ACT:25 二重存在



「テレストラート殿の様子はどうだ?」
王都フロス。王の居城の一室。
夕闇が忍び寄る小さな部屋に静かに入ってきたケイル医師がジーグに尋ねる。
彼は寝台のすぐ脇に置いた椅子に座り、ケイル医師が3時程前に見たときと同じ姿勢で座っている。
「変わらない。熱が、下がらない。」

部屋の奥にはジーグの他に、術師の長老が1人、置物のように座っている。
寝台にはテレストラートが横たわり苦しげに浅い呼吸を繰り返す。
その顔は高熱の為に上気し、時折、不明瞭な言葉を漏らすが意識は無い。
時折意識がもどっても、朦朧としてうわ言を繰り返すだけ
現れるのは耕太の時も有り、テレストラートの時も有り
そんな不安定な状態がもう2日も続いている。


突然のテレストラートの覚醒。
1つの体に2人分の人格が有ると言う不自然な状態の原因も、解決法もないまま
土砂崩れを起こした道の開通を待ち、帰還する軍隊と共に、術師達の一行も王都フロスへと戻った。
耕太とジーグの説得に応じ、現状を維持したまま打開策を探す事に同意したテレストラートは、
ひとまず一昼夜ごとに肉体の主導権を交代で握る事とし、直ぐに自らの務めを果たすべく精力的に動き始めた。

「ジーグ、オーガイでの闘い以降の状況の説明と現在の戦況を・・・それから王への謁見を手配して下さい。
ハセフ様に直接、御報告申し上げ、今後の事柄についてお話を。
まず状況を整理しないと・・・。」
現在の戦の経過をジーグが説明している間、テレストラートは何かを振り払うかの様に
度々も頭を振る仕草をする。
「コーサスでの我が軍の被害は・・・テレストラート、大丈夫か?」
「済みません・・・耕太の思考が混ざるので集中できなくて・・・。」
「耕太。」
咎めるように言うジーグに、表に出て来た耕太は不満げに言葉を返す。
「そんな事言ったって、別にオレが大声で話している訳じゃないよ・・・。」
答える耕太もどこか辛そうに顔をしかめている。
すぐに戻ったテレストラートが、耕太を庇う様に言葉を足す。
「耕太のせいではないのです。」
基本的にどちらが表に出るかは決めてはいるものの、言いたい事が有ったり、何かに興味を引かれたり
ちょっとした拍子で、意図せず前に出る人格が入れ替わる。
周りの人間も落ち着かない事、この上ない。

その上、当人達はお互いの考えている事が、伝えようとするとしないに関わらず
"声"として聞こえているらしく
つねに自分以外の思考を耳元で叫ばれている状態の2人は、かなり辟易している様子だ。
何か防ぐ方法は無いかと模索はしたが、片方が全く物事を考えず、心を無にするか
眠る―――――精神だけが眠ると言うのが理解しにくい事では有るが―――――以外有効な手立てが見つからない。
しかし、表に出ていない間中何も考えてはいけないとい言われて出来る筈も無く・・・
特に耕太は1分と無の状態を保てない。
眠り続ける訳にも行かず、2人は苦労し続けている状態だった。

「しかし、困りました・・・これでは大きな術は使えない・・・。」
テレストラートは小さく溜息をつく。
大掛かりに精霊を使役するには、周囲の状況が認識出来なくなる程に集中する必要が有る。
頭の中で他人が考え事をしている状況では、とても集中できないだろう。
よしんば術を発動させる事が出来ても、術の途中で集中力が途切れれば
精霊たちが暴走し、大惨事を招きかねない。

その事実がテレストラートを追いつめる。

術を使えなければ、自分が戻った利点の殆んどは失われる。
耕太と自分の人格が、今のように目まぐるしく入れ替わるような、不安定な状況では
周りの人間にも不信感を与えるだろう。
互いの不安に引きづられ
不安が不安を増幅してゆく。
平静を保つのが酷く難しい。
いま、考えているこの思考でさえも、耕太を傷つけている。
戦の事、耕太の事、守るべき責を負う村人達、イオクの怪しい動き、・・・問題は山積み。
だが、何よりこの耕太と自分の置かれた状況の打開策を見出さなければ
一歩も前には進めない。
なのに、考えをまとめるのが、酷く難しい。
テレストラートは全ての思考を振り払うかのように、再び頭をふった。




要塞のように無骨な造りの城の中心部を、テレストラートとジーグは奥へと進んでゆく。
王への謁見が許されたのはジーグたちがフロスへ着いた日の昼過ぎ。
幾重にも配置された近衛兵の前を通り、謁見の場、王の居室へ。
外交用に設置されている謁見の間とは違い、城の最奥に有る王の間には
一部の者しか入る事が許されず、そこで話される事柄は、決して外に漏れ出す事はない。

テレストラートは王の間に通じる荘厳な大扉の前で立ち止まると、深呼吸をして耕太に話しかける。
「耕太、お願いですから、王にお会いしている間は心を平静に保ってください。」
『うん、努力する。』
「意識を逸らす為に、歌うのもやめて下さい。」
内側の耕太と交わされる会話は、当然、耕太の声が外部に漏れる訳ではないので
傍から見るとテレストラートの独り言にしか見えないが、その内容にテレストラートに従うジーグは呆れたように言葉をはさむ。
「歌?」
『うるさいなぁ、ジーグは黙ってろよ!雑音を無視するのにはちょうど良いんだよ!』
「耕太、怒らないで。平静に・・・。」
内からの強い抗議にテレストラートが顔をしかめる。
もう一度大きく息を吐きだして心を落ち着けると、ジーグを振り返って笑顔を見せる。
「行ってきます。」

ジーグが従えるのはここまで。
ジーグはガーセンの貴族の出ではあるが、家督も継いおらず
軍でも下士官でしかないため、王の間へ立ち入る事の出来る地位に無い。
城の内部は鉄壁の警備を誇っており、城内でテレストラートに危害が加わる恐れは無いのだか
ジーグは自分が立ち入れる限界である大扉の前で、彼を待つ事を選んだ。
「ロサウのテレストラート・トゥール。王のお許しを得て参上いたしました。」
テレストラートの呼びかけに答え、見事な彫金を施した扉が重そうに奥へ向かって開く。
テレストラートはガーセンの貴族でもなく、地位的には辺境の村の長でしかなかったが
戦時下の特例として将軍に準ずる権限を与えられている。
テレストラートに限らず、術師達はみな将官に次ぐ位である軍司と同等のものとして扱われ
戦場では己の判断で兵士を動かす事が許されていた。
したがって、ジーグはテレストラートが戦場でいかに無謀な行動に出ようとも、それを止める権限を持たない。
ジーグが出来るのは、ただ側にいて彼の身を守る事だけだ。
それさえも、適わない時が有る。
王の間へとさらに奥へと続く道を、大扉が開いた時と同じく重々しく遮るのを
ジーグは無力感を抱きながら見ていた。


王との謁見を終え、テレストラートが再びジーグの元へと戻ったのは2時もたった頃。
疲れた様子の見えるテレストラートだったが、その足で術師達の元へ向かい、長老達と現状と今後の事を話し合った。
その後も細々とした雑務をこなし、自分の持ち時間の殆んどを休むことなく動き続けたテレストラートは
耕太へと体の主導権を引き渡す直前に、不調を訴え倒れた。
その高熱は一晩たっても一行に下がる様子をみせない。


「とにかくこの熱を何とかしないと、体がもたない
 薬湯を持ってきた。何か、胃に入れてやれると良いんだが・・・。」
「ドクター、テレストラートはどうなってしまうんですか?まさか、このまま・・・」
「ジーグ、お前が弱音を吐いてどうする。大丈夫、発熱以外は体に異常は無い。
それはロサウの長老にも見てもらったろう?
 テレストラート殿は以前から、色々溜こんじゃぁ熱を出していたじゃないか。
今回も色々有ったんだから・・・。」
ことさら明るい声で発せられたケイル医師の言葉は、どう聞いてもジーグを元気づける為に発せられたもので
ケイル医師がその言葉を信じていない事は彼の目を見ればあきらかだ。
「お前の方が死にそうな顔してるぞ。ここは見ているから、何か喰って少し寝て来い。」
「いや・・・」
答えたジーグの声に重なるように、かすれた声がする。
「 ・ ・ ・ ジーグ ・ ・ ・ 」
「コータか?気がついたか、気分は?」
「 ・ ・ ・ 熱い 」
「テレストラートは?」
「眠ってる・・・たぶん・・・分らない。・ ・ ・ オレ、死んじゃうの?」
「ば・・・馬鹿、そんな訳有るか!」
「帰りたいよ・・・。」
「大丈夫だ、絶対俺が帰してやる。ほら、薬だ、飲め」
「うぇ ・ ・ ・ にが、ぐっ、ゲホッ ・ ・ ・ 」
「ゆっくり、ほら、飲め・・・コータ」
ジーグは耕太の首を支え、ゆっくりと口の中に薬湯を注ぎ込むが
上手く飲み込めないらしく、すぐに咽てしまい、殆んどこぼしてしまう。

「コータ、ゆっくり。落ち着いて。」
「うっ ・ ・ ・ ん・・・ジーグ?カナトが ・ ・ ・ カナト ・・は?
「・・・テレストラートか?
 大丈夫、カナトは無事だ。王都にいる。」
聞こえているのか、いないのか緩く首をふり
「・ ・ ・ 私が、 ・ ・ ・ から・・・。」
不明瞭な言葉を呟くと、再び意識を失った。


耕太は自分が一体どこにいるのか判らなかった
ただ、とにかく熱くて、喉がカラカラだった
さっきから、ずっと、やたらと耳につく音が、自分の呼吸音だと気がつき
なんとか落ち着かせようとするが、とにかく息苦しくて、体が重くて
指一本まともに動かす事が出来ない。

オレ・・・どうなっちゃたんだろう?
こんな世界もう嫌だ、戦争でみんな殺し合ってる
帰りたい。
勇司はどうしただろう?オレの事、探してるかな?
母さんは?父さんは?兄貴は?
オレ、このまま死んじゃうのかな?
みんな死んじゃった、ハシャイ王も、オーク老も
カナトのことだって、ロトの事だって!!
・・・・・ロトって、誰だ??????

いきなり記憶が甦る。
後から刺し貫かれた、あの時。振り返って目にした男の陰湿な、笑顔。
刺された脇腹に激痛が走る。違う、体中が痛い!

ジーグの隣に、いつも立っていた男。
ジーグと言葉を交わすことなく、意思を伝え合っていた親友。
『ジーグを探してんのか?姫さん。』
『大丈夫か?無理すんなよ。またジーグが騒ぐよ。』
『ジーグを守ってくれよ。アイツを死なせないように。』
いつも、いつも、ジーグの事を第一に考えていた。
ジーグが大切にしていたテレストラートにも、何かと気を使ってくれていた。
なのに―――――何故!!!そのジーグを裏切った!!!

耕太の胸を、激しい怒りが貫く
それと同時に、押しつぶされそうな悲しみ

守らなければならない村人を、戦地に駆りだし、死なせたのも
ロトがジーグを裏切るほどに、歯車を狂わせたのも
全てが村を出る事を決めたオレのせい!

待て!オレはそんな事、決めてない!?
これは ・ ・ ・ テレストラートの記憶?

重い、悲しい、苦しい、熱い、誰か助けて!!
押しつぶされる!!!!!!

もう耐え切れない、と耕太が思ったその瞬間
突如、目の前にシャッターを下ろすように、巨大な壁が現れて
それがまるで耕太を守ったかのように、耕太は押し寄せる圧倒的なの圧力から解放された
辺りを見回すと、そこは居心地の良い空間で
大きな力に守られているような安心感があった
耕太は呼吸を整えようと、深呼吸を繰り返してみる
今度は上手くいった。
空腹を意識できるほどに、落ち着いてきた。
ただ、染み入るような悲しさだけが、いつまでも胸に残っていた。



(2007.03.09)
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