ACT:50 過去との決別


2年に一度王都フロスで開催される御前試合は国を挙げての祭りだ。
各地で行なわれる予選を勝ち抜いた、腕自慢の強者が
王の御前で決勝トーナメントを繰り広げる。
試合は一対一の一騎戦と二対二で争われる組戦。
どちらも実際に斬り合うのではなく、胸に付けたプレートを破壊する事で勝敗を決める模擬戦だが真剣を用い騎馬で戦う。
優勝者には王から直々に剣を授けられる名誉を与えられるが
決勝には1〜2人の将軍も参加するため、その栄誉は殆んど将軍の手に渡る。
だが時には大番狂わせも有り、何が起こるかわからない所も人々を熱狂させる。
今年参加する将軍は第3王子ハシャイの右腕として知られるローウィ・セント将軍と
昨年将軍に就任したばかりのまだ歳若いガイ・ダーシス将軍の2人

ジーグは一昨年始めてこの祭りに参加が許され、参戦したが
訓練とも実戦とも違う幾つもの決まり事や、熱狂する観衆の中で行なわれる試合の場の異様さに
ペースを乱されたものか決勝トーナメントまで進む事が適わなかった。
2度目の今回は、前回の轍は踏まず順調に勝ち進みフロスでの決勝トーナメント出場の権利を勝ち取った。
予選トーナメント時と違い、試合は3回戦で争われ先に2回プレートを砕いた方の勝利となる。
ジーグは既に3人に勝ち、決勝に向けて順調に駒を進めていたが運の悪い事に4回戦でセント将軍と当った。
勝ち目は無いだろうが、何よりジーグ本人がその試合を楽しみにし
闘志を燃やしていて、面白い試合が見られるだろうと思われたが
ロトは父が籍を置く剣練所の、祭りに合わせた催しの手伝いに駆り出され
その試合を見ることが出来なかった。
見なくても彼がどんな戦い方をするかは、容易に想像する事が出来た。
策を弄する事無く、真正面から馬鹿が付くほど勇猛果敢に攻め込んでゆく事だろう。
いくら将軍とは言え、そう安々とはジーグを抑える事は出来ないに違いない。
そう想像するだけで、ロトは何とも愉快な気分になった。
しかし、負けた後のジーグはきっと荒れるだろうから
無関係な人間があまり被害を受けない内に、フォローを入れにいかなければ。
そんな事を考えていた時に、剣練所に知らせが入った。
試合中に怪我人が出たと言う。
怪我の度合いは不明なものの、どうやら怪我をしたのはジーグらしい。

ロトは自分の顔から血の気が引いて行くのを感じた。
今まで、思いもしなかったのだ
ジーグを失ってしまう可能性を。
もしジーグが死んでしまったら
そうでなくても傷つき戦えなくなってしまったら、彼は変わってしまう。
その恐ろしさに、ロトは体が震え出すのを止められなかった。

駆けつけた試合会場の控えの間でジーグの姿を目にしても
ロトは不安を拭いきれなかった。
「ジーグ!?怪我は?」
「おう、ロト!」
存外元気そうでは有るが、左脇腹に巻かれた包帯は血に染まっている。
「やったぞロト、ローウィ・セントから一本取った!」
なのに本人は興奮して上機嫌。
「お前にも見せたかったな、もう強いの何のって。人間業じゃ無い、本当に凄い。」
ジーグは目を少年のようにキラキラさせて、楽しくて仕方が無いと言うようにに語る。
「くそっ、今は到底かなわねぇ。だが見てろ、いずれ絶対に負かす。」
ハシャイ王子の右腕であり、この国屈指の使い手セント将軍はその冷静沈着な態度から
氷の将軍と呼ばれている。
そのセントが制しきれず試合で相手を傷つけるほどに追い込まれるとは。
試合はさぞ見ものだった事だろう。
「二騎戦でお前と出てたら、ローウィ・セントにだって負けないのに。」
冗談には聞こえない声で言うジーグにロトは呆れた顔で応える。
「二騎戦にセント将軍が出たら組手はハシャイ様だ。勝てるわけ無いだろ。」
第3皇子のハシャイはその豪快な戦術と性格から獅子王との異名で呼ばれる
ガーセン切っての豪傑だ。
氷の将軍を従えた獅子王は正に無敵の猛将
なのにジーグは笑い飛ばす。
「勝てるさ、今は無理でもいずれは必ず。お前と俺なら。
俺はガーセンで1番の戦士になる男だ。そしてお前は俺が見込んだ副官だ。
獅子王なんて目じゃない。」
ロトは心底呆れた。
怪我をして、包帯を血に染めた姿で本気で言っているんだから本当の馬鹿だ。
ロトは何だか気が抜けて、笑が込み上げて来るのを押さえられなかった。
心配して損をした。
コイツは殺しても死にはしない。
何が有っても変わらない。
夢にも思えないような事が、ジーグの口で語られると本当に出来るような気がしてしまう。
ジーグの言うとおり、今ロトは軍に入り副官としてジーグの側に立っている。
何時の日か将軍となったジーグの側に立つと言う"夢"も現実になるような気さえして来る。
この親友の語る未来を信じて、一生付き合ってやっても良いとロトは何処かワクワクした心持で思った。

結局優勝の有力候補だったセント将軍が対戦相手に怪我をさせた事を理由に
決勝進出を辞退したため、優勝したのはダーシス将軍となった。
セント将軍からみごと一本を奪い取ったラセス将軍の息子の名は
1日でフロスに知らない者は居ないほどに知れ渡った。


そして平穏な日々は突如終わりを告げ
戦乱の日々が訪れる。

それは身分に縛られず、実力一つでのし上がる事の出来る世の中の到来でもあった。
そして乱世はジーグを更に強くした。
彼の描く未来は確実に形を成し始めた。


   だが、何かが変わり始めた。


「誰だ、あれは。」
「ああ、この村の長だよ。」
「長!?あれがか?ガキじゃねぇか。」


   変わらないハズのものが。


「何熱心に見てるんだ?ああ、テレストラート様か。
綺麗な子だよね。変わった毛色だけど。気になる?」
「気にいらねぇ。あいつ、不自然だ。」


変わったのはジーグ。


「ジーグ、術師の護衛に志願したって本当か?」
「ああ。」
「何で!」
「何でって、重要な役目だろう。今や術師はガーセンの要だ。」
「それはそうだが・・・術師の護衛など軍の奥深くに突っ立ってるだけの役目だ。
何もお前がやることは無いだろう?前線に立てないんだぞ。
お前の腕を振るう場では無い。何で・・。」
「守りたいものが有るんだ。」


   守りたいもの。
   抱き続けてきた自分の夢よりも、大切なもの?
   自分の夢をあっさり捨てる程?



ジーグの夢を適える為に、俺は全てを捨てた。
違う、ジーグが俺の夢そのものだった。


   では、俺の夢は?



打ち込まれた剣を剣で受ける、重い衝撃。
戦いにくい相手だった。
自分の動きは全て読まれている。
そして相手の動きも手に取るように分かる。
そうやってお互い背中を預け、戦ってきた仲だ。
こうして剣を合わせていると、以前に幾度となくしていたように
剣技を磨く為の練習をしているような懐かしい錯覚に捕らわれる。
しかしこれは、殺し合いだ。

同じ時を過し、同じものを見、同じ技を身に付けてきた。
それでも実力は同じでは無い。
体格の差から来る力の差
それ以上にものを言う生まれながらの才能の差。
ロトはジーグには及ばない。
だがジーグには迷いが有る。

信頼していた。
一生自分の側に居るはずの男。
その事に対して何の疑問も持っていなかった。
だから最後の戦になるはずだったオーガイで
父の提案に乗り前線に出ることを決めた時にテレストラートを託した。

何故あんな事になったのか?
自分の誤解ではないのか?
何かの間違いではないのか?
全てが事実なら、自分はロトをこの手で殺さなければならない。
世界で一番信頼を寄せていた男を。
だからロトに会い確かめたかった。
だからロトに2度と会いたくなかった。

隙を突き打ち込もうとした剣の勢いが鈍る。
「迷いが剣に出ているぞ、ジーグ。思考に影響される、悪い癖だな。」
剣練所で自分を注意する時と同じ口調。
それと共に繰り出されるのは、急所を的確に狙ってくる突きだ。
ジーグは冷静に身をかわすと、ロトの剣を弾き飛ばす。
その重い衝撃にロトは弾かれるままに剣を手放した。
「それでも、やっぱり適わないか。」
言葉と共にあっさりと負けを認める。
まるでこれが訓練でしか無いとでも言うかの様な未練のなさで。
そこには恨みも、後悔も、生に対する執着さえ何も感じさせない。

「・・・何故。何故だ?何故裏切った!」
ジーグの口から出た問いは、叫びに近かった。
それに対するロトは穏やかとさえ言える程の静かな瞳でジーグを見ている。
「お前には分からない。」
全ての才能に恵まれ、努力すれば全てを手にする事が可能なくせに
それを惜しげもなく投げ出すお前には。
お前は戦場を捨てた。そこがお前と俺のいるべき場所だと言うのに。
前線で剣を交え敵を屠る為ではなく
たった一人のためにその剣を捧げる?
俺はどうなる?
子供のお守りに未来があるのか?
将軍の補佐官の名誉は?
お前は戦う為に生まれて来た男なのに!

「・・・ロト」
「俺はお前に憧れていたよ。お前に懸けてた。」
一生を懸けて彼を守るためだけに戦う事を選んだ。自分の人生は捨てて。
将軍となった彼の側に立ち、彼を支え続ける為に。
なのに。

守りたいものが有る。

その、たった一言で道を乗り換えた。

「俺を裏切ったのはお前のほうだ。ジーグ」

ジーグはロトを睨みすえたままゆっくりと息を吐き出す。
望んでいたのは否定の言葉、たとえそれが偽りでも
だがその答えは得られない
質問に対する答えも。
同じものを見ていると思い込んでいた
だがジーグには今ロトが何を思うのか理解できない。
ロトがそう指摘したように。
既に2人の道は分かれている
全てを終わりにしなければ。
でも・・・

「ももういい、行け。一生追われて生きるがいい。」
ジーグの口から発せられた言葉にロトが信じられないと言うように目を見張り
次ぎの瞬間ロトの顔が悲しみとも怒りともつかない表情に歪む。
「冗談・・・だろ。ここまで来て、情けをかけるつもりか・・・。」
搾り出す声は軋んでいた。
「後悔するぞ、ジーグ。自分の選択を・・・」
突然ロトは弾かれたように笑い出した。
「俺はあきらめない、必ずお前の術師を殺す
生きている限り、何度でも、何度でも、何度でも!
お前からテレストラートを奪ってやる!!」
叫びと共にその懐から、短剣を取り出し走り出したロトにジーグが剣を繰り出す。
その動きをロトは確かに目で捉えていたはずなのに
彼は避けずに剣をその身に受けた。
予想もしなかった情景に、時が止まったような錯覚に捕らわれた。
ロトの胸を刺し貫いた剣を、反射的にジーグはその体から引き抜いた。
とたんに時間が動き出した。
傷口から大量の血が噴き出し、ロトの体が崩れ落ちる。
咄嗟にその体を抱きとめジーグは彼の名を呼ぶ。
ロトは何事が呟くように口を動かしたが、言葉が紡がれる事は無く
代わりにあふれ出したのは、目を焼くような鮮やかな鮮血
見開いたロトの瞳から急速に光りが失われて行き、ジーグの腕の中でロトの体が重さを増したような気がした。
「ロト・・・」
ジーグは呆然と親友だった男の亡骸を腕に抱き座り込んでいた。
見開かれた、もう何も映さない瞳をそっと閉じてやると
穏やかなその表情は、まるで笑っているようだった。
「何で・・・何でこんな・・・」
零れた呟きは途切れ、ジーグの口から雄叫びのような叫びが迸った。



その身を親友だった男の血で染めジーグがテレストラートの元に戻ると
彼は壁に背を預けて座り俯いていた。
ジーグの気配に気付いているだろうに
「テレストラート。」
呼びかけても顔を上げもしない。
「ティティー。」
すぐ前にしゃがみ込み、もう一度呼ぶとゆっくりと顔を上げる。
その顔は流れ落ちる涙で濡れていた。
「・・・の・・・で・・・」
拭う事もせず、テレストラートは静かに涙を流し続ける。
こんな風に泣くテレストラートをジーグは見たことが無かった。
「私の・・・せいで、あなたに・・・親友を、手に・・かけさせて、しまった・・・。」
「ティティー」
「私は・・・」
「お前のせいじゃない。」
そっと手を伸ばし、頬を伝う涙を拭うが
まるでたがが外れたように涙は後から後からこぼれ落ちる。
「私が・・・ロトを・・・」
「お前のせいじゃない。」
引寄せて抱きしめるた腕の中で、テレストラートは涙を流し続けた。
「―――――すまない。」
まるで泣かないジーグの代わりに、テレストラートが泣いているのだと言うように。




イオク王ダイス・クロセルラは第三妃と屋敷の一室の衣装棚の中に隠れている所を
ダーシス将軍の手で捕えられた。
屋敷に襲撃をかけたガーセン軍兵士の内、およそ2/3が
まるで空気に溶けでもしたかのように姿を消し、その後の捜索にも関わらず行方は知れないままだ。
その2日後イオクは正式に第一皇子のピーティオ・クロセルラが国王に即位を宣告し
周辺諸国への変わらぬ戦意を表し、降伏の勧告を行なった。
挑発された形になった各国は、イオクへの侵攻を決する為の諸国会議を急遽開き
一時こう着を見せていた戦況は、一気に加熱した。


(2007.09.16)
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