ACT:13 王都フロス

「本当にコータがやったのか?」
「ええ、確かです。」

花潜りの襲撃による致命的な被害は免れたものの、
結局馬を8頭と荷物の一部を失い、怪我人も出した一行は
馬を仕入れる必要も有り、近くの町で商隊を送って行った兵の合流を待つ事にした。
花潜りの習性を考えると不可解な今回の事件が、自然の悪戯によるものか、又は人為的な力が働いているのかは解明できなかったが
予測不能の事態が起こった以上、少しでも戦力を欠いた状態での移動は避けたかった。

花潜りの件以上に、注目すべき問題は
花潜りを追い払い、森を焼いた力のこと。
幸い森を突き抜けた炎は、川の上空を渡り彼岸の山肌の岩に当たったが
延長線上に道や集落が無かった為、森を焼いた以外、大きな被害出さずにすんだ。
しかし、焼き払われた森の状況を見れば、その威力は凄まじく
それは大変な戦力でも有ったが、制御しきれなければ諸刃の剣だ。

「耕太は古の言葉を知りませんが、おそらく耕太の感情に精霊が反応して力を貸したのだと思います。力の強い術師の場合、稀に有ることなのですが
 言葉によって助力を請う術と違って、精霊が強い感情だけを読み取り発動するので
 制御が利かず、とても危険です。」
「危険?なんで?」
「例えば戦場で術師が怒りに駆られ、火の精霊が感情に感応してしまうと
敵味方の区別無く、全てを焼き尽くしてしまいかねない。」
「それって・・・」
「あの時、炎の延長線上に人がいれば花潜りと一緒に焼き尽くしたと言う事です。
 ですから術師は、自分の感情を律し、精霊に理解できる言葉を使い、精霊に何を、どのくらいの規模でどうして欲しいのかを正確に伝え、助力を請う必要が有るのです。」
「なんだか、難しそうだね・・・。」
「耕太は精霊の姿を見ることは?」
「え?精霊って目に見えるものなの?」
「・・・と言う事は、見えていないんですね。
ええ、人によって見え方に差は有りますが精霊使いは殆んど視認できます。」
「ゼグスも?」
「ええ。」
「カナトは?」
「僕は薄っすらと。」
「殆んどの場合、術師の能力に比例してはっきりと見えるようです。」
「精霊って、どんな?」
「精霊によってちがいますが、高位の精霊ほど人に近い姿をしています。
 もともと精霊に物体としての姿は無いので、私たちにそう認識させているだけだとは思いますが。」
「幽霊みたいなもの?」
「人の霊魂にある意味近いかもしれませんね。何か思い当たりますか?」
「全然。ジーグは?」
「俺には見えない。術師じゃないからな。
テレストラートが精霊に、水に姿を映させたのは見た事は有るが。」
「精霊術師以外で精霊の姿を見る者は稀です。精霊の姿を見る事が出来るほど精霊と波長があうのならば、何らかの力が使えるはずなのです。
逆に精霊使いは見え方に差は有るものの、精霊の姿を見る事が出来るはずなのですが・・・。耕太、手を前に出してもらえますか?
そう、手のひらを上に。その手の上に意識を集中して、火を望んでください。」
「火を?」
「そう、手に平の上に炎が燃えるのをイメージして
 それを欲しいと思ってください。大きな炎でなくて構いません。集中して」
耕太はゼグスに言われたようにやってみる。
手の平の上にジッと視線を注ぎ、小さく揺れる炎を想像する
「そして、こう唱えて下さい。"アースラ・エル・フォルト"」
「あーすら・える・・・ふぉると」
「正確に発音して。アースラは炎の本質を表す一番単純にして強力な言葉です。
意識を手に集中して。」
耕太は真剣な眼差しで、自分の手のひらを見つめる
深呼吸をして、炎を思い浮かべながらゆっくりと唱えた
「アースラ・エル・フォルト!」


「何も起こらないな。」
「・・・起こりませんね。」
「・・・・・・・」
「発音は完璧だったのですが・・・。」
高まった緊張がグズグズと崩れ落ち、耕太は前方に差し出した手をすごすごと下げる。
「やっぱり、オレじゃなかったんじゃないの?あれ。だってあんな事オレに出来るはず無いし・・・。」
「お前自身に自信がないからじゃないのか?」
「そんな事言ったって・・・真剣にやってるし。
 オレだって出来る事ならやりたいよ。魔法とか使えたら、格好良いしさぁ」
「・・・・・まあ、コータが術を使えれば、それにこした事はない。
 テレストラートを装うにも不自然さが減る。
 ゼグス、カナトしばらく様子を見て訓練してやってくれ。」

しかし、舌を噛みそうに複雑な発音の呪文に苦労しながらの訓練も
功を奏する事も無く、耕太はその後、一度も精霊を呼ぶ事が出来なかった。


翌日、2人の兵も追いつき、一行は王都を目指し再び進みだした。
道中、兵達はそれまでよりもさらに警戒を深め、緊張した空気がただよっていた。
特にジーグは過剰なほどに神経を尖らせ、今まで以上にピリピリとしているのが鈍感な耕太まで分るほどだった。
その耕太はと言えば、今までよりも逆に機嫌が良いぐらいだ。
花潜りの襲撃にショックは受けたものの、喉元過ぎれば何とやらで
以後の道程がそれまでと違い、開けた場所を通る事が多く
怪しげな生き物も出ては来そうになかったし、
何よりタウが、花潜りから命を救った恩人として、憧れ以上の熱い眼差しで見つめて来るので、有頂天だった。
そんな耕太とタウの様子が、ジーグの神経を逆撫で、イライラを増す一因になっていることまでは、耕太には思いもよらない事だ。

何はともあれ、その後はトラブルも無く5日後一行はガーセンの王都『風の都・フロス』の門を潜った。


「すっごい・・・」
耕太が感嘆の声を漏らす。
フロスはリスリ山脈の中央に位置する霊峰テセに抱かれるように存在する。
テセ山の切り立った山肌を背に青味がかった石で築かれた無骨な王の城が有り、
その下を取り囲むように貴族達の大きな屋敷郡、
山の裾野に広がるなだらかな土地には賑わいを見せる街が広がっている。
大きな街の外周は、北は自然の壁、テセの山肌
他方は、ぐるりと高く石を積んだ防壁がそびえ立っているが、壁には南・西・東合わせて32もの大門が有り
その全てが大きく開かれている。

広大なその石の壁と、高い位置に有る王の城は都に着く2日前からはっきりと確認することが出来たが、防壁の中の町自体は、門を潜って始めて眼にすることが出来た。
城に向けてなだらかに上っていく町は、大小、様々な建物が詰め込まれるように林立し
その間をこれも大小さまざまな大きさの道が、網の目のように走っている。
町の中心部にはもう1つ大きな壁が有るのが見える。
大門から真直ぐに伸びる大きな通りには様々な屋台の店が出ており、まるで祭りのような賑わいだ。
牧草地と手入れのされた森の広がる壁の外から門を潜ると、まるで別世界に迷い込んだような錯覚に襲われる。
「あれって、風車?」
町のあちらこちらに大きな4枚ばねの風車が立っている。
「ああ。あれで地下水をくみ上げている。ここは一年中テセから強い風が吹き降ろす。
 外から、矢を射掛けても、防壁を超える事は出来ない。この街が風の都と呼ばれる所以だ。」
言われてみると、確かに前方から風が吹き付けている。
物珍しさにキョロキョロと視線を泳がせる耕太に、小さな子供が手を振ってきた。
思わず手を振りかえすと、子供が嬉しそうに声を上げる。
「術師様だー!術師様!イオクをやっつけた?」
子供の声に、周りの人々もこちらに注目し始める。
取り囲まれたりはしないものの、皆、口々に声援を送ったり、手を振ったりと
ちょっとした騒ぎになってしまった。
「・・・ジーグ・・・」
「いいから、しゃんとして、前を見てろ。」
そのまま馬を進める一行は、見物人を引き連れながら、程なく前方に見えていたもう一つの壁へと近づく。
「モーリー、娘を親族のもとへ送り届けてやれ。」
唐突なジーグの言葉に、耕太は驚く。
「え、こんな所で別れるの?」
「フロスの叔母の所へ行くのが目的だろ?何か問題が?」
「それは・・・そうだけど、でも・・・。」
タウに視線を向けると、彼女も不安そう(たぶん)に耕太を見ている
「ここから先は一般の者は立ち入りが禁止されている。」
「ティティーさま、私・・・本当に、ありがとうございました・・・」
「タウ、連絡して。いや、する。落ち着いたら、何か困った事が有ったら、その、
 住所は?教えて。」
こんなに、いきなり分かれる事になるなんて、思っていなかった耕太は言いたい事が空回りし、しどろもどろになる。
"ああ〜〜〜〜オレ、何やってんだ!!もっと何か格好よく、気の利いた事を!
いや、それより住所と、電話番号!!"
「行くぞ。」
無常にも、ジーグが断ち切るように、馬を進める。
「ちょ・・待って、タウ。」
「大麦通りの粉屋です。ティティーさま!有難うございました。皆様。」
縋るような(たぶん)声で、そう言うと、深々と頭を下げるタウの綺麗な亜麻色の頭を名残惜しく見つめながら、耕太はそのまま馬に運ばれ、今度は見張りの居る物々しい門を潜った。

「何も、あんなに急がなくたって・・・。」
「急いでいるんだ。ただでさえ、遅れているんだぞ。一刻も早く城に入り、戦況の確認と今後の方針を決めなければならないんだ。」
「だからって、ちゃんと別れを言うぐらい・・・。」
「お前は、自分の立場が・・・」
「はい、はい、はい。すみませんでした。」
ジーグにじろりと睨まれ、お決まりのセリフを、耕太はおざなりに遮りそっぽを向く
"まったく、短気で融通がきかないんだから。
そんなじゃ女の子にもてないんだからな!!"
心の中で、悪態をつきつつ、タウの言った『大麦通りの粉屋』を忘れないように、口の中で繰り返した。

辺りに目をやると、門を潜った事でまたガラリと雰囲気が変化していた。
建物は皆、大きく凝ったつくりで明らかに金持ちや権力者が住んでいそうだ。
道幅も広く、美しい石畳で人通りも疎らだ。
そして、見上げる先には王の城が、まるで周りを威圧するかのような迫力でそびえたっている。
「デカイ・・・。」
耕太は自分置かれた状況の場違いさに、改めて溜息をついた。


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