ACT:29 自由都市ポートル


「行きたい!!ぜっっったい行きたい!!」
子供のように頑なに駄々をこねる耕太に、ジーグは呆れたようにため息をつく。
「何で駄目なんだよ!前は連れって行ってくれたじゃないか!」
「ここはガーセンじゃない。フロスとは訳が違うんだぞ。」

耕太たちは今、自由都市ポートルに滞在している。
黄金街道のイオク軍を駆逐した後、ポートル側の誘いによりそのままこの町に招かれた。
ハセフ王は両国の関係を強固な物とする為にも、当然誘いを受け、しばらくの滞在を決めた。
もちろん全軍が来ている訳では無く、軍の大半は帰国し国王直属の部隊はポートルの南の平原で野営中。
ポートルに直接入ったのはハセフ王と一部の側近だけだったが、術師達はルイス・ロイスはじめポートル統治議会のたっての希望で、王と共にポートル入りする事となった。

大勝利の知らせを受け、町は歓迎ムードで大祭のような盛り上がりだった。
フロスよりもさらに大きく、美しく華やかな町並みは、色とりどりの花々で飾られ
一行が到着すると、建物から花びらが撒かれ、まるで雪のように降り注いだ。
道は石畳で舗装され、道を照らすために丸いランプがロープで幾つも道の上に渡して有る。
夜には一晩中明かりが灯され、通りから人通りが消える事は無い。
道の両側には、物で溢れた様々な店舗が並び、街の至る所で市が開かれ色とりどりの幕をはった屋台から活気の有る呼び声が響いて来る。
広場では芸人達が、自慢の芸を披露し喝采を浴び、吟遊詩人がハープを爪弾きながら英雄の物語を臨場感タップリに語る。
都市中が陽気で、生命力に溢れ、雑多で
フロスとはまた雰囲気の違った、魅力が有った。

ガーセンの一行は都市の有力者の屋敷に数人ずつに分かれて滞在することとなり
耕太はジーグとゼグス、ゼグスの護衛のリロイ、グイ老とその護衛のフィッシュとともに
ユーマ・ランバート邸に客人として招かれる事となった。
ユーマは60代の優雅で落ち着いた空気を身に纏った紳士で、広大な敷地の中に建つ豪奢な離れを自由に使うようにと提供してくれた。
その暖かく行き届いた、それでいて不躾に踏み込んでこない、適度に距離を置いた対応は
ルイス・ロイスの為に地に落ちたポートル議会の印象を飛躍的に回復した。

そのルイス・ロイスは是非にもと、テレストラートの一行を自らに屋敷に招いたが
ユーマの管理する各地の古書を閲覧させてもらう目的もあり、丁重に(そして、断固として)お断りした。

一行はユーマの美しい離れで久しぶりのゆったりとした時間をすごし、日々の疲れを癒した。
だが庭の創りにも、屋敷に溢れる美術品や調度品にも、貴重な古書にも特に興味が無い耕太は2日もすると飽きてしまった。
そして当然のように、耕太は市街地に出て町を見て回りたいとジーグに申し出たのだが・・・。

「コータ、自分の立場を少し考えて行動しろ。
お前は忘れているのかもしれないが、傍から見ればお前もテレストラートなんだぞ。」
「そんなの、大丈夫だって。ここはフロスじゃないし、誰もテレストラートの顔なんて知らないよ。バレやしないって。」
「そんなハズ有るか。商人の情報網を甘く見すぎだ。ガーセンの術師長の特異な容姿なんて、もう子供にだって知れ渡っている。」
「でも!」
「でもじゃない、ここは商売人の町だ、金になる事なら何でも有りの危険な町なんだぞ。
儲けに繋がるとなれば利用しようとする奴はごまんと居るし、術師自体を手に入れようと思う輩だって出るかもしれん。攫われて、売り飛ばされる危険だって有るんだぞ!」
「そんなの考えすぎだよ。大体、ジーグがいてくれれば大丈夫だって。守ってくれるんだろ?」
「何でわざわざ、そんな危険を冒さなければならない!ここでジッとして菓子でも食ってろ。」

こんな言い争いを、2人はもう随分と長い時間続けていた。
ポートルがそう酷く治安が悪いと言う訳ではないが、人が多く小さなトラブルは溢れかえっている。
その上、人々は物見高く、パワフルで、貪欲だ。
ジーグにしてみれば、余計な危険の種は少しでも避けたかった。
しかし耕太はここの所、仕事だ戦だと息を抜く暇もない。
たとえ耕太自身がそれをしているのではなくても、ストレスは溜まるのだ。
互いに全く譲る気持ちが無く、話は平行線を辿ったままだ。
「少しだけでいいから。ちゃんとジーグの指示にしたがうし、顔だって隠すから。」
「いい加減に諦めろ。ここを出たらまた、何時まともな寝床にありつけるか分からないんだぞ。今のうちに体を休めておけ。」
「でも・・・」
「お話中のところ、申しわけありません。」
再び堂々巡りを開始しそうな2人の会話に控えめに言葉を挟んだのはランバート邸の家令だった。
生まれてこの方、他の服など身につけた事が無いのではないかと思われるほど
黒いお仕着せを、一分の隙も無くまるで体の一部のように身に付け
物腰は柔らかで品があり、暖かで優しげな初老の男だが
その目は知的で、1を見て10を知る鋭さを伺わせる。生まれながらのバトラーだ。

「ロイス邸の使いの者よりご伝言をお預かりいたしました。
テレストラートさまをロイス邸の方へ是非にもご招待したく、こちらに正午に迎えを出すと。」
耕太とジーグは言い争いも忘れ、一瞬息をのんで家令の顔を凝視し
無言のままお互い視線を合わせると、再び家令に視線を戻し、同時に口を開いた。
「いないって言って!。」
「都合がつかないと断ってくれ。」
まるで打ち合わせでもしたように息の合った拒否反応に、家令は実に申しわけ無さそうに答える。
「ご都合をお聞きして、ご返答をお伝えすると申し上げたのですが・・・。
 ルイス・ロイス様ご本人が、直にこちらへお迎えに上がると、もうお屋敷をお出になられているそうで・・・。」
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」
「ご不在をお伝えしましても、あのお方のご気性ですと無理にでもこちらに押しかけられてご自分で確認されるとおっしゃられるのは目に見えております。
いかがでしょう、ポートル郊外にランバート様の別邸がございます。
ブドウ畑に囲まれた小さな庵ではございますが、よろしければそちらにお出かけになっては。」
家令の言葉の端々で、彼がルイスの事を良くは思ってはいないのが窺い知れる。
だがテレストラートたちを隠したとルイスに知られれば、あの蛙は何と言いがかりをつけてくるか分ったものではないし、それではユーマに迷惑をかける事になりかねない。
それに、もしルイスが家令の言う通り、しつこく疑り深い性格ならば
その別邸までも追いかけてくる事も十分考えられる。
ジーグはしばし考えを巡らし、出した答えを諦めたように口にした。
「・・・・・いえ、我々は町に出かけてきます。」
2人の言い争いを聞いていただろう家令は、ニッコリと礼儀正しく微笑んだ。
災い転じて福となる。
思いもかけない展開に、耕太は信じられない思いでジーグを見上げる。
「そうですか。それも良い考えでございますね。
本日は月に一度の"火の祭日"で町も賑わっております。
そぞろ歩きをされるには良い季節でございますよ。案内の者達を手配致しましょうか?」
「いや、ルイス殿の使いに見咎められても困る。
ひっそりと出た方が得策でしょう。」
「かしこまりました。」
訳知り顔で頷き、耕太に目配せをして家令は慇懃に頭をさげ退出した。


「すごい人だね〜。渋谷のセンター街なみ?」
「おい、コータ迷子になるなよ。」
「・・・・・なる訳ないじゃん。この状態で。」
家令の言った通り、町は特別な祭りらしく建物からは鮮やかな赤い布が垂らされ
人々は赤く染めた羽飾りを服や帽子に飾り、鮮やかな揃いの緋色の服を着た楽隊が町を練り歩いている。
何でも商業の神ネフロ神の弟である火の神アストラを称える日だそうで
夜になれば町中に篝火がたかれ、夜明けまで続く祭りはポートルの名物だそうだ。
この日に贅を尽くした宴を催し、著名人を招き自らの財力を世にアピールする有力者も多いらしい。
ルイス・ロイスの狙いもテレストラートを呼ぶ自分の力を、人々に見せ付ける為だったのか
それとも、もっと個人的な目的だったのか・・・
どちらにしても、ろくな話ではない。

少し目を離すと、はぐれてしまいそうな人ごみの中で
ジーグはしっかりと耕太のマントの端を握っており、少しでも流されると引き戻されるのだ。
「・・・まったく・・・犬じゃないんだから。」
「犬だったら1人でも家に帰れるがな。お前、はぐれたらどうするつもりだ?」
「平気だよ。いざとなったらテレストラートがいるもんね。」
「結局、人にたよるんだな。」
「うるさいな〜、オレとテレストラートは他人じゃない。正に一心同体ってやつ?」
ジーグがいやそうな顔をするのに、耕太は勝ち誇った笑顔で答える。
「それにしても、人、多すぎ。ちょっと休みたいよね。」
道も広場も人で一杯で、座れる場所も無かった為
2人は手近な店に入って一息つく事にした。

「硝子のコップだ〜、その上・氷!!冷たい、幸せ〜。」
大きく入り口が通りに開けた、喫茶店といった趣の店でジーグの注文に応じて出てきた飲み物に耕太は歓声を上げる。
「氷ぐらいフロスにだって有る。硝子器なんて脆くて実用的じゃないだろ。」
「え〜だって涼しげじゃん。あ、美味しい!!。」
「そうか?」
「うん。」
耕太の言葉には不服そうにしているが、美味しそうに飲むのは嬉しそうに見ている
ジーグってば、小さい子供を見てるお父さんみたいだよな・・・
・・・って事は、オレってば小さな子供?やっぱり子ども扱いされてるのかぁ
「もっと何か飲むか?」
「ううん、いい。ご馳走さま。」
「じゃあ、出るか。」
ジーグが飲み物に給仕のチップを上乗せした少し多めの硬貨をテーブルに置いて立ち上がる。
耕太が後に続こうとした時、給仕の娘が声をかけた。
「お客さん、このお金は使えませんよ。」
「何だと?イース銀貨だぞ?」
大陸中では通貨は統一されていなかったが、ジーグが出したイース硬貨は大陸では一番信用の置かれている硬貨で、殆んどの国で金として通用するものだった。
「ポートルではユドル硬貨を使ってもらわないと。通貨以外で取引は出来ないんだよ。」
ユドル硬貨はポートル独自の通貨で、ポートルの隆盛と共に他国でもかなり通用するようにはなって来ているが、ジーグは全く持っていない。
「何だ、ポートルに来てるのに持ってないのかい?」
「すまん。」
娘は田舎者はこれだから、と言わんばかりに溜息をつく。
「しょうがないなぁ。あそこに両替商が有るから、替えて来とくれよ。
 お連れさんが残っててくれればいいからさ。」
娘の提案に、だがジーグは困り果てる。
「いや・・・それは。銀貨2枚払うから、それで済ませてはもらえないか?」
「何言ってんのさ、うちはボッタクリ屋じゃないんだよ!お代分だけもらえればいいんだから、早く行ってきておくれよ!」
娘は憤慨したように言う。
「ジーグ、オレ待ってるから行って来てよ。大丈夫、ジッとしてるからさ。」
「しかし・・・。」
「何だよ、あんたの大切なお姫様かい?ちょっとでも離れると死んじまうのかい?
 いいから早く行っといでよ。お連れさんは私がなくならない様に見といたげるからさ。」
娘の馬鹿にした態度も、全くもってもっともで耕太も居たたまれなくなってくる。
「ジーグ、本当に行って来てよ。大丈夫だって。」
「・・・・・フードを取るなよ、動かないで座ってろ。誰かに声をかけられても、ついて行くなよ、すぐに戻るからな。」
「はい、はい、はい。まったく、子供じゃないんだから。」
あまりの心配しように、何だか馬鹿にされてる気になってくる。
それでも必死で駆けて行く姿を見ていると、一生懸命でなんだか可笑しくなってきた。
本当にテレストラートが大切なんだよなぁ。
そう思うと、今度は何だか少し寂しいような気分になった。
溢れかえる人々の中で、誰一人として自分の事を知らない。
ジーグをからかっていると、つい忘れている自分の適応能力に我ながらあきれてしまうがこの世界で自分は完全な部外者だ。
テレストラートは深く眠っているようで、今はその存在を感じない。
1人でいると、じんわりと孤独が染み込んでくるようで、耕太は小さく身震いするとコートのフードを目深に被り直した。

「お前、何をこそこそしている?」
その時ちょうど店に入って来た男達の1人が、耕太の仕草を見咎めた。
フードを深く引き下ろした仕草を、自分達から隠れようとしたと思い込んだようだが
耕太は男達が入って来た事さえ気に留めていなかったので、掛けられた言葉が自分に向けられたものとも思わず、結果、無視する形となってしまった。
「おい、お前の事だ。」
テーブルのすぐ横まで詰め寄られ、耕太は始めて自分が因縁を付けられていることに気付いたが、何故いきなりこんな事になったのか成り行きが全く分からない。
男達は6人で皆若く、まだ日も高いというのに少し飲んでいるのか微かに酒の匂いがする。全員がガッシリとした体つきで上背もあり、因縁を付けているのはその内の1人で後の者は、何か有ったのか、と様子を見ている風だったが、見上げる程の男達にと取り囲まれる形になった耕太は追い詰められた獲物の気分だった。

「何とか言えよ、言葉がわからないのか?怪しい奴。イオクの間者じゃないのか?顔を見せろ!」
顔を曝そうと伸ばした手に咄嗟に反応して、耕太は思わずフードを抑えてしまい。男ともみ合いになる。
言いがかりだ!オレ何にもしてないのに・・・
確かに天気が良く、暖かいこんな日の昼日中、店の隅でフードを目深に被ってこっそり座っている姿は、怪しいかも・・・
こんな事なら顔見せちゃった方が、騒ぎが大きくならなかったんじゃ・・・
しまった・・・と思っても、今更引っ込みもつかない。
まだ戻らないジーグを恨めしく思う。
何でこんな事になっちゃったんだろう?言われた通り、おとなしく座って居ただけなのに。
「顔を見せろ。この!」
2人のやり取りに、やはり酔っているであろう連れの男達も面白がり、囃し立て始める。
中には止める者もいるが、面白そうな響きから本気で咎めてはいないのが分かる。
「おいおい、怯えちゃってるよ。止めとけよ。」
「何とか言えよ、言葉は通じてるんだろ?」
「あれ・・・あなた、もしかして。」

「貴様ら、何してやがる!」
その時怒気を孕んだ叫びと共に、ジーグが耕太を取り囲む男達の頭を端から順にはたき倒した。
「何しやが・・・あれ」
虚を衝かれた男達は、振り返り不機嫌も顕なジーグを目にして目を剥く。
「うぁ、ジーグ軍兵長!?」
「何故こちらに?」
「あ、やっぱり、テレストラートさま!」
1人の男の言葉に他の男が驚く
「ええ!!」
「お前、気付いてたのか?何故言わない」
「いや・・・もしかしてって・・・。」
「本当だ!!」

男達は皆して床にしゃがみ、耕太のフードの中を覗き込もうと大騒ぎになる。
あまりの事に耕太は呆気にとられって、呆然とその様子を眺めていた。
「テレストラートさま」
「大変失礼を!!」
「貴方のお陰で我が軍は・・・」
「先日の戦いで、俺は・・・」
耕太と目が合うと、男達はその体勢のまま手を振ったり、口々に話しかけ始め
まるで憧れの戦隊物のヒーローを見つけた子供のようだ。
耕太は男達の顔に見覚えは無かったが、ジーグの態度から見てもガーセン軍の兵らしい。
ポートルの外の野営地から祭りを見物にでも来たのだろう。

「貴様ら。邪魔だ、とっとと立ちやがれ。」
ジーグを無視してしゃがみ込んだまま盛り上がる兵達の手近な1人を乱暴に引きずり上げ
他の1人に蹴りをいれる。
「ジーグ軍兵長〜勘弁して下さいよ〜。知らなかったんですって〜。」
邪険に扱われていにも関わらず、兵の反応が恐れでも反発でもない様子から、どうやらジーグは兵達から慕われてはいるらしい。
「テレストラートさま、いい店が有るんですよ、一緒にいきませんか?」
「コラ!テメー、何誘ってやがる!」
「鹿肉の燻製と、ハチミツ酒が絶品なんですよ〜」
「はちみつ酒・・・?」
「それに店の子が粒揃いで!」
「さらに歌姫が、もう最高!!」
「これも何かの縁。お近付きに一緒に飲みましょうよ、ね、一杯だけでも。」
「勝手にお近付きになるんじゃねぇ!調子に乗るな。コ・・テレストラート行くぞ。」
「ジーグ。」
「何だ。」
「行きたい。」
「・・・・・・え?」
「その・・・飲んでみたい。かなぁ〜なんて。はちみつ酒。」

「ば・・・。」
「そうこなくっちゃ、行きましょう!こちらです。」
ジーグが言葉を挟む隙さえ与えず、兵達は歓声を上げて耕太をとりかこんで店を出て行く。
「な・・・。」
「さ、ジーグ軍兵長も行きましょう。今日は祭りですよ、ね。」
すっかりその気の耕太と、勢いづく兵達になすすべも無く
ジーグは頭を抱えて重く溜息をついた。


「さあ、今日はとことん飲んで下さい、テレストラートさま!」
「ガーセンの英雄を称えて!」
並々とグラスに注がれた金色の液体を、耕太は勧められるまま口にする。
口の中に苦味と甘みが広がり、喉をスッと通ると胃の辺りがじんわりと暖かくなる。
「うまい。」
「そうでしょう?ここの蜂蜜酒は最高なんですよ〜これだけは、うちの里もかなわない。」
賑やかな酒場の中で、賑やかに男たちが騒ぐ。
肩を組んで歌い、互いの戦場での武勇伝から花街での武勇伝
お国自慢と酒で舌の滑りの良くなった男たちの話は留まる所をしらない。
酒が入り、すっかり出来上がって盛り上がる彼等を、ジーグは酒を煽りながら憮然として見ていた。
自分が付いていながら、なんで酒場での馬鹿騒ぎになんか参加する羽目になったのか・・・。
これでは街中を見て回るより、ずっとたちが悪い。

男たちに混ざって、楽しそうに笑っている耕太を眺めやる。
テレストラートは耕太と同じ年だし、耕太の魂はテレストラートと同じものだという。
もし、状況が違っていたらティティーもこんな風に屈託無く笑うのだろうか・・・。
男たちとともに腹を抱えて笑う耕太を見ているうちに、1人堅苦しく考えているのが馬鹿らしくなってきた。
グラスに残った酒を一気に乾すと立ち上がり、耕太に声をかける。

「テレストラート、歌えよ。お前、歌うまいんだろ?」
耕太が表に出ていない時、よく歌っているらしい事をテレストラートから聞いていたジーグがからかうように言う。
「え?オレ??」
面食らう耕太を、兵たちが笑いながら囃し立てる。
「お、いいですね!是非お願いしますよ。」
「テレストラートさま、歌って〜〜俺、聞きた〜い。」
「オレも、オレも歌う。」
「お前はいい、酒が不味くなる。」
「でも、こんな所で歌ううたなんて知らない。何歌えばいいか・・・」
持ち上げられ、その気になってきたらしい耕太がそれでも迷っている風なのにジーグが言う。
「お前の国の歌を歌えよ。」
「え、オレの国の・・・?」
「ああ、聞いてみたい。」
「テレストラートさまの国ってどこですか〜」
「ガーセンの北の生まれですよねぇ〜」
一々騒がしい面々には取り合わず、耕太は少し考えてカラオケで十八番の日本の人気ロックグループのヒット曲を歌いだした。
兵たちが調子っ外れの合いの手を入れたり、テンポの定まらない手拍子をするので
かなりグズグズの出来だったが、大いに盛り上がり、耕太は気分良く歌い上げて、深くお辞儀をした。
やんやの喝采の中、ジーグに近寄り
「どうだった?」
と感想を聞く。
「変わった歌だな。節回しが複雑だ。あんまり上手くは無いな。」
最後のほうは意地の悪い笑みとともに言う。
「あ〜じゃあ、ジーグも歌えよ、歌え!人の歌に文句付けるんだからさぞ上手いんだろうな。」
「当たり前だ。普通はただじゃ聞かせないんだが、今日は特別に。」
そう言って立ち上がると、酒を一口煽り、兵たちが歓声を送る中、1つ咳払いをして歌いだす。
歌はあまりメロディに起伏の無い、単調な節を繰り返す耕太には馴染みのない感じの歌だったが、浪々と歌い上げる様が男らしく、なかなかに勇ましい。
兵たちには馴染みの歌らしく、すぐに周りからも歌声が加わり大合唱に発展する。
ごつい男たちが野太い声を合わせて歌う姿は、かなりの迫力でなかなかに壮観だ。
歌い終わると、手を叩きあって盛り上がり、すぐに誰かが他の歌を歌い始め、周りが続く。
次から次へと続く歌は、だんだんと節も怪しく、歌詞も下世話なものになっていったが
耕太はこの馬鹿騒ぎがとにかく楽しくて仕方がなかった。

本当にいい気分だ。
そのうち、店の片隅から言い争う声が聞こえ始めた。
足を踏んだのだとか、酒を零しただとか、ほんの他愛無い言い争い。
それが火種となった。
止めようとして割って入った男が振り払われ、腹をたてて殴り倒す。
倒れた男に巻き込まれた別の男が腹立ち紛れに横のテーブルに蹴りを入れる。
血の気の多い男たちが、嬉々としてその輪に加わり、店内はあっという間に大乱闘となった。
「馬鹿、何してる。」
勇んで戦闘に加わった、ガーセン兵たちを止めようとジーグが激を飛ばすが、すでに耳に入らない。
ジーグはあきらめ、耕太の安全を確保すべく手を伸ばし耕太を引き寄せると庇うように壁際へと移動した。
が、耕太がジーグの手を払いのけ、乱闘の中へ入ろうとする。
「馬鹿、何やってる、コータやめろ」
「やれ〜〜〜やっつけちまえ!そこだ、きゃはははははははは・・・・・。」
完全に出来上がっていたらしい耕太が、笑いながら煽り立てる。
その様子に呆れてジーグが言葉を洩らす。
「お前・・・酒、飲めないのか・・・。」
「馬鹿にすんな!飲める、飲めます〜〜まだ飲めます〜へへ〜〜
あれ?〜〜ジーグ変な顔〜〜んふふ〜。」
「この、酔っ払いが。」
へらへら笑う耕太を肩に担ぎ上げると、ジーグは混乱を掻き分け店の外へと向かう。
「ジーグ?どこ行くの、オレまだ飲めるって。ジーグ下ろして〜。」
「暴れるな、酔っ払い。」
「酔ってな〜い。酔ってなんかない!」
「あ〜!テレストラートさまが攫われる!」
ジーグが耕太を無理矢理担いで外へ出ようとしている事に気付いた兵達が、止めようとジーグに挑みかかる。
こちらも完全に出来上がっている。
「悪ふざけも大概にしろ、このXXX野朗!!」
襲いかかる酔っ払いを、容赦ない攻撃で確実に沈めて行く。
こちらは完全に切れている。
「やれ〜いいぞジーグ、やっつけちゃえ〜!」
攫われる立場から、守られる立場に急に路線変更したらしい耕太が肩の上から無責任な声援を送る。
哀れな親衛隊を床の上にのこしたまま、笑い転げる耕太を肩にジーグは足音も荒く店を後にした。

外はすっかり暗くなっていたが、人通りは増える一方で
通りは祭りの空気に沸き立っているようだった。
コロコロと笑い転げる耕太を肩に担いだまま、歩くジーグを人々が好奇の目で見ている。
「ふふふ〜さすがジーグ。つよいねぇ〜いいなぁ〜。ふふ〜。」
ジーグは小さく溜息を付き、苦笑をもらす。
「コータ。楽しかったか?」
「うん!楽しい。へへ〜テレストラートもいっしょに、いられたら良かったのにねぇ。ジーグすごくかっこ、よかったし。」
「・・・そうだな。」
「あ、花火!」
耕太の声につられて見上げた空に、大輪の花が咲く。少し遅れて重い破裂音が心地よく響いた。
「た〜まや〜。」
耕太が肩の上で楽しそうに叫ぶ。
「何だ?それは。」
「知らないの?ジーグ。花火の掛け声だよ〜」
「どういう意味が有る?」
「知らない。か〜ぎや〜。」
「"たまや"じゃなかったのか?」
「いいんだよ、どっちでも〜へへへ。きれい。」

上機嫌の耕太を肩に、いつの間にか結構良い気分でジーグは人ごみの中を歩いていた。

(2007.05.22)
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