ACT:52 イオク侵攻


イオクが少年王を擁立した直後から各地に展開するガーセン側連合軍と
イオク軍と思われる武装集団との間で小競り合いが多発した。
それと時を同じくして、イオクと国境を接する国々で
人が消える事件が幾つも起こった。
国境付近で村単位の人間が忽然と消えるのである。
事の真相は定かではなかったものの、これもイオクの仕業との噂がながれ
各国の緊張は一気に高まった。

急遽イオクに敵対を表明している各国の首脳が一堂に会し対応を検討。
ガーセンを始めとしたイオク側と国境を直接、接する国々はイオク侵攻を主張したが
その他の国は得体の知れないイオクを恐れ、下手に刺激しないよう交渉を望む声も多かった。
だが、イオクへの唯一の対抗手段であり、連合軍の要となるガーセンの術師達の長の
今イオクを討たなければ、その力を押さえる事が出来なくなると言うはっきりとした主張と
自由都市ポートルのガーセン完全支持の表明を受けて
同盟国一丸でのイオク侵攻が決まった。
この時点でガーセン軍に所属しているロサウの村の精霊術師はテレストラートを入れて
15人にまで減っていたが、新たに長老2人が山を下り戦線に加わる事となり
連合軍はイオク国境を遂に越えた。

イオクの一方的な侵略での開戦から5年目
初めてイオク国内が戦場になった。

戦いは熾烈を極めた。
迎え撃つイオク軍はまともな軍勢ではなかった。
明らかに人では無いものが、人で有りえない動きで攻撃を仕掛けて来る。
人同士の戦いでの常識の通用しない戦いは、連合軍に多大な被害をもたらす。
だが、それらに対抗するために術師の力に頼る事が出来なかった。

イオク国境を越えてから、そこかしこに強力な結界や防御・罠・攻撃の為の魔法陣が張り巡らされていて
それを解呪しない事には先へ全く進む事が出来ない。
力の強い術師達はその対応に掛かりきりにならざるを得なかった。
複雑に織り上げられた呪文。
それは見たことの無い方法で紡がれ
ふざけているのでは無いかと疑う程
無意味な枝葉がたくさん付加されていて、実用的ではなく
その一つ一つを確認しながら消して行くのは
大変な集中力を要する、気の遠くなるような複雑な作業だった。

一体何時からイオクはこのような術を国内に設置していたのだろう?
何の為に?
王都ではなく、こんな辺境の広大な土地に
無意味なものを混ぜて。
実際その術に自分達は手を焼いているのだから
それが思惑だと言うのならそうなのかも知れないが
自衛の為にしては形式や内容に不自然な点が多すぎた。
まるで自分の力をひけらかしているような
それとも、試しているのだろうか・・・

多くの術師は術を読み解く事さえ出来ず
彼らは兵達に力を貸したが、軍全体をカバーするにはとても十分とは言えない。
術師達の消耗も激しかった。
そして人ならざる敵にも怯む事のないガーセンの戦士達の士気を削ぐのが
それらに混ざったごく普通の人間の兵たち。

彼らは訓練された戦士ではなく、どう見ても農民や町民。
やせ細った体に古びた形ばかりの防具を纏い
お粗末な剣や槍を手に戦場に立つ。
その目には恐れが色濃く刻まれ、
何かに取り憑かれでもしたかのように死にもの狂いで攻撃を仕掛けてくる。
彼らは弱く、訓練されたガーセンの戦士たちの敵ではない
だが、切り伏せても切り伏せても、次から次へと闇雲に突っ込んできて
あっさりと切り伏せられる。
戦場は虐殺の様相を呈し、敵兵の体と共に誇り高きガーセン戦士の矜持をズタズタに引き裂いた。

この一帯に張り巡らされていた、奇妙な結界を全て解呪し終え
テレストラートが浄化の炎で人では無い者たちを焼き尽くす。
残された哀れな敵の兵達が、悲鳴を上げて逃げ去り
激しい戦闘が終わりを告げる。
人以外の死骸は炎に泡のごとく消え
残されるのは大地を埋めるおびただしい人の遺骸だけ。
その一帯の制圧を終え、勝ち戦を続ける連合軍だが
その胸には勝利の興奮など、有りはしなかった。


術を収め浅く息を吐くテレストラートの体が馬上で不安定に揺れている。
異変を察したジーグが駆け寄り、テレストラートの馬の手綱を取り声をかける。
「テレストラート、大丈夫か?」
「・・・・・。」
「ティティー?」
「へ?・・・何?」
「コータ・・・?」
ぼんやりと言葉を返した耕太にジーグが驚く
テレストラートはもう眠りに入ってしまったのかと、訝しく思ったジーグに
その直後・視線を上げたのは確かにテレストラートだ
「ジー・・・グ?」
「テレストラート?しっかりしろ。」
「・・・は・い。」
何かを振り払うように頭を振るテレストラートはあの洞窟で目覚めた直後を思い起させる。
目まぐるしく2人が入れ替わり、周囲のみならず
本人たちにも混乱をもたらし多大な負担を強いた
今も、ここにいるのがテレストラートなのか耕太なのか
ジーグにさえ自信が無かった。
「すみません・・・大丈夫です。」
応えたのは間違いなくテレストラートだったが、ジーグは不安を拭い切れなかった。


「テレストラートの様子はどうです?」
大丈夫だと言い張るテレストラートをジーグは無理矢理、軍医のケイルの所に連れ込んだ。
「眠らせた。夜までここで休ませるといい。」
答えるケイルの声は何時もの明るく力強い響きとはちがい淡々とした響を帯びている。
「病の兆候はない。怪我も無い、熱も。傷も、悪化していない。
しかし・・・良くは無いね。」
ケイルは溜息をつき続ける。
「また少し痩せただろう。体力が落ちる。
もっと食べさせないと。コータだけでなく、テレストラート殿自身にね。
人間、物を喰う事を忘れたら、生きる気力も無くなるだろう?もっと人間らしく生活させろ。」
「・・・分かっている。」
応えるジーグも思わず重い溜息が漏れ、ケイルは顔に苦い笑みを刻む。
「まったく・・・見かけと違い強情だからな。
 近くに居ても、何もさせてもらえない。自分の無力さを思い知らされるよ。」
全く同感だと言わんばかりのジーグの顔に、ケイルが苦笑を深めた時
寝台の上から声が上がった。
「あ・・・れ?」
「コータ?」
「目が覚めたかい?気分はどう?」
「ああ・・・先生の所か」
納得したと言うように寝台の上に身を起し、すぐに眉をしかめて尋ねる。
「またテレストラート倒れたの?」
「いや、具合が悪そうだったから連れてきた。」
「そう・・・。」
「コータ、気分はどうだ?」
「すっっっごく、お腹空いた!!」
実に明け透けで健康的な申告に、思わずジーグの顔に笑みが浮かぶ。
だが、耕太は眉を下げボソボソと付け足した。
「それと・・・少し体がだるいかな。ここの所、ずっとそうだ。
 テレストラートを働かせ過ぎだよ・・・。」
「分かってる。」
分かってはいる、が止められない。
侵攻のペースは落とせない。
今の期を逃す訳にはいかないと、早く戦を終わらせなければならないと
それがテレストラートの望みだ。
イオク国内の現状を見てしまえば、テレストラートの言っている事はもっともで
だが、テレストラートがこの戦で自分の身を削るようにして術を使っているのも事実だ。
「心配なんだ・・・。」
耕太が不安げに呟く。


「ティティー、休んでなくていいの?」
「大丈夫です。」
ベリル領からフロスへ帰った直後から休む事も無く働くテレストラートを耕太は心配した
ニンゲの屋敷では立ち上がる事さえ出来ない程消耗し
体の酷い痛みに苛まれ
その後耕太も巻き込んで丸2日も眠り続けた。
目覚た瞬間に見たジーグの心配そうな顔っていったら、無かった。
なのにテレストラート本人はまったく何事もなかったように働き続けた。
そして心配する耕太の問いに対する返答は、あまりにも早すぎて返って疑いを深めさせる。
そんな耕太の心の動きを察したのか、テレストラートは言い訳のように説明を付け足した。
「本当に大丈夫。無理な術の使い方をした為で、体自体にダメージを受けた訳では有りませんから。」
けれど、テレストラートのそん態度は耕太の不安を募らせるだけだった。
実際それから、耕太自身は体の不調を感じたことは無い。
けれど未だに疑っているのだ。
耕太はイオクに入ってから、テレストラートがどんな風に戦っているのか全く知らない。
集中力が落ちる恐れが有るからと、戦場では耕太は眠るようにとの約束をさせられたから。
テレストラートが辛い思いを全て自分1人で抱え込んでいる気がしてならない。
テレストラートだって、恐れも悲しみも感じているのに
それを全く外には出して来ない。
声を出して泣く事さえしない。
それは、とっても不自然な事だから
今にも壊れてしまうのでは無いかと、不安にさせる。
なのに、周囲はテレストラートの揺るがない外側だけを見て彼を頼るのだ。

不安を表情に載せたまま耕太はジーグの顔を見上げる。
ジーグは全て分かっていると言うように、耕太の頭をくしゃくしゃと乱暴に
でも優しく撫でた。
ジーグは全部理解している。
当然テレストラートの外側なんか見ては居ない。

耕太は彼を責めるような事を口にした事を、少し後悔した。
俯く耕太にケイルが湯気の立つスープの入った椀を差し出し、笑顔で告げる。
「コータは沢山食べて、テレストラート殿を助けてやらなきゃな。」

自分に出来る事ってそんな事だけ・・・?
と、少しトホホな気分になりながらも
腹の虫の要求のまま、椀の中身を腹に流し込んだ。

(2007.09.30)
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