Act3 要請

一体、何がどうなってるんだ?
耕太は壁にへばりついた体制のまま考えた。
もうずいぶんと長い事、ここでこうして蹲っているが、眼が覚める気配はない。
だからと言ってこれが現実であるはずはないし、もしかして頭がどうにかなってしまったんだろうか・・・?

ゆっくりと室内を見回す。
室内の明かりは耕太が横たわっていた台に置かれたランプだけで薄暗い。
壁には小さな窓が有るが、今は夜なのか明かりは入ってこない。
床は石。よりかかる壁も石を積んだもの。
こんな創りの部屋は映画かゲームでしか見たことが無い。
少なくとも耕太の住む町には無さそうだ。
視線を彷徨わせているうちに部屋に転がる首なし死体をまた目にしてしまい耕太はヒッと小さく声を上げ堅く眼を閉じた。

これって、もしかしてドッキリ?
いや、しかし、平凡な一高校生を騙すために、こんなに金をかけるテレビ局が有るだろうか。
それにさっきの戦士。
誰が夢にでてくる男そっくりの俳優をキャスティングできるって言うんだ?
有り得ない。

石の床が酷く冷たい。
ガタガタと震えながら、夢でも現実でも、いったい何時までこんなとこに置いておかれるんだ?と腹が立ってきた。
「さぶい〜・・・いい加減にしろよ。クソ〜」
「・・・あの〜」
入り口近くで所在無げに立っていた細身の男が遠慮がちに声をかけてきた。
耕太が腹立ち紛れにその男をにらみつけるとヒッと声をあげ跳びづさり
恐ろしそうな眼でこちらを伺っている。
ずいぶんと気が弱そうで、頼りなげな男だ。
まあ、人のことは言えないのだが・・・。

ここから逃げ出してしまいたいのに、一人残され耕太を置いて出て行く訳にもゆかず
困り果てている。まあそんな所だろう。

こいつ一人なら、蹴倒して外に出られるかも。
しかし手も足も寒さに強張ってしまって、上手く動かせるか自信がない。
それに外に出たからってどうなるって言うんだ?
この部屋の外に教室が広がっている訳でもないだろうし。
でも、少なくとも死体は無い。
いや、待てよ判らないぞ。死体がゴロゴロなんて事になってたら・・・

ウダウダと恐い考えを巡らせていると、入り口の扉が急に開き
耕太と見張りの男は、2人してビクリと飛び上がった。
状況に動きが無いと腹を立てていても、動きが有るとやっぱり恐い。

入って来たのは先ほどの戦士―――――ジーグと後から追って出た細身の男
そして先程はいなかった背の高い男の3人
細身の男は見張りの男のもとへ寄り何やら小声で説明しているようだ
背の高い男は少し離れた所に立ち鋭い目で耕太を観察するように見ている
ジーグは真直ぐに耕太の前に歩み寄った
「立て。」
思わずさらに壁へと身を寄せていた耕太は、恐る恐るジーグを見上げる
立てと言われても、寒さと恐怖に凍えた体はすぐには思うように動かない
ジーグは苛立ったようにおもむろに耕太の腕を掴むと
無理矢理立たせた
「ちょ・・ちょっと!」
抗議の声を無視して、そのまま部屋の奥の闇に沈んでいたもう一つの扉へと
引きずるようにして耕太を連れて行った

そこはテーブルと椅子が数脚有るだけの小さな部屋で
ひとまず死体が無いことに耕太はほっとした
椅子の一つに座らされ向かい側にジーグが立つ
背の高い男と細身の男は少し離れた所に立ち、見張りの男は入ってこなかった。
まるで取調べを受ける刑事ドラマの犯罪者みたいだ・・・
などと耕太は思ったが、事実それは取り調べだった。

「お前は、誰だ?」
「・・・・・」
ジーグが立ったまま耕太に問いかける
誰だ?と改めて聞かれても・・・何と答えるべきか考えていると
ジーグが続けて問う
「死霊か?それとも魔物か?」
「そ・・・そんな訳無いだろ!オレのどこが!!」
「では人間だと?」
「当たり前だ!」
「だが解っているか?その体はお前の物ではない。」
言われた言葉の意味を頭の中で繰り返して
言葉通りの意味にしか取れない事を確認すると
耕太はゆっくりと自分の手を見下ろした

白くほっそりとした指
それは見慣れた自分の物ではなく
しかし、自分の指と同じように意思どおりに動く
うつむいた拍子にサラリと音を立てて肩から滑り落ちた長い髪も
自分の物では有り得ない
夢の中での自分の姿が現実と違っていても
そんなモノかで済ませられるが
余りにもリアルなこれが、もし現実なのだとしたら・・・

「何これ・・どうなってるんだ?」
「その体の持ち主はテレストラート。昨日の戦で傷を負い・・・
 死んだ。」
耕太の脳裏に夢に見た光景が浮かぶ
「我々は反魂を行い彼の魂を呼び戻した。はずだったのだが・・・呼び込まれたのは・・・」
「・・・オレ?」
「そうだ。」
「何で?」
「それはこちらが聞きたい。お前は何者だ?」
「し、知らないよ!オレのせいみたいに言うなよ、オレはただ教室で寝てただけなのに
 何で、何でオレがこんなとこに来なきゃならないんだよ!元に戻せよ!」
「それは出来ない、術を施した術者は死んだ。落ち着いて話を聞け。お前の国は?」
「国?・・・日本、だけど・・・」
「ニホン?」
ジーグは、しばし考えると後に立つ背の高い男を振り返ったが
男は小さく首をふる
「ニホンとは何処に有る?」
「どこ・・って・・」
「リスリ山脈の北か?」
「え?何?」
「・・・一番近くに有る大国は?」
「大国・・・?ち、中国かな・・・ロシア?」
耕太の答えにジーグは眉をよせ考え込む、他の2人も困惑しているようだ
「ガーセンを知っているか?」
「知らない。」
「ホクトは?」
耕太はブンブンと首を振る
「この大陸の人間ではないのか・・・?」

たぶんこの世界の人間じゃないと思う・・・とは
さすがに耕太は口に出来ない。
ジーグは大きく息を吐くと、気を取り直したように続けた
「お前の名前は?」
「耕太。平山耕太。」
「俺はジーグ・ラセス。ヒラヤマ・コータ、年は?」
「17」
「男だな?」
「もちろん」
「俺の言葉は完全に理解できるか?」
「うん」
「ガーセンの事も、イオクの事も知らない?」
「うん・・・」
「解った。」

もう一度ジーグが後を確認するように振り返ると
背の高い男が小さく頷いた。
「ヒラヤマ・コータ、お前には協力してもらわなければならない
我が国ガーセンは今、隣国イオクと対戦中だ
昨日の戦いで我が国は国王を失った。
お前の入っているその体・・・テレストラートは我が国の術師の長であり
我が軍の要でも有る。
王無き今、テレストラートをも失った事が公になれば
同盟国は離散し、我が軍は崩壊しかねない。
何としてでも、隠し通さなければならない。
お前にはテレストラートを演じてもらう。」
「オレに・・身代わりになれって事・・・?」
「そうだ。」
「む、無理だよそんなの!オレ、何が何だか」
「無理でもやるんだ。お前に拒否する権利は無い。」
「そんな無茶苦茶だよ、出来ない、絶対出来ない!!」
「ヒラヤマ・コータ」
ジーグは耕太のアゴをおもむろに、片手でガッチリ掴むと目を覗き込み静かに告げる
「テレストラートの代役が出来ないのであれば、
お前の存在する意味は無い。その意味が解るか?」
殺される。
生まれて始めて、本気でそう思った。
今まで生きてきて、人から本物の殺気をあびせられた事など
一度だって無かった平凡な高校生はすくみあがり、
答える事も体の震えを止める事も出来ない
ジーグが手を離しても、耕太はそのまま身動き一つ出来なかった
「夜が明けたら御前会議が有る。それに出るんだ。いいな?」
耕太はもう頷くしかなかった。
「ゼグス。コータに手を貸して身支度を整えさせてくれ。
 それと食事を。」
「はい。」
細身の男が答えて近づくのを確認すると、後でまた来ると言い残し
ジーグと背の高い男は部屋を出ていった。
「・・・何で・・・一体何がどうなって・・こんな事に・・・」
状況を理解できないまま、耕太は呆然と椅子に座っていた。

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