ACT:51 影


「まったく、散々でしたわ。あの王様ったら、本当に馬鹿なんですもの。」

渋面をつくる男の前で、タウはさも呆れたと言わん口調でまくし立てる。
「飛龍石は粉々に砕け散ってしまいましたわ。
まさか、テレストラート本人が出張って来るとは思っても見ませんでした。
アレが相手では、あんなまがい物をいくら揃えた所で荷が勝ちすぎます。
番犬さえいなければ、上手く始末出来たかもしれませんのに毎回、本当に煩い男。
残念でしたわ。」

国の指揮権を、周りにそれと気付かれない形で自分に移し
完全な飾り物と化した王から少し目を離した隙に
サシャの訪問が少なくなった事に不安を煽られた国王ダイスは
有ろう事か国を放り出して、逃げてしまった。
王城の守りの要として2年もかけて用意した飛龍の要石まで持ち出して。

「それにロトが死にました。惜しい事をしましたわ。
あの男、揺すぶりを掛けるのには良い切り札でしたのに。
本当に馬鹿な男。逃げる隙はいくらでも有ったハズですのに。
何故、戦士と言う人種はああも誇りや矜持にこだわってみすみす命を捨てるのかしら。
本当に度し難いですわ。」

サシャが練った計画に使うための駒が、愚かな1人の男の為に消えてしまった。
だが不平をぶちまけるタウを見ながら、サシャは暗い笑みに顔を歪ませタウを手招く。
「まあ、いい・・・」
事あるごとに自分を呼びつけるダイス王にはウンザリしていた
既に無用なあの男を片付けるには良い機会だ。
失った駒は一国の王への餞としてくれてやろう。
どうせ飛龍石もロサウの長の力を受け止め切れないようでは役には立たない。
我が君ダイス王の死出の旅路の餞として。



「私を謀っているのか?私は本物だ、影武者などでは無い!!
ダイス・クロセルラはこの私だ!!
これは何かの間違いだ、本国に確認を・・・」
顔色も悪く痩せて眼ばかりがギョロギョロと落ち着か無げに動く男は
ヒステリックに喚き散らす。
敵国に捕虜として捕らえられたイオクの王は、王の威厳などすでに欠片もなく
怯えた小動物のように落ち着きなく体を動かしながら、自分を取り囲む男たちを怯えた眼で見上げていた。

ニンゲでイオク王、ダイス・クロセルラを捕らえて二日後
王都フロスに戻った一行を出迎えたのは、イオク王崩御の知らせだった。
病のため急逝したダイス王に変わり玉座に着いた第一王子のピーティオはまだ4歳だった。
誰より驚いたのは、当のダイス王である。
自分が死亡したとの話を聞かされては、それも無理の無い事だ。
ガーセンに捕らえられても、直ぐに殺される事は無いと思っていた。
身代金なり、降伏なりイオク側と何らかの交渉がなされ、イオク側は王を取り戻す為に
万策を講じるものと信じて疑わなかった。
自分の身を守る為にも、降伏を約束し自国を開け渡しても良いとさえ思っていた。
イオク領全てをガーセンに渡し、自分はガーセンに下り1貴族として安楽に暮らせれば良い。
イオク国民も長の戦に駆り立てられるよりは、大国に組み込まれ平穏に生きた方が良いのかもしれない。
何よりダイス王はこの戦に疲れ果ててしまっていた。
何故こんな戦をはじめてしまったのだろうか?
勝つ見込みなど、初めから無かった。
自分は大陸の覇権など望んではいなかった。
ガーセンの手に落ち、恐れていたような暴力も受けず
大切な捕虜として、ある程度の礼をもって扱われ
かえって肩の荷が下りたような、ホッとした心持でいた。全ては終わったのだと。

だが状況は一変していた。
交渉の場を持つ暇も無く自国に切り捨てられた。
亡き者とされては自分には捕虜としての意味も無くなる。
政治的に意味を成さなくなった敵国の王に向けられるのは憎悪のみだ。
自分に待ち受けるのは惨たらしい死のみ。
「あの男・・・私を裏切りおったな。私はそそのかされたのだ!
このような戦、私は望んではいなかった。
これは、陰謀だ!私の息子をあの男の手から救い出してくれ!」
すっかり取り乱し、ダイスはガーセンの人間に取りすがる。
「わ・・・私ではない、私は騙されたのだ・・・あの男に!!
戦をはじめたのは、私の意志ではない・・・あの男が、あの男に脅され・・・
そう、脅されて、仕方が無く!!
恐ろしい男だ。呪われた術を使う・・・イオクの者ではない、突然現れ王宮に入り込み
私に近づいて・・・・全て、あの男が!!」
「あの男とは誰だ?一体何者だ?」
「その男が術をもたらし、操っているのか?」
「そうだ・・・何でも話す。協力する!あの男を倒して我が国に平和を取りもどしてくれ
 イオクはガーセンの元に下る!私は王だ!!本物の、ダイスだ、死んでなどおらん!あの男が、サシャが・・・ッ!?」
声高にまくし立てるダイスが急に自分の胸元を押さえ黙り込んだ。
苦しげに体を折ると、そのまま床に倒れ込み数度もがいて動きを止める。
「おい!」
そばに居たダーシス将軍が、うつぶせに倒れ伏したダイスを仰向け、息を呑む。
ダイスは白目を剥き、叫ぶように開かれた口からは舌がダラリととび出し
その顔は紫色に変色していた。
「は、・・・早く、医者を・・・。」
「もう無駄だ、死んでいる。」
「興奮で発作を起したのか?」
「こんな発作が?毒でも盛られたみたいな死に顔だぞ。」
「自殺か?」
「まさか!・・・こいつは命乞いをしていたんだぞ、そんな・・・」
騒然とする部屋の中で、テレストラートは人々の群れから離れた
後に従うジーグが部屋を出たところで声を掛けてきた。
「あの男、殺されたのか?術で。」
「わかりません・・・・・何も、感じなかった。」
それでも恐らくダイス王はガーセンによって消されたのだろうと確信に近い思いで思った。
人一人の命を奪う術が発動したのに、何も感じなかった。感じ取れなかった。
恐ろしかった。
敵がガーセンの首脳部の人間を個々に術で攻撃してこないのは
それが出来ないからか、それともしないだけなのか・・・
あの術が王や将軍たち、そして自分やジーグに振るわれても自分はそれを防げない。
未知の術。
とても恐かった。

「テレストラート」
部屋を出たテレストラートの後を追ってきた長老の1人が声を掛ける。
「少しよろしいかな。お耳にいれておきたい事があるのじゃが・・・。」
「何ですか?」
だがグイ老は言いよどむ。
人に聞かれたくない内容らしいと察し
「では、私の部屋に。ジーグ、少し外してもらえますか?」
「分かった」
何も問わず立ち去るジーグを見送り、テレストラートは長老を伴い南塔の自分に与えられた部屋へと歩いていった。
「お話とは何です?」
部屋に入っても何故か、中々話を切り出さないグイ老にテレストラートは促すように言葉をかける。
「まったく関係のない事かもしれないのじゃが・・・。」
それでもまた言葉を切る彼にテレストラーとは問いかけるように小首をかしげた。
だまって言葉をまつテレストラートに老人は数度の逡巡の後、言いにくそうに言葉を押し出した。
「もう、40年も前の事だが・・・村を出た男がいる。
村に馴染めずに異端視されていた男。名前はサシャリア・ポッタ・ロリス。」
「サシャ・・・?ですって・・・。その男、何故村を出たのです?追放ですか?」
「違う。居なくなったのじゃ。山で遭難し、死にでもしたのだろうと・・・もし、そうでなくとも・・・」
「何故、探さなかったのです?遭難したかもしれない村人を。
見捨てたんですか?当時の長は!」
「・・・サシャを探さないのは長の指示だった。その日は精霊たちが騒いでおり
嵐が来る事が分かっていたのにサシャは出て行った。
なのに他の村人まで危険な目に会わせる事は出来ないと・・・。」
「そんな・・・」
「その日だけでは無いのじゃ。サシャは何度もわざと事を起しては村を騒がせた。
怪我人が出た事も有った。」
「それで長が見捨てたと?」
「サシャは長の弟だった。自分の身内が村を騒がせる事にずいぶんと憤っておった。」
「兄・・・弟」
テレストラートの口から虚ろに響く言葉が零れた。
長になるほどの実力を持つ兄に、はぐれ者の弟。
弟を厭う兄、兄の気を惹きたかった弟。
「テレストラート!」
グイ老に腕を強く掴まれ、鋭く名を呼ばれたテレストラートがビクリと体を震わせ
まるで夢から覚めたような目でグイ老を見た。
「ティティー・・・」
心配そうに覗き込むグイ老にきつい視線を向け、テレストラートが問いかける。
「何故、長老達まで長に賛同したのです?村人を見捨てるような軽率で危険な真似を。」
「サシャが無事な事は、わし等にはわかっていた。
そして、あれは古いしきたりに縛られ隠れて暮らす村の方針に常々不満を洩らしておった。
馴染めない村の中で虐げられて生きるよりも、外の世界で居場所を探し生きて行く方がサシャにとっても良いと思ったのじゃ。」
精霊術師の存在を世から隠すために、ロサウの村は外界との接触を断ち
ひっそりと隠れて暮らしてきた。
それを、村の平安を保つ為と安易に厄介払いをして
それで術師の存在が世に出ては、村の平安所の話では無いではないか。
現に
「その男が禁書を持ち出した!」
「それは、有り得ん。」
「何故?何故、断言できるのですか?現に禁書は無くなっている。サシャが村から消えた40年前に!」
「あの男は術を使えんのだ!」
「・・・・・」
「精霊を見る事は出来た。だが、従わせる事が出来なかった。」
「・・・それで、異端視を?」
「そうではない・・・あれの親は術を使えない息子を不憫に思い、大切にしておった。
村人達とて・・・一体、どこでどう間違えてしまったのか・・・。」
40年前・村の中で唯一力を持たない異端の術師・サシャと言う名前
偶然であるハズがない。彼こそがイオクを裏から動かす者。
グイ老もそれを分かっているから、自分に話したのだろう。
だが、余りにもお粗末で遅すぎる。
「彼の真名を知るものは?」
存在そのものを現し、存在を縛る"真実の名前"
その名を知れば、その存在を制することが出来る。
その名を知るのは本人と、その名を授けた者だけ。
「あれの名付け親はオークルスじゃ・・・。」
オーク老はテレストラートの反魂により、既に命を落としている。
「八方ふさがり・・・。」
どうしようも無い怒りが身の内を焼く。
実の弟を見捨てた長に、それを止めなかった長老達に、なんの手立ても無い自分自身に。
怒りに感応して精霊たちが騒ぎ始めるのを感じる、それを押さえようとした瞬間に
痛みに襲われ、テレストラートはその場に膝をつく。
「テレストラート!」
グイ老が驚き声を上げる。
テレストラートはそれに応えず、痛みが去るのをまった。
もう、この感覚にも慣れている。
「長老達に口止めを。サシャの出自を知られないよう。」
痛みをやり過ごすとテレストラートはグイ老には目を向けず、立ち上がり平静な声で告げた。
今、精霊術師は争いを好まず、直接人を害さず無害で便利な道具として人々に認識されている。
イオクの使う妖しい術は精霊術とは別の物と思われており、精霊術はそれから人々を守る盾となると。
そう思われるように振舞って来たし、人々の目は友好的である。
だが、イオクで術を行なっているのが同じロサウの術師と知れれば、人々の認識など容易く変わる。
「他に、私に知らせていない情報はもう無いですね。」
テレストラートは、今度は真っ直ぐにグイ老を見つめて確認する。
声が刺々しくなるのを抑えられない。
グイ老は悲痛な面持ちで無言のまま首を振る。
「また、術師達が狩られるような事態は避けなければ。
我々の手で何としてでも決着を。」


(2007.09.23)
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