。
その体はそれまでは持たないでしょう。今夜が最後の機会だと思って下さいね。」

ガーシャ・ルウの言葉に、ジーグが空を仰ぎ見る。
空をゆっくりと巡るその天体は、今はまだ地平線近くに光りを放つ事無く浮いている。
この時期、月が中天に達するのは真夜中よりも2時ほど前だろう。

「ガーシャ・ルウ、もう一つ。
 耕太を彼の世界に帰すことが、貴方にはできますか?」
「出来ない。」

あまりにもアッサリと返された応えに、テレストラートは落胆を隠せない。

「異界と言うのは、それこそ無数に有るものだ。
その少年が自分の体ごとこの世界に落ちて来たのなら
体を形作る物質を手立てに、元の世界を探す事も出来たろうが
少年は何一つ、自分の世界から持って来てはいない。持っているのは魂だけだ。
どこの世界でも良いなら、飛ばしてあげても良いですけれど?」
「世界さえ、特定できれば帰す方法は有るのですね。」
「ああ。教えましょうか?別料金だけど。」
「・・・・・自分で探しますから、結構です。」
「そう。」

ガーシャ・ルウは目を細め、実に楽しそうにテレストラートを見下ろす。

「ではテレストラート・トゥール。
契約の締結を。
賢者の石を対価に平山耕太の肉体を。
お前の真実の名を私に・・・。」

ガーシャ・ルウの呼びかけに、テレストラートは視線を上げる。
その顔には緊張と、色濃い疲労が見て取れた。
ついッと右手を上げ、テレストラートの額に軽く指を触れると
ガーシャ・ルウは不満げに溜息をつき、小さく首を振る。
金色の長い髪がその動きに揺れ、妙に芝居がかった動きに見せた。

「本当にボロボロだな、ティティー。これじゃぁ契約を背負うのは無理ですね。」

ガーシャ・ルウの言葉に一瞬、場に緊張が走る。
しかし、すぐにガーシャ・ルウはその口元に笑みを刻み
どこか楽しげな口調で続けた。

「まあ、いいでしょう。
正式な契約で縛らなくても、どうせ約束事を破ればお前は死ぬ事になるのだから
せいぜい頑張って約束を守ってもらいましょう。
それから、これを飲みなさい。」

差し出された手の上に乗る小指の先ほどの大きさの、蒼い宝石のような球体を
テレストラートは不審そうな顔で見下ろした。

「別に怪しい薬ではないよ。
毒になるものでも有りません。
強力な滋養強壮剤だとでも思ってもらえれば近いと思います。」

明らかに面白がっているのが分かるガーシャ・ルウの説明に
テレストラートは表情を険しくする。
掌の上の蒼い珠を凝視したまま、手を伸ばそうとはしない。
明らかに、飲みたくなさそうだ。

「そんな状態で無理を続ければ、いつ体が崩壊してもおかしくない。
 そんな事になったら、賢者の石も台無し。私は大損です。
 テレストラート・トゥール、飲みなさい。
無害である事を誓ってあげましょうか? それとも私に飲ませてほしいですか?」

テレストラートはガーシャ・ルウを睨みつけると、ひったくるようにそれを掴み
口に入れると一息に飲み込んだ。
体の中でそれが溶け、体に広がってゆくのが確かに感じられて
テレストラートは大きく息を吐き出した。

「どうだい?楽になっただろう?」

ガーシャ・ルウの言葉に、テレストラートは彼を見上げて小さく頷く。
澱のように体に溜まっていた疲れも、すっかり馴染みになってしまった痛みも
確かに軽減されていて、ここしばらく無かったほどに気分が良い。

「間に合わせだが、助けにはなる。」
「・・・ありがとう・・・ございます。」

躊躇うようにそれでもハッキリと礼を述べたテレストラートに
ガーシャ・ルウは機嫌の良い笑みを浮かべ言い放つ。

「礼はいりません。その分、後でたっぷりと楽しませてもらいますから。」

あからさまな言葉に、テレストラートがきつい視線で睨み返す
それに楽しげな笑い声を上げると、ガーシャ・ルウの体はまるで空気に溶けでもしたかのように色を薄め
数瞬後にはまるで初めから居なかったかのように消えうせた。
楽しそうな、笑い声だけを残して。



「何とか間に合ったか。」
ジーグが空を見上げ月の位置を確認しながら呟いた。
ガーシャ・ルウと別れて直ぐに、馬を駆り一番近い中規模の町オクスへと向かった耕太たちだったが
戦の最中で町は危惧したように物資が不足しており
その上、治安の悪化から殆んどの店が日没前には店を閉めていた。
何軒も店を廻り、終いには店の主を脅し引き摺りだして、何とかリストの品々をそろえ
やはり脅すようにして買い取った荷馬車で指定の場所に駆けつけた時には
すでに月は空高く上っていた。
辺りに視線を走らせた耕太は、荷馬車のすぐ脇にガーシャ・ルウの姿を見止めてギョッとした。
最初からそこに居たのか
それともたった今そこに現れたのか、耕太には全く分からなかった。

そんな耕太に愛想の良い笑顔を見せ、ガーシャ・ルウが穏やかに口を開く。

「時間通りですね。こちらへ。」

ジーグは導かれるまま荷馬車を進ませ、まるで鏡のように月の光りを映す泉の向こう側へと回りこむ。
そこはランプ一つ灯されては居なかったが、辺りは月の光りに照らされ驚くほどに明るかった。
そこには、ちょっとした広さの平らな広場があり
その草も生えていないむき出しの地面の上には
塩と灰で描かれた複雑な文様が広がっていた。

テレストラートは地面に描かれた、その高度な魔方陣に息を飲む。
ガーシャ・ルウは魔方陣の事など、気にする様子も無く模様の中心に向かって足を進めた。

「荷物を此処に運んで下さい。」

ガーシャ・ルウの言葉に、荷馬車から飛び降りて塩の入った麻袋を掴み
進もうとした耕太にテレストラートが警告を発する。

『耕太、不用意に陣を踏まないで。危険です。』
「封印で覆ってあるから大丈夫。」

テレストラートの切羽詰った声に、耕太の足が宙で止まると
聞こえない筈のテレストラートの言葉にガーシャ・ルウは普通に応えた。

「どこに置けばいい?」
「ああ、その辺に適当に置いていって下さい。」

適当に?
ガーシャ・ルウのいい加減な言葉に、少々不安になりながらも
全ての荷物を模様の中心部分に運び込む。

「全部、揃っていますね。では始めましょうか。
下がって、さがって。」

小山になった荷物に目を走らせて、ガーシャ・ルウは頷くと
ジーグと耕太を魔方陣の外に追い出した。

荷物の山の前で目を閉じると、歌うように言葉を紡ぎ始める。
不思議な響を持つ声に呼応するかのように、ガーシャ・ルウの周辺が微かな光りを放ち始めた。
と、見る間に荷物の山が形を崩し、地面に吸い込まれたかのように姿を消すと
その場から光りの筋が宙へと伸び、ガーシャ・ルウの腰ぐらいの高さで渦を巻き始める。
渦は次第に小さく凝り、野球のボールぐらいの塊になると
今度は少しずつ大きく膨らみ始めた。
光りがバスケットボールぐらいの大きさになった時
離れた耕太の目にもそれが人間の形をしている事が分かった。
手足を丸めた格好の赤ん坊は、すぐに幼児になり
見る間に少年へと成長してゆく。
まるで時計を早回しにしているかのように。
程なくガーシャ・ルウの目の前には17歳の少年が立っていた。

「どうだい?」

言葉を紡ぐのを止めたガーシャ・ルウが耕太を振り向き、訪ねる。

「凄い・・・オレだ。」
「君の記憶を元に、君がこの世界に来た直前の姿を組み立てた。
寸分違わぬ筈だけど、どこかおかしな所はあるかい?」

自分の姿を表側から見た事は無いが、それはどう見ても自分自身のように見えた。
ご丁寧な事に、学校の制服まで着ている。

驚きと感動に、半ば呆然としている耕太の横でジーグが呟く声が耕太の耳に入る。
「お前・・・本当にテレストラートと同じ歳だったんだな・・・。」
「何?もしかして、もっと子供だと思ってた?」
「ああ・・・・いや・・・。」
気まずそうに言葉を濁したジーグに、耕太は結構傷ついた。

"一体どれぐらいガキだと思ってたんだよ・・・。"

「問題が無いようなら、魂を移しましょうか。
 少年、ここに立って下さい。」

ガーシャ・ルウに差し招かれるまま、耕太は自分の体の正面に立った。
近くで見ると何だか落ち着かないような、変な気分だ。

「いいですか、少年。注意して聞きなさい。
術を施行している間は、何が有っても私の指示に従いなさい。
決して逆らったり、疑ったりしてはならない。
もし、術を過てば・・・。」

ガーシャ・ルウの口から語られる、恐ろしく具体的な失敗例の数々に
耕太は背筋が凍りつく。
気持ちが挫けそうになるほど、長々と語られたその男の悲惨この上ない末路は
何故か途中から、男の隣人の馬の話しにすり代わり、そこから
とても関係が有るとは思えない内容に、話がずれ始めた。
下らない笑い話や、日常の瑣末ごと、ほのぼのと心温まる感動話まで
一体、何が目的か判らない話が、延々と続く。

初めは恐怖に縮みあがっていた耕太も、意味の無い話に
だんだんと緊張がゆるみ、話しに集中できなくなって来る。
終いには眠気さえ覚え始めた。
そう言えば、時間はもう真夜中近い。
それに今日は色々な事が起こって、精神的にも肉体的にも疲れている。
眠い・・・ヤバイ、本当に寝ちゃいそう・・・。

そう思った瞬間、ガーシャ・ルウが唐突に話を途中で切ると

「飽きてきた?」

と、耕太に尋ねた。
慌てて首を横に振る耕太に

「緊張も解けたみたいですから、どうでもいい話はこれぐらいにして
 済ませてしまいましょうか。」

と、話を終えた。

"―――――!?緊張が解けたって?怖い話で緊張させたのは誰だよ!
ってか、これってもしかして、全部ただの嫌がらせなのか?ずっと?初めから!?"

あまりの事に、耕太は一瞬、殺意さえ抱いた。
テレストラートが何故あれほどまでに、この男を拒むのか
分かった気がした。

"こ・・・こんな奴にまかせて、本当に大丈夫なのか?
 面白そうだから、とか言って
わざと失敗したりしないか?本当に??"

「目を閉じろ。」

一気に不安が押し寄せて、何か言おうとして
しかし言葉にする事が出来ず、口をパクパクしている耕太に
ガーシャ・ルウは凛と響く冷たい声で命じた。
その、声の余りの迫力に耕太は慌てて指示にしたがう。が。

「目を開け。」

閉じたとたんに、今度は開けと言われ
また、人をからかって居るのかとムカつきながら目を開いて耕太は驚いた。

目の前に、大きな鏡が現れた。
そう思った途端、鏡の中の顔が自分の意思と関係なく瞬きをした。
違う、鏡ではなく目の前に立っているのは・・・。

「ティティー・・・?」

テレストラートが自分の目の前に立っている。
慌てて自分を見下ろすと、17年間慣れ親しんだ体がそこに有った。
体のどこも、自分の思うとおりに何の違和感も無く動く。

何も感じなかった。
一瞬、目を閉じただけ。
それだけで術は施行され、全ては終わっていた。

「凄い・・・信じられない。オレの体・・・。オレの体!本当に!?オレの体だ!!」

ふつふつと喜びがせり上がって来る。
耕太は飛び上がって叫ぶと、目の前のテレストラートに抱きついた。

「ティティー、オレの体!!」
「耕太・・・良かった・・・。大丈夫ですか?気分は?」
「絶好調!!」

抱きしめ返すテレストラートの優しい腕の感触
頬に触れる柔らかな髪の感触が嬉しくて
耕太はテレストラートの華奢な体をさらに強く抱きしめた。

「どうです?新しい体は。何か改善したい点が有りますか?」
ガーシャ・ルウの言葉に耕太はテレストラートを放すと、自分の体をもう一度見下ろし
ぼそり、と呟いた。

「・・・もう少し、身長高くしてもらっとけば良かった。」

思わず零れた本音に
ジーグは思わず耕太の後頭を手ではたいた。

「痛て!」

結構な衝撃に、耕太が頭を抱えて恨みがましくジーグを見上げる。

「お前・・・。」

しかし、ジーグの表情に抗議の言葉は引っ込んだ。

「ごめん・・・だって、つい・・・。」

自分の体に舞い上がっていたが、状況はそれ所ではなかった。
まだ、この体の代金が支払われていない。

重く張り詰めてゆく空気を断ち切るように
テレストラートがガーシャ・ルウに向け口を開いた。

「では、さっさと済ませましょう。」

平坦な声で告げるとテレストラートはガーシャ・ルウのもとへと歩きだした。
ガーシャ・ルウはゆっくり頷くと、テレストラートの前を歩き出す。
このままテレストラートを行かせてしまうのはマズイ気がしたが
耕太は何をどうしたら良いのか分からず、ただその場に立ち2人の後姿を見つめていた。
その時、突然ジーグが動いた。

「させるか!」

手を伸ばしてテレストラートを引き戻し、かばう様に自分の体の後ろに引き入れる。

「ジーグ・・・」

テレストラートがなだめる様に声をかけるが、剣に手を掛け身構えたまま
ガーシャ・ルウを睨み付ける。
ゆっくりと振り向いたガーシャ・ルウは少し困ったような、しかし面白そうな笑みを浮かべていた。

「坊や、聞きわけがないな。正式な手筈を踏まなくとも契約は成立しているんだよ。」
「知るか、用は済んだ、とっとと失せろ!」
「契約を結んだのはテレストラートだ。
契約を違える責めは、契約者が負う事になるんだぞ。」

脅しの言葉に、ジーグが思わずテレストラートを振り返る。
彼の後ろに立ったテレストラートはそのままそこに立っていた
しかしその右わき腹が急速に朱に染まって行く。
かつて、テレストラートを死に追いやった傷。
ロトに負わされた刀傷が再び開き血を流しているのだ。
朱に染まる自分の体をぼんやりと見下ろしていたテレストラートは
次ぎの瞬間、軽く咳き込むと、その場に崩れ落ちた。
口元を押さえた手の間から、鮮血が滴り落ちる。

「ティティー!!」

ジーグの体が怒りのために震える

「貴様ー!!!」

剣を抜き放つと、そのままの勢いでガーシャ・ルウに斬りかかった。
数多の敵を屠ってきた、必殺の一撃は
しかし無造作に差し出されたガーシャ・ルウの片手の数センチ前でピタリと静止した。
ジーグの腕の筋肉の盛り上がりが、凄まじい力がその腕に加えられていることを伺わせる
なのに剣は一寸たりとも進まない。
のみか、引き戻すこともかなわない。

「聞き分けの無い子だ。少々お痛が過ぎるぞ、坊や。」

静かに告げる声、その顔には壮絶な笑みが浮かんでいる。

「ガーシャ・ルウ!」

テレストラートが蹲った体制のまま叫ぶ。
ガーシャ・ルウは体は動かさず、視線だけテレストラートに向けた。

「私は契約を破棄していない、速やかに契約を履行して下さい!」
「しかし、この男は契約の履行を阻止しようとした。その責めは負うべきだろう?」
「契約者である私が、契約を破棄していないのに、私に血を・・・
偉大なる一族の末裔であるロサウの民の長の血を無為に流させた責めは、どう負われるか!」

得体の知れないガーシャ・ルウという男を相手に
威圧感さえ感じさせる声音で言い放つ。
テレストラートが口にした言葉にどれほどの意味が有るのか、耕太にもジーグにも判らなかったが
常に笑みを口に乗せ、余裕を失うことの無かったガーシャ・ルウから笑みが消えた。
「・・・確かに。
では、ロサウの長の血に対する贖いとして、この男の命をお前に。」

テレストラートは頷くと

「では、契約の履行を」

言って、ゆっくりと立ち上がる。
思わず耕太がテレストラートを支えようと駆け寄る。

「大丈夫です、耕太。もう傷は塞がっています。心配要りません。」

穏やかに告げると、口元を拭いガーシャ・ルウの後を追うように歩き出した。
ジーグの脇を通る時、テレストラートは一度歩みを止めるとジーグに向き合い

「私は大丈夫ですから。ここで待っていてくださいね。」

と笑みを浮かべて告げ、再び歩き出した。

「・・・・・ティティー!!・・」

ガーシャ・ルウに切りかかった体制のまま、彫像のように動けないジーグの口から悲痛なうめきがもれる。
テレストラートは振り返らずにそのまま歩き続け
木立の中にその姿が完全に見えなくなった時
初めてジーグの体がガクンと動きを取り戻した。
すぐに駆け出したジーグだったが、すでに2人の姿は跡形も無く
見つけ出す事は出来なった。

「畜生ッ!!ちくしょう―――――!!!」

怒りにまかせ、身を裂くような叫びを上げるジーグを
耕太はただ黙って見ているしかできなかった。

(2007.12.01)
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