ACT:53 ほころび


会議の為に張られた大天幕の中から各国首脳、将軍達がばらばらと歩み出て
宿営地のあちこちに消えてゆく。
護衛の戦士を従えた術師の長も、その中にいた。
白い面に浮かぶ沈鬱な表情。
その顔には疲れが伺えるが、強い視線で真っ直ぐに前を見つめ
術師達に与えられた野営地の一画へ向け無言でゆっくりと足を進めて行く。
術師達は軍の喧騒を避けるため、本陣の外れに当たる森のすぐ脇辺りに
3つの天幕に分かれて野営している。
一見警備が手薄に感じられるが、術師達一人一人にはそれぞれ専任の護衛が常に行動を共にしている。
人々から離すのは、軍に紛れ込んだ敵の手のものが術師達を傷つけるのを防ぐ為と
兵士達よりもはるかに繊細な術師達を、ゆっくりと休ませる為
何より、自然の中に置けば精霊たちが術師を守る。

次第に人はまばらになり、視界から物々しい兵士の姿が消え
辺りはまるで戦場とは思えない、のどかな風景に取って変わる。
先を行く術師の長に、影のよう付き従っていた戦士が声をかけた。

「もう、いいぞ。」
「あ〜〜〜〜〜もう、疲れた〜〜〜。」
途端に表情を緩めた耕太は緊張を解き、大きく息を吐き出した。
「何で移動の合い間あいまに、会議があるんだよ〜もう!!
それも、同じような事ばっかり何度も何度もぐだぐだぐだぐだ・・・・・
いい加減にしろってぇの!みんな勝手抜かしやがって!!!」
盛大にお偉方を罵りながら、耕太はその場にへたり込んだ。

イオク討伐の元に協定を結び、戦場にあるこの状況でも
各国の思惑は様々だ。
主導権を握るガーセンにおもねる者、警戒する者
戦場は悲惨で、人々は日々戦で死んで行くと言うのに
上の者たちが考えているのは、戦争が終わった後の自分達の居場所なのだ。
互いに腹の探り合い。
それが耕太には納得いかない。

何で今、必要な事をもっと考えないのだろう!?
この戦を少ない犠牲で、早く治める事
大勢の難民達や兵達の食べるものや、水や、薬の事
それらの事に比べたら、政治的思惑なんて下らない。

「ご苦労様。」
言って、ジーグが差し出したのは、水の入った皮袋と
小さな布の袋。中身は砂糖だ。
行軍中、疲れが溜まると決まってジーグは耕太にこれをくれる。
それは、耕太だけの特別。

戦場で戦士たちは塩を携帯している。
疲れを癒す為に摂取するらしいのだが、
始めてそれを与えられた耕太は思いっきり顔を顰めて文句を言った。
その時は我慢しろと無理矢理舐めさせたジーグだったが
その後、耕太の為に何処からか砂糖を調達して来てくれたのだ。

ただの砂糖。それも耕太の知るような白くてサラサラものではなく
茶色い塊で、少し苦味も有る。
それでも、疲れた時に口にするそれはとんでもなく美味しかった。
「あまい・・・。」
しみじみと呟きながら貴重な砂糖をチビチビと舐め取る。
甘い物を口にするのは久しぶりだった。
テレストラートが優遇されているとはいえ、やはり戦場での食事は簡素で粗末なものだ。
食べる事に関しては普段ジーグに甘やかされている耕太には、この状況は中々に辛かった。
育ち盛りと言うのも有るが、テレビもゲームも無い世界で
一番の楽しみと言ったら食事と言っても過言ではない
「あ〜、無花果の入った焼き菓子が食べたい・・・。」
「はいはい。町へ入ったら調達して来てやるから。」
切なげに菓子への思いを吐露する耕太に、ジーグが呆れたような声で宥める。
「本当に?」
「ああ、本当だ。」
いかにも迷惑そうな声の響きとは裏腹に、優しい手で耕太の頭をくしゃりと撫で
その瞳は穏やかな笑みを含んでいる。
町に入ったとしても、占領下の荒れたイオクの町で嗜好品で有る菓子を手に入れるなど
容易では無い事は、耕太にも判る。
それなのにジーグはそれをいとも簡単に約束した。
そんなジーグを下からじーッと見上げる耕太にジーグが訝しげに声をかける。
「何だ?」
「ジーグが優しい・・・。」
しみじみと洩らされた、意外そうな言葉にジーグは眉を寄せると
「当たり前だ。」
言って耕太の鼻を片手でつまんだ。
「痛て――っ」
鼻を押さえて抗議する耕太に笑い、宥めるように頭を軽く叩き
声の調子を真面目なものに変える。
「少し眠れ、顔色が良くない。」
間近から顔を覗きこまれて、心配の滲む声で言われて急に照れくさくなった耕太は
ジーグから目をそらし軽い調子で茶化す。
「ここで?オレ繊細だから枕が無いと寝れない・・・ぅわ!」
言い終らない内に体を引き倒されて、思わず情けない声が漏れた。
気付くと地面に座り込んだジーグの足の上に、頭を乗せた形で横たわっていた。

こ、こ、これって・・・膝枕!?ちょっと・・・!!
何をいきなり始めるんだ、この男は―――――!

余りの事態に言葉を失い、恐る恐る視線を上げると
見下ろすジーグと目が合った。
「何だ?」
不機嫌そうに問うジーグの顔がどこか緊張しているようで
・・・もしかして、照れているのだろうか?いや、まさか・・・でも。
何も言わずに見つめ続けると、明らかにうろたえた顔をして誤魔化すように声を上げる。
「何だ。何か言いたい事があるのか?」
「硬い・・・。」
何だかそれが可笑しくて、照れくさくて耕太も誤魔化すように不平を言った。
「うるさい。文句を言うな、いいから寝ろ。」
乱暴に言って視線を遮るように左手で耕太の目を塞いだ。
顔を覆うジーグの手は大きくて固く、暖かくて優しかった。
剣の鞘がなる、硬い音が耳に届く。ジーグの右手は剣の柄を握っているのだろう。

ジーグが守ってくれている。
その感覚に凄く安心できて、耕太は小さく息を吐き体の力を抜いた。
指摘した通り少し硬いジーグの腿に頬をのせ、すっかり馴染んだ彼の匂いを感じるのが
とても居心地がよかった。
荒んだ心がスッと静まって来る。

ジーグはオレにとって、この世界で特別な存在だ。
ジーグにとってもオレはその他大勢とは違う、特別な存在だろう。
こうして、ごく自然に側にいて、自然に接してくれる事がとっても心地良い。
そう言えばオレ、初めはジーグが怖かったっけ。
緊張して話すのも、同じ部屋に居るのも嫌だった。
お互いに余裕がなくて、当り散らすオレにジーグは戸惑っていて・・・
それが何時からこんな風になったんだっけ・・・?
あまりのギャップに可笑しくなって、耕太はクスクスと笑いを洩らした。
「何だ?」
「何でもない。」
訝しげに聞くジーグに目を閉じたまま応える。
「変な奴だな。」
言いながら、瞳を塞いでいた手を外し耕太の顔に掛かる乱れた髪を梳いてくれる。
ぶっきら棒な言葉、やさしい手。

何だか幸せな気分だった。
こんな時間がずっと続けば良い。
不謹慎にも、そう思っている自分に耕太は少し驚いた。でも・・・
オレは無理矢理この世界に飛ばされて、何とか元の世界に戻りたかったけど
それが本当に出来るかなんて未だに全然分からない。
でも、それでも良いかなって、時々思う。
ジーグとこんな風に過せる時間が続くのなら。
ジーグに自分自身を見て欲しいと、ずっと思っていた。
今だって、テレストラートになりたい訳じゃない。

テレストラートの事が好きで、ジーグの事も好きだ。
この関係のまま3人で、一緒にいられるならそれでも良い。
難しいのは、分かっているけれど・・・。
穏やかな木漏れ日の差す中で、耕太は自分の思考にたゆたいながら
静かな眠りへと落ちて行った。



「テレストラート」
セント将軍の補佐官と、今後の進軍の確認をしていた耕太をジーグが呼んだ。
人目がある所では、その名で呼ばれる事も多いので、別に不思議には思わなかったが
「左翼を担うリーゲン国軍が勝手に兵を進めてトラップを踏んだ。
術が発動して軍は壊滅、厄介な事にリーゲンの王子が行方不明だ。」
補佐官が立ち去っても、そのまま態度を変えず説明を続けるジーグに
耕太はぽかんとした顔で聞いていた。

これは・・・オレに説明しているのかな?
それとも、もしかしてからかっているのか?

「タリスの術師が向かったそうだが状況が混乱していて・・・・」
ぼんやり自分を見る耕太の視線を捕えて、ジーグが言葉を途切れさせる。
戸惑ったような口調で聞いた。
「・・・コータ、か?」
「うん。」
耕太の答えを聞いて、ジーグは明らかに狼狽した様子だったが
耕太も同じくらい驚いた。
今まで、ジーグが耕太とテレストラートを間違えた事など無かった。
耕太がどんなに完璧にテレストラートを演じていても、ジーグだけは一目で見分けたし
ただ黙って立っていても、一瞬にして2人が入れ代ったとしても
間違える事など有りはしなかった。
そのジーグが本気で自分をテレストラートだと思って話していたなんて。

「・・・悪い。」
ジーグは詫びると、左翼軍の様子を見に行く旨だけ手短に説明し
逃げるように立ち去った。
明らかな動揺が見て取れる態度に、耕太も混乱を深める。

何でオレをティティーだと思ったんだろう?
ジーグどうかしたのかな?
それともオレ、何か変わったかな?
いくら考えてみても、答えは一向に出て来なかった。


(2007.10.07)
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