Act:19  剣


コーサスでの激しい初戦の後、ガーセン・ヒューロン連合軍とイオク・ヌイ連合軍は何度かの小競り合いを繰り返し
その殆んどでガーセン・ヒューロン軍は勝利を収めた。

戦で人が死ぬのを見るたびに、吐いていた耕太だったが
人間、慣れとは恐ろしいもので、日が経つにつれ
麻痺したように感じなくなって来る
弔われる事も無い無数の死体の転がる、これが日常

そんな中でもその異様さに、耕太の歩みを止めたものが有った
大きく視界を遮るものの無いコーサスの平野で、地から突如生えた様な唐突さでそれは其処に立っている。
「見るな」
ジーグが視線を遮るように移動したが、耕太は目を離す事が出来なかった。
それはまるで、奇怪なオブジェ
岩に食われた人間。そう、表現するのが一番分かり易いだろう。
その半身は醜く捩れた鉱物に完全に覆われ、そこから蔦のように伸びた鉱物は残る半身に絡みつき
さらに筍のような突起を何本も空へ向かって伸ばしている。
岩の間からかすかに覗く、細く、驚くほどに白い体が生々しくグロテスクだ。
その髪は白い綿毛のようで、風にゆっくりとなびいている様は
否応無く目を引き付けた。
「―――――あれは・・・?」
「精霊喰いにやられたんだ。タリスというガーセンと同盟を結んでいる小国の術師だ。」
「ロサウの村以外にも術師が居るの?」
「大陸中を探せば、テレストラートたち以外にも生き残っている術師だって少しはいるだろう。
 あの状態じゃ、かなり力の強い術師だな。戦闘中に敵に精霊喰いを付けられたんだろう。堪ったもんじゃないな・・・。」
「苦しい・・・のかな・・・。」
「・・・もう、何も感じないさ。」

戦場にいると、心が凍り付いてしまいそうな気がする。

しかし、耕太の心が凍りつく前に、ヌイ側から降伏の申し入れが有り
戦は一応の終結を見た。
ガーセン軍は警戒の為ヒューロン国軍とクロスト将軍の率いる一団を残し撤退を開始した。
フロスへ向けて撤退する軍の中に耕太はカホクの無事な姿を認めホッとした。
彼が無事なら、きっとカナトも喜ぶだろう。
術師達にも被害は有った。
死亡したのは4人。怪我人も大勢出てゼグスも足に軽い傷を負ったものの、今は元気そうだ。

戦場で術師達が敵の襲来に無反応だったのには驚いた。
そう話す耕太にゼグスは説明しくれる。
「術に集中している時は、他は目に入らないのです。
 術を不完全なまま手放すと、精霊達が暴走してしまう事が有りますし、意識を他に向ける余裕が無いのです。
 多人数で1つの術を編み上げている時なおさら自由が利きません。
 大きな術を行なっている最中の精霊術師は無防備で、簡単に殺める事が出来てしまうんですよ。」
それで術師には1人1人に専属の護衛が付いている訳だ。

凱旋の途とは言え、人々は明るくそして元気で
人間の強さを思い知らされる。
耕太自信も喉もと過ぎればなんとやら・・・戦場での凍てついた気持ちもすっかり溶けた。
今、思い返してみると、まるで現実味が無いのだ
倒れても倒れても起き上がって来る敵兵
それを焼き尽くす魔法の炎
時が経てば、夢だったのでは無いかと思ってしまう。

それでも鮮烈に心に焼き付いているのは、勇ましくも雄々しい戦士達。
荒々しく豪胆で、男とはこう有るべきなのだと思わせる格好の良さが有って・・・
同じ男として心底やられたのだ。
だから耕太はジーグに切り出した。

「オレに剣を教えてよ。」
耕太の期待一杯の申し出に、しかしジーグは即答した。
「駄目だ。」
「なんでだよ!これからだって戦場に出なきゃならないんだろ?
 あんな無茶苦茶な状態になるって言うのに、丸腰でいろっていうのかよ!」
「そのために俺がいる。」
「でも、何が起こるかわかんないのに!もしジーグとはぐれでもしたら?
 オレは術なんて使えないんだぜ、身を守る物が何も無いなんて不安だよ〜。」
命がかかっていると言うのも確かに有るが、それよりも
実際に戦うジーグの姿を目にして、その雄姿に憧れ
自分もあんな風に剣が使えたら・・・・という子供っぽい思いが殆んどで
駄々をこねる子供のように言い募る耕太に、ジーグは深い溜息をつくと
無造作に腰に下げていた剣を外し耕太に差し出した。
ジーグがいつも使っている物よりいく分か小ぶりのそれは
戦場に出るときに予備として身に着けている物だ

「持ってみろ。」
自分の希望が聞き入れられたと見て耕太は、嬉々として剣に手を伸ばす
ジーグが手を離すと耕太の両腕に予想外のズシリとした重みがかかり
あまりの重さに思わず剣を取り落としそうになり、慌てて支えようとし、バランスを崩す。
すばやく伸ばされたジーグの腕が、嘘のように軽々と剣を支えた

重い!!!嘘みたいに重い!!
金属なんだから、有る程度は覚悟していたつもりだったのに
あんなに軽々と振り回している剣なのに
これを持ったらオレじゃあまともに走る事も出来そうに無い。

「戦場で肉を切っても仕方が無い。確実に戦闘能力を奪うためには骨を叩ききる。
 それにはこの位の重さが必要なんだ。お前に剣を振るうのは無理だ。」
「・・・・・。」
今の一件でそれは自分でもよく解った
諭すように言われて、言葉も無い。
耕太は唇を噛んで俯いた。
「テレストラートをはじめ術師たちは一様に体つきが華奢で
 鍛えても筋肉がつき難い。術が使えると言う事で体つきが変化しているのかもしれない。
 普通の平均的な男達より体力もない。剣を振るうどころか、持ち歩くのさえ負担になる。
 それは単純に役割の違いによるものだと思う。」
「・・・・・・」
ジーグが不器用ながらおそらく自分を慰めようとしてくれているのだろう、とは思う。
ただ、耕太は自分の迂闊さに情けなくって声も出ない。
それに、術師が術を使えるから剣を使うのに向かない体なのは良くても
術も使えない耕太には何の慰めにもならない。
耕太の沈黙を納得出来ないためと思ったのか
ジーグは小さく溜息をつく

「丸腰が不安なら、これを・・・」
ジーグは言葉を切り少しの間ためらい、意を決したように腰の後に挿していた
細く繊細な意匠の短剣を耕太に差し出した。

「持っていろ。テレストラートの剣だ。」
耕太は視線を上げ、ジーグの手の中に有る細身の短剣をジッと見た。
「身を守るためだけに使え。決して自分を傷つけるなよ。
 他にどうしようも無いとき意外は使うな。
 敵を攻撃する時は、必ず相手を仕留めつもりでやれ。そうでない時は手を出すな。
 半端に逆らえば、こちらがやられる。
 前からの時はあごの下から、後からは首のここを斜め上に一気に刺し貫け。」
「・・・・・・・」
具体的な殺し方に、耕太は口をあけ呆然と剣を凝視する。
剣を持つと言うことが、何を意味するのか。耕太はこの時に始めて実感した。
剣を揮い敵をなぎ倒すジーグが格好良いから、と
そんな理由で剣をせがんだ自分を恥じた。
とても、その剣を手に取る気にはなれない。
ためらう耕太に
「大丈夫だ。そんな状況にはならない様、俺が守る。お守りだと思って持っていろ。」
いって、短剣を握らせた。

軽い。

小さい事を差し引いても、驚くほどに軽く美しい剣。
「これ・・・ジーグが選んだの?その・・・テレストラートに。」
何となく思った事が思わず口から出た。
「・・・ああ。見かけは華奢だが良い剣だ。バランスも切れ味も申しぶんない。」

テレストラートの為にとジーグが選び与えた剣。
そう思った瞬間、何故か胸がチリッと痛んだ。
自分でも訳が分からず、この美しい剣を持っているのが堪らなく嫌になった。
何でだろう?あんなに欲しかった剣なのに。
小さいけど、見た目も凄く格好良いし自分にはこの位のサイズしかどうせ扱えない
持っていれば、ジーグも言ったようにお守りぐらいにしかならなくたって
気分的には心強い・・・・・でも
何だか嫌だ。返そうか・・・。

手の中の短剣を見つめたまま、悩む耕太の心中など知らず
暇を見て使い方の手ほどきをしてやるから、と請け負いジーグは耕太に背を向けて歩き出した。
その背を見ながら、このモヤモヤは一体何だろうと耕太は頭を悩ませていた。

(2007.01.26)
一言でもご感想頂けると嬉しいです!! →     WEB拍手 or メールフォーム 
前へ。  作品目次へ。  次へ。