ACT:43 動き


前言撤回。
彼女は天使なんかじゃない
女神だ・・・。

滑らかに白い、大理石の彫刻のような
いや、もっと柔らかなクリームのような
優美な曲線を描くその艶かしいライン
胸の豊かな膨らみ、そして桜色に色付く・・・・・

「・・・・・やべ、鼻血吹きそう。」
思わず視線を外した耕太の手を取り、愛しげに口付けると白蘭はその手を自分の体へと導く
その柔らかな感触に耳まで真っ赤に染めた耕太に、滴るような甘い笑みを浮かべてうっとりと囁く。
「可愛い方・・・。」
腕を伸ばし、耕太の首に絡めるとゆっくりと抱き寄せ、唇を甘く噛むようについばみ
舌でその輪郭を確かめるようになぞると、ゆっくりと深く口付けた。

キス〜〜!!オレ、こんな美人と、もんの凄いキスしてる!!
今まで一度だってこんな・・・
そこまで思い、苦いキス遍歴が甦る。
今までの経験って、タウと、ジーグ。
・・・・・オレの人生って・・・・
そりゃ、悪かった訳じゃないさ、でも、気持ち良けりゃイイってモンでも無いでしょう。
ちょっと切なくなった気分を、無理矢理切り替える
過ぎた事は、この際関係ない!
オレはこれから、この夢のような女の人とヤルんだ!オレの人生の絶頂を迎えるんだ!
白蘭の指がそっと耕太の服に掛かり、ゆっくりと留め紐を解いてゆく。
"コータ"
心の中でジーグの咎める声が聞こえた気がした。
何でオレ、こんな時にジーグの事とか、考えてるんだ?
黙って出てきちゃって、隠れてこんな事してる良心の呵責ってやつ?
ジーグ、今だけは引っ込んでてよ・・・オレ、これから正真正銘の男になるんだ!


精霊を使い耕太を探していたゼグスが術を解き、小さな溜息と共に首を振る。
「みつかりません・・・・城内には居ないようです・・・」
「そんなはずは・・・一体何処に行った?まさか1人で城を出たのか?」
「まさか・・・」
「コータの身に何か有ったんじゃないだろうな。クソッ、目を離すべきじゃなかった!」
ジーグは苛立った様子で無意識に自分の掌に爪を立てる。

コータ・・・テレストラート、一体何処にいる?



「ん・・・」
口付けを解き、柔らかな胸の膨らみにそっと触れてみる。
手に吸い付くようなその感触
気持ちイイ〜!想像してたよりも何千倍も。
こんなイイ物がこの世に有るなんて!神様、本当にありがとう!!
心臓の鼓動と同じ速さで、下半身が脈打ってる。
下に血が行ってるせいか、頭がクラクラするぐらい興奮、する。・・・?
違う、クラクラじゃなくって、ぐらぐら?オレ、気ぃ失いそう
って言うか、何か・・・眠く、なって来ちゃった?嘘?何で??
これからって時に!?
思う間も、どんどん瞼が重くなり意識が眠りに呑まれそうになる。
ちょっと・・・・待って――――――――――っ!!!

"ジーグが呼んでいる。"
その認識に深い眠りの中からテレストラートの意識は急速に浮上して行く。
"行かなければ、彼の元へ。"
まだ覚醒しきれていない、夢うつつの様な状態でその思いだけが彼を突き動かし
無意識の内に耕太の意識を押しのけた事にも、気付かない。
「・・・ジーグ?」
小さく呟き、ゆっくりと瞼を開く。
白い光に溢れる視界が、まだ焦点を結ばない瞳に眩しくて瞬きを繰り返していると
瞼の上にそっと柔らかな感触が触れる。
「な・・・に・・・?」
「テレストラートさま・・・?」
甘い声に急速に意識が覚醒し、目が眼前の人物に焦点を合わせる。
「どうかなさいました?」
驚きに息を詰めたテレストラートに、不思議そうに白蘭が尋ねる。
目にした光景にテレストラートの思考は完全に一度停止し、彼女の声も耳には入らなかった。
甘い色香を漂わせながら、自分に寄り添う美しい女性。
彼女はその身に何一つ衣服を着けてはおらず
その美しい体を隠そうとする素振りさえも見せず、まるで誇るようにその姿を曝している。
見廻せば上品に整えられた部屋の中には2人きりで、ここは寝台の上。
自分のコートもローブも離れた床の上に打ち捨てられており、辛うじて身に着けている長衣も前が肌蹴られている。
「さぁ・・・。」
白蘭が誘うような眼差しで見上げ、寄り添い
ほっそりとした手をテレストラートの胸に這わせた。
撫で上げる、他人の肌の感触に驚き、テレストラートが弾かれた様に身を引く。
「テレストラートさま?」
白蘭が不思議そうに名を呼び甘く微笑むと、しどけない姿で座ったまま誘うように手を差し伸べて来る。
「いらして・・・。」
何をどう見ても、疑いようも無く、男女の情事の現場だ。
テレストラートの思考が目まぐるしく回り始める。

彼女は誰だろう?耕太の恋人だろうか?
ここの所、自分の事で手一杯で耕太個人の話をあまり聞いて居なかった事を後悔する。
ここで下手に振舞って、自分のせいで耕太と彼女の関係を悪くしてしまっては、耕太に申し訳無い・・・。
それにしても、何でよりによってこんな場面で・・・
自分の間の悪さを心の中で罵った。
「どうされましたの?」
優しく問う声の中に、早く、とせがむような甘い色香が混じっている。
それはそうだろう。
一つ寝台の上で、好き合う男と裸で寄り添っているのに、直前でお預けを食らわせられているのだから。
女性にこれ以上を口に出させて、恥をかかせるのは本意では無い。
けれど・・・。
テレストラートは掛け布を掴み、彼女の上から着せ掛けると
その扇情的な裸体を覆い隠した。
「テレストラートさま?」
「あの、その・・・違うんです、これは・・・いえ。ええと・・・」
何とか場を取り繕わなければと思うのだが
言葉が舌に絡まったように上手く口から出て来ない。
落ち着け、と自分に繰り返し言い聞かせながら
覆い隠しても尚匂い立つような存在感を示す彼女から、少しでも距離を取ろうと後退る
「も、申し訳、ありません・が・・・急に、その、用事を・・・思いだして・・・
 すぐに、行かなければ。・・・本当に」
「今、すぐにですの?」
驚いた様子の白蘭は、すぐに驚きの表情を顔から消すと
しなやかな手を伸ばしてテレストラートの服を握り、切なげな顔で見つめて来る。
「本当に、すみません・・・。」
それでも、身を引こうとするテレストラートを引き留めるよう身を寄せ
蕩けるような表情で、誘うように甘く囁く。
「ほんの数刻で済みますわ、ね・・・」
男なら何を置いても彼女の望みを叶えてやりたくなる、そんな蠱惑的な表情。
「本当に、本当にすみません・・・あの、手を。離して、頂けますか・・・?」
それでも陥落しない男に、白蘭は残念そうな顔をして
それでもそれ以上は縋らず、あっさりと手を離した。

テレストラートは転がり出るように寝台を降り、自分の服を手早く拾い上げる
チラリと視線を向けた寝台の上で、掛け布をテレストラートに掛けられた姿のまま
寂しげに座る姿に困ったように視線を逸らす。
その様子に耐え切れなくなったのか、白蘭が再び口を開く。
「私が何かお気に障るような事をいたしました?
 私がお気に召しません?」
「いえ、そんな・・・そうでは無くて・・・その・・・。」
取り繕うかのように衣服を整えながら、テレストラートは狼狽える。
こんな別れ方をして、彼女と耕太が気まずくなったりしたらどうしよう・・・。
非は、状況も確認せず強制的に彼と入れ替わった自分に全て有る。
けれど、一体どう彼女に接したら良いのか、全く頭に浮かんで来ないのだ。
せめて、後でフォローを入れられるようにだけは、しておかなくては・・・。
「本当に・・・その、どうしても外せない急な用事なのです。
 後で・・・必ず、連絡を入れますから・・・。」
「本当に?」
脈有りと見たか、白蘭が嬉しそうに身を乗り出して来る。
耕太は彼女の連絡先を知っているだろうか?
恋人なら・・・でも・・・知らなかったら?
このまま手立てが切れてしまう。
でも、知っていたら?ここで尋ねるのは不自然だろうか?
多少、不自然だろうとも行方を見失うよりはきっとマシだろう。
そう思って、テレストラートは寝台の上から見上げている白蘭に尋ねた。
「はい。・・・その、それで出来れば、連絡先と・・・・・
・ ・・・その、お名前をお伺いしても・・・・?」
さすがに名前を聞くのは躊躇われたが、思い切って付け足した。
それに対し、彼女は甘い笑顔を向けて応える。
「白蘭ですわ、テレストラートさま。私は、いつでも此処におります。」

"此処・・・?ここって・・・?"
思わずそう聞き返しそうになったが、自分がこの場所を覚えて帰れば良いだけの事だ。
ひらひらと手を振って見送る彼女をおいて、部屋から飛び出す。
出口を探し急ぎ足で歩いていると家令らしき男が、驚いたように声を掛けた。
「テレストラート様、どうかなさいましたか?」
「いえ、なんでも有りません。いえ、急用で。また、連絡を・・・。」
慌ててそれだけ告げると、逃げるように屋敷を飛び出した。
表の景色を見て、怪訝そうに眉をしかめ
もう一度自分の出てきた建物に目をやり、入り口に掛けられた記章を確認して悲痛な声を上げる。
「・・・・・娼館。」
空気の抜けるような力ない声で呟くと、顔を真っ赤にして、全速力で駆け出した。
「もう・・・耕太!!」


「あ〜あ、いいなぁ・・・白蘭ちゃん。どんな感じなんだろう・・・俺も金が有ればなぁ〜」
「何言ってやがる。無理無理、もし金が工面できてもお前じゃ向こうに断られるのがオチだって。」
「言えてる。」
耕太を『白鷺』に送り届けた3人は、店から花街の中心地に戻りながら軽口を叩き合っていた。
白蘭を供する為に、今日3人で、久しぶりに花街で盛大に遊ぼうと用意していた資金は
全てつぎ込んでしまい、安酒を飲むぐらいの金しか残っていなかったが
ガーセン軍の英雄を男にする為に、取って置きの舞台を用意出来た3人は上機嫌だった。
テレストラートの用事が終わったら、知らせを出してくれるよう、店の者に頼み
この日を祝って一杯やろうと、急がぬ道程を馬を引いて歩いているころだ。
「後でじっくり聞かせてもらおう!」
「馬鹿、失礼だぞそんなの!」
「いいじゃないか、武勇伝を聞かせてもらうぐらい。後学の為にさ!」
「何の後学だよ、女なら知り尽くしてる癖に。」
「出世して『白鷺』に行った時の為にだよ。」
「無理無理、一生かかったって、お前には無理!」
「あ・・・れ?」
「何だ?いい女でも居たか?」
「テレストラート様・・・?」
「え?」
今戻って来たばかりの道の向こうから、テレストラートが走って来るのが見える。
3人に気がつくと、速度を上げて此方に向かって来る。
「テレストラート様、どうされたんですか?ずいぶん・・・早い・・・ですね。」
「馬を、貸して下さい。城に戻ります!」
問いかけを聞かず、息を切らしながらも、真剣な様子で訴える彼の様子に3人は気おされる。
「え?どうしたんですか?」
「気に入らなかったです?」
「いいから、早く!」
何を問われているのか分からないテレストラートが焦れて急かす。
いつもの様子からは想像も出来ない、テレストラートの慌てた様子に思わず馬の手綱を差し出す。
「ありがとう。」
ひらり、と身軽に飛び乗るとそのまま馬を駆り
あっと言う間に視界から消えるテレストラートを、3人はただ呆然と見送った。

「逃げちゃった・・・。」
「ご自分の馬、置いていっちゃったよ・・・。」
「そんなに、恐い思いしたのかな・・・。」
「もったいない・・・。はじめてには白蘭ちゃんは刺激強すぎたかな?」
「ナニをするか、前もって説明しといた方が、良かったんじゃないか?」
「え?だって、テレストラート様いくつだよ。」
「だって、ほら。大事に大事にされてるし。子供の頃から大人と同じに扱われて
誰もそーゆー事、ウッカリ教えてあげて無いんじゃないの?
女の子だって、ジーグ軍兵長が鉄壁の守りで近づけないって話だし。
ガイヌの村でテレストラート様と良い仲になった娘を、部屋から叩き出したって噂だぜ。」
「うぁ〜〜〜」
「そりゃイカンな。俺たちが正しい男女の道を、教えてやらないと・・・。」

テレストラートに対する大いなる誤解と、的外れな決意と、心もとない財布を胸に
3人は華やかな愛の町へと消えて行く。



「ジーグ、何が、有りました?」
息を切らして駆け込んできたテレストラートを目にして、ジーグはほっとした表情をその顔に浮べる。
「ティティー、一体何処にいたんだ?」
「それは・・・その、耕太の用事で、ちょっと、町へ・・・」
「町?外に出ていたのか?1人で?いったい何を・・・ん?何だ、この匂い・・・?」
微かにただよう甘い残り香に、ジーグが目ざとく反応する。
「何の匂いです。」
テレストラートは内心、心臓が飛び出す思いだったが表情を動かさず
密かに風霊に命じ、匂いを残さず散らすと
一体何の事か分からないと言った風情で問い返す。
怪訝な顔で確認するように身を寄せたジーグだったが、既に白蘭の痕跡を感じ取る事は出来ない。
それでも、テレストラートの様子に、何かが有ると疑っている風なジーグは更に問いを重ねる。
「一体何をしていた?何故、俺が探しているのが分かった?」
「あなたが必要としている時には傍にいると約束したでしょう?」
柔らかな笑みと共に告げられた言葉の、真摯な響きと内容に驚き
ジーグが一瞬言葉につまる。
誤魔化されるものかと、ジーグが気を取り直す前に
テレストラートが誤魔化すように話を元にもどす。
「そんな事より、何か話しが有ったのではないですか?」

「ああ・・・、そうだ。
イオク国王が単身国を出てニンゲの郊外に有る屋敷に潜伏しているらしいと言う情報が入った。」
「ニンゲに、ですか?国王本人が?それで、イオクの現在の動きは?」
ニンゲはガーセンに隣接する弱小国で、豊かな温泉と風光明媚な土地、穏やかな気候で知られている。
ニンゲの現在の王はイオク国王とは遠縁に当たるが
表立ってはイオク側、ガーセン側どちらにも与さず、中立を表明している。
ガーセンが勝てば、今まで通りの和平を求め、イオクが勝てば血を理由に占領を免れる心づもりだろう。
その実、裏ではイオクに便宜を図っている事実上の同盟国である。

それが何故、ガーセン側に潰されないかといえば
ニンゲからイオク国内の情報が僅かばかりながらも流れて来るからだ。
そのニンゲからもたらされた情報は、イオク国王の入国だった。
イオクの王ダイスは気の弱い人物として知られていたが
その名の下に宣戦が布告されて後、殆んど表舞台にその姿を現していない。
その王が突然自国を出てニンゲに入った。
同行したのは歳若い第三王妃と女官、数人の護衛のみ。
ニンゲ側にも事前の通達は無く、滞在先の土地を治める領主は
慌てて警護の為の兵を手配したが、混乱から警備体制は穴だらけだという。
「既に長老達に探ってもらったが、イオク本国の方は相変わらず覗く事が出来ないそうだ。
ニンゲには、特に異変は今のところ起こっていないらしい。
どう思う?何か目的が有っての事だと思うか?」
一国の主、それも戦の真最中に、この行動
何か特別な意図があるとしか考えられないのだが、国王が自ら動くような事柄がニンゲに有るとも思えない。
「本当にダイス王、本人なのですか?何か作意が有っての偽りの情報では?」
「分からない・・・しかし・・・。」
偽の情報にしては、あまりにもお粗末なのだ。
それらしい目的も、体裁も、全く整っていない。
信用できる情報では有りませんと、注釈付きで流されているような物だ。
本当のお忍びで有るとしても不自然すぎる。
非常識な程少人数での出国は警護が万全とは言えないし
かといって姿を隠しひっそりと移動したと言う訳でも無いらしい。
敵の目を眩ますためと思えなくも無いが、ならば何故、事前にニンゲ側への通達がなされていないのか。
ニンゲ自体が混乱を来たしており、裏の情報ルートが有るとはいえ
敵国ガーセンにすぐに情報が流れるような状況では、イオクに再び無事戻れる保障は何も無い。
それとも、それらを懸念する必要が無いほどに、強力な切り札が有るという事なのか?

いずれにしろ、ガーセン側としては、この機を指を咥えて見ているつもりは無い。
王がもし本物で有るならば、敵の頭を取る絶好の機会だ。
もしも、罠が張り巡らされていたとしても、それを恐れて傍観しているようなガーセンでは無い。

「どちらにしろ、ニンゲに部隊を出す。本人かどうかは狩ってみれば分かる事だ。
ダーシス将軍がすぐにでも隊を統率する為にベリル領の私有軍と合流するそうだ。」
「私も、行きます。イオク王の下に術師がいればどんな奇襲を掛けても防がれる恐れがあります。
王が本物で有るならば、術師が同行している可能性が大きい。」
情報があまりにも荒唐無稽すぎて、何が真実か分からない。
けれど、それが本当にダイス王本人で有るならば、イオクの頭を抑える事が出来るかもしれない。
禁書を持つと思われる、謎の人物が一緒に行動していなくとも、情報が得られるかもしれない。
こう着した状況を動かし、一気に終結へと駒を詰める、これはまたとない機会だ。
戦を治める為には、多少の危険など顧みている時間はもう残ってはいないのだから。

(2007.08.11)
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