ACT:26  関係



鳥の声が遠くで聞こる。
瞼を閉じたままでも、朝日が部屋に差し込んでいるのが分かる。
耕太は目を閉じたまま、掛け布を首まで引き上げ枕になつく。
今、何時だろう・・・。
まだ、目覚まし時計は鳴らない。朝のこの、起き上がる前のまどろみの時間は
何よりの至福の時間だ。
辺りは静かで、まだかなり早い時間のようだ。
もう一度眠ろうか・・・覚めきらない頭でそんな事を考えていたが
急に思い当たった空腹感に、急速に覚醒して行く。

「腹へった・・・。」
呟いて目を開けると、間近から覗き込んでいたジーグと目があった。
「・・・あれ・・・?」
何でジーグが人の部屋に居るんだ?それも・・・こんな近くで
「何、見てんだよ・・・。」
ムッとして睨みつつ、文句を言うと脱力したように肩を落として溜息をつく。
「やっと目覚めたかと思えばそれか・・・。」
呆れながらも、どこか安心したかのようなその声音に
寝すぎた為かハッキリしない頭で状況を思い出そうとしながら体を起こすが上手く力が入らない。
「・・・あれれ・・?」
「まだ横になっていろ、熱は下がったとは言え3日も前後不覚だったんだぞ。
ドクターを呼んでくるから。」
立ち去ろうとするジーグに抗議するかのように、耕太の腹の虫が盛大に鳴る。
「・・・・・・。」
「・・・・・何か、食べる物も持ってくる。」


ジーグが手に戻ってきたのは、いかにも消化の良さそうな粥で
腹と背がくっ付きそうなほどに空腹だった耕太は少なからずガッカリしたが
とにかく、ひとまず空腹を癒す為に受け取った粥を掻っ込んだ。
「耕太、もっとゆっくり食え。胃が空っぽなんだ、気持ち悪くなるぞ・・・。」
ジーグが半ば呆れたように注意してくるが、そんな事にかまっていられない。
「平気、平気。」
食べながら、短く答える。
「・・・おい、食いながらしゃべるな。」
「じゃあ、食い終るまで話しかけないでよ。腹へってるんだから・・・これ、まだ有る?」
ジーグが椀に粥を注ぎ足しながら、やはり心配そうに聞いてくる。
「本当に大丈夫なのか?」
「全然平気。もう万全、元気溌剌って感じ?」
「どこか変な感じはないのか?痛いところは?」
「過保護だなぁ・・・いっぱい寝たし、頭もすっきり!こうモヤモヤが晴れて青空が広がってる感じっていうか・・・」
そこまで言って何か引っかかった。
「・・・・・ん?」
何か忘れているような気がした。
大切な何か・・・。
頭が、すっきり・・・?
「テレストラート・・・」
握りしめていたスプーンが手から落ちて、椀の中に滑り込む。
「・・・テレストラートが・・・居ない・・・?」
「何だと?」
ジーグが小さな呟きを聞きとがめ、立ち上がる。
「テレストラート?テレストラート・・・テレストラート!どうしよう、ジーグ!テレストラートがいなくなっちゃった。」
頭がすっきりしてるハズだ、ずっと聞こえていたテレストラートの思考が全く聞こえなくなっている。
何で?オレ彼に何かしちゃったかな・・・。
焦りまくる耕太の目に卒倒しそうな程青ざめたジーグの顔が映る。
それはそうだろう、耕太だって泣きたい気持ちだ。
「テレストラート、テレストラート・・・お願いだから!!」
その時、耕太の頭の中ではっきりと声がした。
『耕太、落ち着いてください。私はここです。』

「テレストラート居た―――――!!!」
テレストラートの声を聞き、安心した耕太は一気に脱力して寝台の上に突っ伏した。
『ご心配かけてすみません。私は大丈夫ですから。』
「うん、うん・・でもこれどうなってるの?・・」
「一体、どうなってるんだ耕太!テレストラートは無事なのか。」
状況の掴めないジーグが焦れて耕太に詰め寄る。
「ジーグうるさい!テレストラートと話してるんだからちょっと静かにしてて。
 後でちゃんとテレストラートが説明するって。」
耕太に一喝されてジーグが一瞬たじろぎ口を噤む。
傍から見れば独り言のように耕太がテレストラートと話をしている間
会話を聞くことの出来ないジーグは何度か説明を求めて、その都度、耕太に"うるさい"と一蹴されジリジリしながら待った。
「・・・うん。そう、分かった。」
会話が終わったと見て、ジーグがはやる気持ちで問いかける。
「どうなった?」
「うん。大丈夫だって。」
耕太の説明はいたって簡潔だった。
「大丈夫って・・・。」
「だから、テレストラートが後で説明するって。ジーグお腹すいた。何か他に食べる物持て来てよ。」
「・・・・・・・。」
問題は解決したとばかりにスッキリ顔で要求する耕太に
全く説明してもらえないジーグは、盛大に顔をしかめたまま
それでも食料を調達しに行くしかなかった。


「じゃあ、オレ寝るね。」
大きくあくびをしてそう言うと、耕太が目を閉じ
そして、ゆっくりとテレストラートが目を開く。
「テレストラート・・・。」
確かめるように呼ぶ声に、視線を上げ見上げたテレストラートは
不安げなジーグの様子に安心させるように小さく微笑む。
「すみません、ご心配かけました。」
「ああ・・・、本当に。」
責めるように呟きジーグは大きく息を吐き出し、緊張を解く。
耕太がいくら大丈夫だと言っても、耕太が表に出ている時はテレストラートを感じる事は出来ない。
彼の存在を自分で確認する事が出来ない状態では、安心しろと言われても無理な話だ。
「一体どういう状況なんだ?本当に大丈夫なのか?納得できるよう、ちゃんと説明してくれ。」
ジーグの訴えに頷くと、テレストラートは落ち着いた声で話し始めた。

「今までは1つの体の中に、耕太と私、2人の人格が一緒に押し込まれている状況でした。
 私と彼は同じ場所に居て、考える事、感じる事全てが筒抜けで
それが、お互いに耐え難い苦痛になっていました。
精神のバランスが大きく崩れ、体にも悪影響を及ぼして結局、活動が出来なくなってしまった。
それで、耕太と私を分けたのです。」
「分けた?」
「彼と私の魂の間に・・・比喩的な表現ですが・・・"壁"を作って、お互いを隔てました。
 これで普通の会話のように、相手に伝えようと思って発した言葉以外は互いに聞こえなくなりました。相手の思考に悩まされる事も、心を読まれることもありません。
 強い感情ぐらいは伝わってしまうかもしれませんが。」
「心を・・・読まれる・・・?」
「ええ、私と耕太の間には境がなかったので、彼の記憶を自分の記憶のように思い出すことができました。彼もそうだったはずです。」
ジーグが狼狽したような、何とも言えない表情をする。
その原因は容易に想像できたが、テレストラートもその件については考えたくはなかったので、触れない事にした。
「でも、悪い事ばかりでは無かったですよ。お陰で、耕太の事が色々わかりました。」
「耕太の事?あいつはどこの国の人間なんだ?やはり、この大陸の者じゃないのか?」
「耕太は・・・私です。」
ジーグは怪訝な顔をし、しばらく言葉の意味を考えているようだったが
諦めたらしくもう一度テレストラートに訪ねる。
「それは・・・・どう言う・・・」
「輪廻転生と言う言葉をご存知ですか?」
「いや」
「人間の魂は不滅で、死後、肉体を離れた魂は新たに肉体を得て
 再び産み落とされると言う説です。」
「・・・と言うと・・コータが?」
「私の生まれ変わりです。」
「・・・そんな、馬鹿な・・・」
「耕太と私の魂は全く同じ物です。私はオーガイで死に反魂により呼び戻された
でも魂は既に耕太として生まれ変わっていたために、耕太としてここに現れてしまったのです。」
「だが、反魂を掛けたのは・・・あの日の内だ。そんなにすぐに?時間的に辻褄が合わない・・・。」
「時間軸がどうなっているのかは解りません。ついでに言うなら、
耕太が生まれたのはこの世界の未来ではなく、別の次元のようです。
 そして彼の年齢は私が死んだ時と寸分違わず同じなんです。」
「しかし・・・お前は、ここに居る。」
「魂の一部がこの肉体に戻って、以前の事を思い出したのでしょう。」
「それじゃあ・・・どうすればいい・・・耕太を元の世界に戻すには・・・。
お前が死なない限り、耕太を戻す事は出来ないと言うことなのか・・・?
耕太を元に戻せば・・・お前は・・・どうなる・・・。」
ジーグの声はまるで首を絞められている人のようにかすれ、悲痛に響く。
「このまま・・・完全に元のお前に戻ると言う事は?」
「それは、有りえません。
 ジーグ、反魂は自然の摂理に逆らう行為、行ってはならない事なのですよ。
 私たちの魂が同じでも、耕太と私は全くの別人格です。
私に戻るという事は、耕太の存在を消してしまいます。殺す事になるのですよ。
私たちの勝手で彼の人生を捻じ曲げておいて。
もし、彼が消えるような可能性が有ったとしても、私が決してそんな事はさせません。
誰にも。あなたにもです、ジーグ。
もしそんな事が起こるなら、私が・・・」
「解った、テレストラートそれ以上は止めてくれ。
 俺だってコータには申し訳ないと思っている。
 頼むから・・・頼むからその口で、軽々しく死を口にしないでくれ。」
「ジーグ、落ち着いて下さい。まだ、何も決まった訳ではないのです。
 界を渡る方法は有ると思います。魂を2つに分ける方法も有るかもしれません。
 思いつく限りの全ての可能性を、見つけ、試していかなければ・・・。時間は有ります。
 何も諦める必要はありません。
 でも・・・問題はこの戦です。
世界中の文献を探り伝説の類まで調べなければならないかもしれない。容易に出来る仕事ではありません。
大陸が不安定に荒れている状況では、手に入る情報も限られてしまいます。
今の状況ではせいぜいガーセン内の古書を当たるぐらいしか出来ません。
あなたも、私も役職にしばられていて身動きが取れない。
戦を治めなければ。
とにかく今は出来る事に集中しましょう。耕太もそれは納得してくれました。
ジーグとにかく戦に勝ち、平和を。」

(2007.03.18)
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